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判例特許

令和4年(ネ)第10093号 差止請求権等の不存在確認請求事件(ニプロ vs エーザイ)

訴訟要件:後発医薬品の承認申請者が先発医薬品特許権の非侵害を確認する「訴えの利益」
令和5年5月10日(2023/5/10)判決言渡 判決文リンク
#特許 #権利侵害 #訴えの利益

1.概要

 本件は、ニプロ株式会社(以下、「ニプロ」という。)が、エーザイ株式会社(以下、「エーザイ」という。)の有する特許第6466339号及び特許第6678783号(以下、「本件特許」という。)についての確認訴訟を提起した事案である。

 ニプロは、医薬品の製造販売を行うために、厚生労働大臣の承認を得たかったところ、ニプロ医薬品は、エーザイ医薬品の後発品に当たり得るものであった。本件でニプロが確認訴訟を提起した背景には、後発医薬品の承認申請に関する関係法令等の定めがある。特に、行政内部における厚生労働省からの以下の通知1~3が、本件に深く関係している。

通知1
 厚生労働省は、「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」と題する都道府県衛生主管部(局)長あての厚生省薬務局審査課長通知にて、医薬品の安定供給を確保する観点から先発品と後発品との特許抵触の有無について確認するため、医療用医薬品に係る特許情報の収集等を行うこととした。

通知2
 また、厚生労働省は、「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」と題する都道府県衛生主管部(局)長あての厚生労働省医政局経済課長及び厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知(以下、「二課長通知」という。)にて、後発医薬品の承認審査に当たっては、㋐先発医薬品の有効成分に特許が存在することによって、当該有効成分の製造そのものができない場合には、後発医薬品を承認しないこと、㋑先発医薬品の効能・効果、用法・用量(以下、「効能・効果等」という。)に特許が存在する場合に、その効能・効果等については承認しない方針であることとした。

通知3
 加えて、厚生労働省は、「後発医薬品の薬価基準への収載等について」と題する都道府県衛生主管部(局)長あての厚生労働省医政局経済課長通知にて、後発医薬品の薬価基準への収載については、特許係争のおそれがあると思われる品目の収載を希望する場合は、事前に特許権者である先発医薬品製造販売業者と調整を行い、将来も含めて医薬品の安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとることとした。

 ニプロは、上記の規定に配慮し、厚生労働大臣への承認申請を行う前に、エーザイに対してニプロ医薬品の製造販売は本件特許を侵害するものではないから、2週間以内にニプロ医薬品の製造販売について本件特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知をした。
 これに対して、エーザイは、ニプロによるニプロ医薬品の製造販売について本件特許権を行使する可能性がある旨を回答した。

 そのため、ニプロは、本件特許がニプロ医薬品に対する差止請求権及び損害賠償請求権を有さないことの確認を求めて訴えを提起した。(なお、本件特許の技術的範囲に属さないことの確認も求めている。)

 エーザイは、ニプロによる確認の訴えが、「訴えの利益」を欠くものであり、訴えは却下されるべきであると主張した。
 原審である東京地裁は、ニプロの訴えは、「訴えの利益」を欠くものであるため、訴えを却下するとの判決を下し、本件で知財高裁も、東京地裁の判決を支持し、ニプロの訴えには訴えの利益が欠けるとして、ニプロの控訴を棄却した。

 ニプロの「訴えの利益」に関する主張の概要は以下の通りである。(なお、判決文に記載された主張の詳細は、「概要」の末尾に載せてある。)

