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判例特許

令和2年(ワ)第3474号 特許権侵害の損害賠償請求事件(コイズミ照明 vs 大光電機)大阪地裁

損害賠償:商品の展示から消滅時効が認められた事例
令和3年10月19日(2021/10/19)判決言渡
#特許 #民法724条(消滅時効)

1.実務への活かし

・~権利行使~ #民法709条(不法行為に基づく損害賠償) #民法724条(消滅時効)
 特許権侵害による損害賠償請求訴訟において、民法724条の消滅時効を主張する(時効援用する)側は、次の①~③を証明できる証拠を収集して臨むべきである。

 ①被疑侵害品の製造販売の事実の認識
 ②被疑侵害品の製造販売による損害発生の事実の認識
 ③被疑侵害品が特許権に係る特許発明の技術的範囲に属することの認識

2.概要

 原告コイズミ照明株式会社(以下、コイズミ社という。)が、被告大光電機株式会社(以下、大光社という。)に対し、特許第3762733号(以下、本件特許という。)に基づく損害賠償を請求し、6776万円の支払いを求めた事案である。
 コイズミ社も大光社も照明器具の製造、販売等を業とする会社であり、本件特許は「照明器具」の特許である。本件特許に係る照明器具は、主としてトイレ灯として用いられるセンサー付きシーリングライトである。

 大阪地裁は、大光社の特許権侵害を認めたが、大光社の時効援用が認められたことで、大部分の侵害品に係る損害が時効消滅し、損害額は73万5094円(+遅延損害金)と認定された。

 本件の主な争点は、技術的範囲の属否、進歩性欠如を理由とする無効、特許法102条第2項に基づく損害額、及び、消滅時効である。技術的範囲の属否及び本件特許の無効については、被告である大光社の主張はやや精彩を欠くものであり、裁判所は大光社の主張を認めなかった。(この点に、特に疑問はないだろう。)

 損害額(の覆滅)については、競合品の存在、市場占有率、購入動機や顧客吸引力などについて双方から主張がされた。大阪地裁は、本件特許発明の効果①~③と対比して、競合品、及び、購入動機や顧客吸引力を判断し、また、市場占有率については提出された証拠からの推認は困難と判断した。効果①~③は購入動機とはなるものの、顧客誘引力の程度は高くないものと評価され、競合品は効果①~③を奏するものに絞った上で、覆滅自由はあるもののその程度は限定的と考えるのが相当とし、2割の限度での覆滅を認定した。

 消滅時効について、大阪地裁は、①平成22年に原告製品と被告製品は大手家電量販店チェーン3店舗において隣り合った状態で陳列され販売されており、遅くともその頃には原告が被告製品の存在を知ったものと認め、②発明の効果は外観上明らかであり、被告製品の外観から特許権侵害の疑いを持つことは十分に可能であり、特許権侵害の疑いを持った時点で、被告製品の構造を容易に検討できたといえることから、その時点で、損害賠償請求をすることが可能な程度に、損害および加害者を知ったと認めるのが相当であるとし、「本件訴えの提起日である令和2年4月9日までに発生(販売行為)から3年を経過した部分については,時効によって消滅したもの」と認めた。

 なお、原告コイズミ社の主張に対して、大阪地裁は以下のように応えた。

 コイズミ社の主張(判決から抜粋)
「原告は,平成30年2月頃,被告が製造販売している製品の一部が本件特許権を侵害している事実を認識し,その際,他に被告が販売している同類の製品を遡って調査した結果,複数の被告製品が本件特許権を侵害している事実を知った。」
「本件発明の構成要件のうち,構成要件A,B,C,D については,いずれも内部構造に関するものであり,これらの構成要件該当性について,展示・販売されている被告製品の外観から判断することは困難である。」
「家電量販店の照明器具コーナーに出向く原告の営業担当者は,原告が権利を有する特許発明の内容を全て把握しているわけでも,他社製品の構造等を全て確認しているわけでもない。…他社製品の価格情報や自社製品に対する顧客要望情報を社内他部門へ共有することもあるが,無数に存在する他社製品について,その構造を確認・分析することまで業務に含まれていない。」

