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令和6年(行ケ)第10023号 拒絶審決の審決取消訴訟(株式会社フライトソリューションズ vs 特許庁)

補正:「削除補正」について目的要件(減縮)が認められた事例
2024/11/13判決言渡
#特許 #補正 #目的要件

1.概要

 本件は、特許庁の拒絶審決に不服のある株式会社フライトソリューションズ(以下、「フライト社」という。)が、審決の取消しを求めた事件であり、知財高裁が審決を取り消した事件である。
 本願(特願2021-80176)の出願人であるフライト社は、拒絶査定不服審判と同時に特許請求の範囲を補正したが、特許庁は目的要件違反(特許法17条の2第5項各号)と判断して補正を却下し、当該補正前の本願発明について進歩性がない(29条2項)と判断した。
 本件で知財高裁は、目的要件違反はないとして、当該補正を却下した本件審決は誤りであると判断した。(※知財高裁は、当該補正後の本願発明についての進歩性は判断していない)
 なお、取消判決後、特許庁は、補正後の本願発明について、新たな引用文献を挙げて29条1項3号及び2項(新規性及び進歩性)の拒絶理由通知を出し、フライト社はさらに特許請求の範囲を補正して、特許審決を得ている。

 当該補正前後の請求項1の記載(以下、「本件補正発明」という。)はそれぞれ以下の通りである(下線部が補正部分)。なお、本件は補正により削除された部分が争点となっているため、その部分も示しておく。

【当該補正前の請求項1】(色字は、補正により削除される部分)
 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、
 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、
 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、
 前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、決済に関する情報の入力の有無に関係なく、情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又は前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。

【当該補正後の請求項1】
 決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、
 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、
 前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、
 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、
 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、
 前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。

 特許庁の拒絶審決では、上記の補正を次のように判断し、補正が不適法であるとした。

特許庁の審決(判決より抜粋)
「本件補正のうち、本件補正前の請求項1から「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との発明特定事項を削除する補正事項4は、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様を限定する事項を削除するものである。
 例えば、本件補正前の請求項1では、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「決済に関する情報の入力」が無い場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」しない一方、「決済に関する情報の入力」が有る場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様が排除されていたが、本件補正後の請求項1では排除されないことになる。
 したがって、補正事項4は、特許請求の範囲を減縮するものではない。
 その他、補正事項4を含む本件補正は、特許法17条の2第5項各号に規定する補正要件を満たしていない。」

 また、特許庁の判断に対し、本件訴訟でフライト社は次のような主張をした。

フライト社の主張(判決より抜粋。下線は付記)
「本件補正前の請求項1の記載は、決済の用途に用いられる情報記憶媒体(以下「決済用カード」という。)、決済以外の用途に用いられる情報記憶媒体(以下「非決済用カード」という。)の双方が処理対象たり得る記載となっていた。
 しかし、補正事項1(「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」の追加)、補正事項3(「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、」の追加)は、本件補正発明の処理対象が、決済に関する情報の入力がなされていない「非決済用カード」であって、「決済用カード」を処理の対象としていないことを明確にするものである。
 補正事項4も同趣旨であって、決済に関する情報が入力されていない「非決済用カード」の処理は、「決済に関する情報の入力」とは無関係であるから、これを削除したものである。
 このように、「決済用カード」を処理の対象としない以上、決済に関する情報の入力がある場合に待ち受け状態に維持する態様がそもそも排除されていることから、補正事項4は、補正事項1、3と相まって「決済用カード」を処理の対象としないことを明らかにするものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。」