主張1(地裁)「ニプロによる医薬品の製造行為に対し、現時点でエーザイには、差止請求権あるいは停止条件付の差止請求権が発生し得る」
主張2(地裁)「二課長通知に基づく運用は、行政庁における事実上の規範となっており、エーザイは、二課長通知に基づく運用を利用して原告に対して差止請求権を行使しているに等しい」
主張3(地裁)「無効審判請求は時間がかかる上に迂遠であるから、差止請求権等の不存在確認請求訴訟が最も直接的かつ効果的な手段であり、必要性も高い」
主張4(地裁)「エーザイは、二課長通知の存在を利用して原告医薬品の製造販売を阻止している」
主張5(高裁)「厚生労働省は特許権侵害を判断できないため、パテントリンケージのシステムは実質的に、特許が形式的にでも存在していれば承認しないという制度になっており、法的な問題を孕んでいる」
主張6(高裁)「技術的範囲の属否は裁判所のみが判断できる事項であるにもかかわらず、これについて、厚生労働省が二課長通知に基づく機械的な処理を行っているという状況は、法治主義に反する状況というべきであって、裁判を受ける権利や営業の自由といった憲法上の権利をも侵害するものである。」

 これに対してエーザイは、「即時確定の利益がないため、訴えの利益が認められない」と主張した。つまり、厚生労働大臣の承認前である現在において、本件特許は侵害されておらず、承認申請のためのニプロ医薬品の製造に対して何も口出ししていないのであるから、当事者間に争いは生じていないため、訴えの利益に欠けるといった主張を行った。

 裁判所は、以下の最高裁の規範に基づいて、ニプロの訴えに「訴えの利益」があるかどうかを判断し、エーザイの主張するように、承認申請段階である現時点において当事者間に争いは生じていないとし、また、ニプロの主張する「パテントリンケージ」の問題は、ニプロと厚生労働大臣との間の公法上の紛争であって、ニプロとエーザイの私人間の法律上の紛争であるということはできないことから、本件訴えに即時確定の利益があるとは認められないと判断した。

確認の利益についての最高裁の規範
「確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)」

裁判所の判断(黒字:原審の内容、赤字:本件で追加された内容。下線は付記)
「本件において、原告は、…原告医薬品の製造販売についての承認の申請をし、現在、原告医薬品の製造販売を予定して、…申請のための原告医薬品の製造を行っている。もっとも、二課長通知等は、後発医薬品の製造販売について、先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合や先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する場合に、厚生労働大臣の承認はしない方針であるとし、また、…特許係争のおそれがあると思われる品目の収載を希望する場合は、事前に特許権者である先発医薬品製造販売業者と調整を行い、将来も含めて医薬品の安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとる方針であるとしている。また、被告エーザイRDが特許権者である本件各特許が存在する。…しかるところ、本件各証拠によっては、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、更に原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いことを認めるには足りない。…近い将来において、原告が、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を除き、原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない
 被告らは、原告が現に行っている…原告医薬品の製造については、本件各特許権に基づく主張をしておらず、今後、本件各特許権に基づく主張をする意思もないとし、現在、本件各特許権は侵害されていないから、被告らに損害は生じていないと主張する。  したがって、承認の申請等のための原告医薬品の製造に関して、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない
 …被告らは、令和3年5月に、原告から原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知を受け、原告に対し本件各特許権を行使する可能性がある旨の本件回答をした。もっとも、…本件回答をもって、被告らが、現在の本件各特許権による差止請求権や不法行為による損害賠償請求権の不存在を争っているとは認められない。
 また、…本件各特許権による差止請求権は、本件各特許権の侵害又は侵害のおそれを理由として発生し得るものであり、被告らの本件各特許権の侵害を理由とする現在の不法行為による損害賠償請求権は、本件各特許権の侵害及び損害の発生等を理由として発生し得るものである。…現在において、…差止請求権等の権利を取得し得るという地位を被告らが有していると認めるに足りず、上記差止請求権等は、原告が原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けることを条件として発生しているものとは解されない。
 これらのことを考慮すると、…本件各特許権による差止請求権及び…損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない
 なお、仮に二課長通知等に基づく運用によれば、本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされないことが控訴人にとって問題であるとしても、そのことは、…控訴人と厚生労働大臣(国)との間の公法上の紛争であって、そもそも控訴人と被控訴人らとの私人間の法律上の紛争であるということはできないし、かかる公法上の紛争については承認申請に対して不作為の違法確認の訴えの提起や厚生労働大臣等に対する不服申立て等の法的手段によって救済を求めるべきであるから、控訴人の有する権利又は法律的地位の危険又は不安を除去するため控訴人と被控訴人らとの間で本件訴訟において確認判決を得ることが必要かつ適切であると解することもできない。
 控訴人は、当審において、①…現に、「医薬品として原告医薬品が厚生労働省から承認されない」という「控訴人の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在」している状況にあり、このような状況自体が現在の法的紛争であり、また、…被控訴人らに対し、裁判所による侵害の有無の判断(確認判決)さえ示されたならば、「医薬品として原告医薬品が厚生労働省から承認されない」という、控訴人の法律的地位に対する危険は除去されるのであるから、確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に該当する…などとして、本件においては確認の利益が認められるべきである旨主張する。
 しかしながら、…控訴人が主張する「医薬品として原告医薬品が厚生労働省から承認されない」という「控訴人の有する権利又は法律的地位」の「危険又は不安」とは、控訴人と厚生労働大臣との間で問題となる事柄であり、控訴人と被控訴人らとの間の「請求権の存否に係る法律上の紛争」に係るものではないし、また、かかる危険又は不安を除去するため控訴人と被控訴人らとの間で本件訴訟において確認判決を得ることが必要かつ適切であると解することもできない。