 大阪地裁の判断(判決から抜粋)
「原告が主張するところによれば,各被告製品の構造等に着目し,検討の結果,本件特許権を侵害するとの明確な判断をしない限り,民法724条の時効期間は進行しないこととなるが,本件のように侵害品となるものの販売等がオープンになされていた場合に,権利者がこれを検討の俎上に上げない限り時効期間が進行しないものとした場合,一方では注意深い権利者よりも,競業者の行為等に注意を怠った者を有利に扱うことにもなりかねないし,時効期間の進行という公平が求められる事項について,権利者の恣意的な取扱いを許すこととなり,妥当ではないというべきである。」

3.本件のより詳細な説明、及び、判決内容の考察

3-1.本件特許権について

 本件特許に係る発明は、センサー付きの照明器具に関する発明である。
 本件特許の出願時において、既に、センサー付きの照明器具自体は知られていた(詳細は段落0002参照)。また、センサ部分が回動可能な照明器具を開示する先行技術文献(特開2001-126527)を挙げた上で(照明器具の構造は下図参照)、当該文献に開示される照明器具は、器具全体が大型化し、天井にある引掛型配線器具への取り付けの作業性が悪く、掛着すると天井面と照明器具との間に隙間が形成されるという問題を挙げた(詳細は段落0003~0009)。

 従来技術の大型化の要因は、センサを回動させるための構造が、接続器91の外周縁部に鍔状片914を形成し、これを、器具本体94の取付筒944と取付板96に挟み込むというもので、その構造が、引掛型配線器具Rの大きさに比べてひと回り以上大きくならざるを得ないことによる。
 作業性の悪さの要因は、接続器91と器具本体94とが予め一体に結合され、これら全体を一緒に持ち上げて引掛型配線器具Rに取り付けることになるため、これが作業者の視認性を悪くすることによる。
 隙間の形成の要因は、取付板96がの上面がほぼ平坦になっており、上図の赤矢印で示すように、引掛型配線器具Rの天井面Cからの突出寸法が大きい(約20mm)ことによる。

 その上で、本発明の解決課題を、①センサの位置を回動させるための保持構造が小さく、②引掛型配線器具への掛着が容易で、③天井面との間にも隙間を生じないよう取り付け可能な照明器具を提供することとした。このように、本件特許では、発明の課題が複数挙げられている。

 請求項1(以下、本件発明という。)は以下の通り、構成A~Iに分説される。(なお、図面との対応を分かり易くするため、請求項に符号を付けており、その下に本件特許の図面を載せている。)

A 天井面に設けられた引掛型配線器具(R)に掛着可能な引掛栓刃(11)を上面に有し,下面中央には下向きに突出する略円筒状の軸部(14)が形成された接続器(10)と,
B 前記接続器の軸部に取着されて側方にアーム(22)を張り出し,前記軸部を中心として天井面と略平行な面内で回動しうるように支持されたセンサ保持具(20)と,
C 前記センサ保持具のアームの先端近傍に,検知部を略下向きにして取り付けられたセンサ(30)と,
D 前記センサ保持具の下側に結合された略円筒状のランプソケット(40)と,
E 前記センサ保持具の下側に装着されて前記引掛型配線器具,接続器及びセンサ保持具を被覆する本体カバー(50)と,
F 前記本体カバーの下側に装着されるセード(60)と,
G 前記ランプソケットの外周面に取着されてセード及び本体カバーを支持するとともに本体カバーを天井面に密着させるホルダナット(70)と,
H 前記ランプソケットに螺着されるランプ(80)と,
I を備えた照明器具(1)。

 請求項1に係る発明と上述の課題との対応として、「センサ保持具20を接続器10の軸部14に取着する構造(構成A+B)」が小型化に寄与し、「接続器10、センサ保持具20、センサ30、及び、ランプソケット40を一体化して引掛型配線器具Rに掛着した後で本体カバー50を付けることができること(構成B+E)」が取付作業の視認性を良くし、「本体カバー50によって引掛型配線器具Rまで被覆できることで天井面と本体カバー50が密着するため(構成E)」天井面との間の隙間の問題が改善される。(発明の効果についての詳細は、段落0040~0044参照)