 以上によれば、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認請求について、現に、原告の法律的地位に危険又は不安が存在するとは認められず、これらの各訴えに、即時確定の利益があるとは認められない。」

ニプロの原審における主張(原審判決より抜粋)
「原告が現在行っている原告医薬品の製造行為は、承認、薬価基準収載後の製造販売行為と一連一体のものであって、また、原告は近い将来において原告医薬品を製造販売する可能性があり、現在において、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権、又は、承認を条件とする本件各特許権による差止請求権が発生し得るから、被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求には訴えの利益がある。
 二課長通知に基づく運用は、法的に根拠を有するものではないものの行政庁における事実上の規範であって、実際にはこれ以外の取扱いは認められておらず、この運用によれば被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売は承認されることはない。しかし、この運用は特許権すなわち差止請求権や損害賠償請求権の存在を理由とするものであるから、原告は、本件各特許権の存在により原告医薬品について承認、薬価基準収載されない危険を被っていることになる。また、被告らは、原告医薬品が承認され製造販売された場合には権利行使をする旨の意思を明らかにしている。したがって、被告エーザイRDに発生し得る差止請求権の存在が原告の法的利益を害している、すなわち被告エーザイRDは二課長通知に基づく運用を利用して原告に対して差止請求権を行使しているに等しいから、原告の権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているといえる。
 そもそも厚生労働大臣の承認の過程で特許の範囲や有効性などについては問題とされないから、本件各発明は被告医薬品の製造販売によって特許出願前に公然実施をされたものであり本件各特許権の行使は認められないものであるにもかかわらず、また、被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品が本件各特許権を侵害することはあり得ないにもかかわらず、原告医薬品は本件各特許権の存在のために承認されないことになる。原告は、現在の制度の下では、本件各特許について無効審判請求をすることしかできないが時間がかかる上に迂遠であるから、結局、被告らに対し差止請求権等の不存在確認請求をすることが最も直接的かつ効果的な手段であって、その必要性も高い。
 先発医薬品の製薬会社は、二課長通知に基づく運用の下、後発医薬品の参入を阻止するために、数多くの特許出願をして保護期間の実質的延長を図っている。被告エーザイRDは、二課長通知の存在を利用して原告医薬品の製造販売を阻止しているのであるから、原告の請求について確認の利益がないと主張することは信義則上許されない。」

ニプロの本件控訴審における主張(本判決より抜粋)
「パテントリンケージとは、「一般に、規制当局が後発品の承認手続において、先発医薬品に係る特許権の侵害性を考慮するシステム」(甲11の54頁右欄)をいい、このようなシステムが発動するということ自体が、控訴人において、特許権の侵害の有無という法律的地位が問題になっている状況にあることを意味するものである。すなわち、厚生労働省としては、後発医薬品が先発医薬品メーカの保有する特許権を侵害するか否かの判断ができないために、パテントリンケージが、物質特許や用途特許が形式的に存在していれば承認しないという制度になっていることが、法的な大きな問題を孕んだ状況にある。このようなパテントリンケージが問題になる状況にあること自体が、特許権の侵害の有無が問題になる法的紛争の状況であり、現に、「医薬品として原告医薬品が厚生労働省から承認されない」という、控訴人の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在している状況にある。
 そして、パテントリンケージは、あくまでも先発医薬品メーカの特許権が有効で、かつ、後発医薬品がその技術的範囲に含まれることを前提とする制度であり、本件各特許の特許権者である被控訴人エーザイRD及び原告医薬品の先発医薬品である被告医薬品の製造販売を行う被控訴人エーザイに対し、裁判所による侵害の有無の判断(確認判決)さえ示されたならば、「医薬品として原告医薬品が厚生労働省から承認されない」という、控訴人の法律的地位に対する危険は除去されるのであるから、確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に該当する。…
 現在の二課長通知に基づく承認審査の実務では、後発医薬品メーカは特許権者に対して特許無効審判を提起するしか現実的な方法がないが、これでは特許の有効性しか判断されず、後発医薬品の特許発明の技術的範囲の属否といった点が判断されることはない。技術的範囲の属否は裁判所のみが判断できる事項であり、かつ、裁判所が判断すべき事項であるにもかかわらず、これについて、厚生労働省が機械的な処理を行っているという状況は、法治主義に反する状況というべきであって、後発医薬品メーカの裁判を受ける権利や営業の自由といった憲法上の権利をも侵害するものである。」

2.判決内容の考察

2-1.判決についての感想

全体的な結果について:納得度0%

 本件は非常に複雑な問題である。

 医薬品の承認申請は、申請者と厚生労働省の間のやり取りであり、一方で、本件の訴えは、ニプロとエーザイという私人間の紛争解決を求める民事訴訟である。ニプロと厚生労働省とのやり取りの中で生ずる問題に、なぜエーザイが巻き込まれなければならないのか。
 そう考えると、関係のない争いにエーザイが巻き込まれることを不当とし、訴えの利益を認めなかった裁判所の判断は適当であったとみることもできる。

 しかし、個人的には、本件で「訴えの利益」を認めなかった裁判所の判断には反対である。

 本件において考えなければならない事情はこれだけではない。憲法上の問題、ニプロの営業の自由と公共の福祉との関係など、本件が抱える問題をより俯瞰的な立場から捉え、社会全体の利益のためにあるべき姿は何か、そのための実効性のある救済方法は何かを考えることが、司法に求められているのではないだろうか。

 救済の実現性を高めるために「訴えの利益」が要件とされているのだとすれば、「紛争の成熟性」というのも考慮要素の一つに過ぎない。本件のような複雑かつ特殊な事情の中で、ベストといえる救済の途は他にあったように思える。

 本件は、是非とも最高裁で扱っていただきたい事案である。

2-2.判決についての考察

訴えの利益

 裁判は、誰もが好き勝手に行えるものではない。裁判官のリソースも有限であり、好き放題に訴訟の提起を許すと、裁判制度そのものが回らなくなって破綻してしまう。また、訴えられた方は、訴訟に付き合わされることになり、相当な労力を割くことになる。権利行使など微塵も考えていなかった者のもとに突然訴状が送られ、権利の存否を争うことになれば、勘弁してほしいと思うのも無理はないだろう。