 本件特許の明細書段落0040~0044を抜粋
【0040】
【発明の効果】
本発明の照明器具は、センサ保持具が接続器の下面中央に突出形成された軸部に取着されるので、センサ保持具の回動を保持するための機械的な連結構造がコンパクトになり、器具全体の小型軽量化が容易になる。
【0041】
また、本発明の照明器具は、予め一体に結合した接続器、センサ保持具、センサ及びランプソケットを一緒にして引掛型配線器具に掛着した後、本体カバー及びセードを後付けすることができるので、接続器を引掛型配線器具に掛着する作業に際して引掛型配線器具の掛着面が視認しやすくなり、作業が容易になるとともに、作業の安全性も向上する。
【0042】
また、本発明の照明器具は、本体カバーが後付け可能となることで、本体カバーの形状を、接続器やセンサ保持具とともに引掛型配線器具まで被覆しうるものとすることができる。したがって、本体カバーを天井面に密着させることが可能になり、これによって美観に優れた取付状態が得られる。
【0043】
さらに、本発明の照明器具において、センサ保持具に回り止めを設け、接続器に対するセンサ保持具の回動を一定の範囲内に拘束すると、接続器とセンサ保持具との間に配線される接続コードに、引っ張りや捻りなどの過大な力学的負担が加わるのを防止することができる。同時に、接続コードを常時接続した状態にしておけるので、接続コードを着脱するためのコネクタ類も不要になる。そして、この場合でも、実用的には十分なセンサの検知範囲を確保することができる。
【0044】
さらに、本発明の照明器具において、センサ自体を回動自在に形成し、その回動軸をセンサ保持具の回動軸に対して傾斜させることにより、さらにきめ細かな検知範囲の調整が可能になる。

 このように、本件特許は、従来技術の器具本体94が、センサを取り付けて収容する回路収納部942も兼ねている構造であったのに対し、センサ保持具20と本体カバー50に分離する構造としている点が、大きく違っていると考えられる。

3-2.判決についての感想

全体的な結果について:納得度0%

 個人的には、上訴して争えば、この判決は変更されると思っている。特に、消滅時効の判断については、どうしてこのような結論が出されたのかと不思議に思うが、そこには本件特有の事情があるような気がする。また、損害額における覆滅の判断も、やや実態にそぐわないところがあるように思う。

消滅時効の判断について
民法724条の消滅時効(不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効)

 民法724条は、次のような規定である。

第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

 本件で争ったのは、一号の要件「損害および加害者を知った時」に関してである。
 まず、この「知った時」の解釈が重要である。文言通りに読んで、厳密に解釈しようとすれば、確定的に知ったという時点になるだろう。この解釈について、大光社は、「民法724条の損害および加害者を知った時とは,被害者において加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味する」と主張しており、裁判所も判決において明言していないが、この解釈を採用しているように読める。

 この解釈は、有斐閣の民法判例百選にも載っている事件で示されたものである。具体的に、民法判例百選Ⅱ[第8版]の108事件(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決)で示されたものである。
 この108事件では、損害および加害者のうち「加害者を知った時」について判断しており、「損害を知った時」については言及されていないが、108事件で示された解釈は、「損害および加害者を知った時」の意味として、その後の最高裁でも引用されている。従って、民法724条の「知った時」の要件を判断する際には、「事実上可能な状況であったか」と、「賠償請求が可能な程度に損害及び加害者を知ったか」の判断が必要になる。

特許権侵害と民法724条との関係

 特許権侵害訴訟において、「事実上可能な状況」にあったか否かの判断はさほど難しくはないだろう。特許権侵害の場合、侵害品が市場に出回っている状況であれば、他に契約か何かで実質的に損害賠償請求ができない状態にあった等の特段の事情のない限り(例えば、不行使期間を定める契約を結んでいた等)、事実上は損害賠償の請求が可能な状況となっているものと考えられる。
 また同様に、特許権侵害訴訟において「加害者を知った時」の判断で揉めることもないように思う。つまり、事実上市場に侵害品が出回っている状況において、「損害を知った」場合に、加害者である侵害品の製造者や販売者などを知らないとは到底考えられないためである。