 そのため、裁判所が訴訟の中身(本案)について判決をするには「訴えの利益」が要求されることになる。簡単に言えば、その訴えを解決することが、それに見合うだけの価値を有していることが求められるのである。

 本件のような確認訴訟における「訴えの利益(確認の利益)」はより慎重に判断されなければならない。ある者が権利を有していることを「確認」するだけでは、具体的な紛争そのものが解決したとは言えない。例えば、AさんがBさんに100万円を貸したという貸金債権の存在が確認されたとしよう。貸金債権の存在は確認できたが、だからといってBさんから強制的に100万円を回収し、Aさんに手渡されるというわけではない。AB間の紛争は、100万円が無事にAさんの手元に戻ってくることで解消するのであり、ただ確認できたというだけでは、紛争解決の実効性は乏しいのである。

 一般に、確認の利益が認められるには、①方法選択の適切性、②対象選択の適切性、③即時確定の必要性が認められなければならないとされている。本件では特に、③の即時確定の利益(必要性)が争われており、最高裁の規範によれば「判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り」即時確定の利益は認められることになる。

 そのため、本件でも「現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているか」が激しく争われたのである。

本件における問題の所在

 医薬品の承認申請のために、その医薬品を製造することが、特許権の侵害にならないこと(特許法69条1項の試験研究のための実施に該当すること)は、既に最高裁によって示されているところである。

 そうすると、承認申請の段階における医薬品の製造行為によって、特許権者の有する特許権は侵害されていないことになる。侵害行為でない行為に対して権利行使をすることはできないのであるから、本件時点において、エーザイはニプロに権利行使をすることはできない。言い換えれば、ニプロは、エーザイからの権利行使を受ける心配もなく、いくらでも承認申請のための「製造」を行うことができる。

 本件(特に地裁判決)では、結局のところ、現時点におけるニプロの行為が特許法69条により特許権侵害には該当しておらず、エーザイがニプロに対して特許権侵害に該当するといった主張をしていない段階では、即時確定の利益が認められないという、ある意味では順当な判断がされたと評価することもできるだろう。

 しかし、本件に係る本質的な問題はここではない。ニプロにしても、承認申請段階のニプロ医薬品の製造が、エーザイの特許権によって差し止められるとは考えていないだろうし、そのような主張は全くしていない。

 本質的な問題は、承認審査における「二課長通知」の運用の存在である。二課長通知は、先発医薬品の有効成分や効能・効果等についての特許権が存在する場合には、後発医薬品を承認しない、という方針を、厚生労働省から都道府県衛生主管部(局)あてに通知する。
 また、その後の薬価基準への収載も、特許係争のおそれがある後発医薬品は、事前に特許権者との調整を行い、将来も含めた安定供給が可能な後発医薬品でないと収載手続はとられないとなっている。

 従って、後発医薬品の承認を受けるには、実質的に、後発医薬品が先発医薬品の有効成分や効能・効果等についての特許権の技術的範囲に属していないこと、を証明するか、そのような特許権が存在していたとしても、特許権者から差止請求権の行使がされないこと、を証明しなければならない。

 そのため、本件の訴えの前に、訴外でニプロはエーザイに対して、特許権による権利行使をしないことの確認を求めた。そして、これに対してエーザイが肯定的な回答をしなかったため、本件の訴えを提起したのである。

 後発医薬品の承認を受けるために、確認訴訟によって先発医薬品に係る特許権の技術的範囲に属さないことの確認判決を得ることが不可避であるにも拘わらず、その確認訴訟については「訴えの利益」がないとされ訴えが門前払い(却下判決)されてしまうというのでは、ニプロからすれば八方塞がりである。

 そして、後発医薬品が特許権を侵害していることが確定しているわけでもないのに、ニプロの後発医薬品は厚生労働大臣の承認を得ることができず、後発医薬品に対して権利行使ができる特許権を有していることが確定しているわけでもないのに、エーザイは特許権を有しているだけで実質的にニプロによる後発医薬品の製造販売を差し止めたのと同様の効果が得られている