 問題は、「損害を知った時」である。

 ここで、特許権侵害訴訟において消滅時効を争った本件以前の判例を4つ紹介する。平成29年(ネ)10071号(以下、参考判例1という。)、平成29年(ネ)10074号(以下、参考判例2という。)、令和元年(ネ)10067号(以下、参考判例3という。)、令和2年(ネ)10004号(以下、参考判例4という。)は、それぞれ、本件を分析する上での有益な情報を与えてくれると思う。なお、参考判例4は、原審である平成29年(ワ)7532号での判示を引用しているだけなので、原審の判示を記載する。

 参考判例1:平成29年(ネ)10071号 判決より抜粋
「控訴人は,本訴提起の日である平成28年1月22日から3年前の平成25年1月22日以前の本件製品1の販売分については,損害賠償債務につき消滅時刻が完成している旨主張する。
 民法724条前段の消滅時効の起算点は,被害者等が「損害及び加害者を知った時」,すなわち加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照),また,違法行為による損害の発生及び加害者を現実に了知したことを要すると解されるこれを物の製造販売による特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の事案についてより具体的にいうと,被害者である特許権者が,加害者による当該物の製造販売の事実及びそれによる損害発生の事実を認識したことに加え,当該物が当該特許権に係る特許発明の技術的範囲に属することを認識したことも必要である。なぜならば,特許権者にそのような認識がなければ,加害者による当該物件の製造販売行為が自己の特許権を侵害する不法行為であることを認識することはできず,そのため,加害者に対する損害賠償請求権を事実上行使し得ないからである。
 …本件製品1が本件各発明の技術的範囲に属することを被控訴人が認識した時期について検討する。
 …被控訴人は,遅くとも平成19年6月ころには本件装置(WK 型)のうちWK-500 型が本件特許権を侵害する可能性があることを認識しWK-500 型それ自体及びその動作状況の写真撮影をするなどした後,同年7月10日には,WK-500 型及びWK-600 型の製造販売等が,被控訴人の特許権(別件特許権)を侵害するとして訴訟を提起しているのであるから,この訴え提起時点までには,特許権侵害の主張をする前提として,本件装置(WK 型)のうちWK-500 型及びWK-600 型の構造や動作状況について具体的に認識把握していたと推認するのが合理的である。もっとも,この時点においては,本件特許権ではなく,別件特許権の侵害が問題とされていた以上,本件装置(WK 型)が本件特許権を侵害することについて,被控訴人が具体的な認識を持っていたとまで断定することは困難である。
 …被控訴人は,平成24年2月6日,渡邊機開に対し,本件覚書案を提示した。その内容を見ると,(裁判所から本件特許権を侵害すると判断された)親和製作所の装置と同様の機構を備えている渡邊機開の装置も本件特許権に抵触すると判断し,近日中に渡邊機開に対し,差止,損害賠償を求める訴訟を提起する予定である(第1条1(2))として,本件装置(WK 型)が本件特許権を侵害することを前提とした覚書案であることを明記した上,渡邊機開の事情を考慮し,訴え提起をいったん見合わせ,被控訴人が渡邊機開の発行済み株式総数の一定数を引き受けることを内容とした業務提携を検討するが,株式引受の対価には,渡邊機開が被控訴人に対して負担すると想定される損害賠償債務に基づき,被控訴人が渡邊機開から徴収すべき金員相当額を充当する(第1条2,4)という,渡邊機開に損害賠償債務が存在することを当然の前提としたものになっている。
 …したがって,遅くとも本件覚書案を提示した平成24年2月6日までには,本件装置(WK 型)のうちWK-500 型,WK-550 型及びWK-600 型が本件各発明の技術的範囲に属することを認識したというべきであり,また,WK-700 型については同年4月頃までには同様の認識に至っていたものということができる。」

 参考判例2:平成29年(ネ)10074号 判決より抜粋
「控訴人は,平成25年2月15日以前に,被控訴人は控訴人が本件装置(WK 型)を販売している事実を知っており,また,個々の生産者に対する取引も認識していたことから,平成25年2月15日以前の取引による控訴人に対する損害賠償請求権については消滅時効が完成している旨主張する。この点に関する控訴人の主張は,①控訴人がパンフレットに広告を掲載している大阿蘇夏期講習会に被控訴人(ないしフルテック)も出展しているところ,上記控訴人の広告には,控訴人が渡邊機開製品を取り扱っていることが記載されていたことや,②控訴人と被控訴人とは取引関係にあり,相互間の情報交換は頻繁に行われていたという事情,また,③控訴人は渡邊機開製品と被控訴人製品のいずれも販売しており,海苔生産者の作業場に渡邊機開製の生海苔異物除去機と被控訴人の製品が一緒に,かつ近接した場所に設置されることも多いという事情を考慮すれば,被控訴人は,控訴人による本件装置(WK 型)の販売の事実を容易に知り得たとすることに依拠する。
 しかし,民法724条前段の消滅時効の起算点は,被害者等が「損害及び加害者を知った時」すなわち違法行為による損害の発生及び加害者を現実に了知した時点である。しかるに,①については,大阿蘇夏期講習会資料(乙70)に掲載された控訴人の広告には,取扱商品に渡邊機開製品が含まれることは示されているものの,それに本件装置(WK 型)が含まれていることは具体的に明示されていない。また,控訴人指摘に係る上記②③の各事情は,いずれも被控訴人において控訴人が本件装置(WK 型)を販売した事実を認識し得た可能性をうかがわせるものではあるものの,被控訴人が当該事実を現実に了知していたことを直接的に裏付けるものではないし,被控訴人と控訴人ないし海苔生産者との個別的な場面での具体的なやり取り等に関わりなく,そのような現実の了知を推認させるに足りる事情ということもできない。
 そうすると,被控訴人が平成25年2月15日以前に「損害」及び「加害者」を知っていたと認めることはできない。この点に関する控訴人の主張は採用し得ない。」

 参考判例3:令和元年(ネ)10067号 判決より抜粋
「一審被告は,カタログに被告第2製品が記載されていることに一審原告の担当者が気付かなかったとは考えられず,一審原告の主張によればこれら特許を採用していることは一審原告の製品を他社の同種製品から区別する最も重要な特徴ということになるのであるから,同カタログの記載を見れば被告第2製品が第2特許及び第3特許を侵害しているとの疑いを持って然るべき対応を取るのが自然である旨を主張し,また,展示会においては実際に被告第2商品を手にとって確認することができるから尚更である旨を主張する。
 しかしながら,一審被告の主張を考慮しても,せいぜい,特許権侵害による損害を一審被告が知り得たという程度のことがいえるにとどまり,これを知ったことの立証があるとはいえない。」

 参考判例4:平成29年(ワ)7532号 判決より抜粋
「被告は,消滅時効の主張において,原告が被告各製品それぞれの販売直後にその実機を入手して構成を把握し,本件特許権侵害の事実を認識するに至っていたとし,その根拠として,原告が販売する製品のカタログに,類似品に注意することの注意喚起を必ずしていること,及び,平成22年12月に開催された展示会(以下「本件展示会」という。)において,原告の従業員が被告の出展ブースを代わる代わる訪れていたことを指摘する。
 まず,原告のカタログについてみると,証拠(乙27)によれば,原告が平成14年以降毎年出していた製品カタログには,「類似品にご注意下さい」という記載がされていることが認められる。このことからは,特許権を始めとする知的財産権保護に関する原告の関心の高さがうかがわれるものの,あくまで一般的な注意喚起の程度にとどまり,こうしたカタログの記載のみをもって,被告各製品それぞれの販売直後にその実機を入手して構成を把握し,本件特許権侵害の事実を認識するに至っていたとまで認めることはできない
 次に,本件展示会に関しては,証拠(乙27)によれば,本件展示会に際し,原告の従業員が被告の出展ブースを代わる代わる訪れていたことは一応認められる。もっとも,そこで出展され,原告従業員の関心が示されていた被告の製品は「マジックドーム」なる製品であって,被告各製品ではない。また,こうした原告の従業員の行動は,原告が被告による商品展開の動向に関心を持っていたことをうかがわせるものの,そのことから直ちに,被告各製品それぞれの販売直後にその実機を入手して構成を把握し,本件特許権侵害の事実を認識するに至っていたことを認めることはできない。上記原告の知的財産権保護に関する関心の高さを併せ考慮しても,このことは変わらない。
 そうすると,原告が,遅くとも本件訴訟を提起した平成29年8月3日から3年前の時点で既に,被告各製品それぞれの販売直後にその実機を入手して構成を把握し,本件特許権侵害の事実を認識するに至っていたことを認めることはできない。
 したがって,消滅時効に係る被告の主張は採用できない。」