 このように、二課長通知に基づく運用によって、明らかに不合理な実態が生じてしまうことが、本件の本質的な問題であろう。

責任の所在

 特許権侵害が確定してもいないのに、特許権の存在という事実だけで、実質的に後発医薬品の製造販売ができないというのが、結論として間違っていることは明らかであろう。これでは、特許権が本来有している権利の範疇の外にまで、特許権による排他的効力が及んでしまうことになり、法に反している。

 それでは、この間違いの原因はどこにあるのか。

 その選択は、医薬品の承認申請において二課長通知に基づく運用の仕組みを作った行政(厚生労働省)にあるか、承認を得るために必要な確認訴訟に対して「訴えの利益」を認めなかった司法(裁判所)にあるか、の二択である。

 本件で知財高裁は以下のように述べており、この責任の所在は行政にあると判断している。

知財高裁の判断
「二課長通知等に基づく運用によれば、本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされないことが控訴人にとって問題であるとしても、そのことは、…控訴人と厚生労働大臣(国)との間の公法上の紛争であって、そもそも控訴人と被控訴人らとの私人間の法律上の紛争であるということはできないし、かかる公法上の紛争については承認申請に対して不作為の違法確認の訴えの提起や厚生労働大臣等に対する不服申立て等の法的手段によって救済を求めるべきである

 しかし、本件の問題は、後発医薬品の承認申請者と厚生労働省(国)の間だけで解決すべき問題と言っていいのだろうか。

 二課長通知に基づく運用が有している問題は、どのように解決されるべきなのかを、本質面から考える必要があると思う。

憲法上の問題(営業の自由との関係)

 憲法22条には、「何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有する」と記されており、営業の自由は、憲法により保障される権利である。医薬品の製造販売は、原則的には、営業の自由により保障されるため、医薬品の製造販売を行おうとする者は、不当な制限を受けないことが、憲法上の権利として保障されている。

 一方で、憲法22条は「公共の福祉に反しない限り」とも記しており、公共の福祉のためであれば、合理的な範囲で営業の自由は制約を受けることになる。
 医薬品の製造販売に「厚生労働大臣の承認」という条件が付されていることも、営業の自由に対する制約であるが、誰でも製造した医薬品を自由に販売できるとなれば、副作用の強い医薬品や、人体への有害な作用も及ぼし得る医薬品などが勝手に流通することになり、かえって社会を混乱させてしまうことは容易に想像がつく。
 よって、医薬品による人体への影響に関し、きちんと安全性が認められた上で、医薬品が製造販売されるようにするために、厚生労働大臣の承認を要することとした行政による制約は、公共の福祉のための合理的な制約を言えるだろう。

 それでは、「二課長通知」が定める厚生労働省の運用(行政内部の方針)は、この観点で、合理的な制約と言えるだろうか。

 まず、「二課長通知」の目的は、「医薬品の安定供給を確保する」ことにあると認めることができる。
 医薬品の安全面の審査をクリアし、厚生労働大臣の承認を経て製造販売を開始した後に、その医薬品が特許権侵害によって差し止められてしまっては、それまで供給されていた医薬品の供給が突然ストップし、その医薬品を必要としている者に十分な供給がされないという事態に陥ることが考えられる。その者がこれまで製造販売していた医薬品を、急に別の者が製造し賄えるかといえば、製造キャパの問題もあるため、すぐに対処できるとは限らない。このような事態はかえって社会を混乱させることから、特許権侵害が起こらないことを事前に把握しておきたいというのは、至極真っ当な考えである。(目的は合理的である。)

 それでは、どのような医薬品に対しても、「特許権侵害のおそれがないこと」を事前に把握しておくことを要求してもいいかといえば、それはできないだろう。膨大な特許を全て確認するというのは現実的ではなく、仮に、医薬品を製造販売しようとする者がこのような制約を受けるとしたら、それは合理的な範囲の制約とはいえず、憲法22条に反するはずである。