 参考判例1は、百選108事件で示された解釈を特許権侵害に適用する上で、さらに一歩判断を進めたものといえる。つまり、損害の発生及び加害者を現実に了知することを要すると解し、物の製造販売による特許権侵害においては、①製造販売の事実の認識、②損害発生の事実の認識、及び、③その物が特許発明の技術的範囲に属することの認識、が必要であると解した。参考判例は4件とも、この判示に沿って判断を進めていると理解することができる。
 参考判例2は、①製造販売の事実の認識の段階で、その認識の可能性があるに留まり、現実に了知したとまではいえないとし、参考判例3は、②損害発生の事実の認識について、知り得たという程度にとどまり、知ったことの証明があるとはいえないとした。また、参考判例1及び4は、③技術的範囲に属することの認識について述べており、参考判例1はその認識があったと判断し、参考判例4はその認識があったとまでは認められないと判断した。4件のうち、消滅時効が認められたのは、参考判例1のみである。

 参考判例1では、たとえ、同一人が、本件特許権を侵害する可能性を認識した上で、別の特許権で侵害訴訟を提起していた場合でも、別の特許権による侵害の問題であり、本件特許権を侵害することについて具体的な認識を持っていたとまで断定することは困難であるとして、この時点を時効消滅の起算点とはしていない。その後さらに、本件特許権の侵害を前提とする覚書案を提示した時点を起算点としている。
 また、参考判例2~4では、「侵害品を広告に掲載している」、「特許権者と侵害者の製品が一緒に近接した場所に設置されている」、「製品カタログに侵害品が記載されており相手方が気付かなかったとは考えられない」「製品カタログに、類似品への注意喚起が記載されている」、「展示会で特許権者の従業員が侵害者のブースに何度も訪れていた」といった事情が挙げられていた。

 これらの4事例をみると、「損害および加害者を知った時」は、厳しく判断される(認められにくい)傾向にあるといえ、可能性やある程度の蓋然性があるくらいでは、「了知」とまではいえないと判断される傾向にあるといえる。つまり、現実的に「損害および加害者を知った」といえるまでの証拠が示されなければ不十分であり、可能性があるというに留まるのであれば了知されているとまではいえないとして、消滅時効は認められないというのが、4件の参考判例に共通した考えのように思える。