 だが、二課長通知は、あくまで、先発医薬品と後発医薬品という関係を対象にしている。後発医薬品が、先発医薬品と同等の有効成分を有していたり、同様の効能・効果等を有することは、当然に予想されることであり、そうすると、世界中の特許を侵害しているか否かはわからないにしても、後発医薬品が先発医薬品に関する特許権を侵害している可能性は十分に考えられる。

 このように、承認申請の段階において、特定することが容易であり、かつ、その医薬品に関係することが当然に予想される特許権のみを対象にして、この特許権の行使によって医薬品が差し止められないことを事前に確認しておくことは、不当な制約ではなく、むしろ「医薬品の安定供給を確保する」という目的に対する効果も高いといえるのであり、合理的な範囲の制約といえるのではないだろうか(個人的には、必要的な範囲の制約といってもいいと思う)。

 そして、厚生労働省が医薬品に係る特許情報の収集を行っていることも考慮すれば、先発医薬品に係る特許権は特定も容易であり、後発医薬品に関係することも当然に予想されるのであるから、「後発医薬品の承認申請の段階において、後発医薬品が先発医薬品に係る特許権によって差し止められないこと」を事前に確認することは、公共の福祉のために必要と言ってもいいように思う。

 つまり、二課長通知に基づく運用は、それによって当事者が不利益を受けるとしても、その不利益が甚大なものでなければ、当事者に甘受してもらい、実現するのが好ましい運用と思えるのである。

後発医薬品の申請者と厚生労働省との間だけの問題か

 上述したように、仮に、「医薬品の安定供給を確保する」という目的で、厚生労働省が「二課長通知」の方針に基づき承認審査を行うことが憲法違反でないとするならば、この運用によって生じる問題を、後発医薬品の申請者と厚生労働省だけの問題とするのは適切と言えるだろうか。

 両者の合意が得られない場合、事前に「特許権による差し止めがされないこと」を保証するには、後発医薬品の製造販売をする者と特許権者との間に既判力(確定判決)が必要であり、行政訴訟では実質的な解決にならない。従って、特許権者の協力無くして、この運用の実現は図られないのであり、特許権者にも合理的な範囲で制約を甘受してもらうのが筋というべきだろう。

 たとえ二課長通知に基づく運用の規定そのものが憲法違反でないとしても、「訴えの利益」が認められない結果、後発医薬品の承認申請者が、特許権侵害のおそれがあるか否かも明らかになっていない状態で、医薬品の製造販売の承認が受けられないとすれば、違憲となる可能性は高い。

 それでは、他に、この問題を解決する別の手段はないか。

 本件を読んで私の頭に真っ先に浮かんだのが、特許法71条の「判定」であった。民事訴訟における訴えの利益が認められないなら、判定の制度を利用して「後発医薬品が先発医薬品に係る特許権の技術的範囲に属さない」という結果を得ることで、二課長通知の条件がクリアされるようにすれば、行政(特許庁)だけで処理することができる。

 しかし、二課長通知に基づく運用の目的が「医薬品の安定供給」にあるとするならば、法的拘束力を持たない「判定」の結果を得たところで、承認申請後に民事訴訟が提訴され、差止訴訟がされるというリスクは残ったままであり、実効性がない。

 事実、ニプロは、本件特許に対して特許法71条の判定を求めており(判定2022-600001)、「ニプロ医薬品はエーザイ特許権の技術的範囲に属さない」という結果を得ている。しかし、この判定において、エーザイは何らの答弁も行っておらず、議論に参加していないため、特許庁は、ニプロの言い分だけで判定の結果を出している。このような「判定結果」によって二課長通知の条件をクリアさせても、「医薬品の安定供給」という目的は達成されないため、やはり「判定」では役不足である。