本件について

 本件でも、参考判例1で示された要件が判断されていると推察される。
 本件で、大阪地裁は次のように述べている。

「平成22年10月21日から同年11月5日にかけて,大手家電量販店チェーンの3店舗において,原告製品と被告製品3及び4が隣り合った状態で陳列され販売されたことが認められる。
 一般に店舗において商品の陳列場所等は商品の売上に影響を及ぼす重要な要素であって,原告においても,営業担当者等を通じて,当然に自社製品や競合他社製品が家電量販店においてどのように陳列・販売されているかを逐次把握していたものと考えられるから,遅くとも平成22年11月5日には,原告において,被告製品3及び4の存在を知ったものと認められる。」
「本件発明は,前記のとおり,効果①~③を奏するものであり,これらの効果は外観上明らかであって,各被告製品の外観から,各被告製品が本件特許権の侵害品であることの疑いを持つことは十分に可能である。」
「原告は,本件発明の構成要件A~D は,内部構造に係るものであるから,被告製品の外観からは判明しないと主張するが,被告製品の外観からして本体カバーに被覆された接続器やセンサ保持具が存在することは明らかであり,センサ保持具が天井面と略平行な面内で回動可能に構成されていることは推測することができる。」
「被告は,各被告製品を毎年発行する被告のカタログに掲載すると共に,各被告製品の仕様や構造を記載した「施工・取扱説明書」をインターネット上等で公開していたことが認められ,カタログには引掛シーリングに取り付けるタイプであること,人感センサがあり,本体可動式であること等が記載され,施工・取扱説明書には,購入者又は工事店が各被告製品を取り付けることができるよう,各部を分解した構造図とセンサの可動範囲等が記載されているのであるから,被告はこれらの情報を秘匿せず,一般に公開していたのであって,原告は,各被告製品の存在を知り,その外観から本件特許権侵害の疑いを持った時点で,各被告製品の構造等を容易に検討することができたといえる。」
「原告は,遅くとも平成22年11月5日までに被告製品3及び4の発売を知り,その余の各被告製品についても,発売後まもなくその事実を知ったものと認められ,各被告製品の構造等を知ることもできたのであるから,製品が競合する関係にある原告としては,その時点で,損害賠償請求をすることが可能な程度に,損害及び加害者を知ったと認めるのが相当である。」
「原告が主張するところによれば,各被告製品の構造等に着目し,検討の結果,本件特許権を侵害するとの明確な判断をしない限り,民法724条の時効期間は進行しないこととなるが,本件のように侵害品となるものの販売等がオープンになされていた場合に,権利者がこれを検討の俎上に上げない限り時効期間が進行しないものとした場合,一方では注意深い権利者よりも,競業者の行為等に注意を怠った者を有利に扱うことにもなりかねないし,時効期間の進行という公平が求められる事項について,権利者の恣意的な取扱いを許すこととなり,妥当ではないというべきである。」

 大阪地裁の判断を分析してみると、「該当製品の製造販売の事実を認識しており、特許発明の技術的範囲に属するかを判断できるだけの情報が、インターネット等で公開され、オープンな情報となっている」という事実があれば、損害および加害者を知ったと認めてよいと判断しているように読めるが、これは参考判例の4事例とは逆に、かなり緩い判断がされているように思える。

 大阪地裁は、技術的範囲に属するか否かを判断できるオープンな環境があるという客観的な事実から、「知った」という主観的な要件を認定しており、これは、善意/悪意の判断に過失の考え方を持ち込むような気がして、個人的には認めるべきではないように思う。  民法724条は、「知った時」と規定しており、「知ることができた時」と規定してはいない。百選108事件の判示も、この境界を曖昧にする意図で述べられたのではなく、あくまで、どこまでのことを知っていればよいかについて、「賠償請求が可能な程度に知っていればよい」と述べたのではないだろうか。つまり、何をどこまで「知ったか」に基づいて判断されるべきであり、何をどこまで「知ることができたか」に基づいて判断されるべきではないと思う。

 個人的な考えを言わせてもらえば、インターネット上に情報が公開されているというだけで「損害を知った」と認定するのが妥当でないことは明らかである。参考判例1では、本件特許権を侵害していると可能性を認識し、製品の動作状況の写真撮影をしていたにもかかわらず、それでもなお、本件特許権が侵害されたという具体的な認識までは断定できないとしているのである。
 また、コイズミ社の言うように、家電量販店に隣り合って競合他社製品が並んでいたからといって、常識的に考えて、そこにいるのは営業担当者であり、知財部員ではない。知財部員ですら、自社の特許権の内容を全て把握していないし、家電量販店にいてノートPCで自社の特許公報を見ながら競合他社製品を見比べるなんてことができるはずもない。そんなことをしていたら、家電量販店から苦情が来るだろう。

 このような、前提として特許権に明るくなく、また、特許権侵害品を探すという目的を有しているわけでもない営業担当者が、競合他社製品が隣にあったからといって、この製品は特許権侵害に関係するかもしれないと思うことはないだろうし、そのような者が製造販売の事実を認識したところで、果たしてそれが「賠償請求が可能な程度」に事実を認識したことになるのだろうか。むしろそれは、確かに「製造販売の事実の認識」ではあるが、「賠償請求が可能な態様」での認識とは言えないのではないだろうか。
 損害賠償が可能な程度に損害を知るには、少なくとも、製品と特定の特許権との結び付きの認識が必要であると思う。特定の特許権が存在していることと、特定の製品が販売されていることが客観的に言えたところで、その製品がこの特許権を実施しているかもしれないといえる何らかのきっかけがなければ、具体的に、技術的範囲に属するかの検討が行われることはないだろう。

 本件の判決では、この部分の説明が欠けている。大阪地裁は、この部分の認定をせずに、いきなり、被告製品が本件特許の技術的範囲に属するか否かを検討することができるかの判断を行っているため、どこかしっくりこない判断内容になっている。
 営業担当者からしてみれば、家電量販店で複数メーカーが製造する同じ種類の製品を同じ場所にまとめて陳列するのは普通のことで、競合他社製品が隣にあるというのは何ら不思議な状況ではなく、隣に競合品があったからといって営業担当者から会社の知財部に連絡がいくとも到底考えられない。

 大阪地裁は、原告の主張に対し、「一方では注意深い権利者よりも,競業者の行為等に注意を怠った者を有利に扱うことにもなりかねないし,時効期間の進行という公平が求められる事項について,権利者の恣意的な取扱いを許すこととなり,妥当ではないというべきである」と述べており、このような考えが、判決の判断を導く要因の一つにもなったと考えられる。
 しかしながら、この考えは、片面的なように思う。なぜならば、特許権の効力は、第一義的には、専有であり、差止めにあるからである。

 仮に、特許権の行使の途が、損害賠償請求のみであったならば、大阪地裁の上述の考えも一理あるかもしれない。(そうはいっても、やはり過失の考え方を持ち出しているように読めて気持ち悪さは残るが。)
 だが、特許権に基づく差止請求が認められる以上、差止請求の側面から考えれば、注意深い権利者よりも注意を怠った者が有利に扱われるとはいえず、むしろ、注意を怠っている者の方がいつまでも他所で起こっている侵害行為に気付けずないのであるから不利なのである。そうすると、差止請求と損害賠償請求ができるという前提においては、権利者が注意を怠ろうが、注意深くなろうが、それは権利者の勝手であり、権利者に特許権侵害行為を調査する義務が課せられているわけでない以上は、大阪地裁のした考えを持ち出す必要はないと思う。また、時効期間の進行における公平性は、724条の第二号の方で客観的に保たれているのであり、第一号は主観的な要件なのだから、当事者の状況に応じた差が生じることも仕方のないことだと思う。
 

本件特有の事情

 本件では、訴訟提起時において、既に、侵害品の大半が製造販売を終了していたという事情があった。私も判決を読んでいて、この点がとても気になった。
 大阪地裁は次のように述べている。

「原告の主張によれば,原告は,各被告製品が被告のカタログに掲載され,家電量販店で原告製品に隣接して販売されていたにもかかわらず,平成22年9月から7年5か月もの長期にわたって各被告製品の存在に気付かず,各被告製品がほとんど販売を終了し,市場への影響も原告に与える損害もわずかとなった平成30年2月頃になって,突然,各被告製品の存在に気付いたということになる」

 確かに、このような事情は、侵害の事実を知りながら、漫然とそれを放置していたように思わせる。本件では被告製品1~7まで多数の製品が侵害品として挙げられており、訴状送達の時点で、その全てが販売を終了している。また、平成30年2月の時点でも、少なくとも5つの被告製品は販売を終了している。
 被告製品1~7の全ての販売期間を合わせれば、平成22年頃から平成30年頃までの約9年間の販売期間となる。これだけの長期間、トイレのシーリングライトという限られた商品が本件特許権を侵害していることに気付かずにいわれても、疑いたくなる気持ちはわかる。裁判所は、このような事情から「被告製品と本件特許権が結び付いていることは知っていたはずだ」という印象を受け、それが、今回の判断に繋がったのかもしれない。

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