 加えて、本件で知財高裁が述べているような「不作為の違法確認の訴え」や「不服申立て」等の法的手段を採ったとしても、実効的な解決には繋がらないように思う。承認申請者が厚生労働省に対して二課長通知の運用による未承認を争うことは、二課長通知の違憲違法を争うことであり、二課長通知の運用を無くす以外に、承認申請者の救済を図ることはできないだろう。しかしこれでは、「医薬品の安定供給を図る」という目的そのものを放棄することになってしまう。

 このように、「訴えの利益」を認めないという結論は、先発医薬品に係る特許を有する特許権者を訴訟負担という不利益から保護する代わりに、後発医薬品の承認申請者の営業の自由を不当に侵害するか、第三者へ医薬品の安定供給を図ることを諦めるかの、いずれかを強いるという、利益衡量に欠けた結論になってしまうのではないかと思う。

 二課長通知に基づく運用が有する問題を、承認申請者と厚生労働大臣(国)の間だけの問題と捉えるのは建設的ではなく、やはり、「訴えの利益」を認めて、承認後の紛争の発生を未然に防ぐのが、全体の利益及び不利益のバランスを考えても、妥当なように思える。
 承認申請の段階において確認訴訟を認めることは、何も特許権者だけが負担を被るわけではなく、承認申請者も同様に訴訟追行の負担を被るのであり、両者が受ける制約は公平に分担されているのである。

判例変更の必要性

 確認訴訟の「訴えの利益」には、即時確定の利益が求められるところ、この「即時確定の利益」というのは、現時点において確認することが有益といえるかの話であり、いわば「紛争の成熟性」の議論である。

 一方で、上述したように、二課長通知の運用は、紛争が成熟する前に不安を除いておきたいという運用であり、紛争が成熟するのを待ってからでは遅いから、予め紛争の種を無くしておこうとするものである。

 そのため、本件で知財高裁が挙げた最高裁の規範では、「訴えの利益」を認めることは難しいかもしれない。

 最高裁の規範は「現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在する」ことを求めているが、本件は「現在」の問題ではなく、また、原告の有する法律的地位に対して危険又は不安を抱えるのは、医薬品の使用者たる第三者である。
 言い換えれば、本件における「訴えの利益」については、「将来の法律関係の確認」を認めてよいかという問題と、「第三者において存在する危険又は不安を、当事者間の訴えの利益の有無の考慮要素としていいか」という問題という、二つの問題が孕んでいるのである。

 将来の法律関係についての「訴えの利益」については、原審である地裁判決において、最高裁の以下の規範が引用されている。

「将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合においても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる(最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。」

 確かに、その法律上の争訟が、当事者間の紛争でしかないのであれば、「現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる」と言っていいように思う。しかしながら、上記の最高裁判決は、本件のように第三者の事情が入る場合までをその射程に含めているかは疑問である。

 二課長通知に基づく運用は、「医薬品の(使用者への)安定供給」のために、「現実に争訟の発生するのを待って」からでは遅いからこそ、事前の確認を要求しているものであり、医薬品の製造販売の承認という特殊なケースにおいて、更に、先発医薬品と後発医薬品という関係のみを対象にするものである。

 そして、特許権の権利範囲は、登録後に拡張されることはあり得ないのであるから、事前に確認判決を得ておけば、原告の勝訴によって後発医薬品の承認後に先発医薬品に係る特許権を行使されないことが明らかとなり、原告の敗訴によって特許権の存続期間中に後発医薬品が承認されないことが明らかとなり、いずれにしても、後発医薬品の製造販売が開始されてから特許権の行使によって製造販売が差し止められ、第三者への医薬品の安定供給が図れなくなるという不安は除去されるのである。

 これらの事情を総合的に考慮すれば、原審で地裁が挙げた最高裁の規範に固執するのではなく、広く大域的な視野でもって本件のあるべき解決の姿を考えた上で「訴えの利益」の有無を判断して欲しかったというのが、個人的な本音である。

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