 知財高裁は次のように判断した。

知財高裁の判断(判決より抜粋。下線,、太字は付記)
「ア 本件補正に係る補正事項のうち、「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」(補正事項1)の追加は、…特許請求の範囲の減縮に当たると認められる。
 また、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、」(補正事項3)の追加は、読み取り部の機能として、「決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体」を読み取り可能であることを限定するものであり、特許請求の範囲の減縮に当たると認められる。
 原告は、上記の補正により決済用媒体を処理の対象としていないことを特定していると主張するが、これらの補正事項は、それぞれ「決済以外の用途において適用可能」、非決済用媒体から「読み取り対象の情報を読み取り可能」であることを特定するにとどまり、決済用媒体を対象に含む決済・非決済共用端末を除外しているとは解されないから、同主張を採用することはできない
 イ その上で、本願発明の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」を削除する補正事項4についてみると、文言上は、「前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを」「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様(以下「本件態様」という。)を限定していた事項を削除するものであるから、「『決済に関する情報の入力』の有無が本件態様に関係する情報処理端末」は、本願発明の範囲には含まれていなかったが、本件補正発明の範囲には含まれることになったと解釈する余地がある
 しかし、本願発明は、決済に関する情報(金額情報、支払方法、決済に使用されるカードブランドの情報など)をユーザが入力してから決済に使用されるカードの読み取り操作を促す処理及び表示を行うという従来技術の構成では、決済以外の用途への適用が難しいという課題を解決するため、決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、接触型・非接触型の別を問わず、情報記憶媒体から短時間で必要な情報を読み取り可能な情報処理端末を提供するものであり(【0004】~【0007】)、この点は、本件補正発明においても同様である。
 そして、「決済に関する情報の入力の有無が本件態様に関係する情報処理端末」としては、「決済に関する情報の入力」によって初めて本件態様になるような情報処理端末が考えられるが、このような情報処理端末を利用するためには、常に「決済に関する情報」の入力が要求されることになるから、本願発明及び本件補正発明の趣旨目的に反するものであるのみならず、例えば、マイナンバーカードのような非決済用媒体を処理対象とする場合には、「決済に関する情報」そのものがないのであるから、「決済に関する情報の入力」がない限り待ち受け状態とならないとすると、いつまでも本件態様となることができず、非決済用媒体を読み取ることができない。そのような端末は「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末」とはいえない。
 逆に「決済に関する情報の入力」により本件態様が終了するような情報処理端末も一応考えられるが、このような端末は、当該入力後は読み取り可能ではなくなり、決済・非決済共用端末の場合において、決済に関する情報を入力すると決済目的で情報処理端末を利用することができなくなる、いい換えると、決済処理を行わないのに決済に関する情報を入力する手段を設けるという、およそ不合理なものとなる。
 補正事項4を含む本件補正後の発明が、これらの「決済に関する情報の入力の有無が本件態様に関係する情報処理端末」をその技術的範囲に含むと解することは、合理的な解釈とはいい難い。
 むしろ、本願発明及び本件補正発明の技術的範囲の内容について、本願明細書の内容を考慮して解釈するならば、本件補正の前後を通じ、本件態様となるために「決済に関する情報の入力」が不要であることに変わりはなく、本願発明の「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言は、決済以外の用途において適用可能であることを特定していたにすぎないものと解するのが相当であるから、補正事項4により、本件補正発明に本願発明に含まれていなかった事項が含まれることにはならない
 ウ 補正事項1及び3が特許請求の範囲の減縮に当たることは前記のとおりであり、補正事項4が新たな事項を追加するものではない以上、結局、本件補正は、全体として特許請求の範囲を減縮するものに当たる。これに反する被告の主張は、以上述べた理由により、採用することができない。
 したがって、補正事項4を含む本件補正は特許法17条の2第5項2号に規定する「特許請求の範囲を減縮」する場合に該当するから、同号の補正要件を満たしていないとする本件審決の判断には、誤りがある。」

2.雑感

2-1.判決についての感想

全体的な結果について:結論納得度0% 判断納得度20%

 本件は、結論(結果)については、明らかに間違いであるとは思うが、率直な感想をいえばどちらでもいいように感じた。しかし、本件知財高裁の判断(法律構成)をみたときに、知財高裁の判断は十分な説得力を示せていないように見受けられるため、判断納得度も低い数字となっている。

 私は、本件は「情状酌量判決」のように捉えている。

 つまり、補正要件を厳しくみて出願人の主張を排斥するのは、出願人に酷であり(可哀想)実体的な救済に欠けるという裁判所の心証が働いたのではないかと推測している。この点について少し補足してみよう。

 補正前の請求項1は、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、情報記憶媒体からの上方の読み取りが可能な状態(待ち受け状態)に維持する情報処理部を備える情報処理端末」の発明であった。
 これは、技術内容としては「決済用カード(クレジットカードなど)でも非決済用カード(マイナンバーカードなど)でも、どちらでも読み取りが可能」ということを特定しようとした記載と評価することができる。つまり、補正前の請求項1に係る発明のスコープは、決済用/非決済用のどちらにも及んでいたといえる。
 一方で、補正後の請求項1は、「決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であり、決済に関する情報の入力がなされていない情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取ることのできる接触型/非接触型の読み取り部を備える情報処理端末」の発明となった。
 確かに、補正後の請求項1に係る発明は、オープンクレームであるため、発明の適用範囲として「決済用カード」にも使えることを除外してはいない。しかし、それはあくまでオープンクレームであるが故の話で、本願発明において特定される技術の外側の話である。
 そして、補正後の請求項1に係る発明が、どのような技術を特定しようとしているのか(発明のスコープはどこか)というと、決済に関する情報が入力されていない情報記憶媒体=非決済用カードへと、対象が限定されたといえる。(決済用カードを対象に、請求項1に係る発明特定事項が全て充足されたとしても、請求項1に係る発明が実施されたとはいえなくなったのである。)

 このように、発明のスコープが「決済用/非決済用のどちらでもよかった」ものから「非決済用」へと限定されたときに、請求項1に「決済に関する情報の入力の有無に関係なく」という文言がそのまま残っているのはいかがなものか。

 発明を言葉で表現する側の出願人は、発明を明確に記載する責任を有している(36条6項2号)。全体として発明のスコープを「非決済用」に限定しながらも、決済用/非決済用のどちらをも対象とするような発明特定事項が記載されていたら、明確性要件のリスクを感じても、心情的には頷ける。

 仮に、補正ではなく、出願時の請求項1が「補正後の請求項1」の内容であったとしたら、審査官が明確性要件違反を指摘した可能性は十分に考えられるだろう。
 また、ほとんどの当業者が、「非決済用カードから情報を読み取って処理する発明のはずなのに、決済に関する情報の入力の有無に関係ないという特定事項がなぜあるのか?」と疑問に思うだろうし、深読みすれば、この特定事項を入れることで、発明の適用範囲を不当に広げようとしている(特許査定後の発明の解釈論でこの特定事項を利用した有利な主張をしようと企んでいる)のではと疑うこともできる。

 こうしてみると、出願人が「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との発明特定事項を削除した行為は、実質的にみれば、後から余計な疑義や解釈を生ませないようにするために利益的行為といえ、これを補正の目的要件違反という形で排斥することは、正義に反すると考えられるわけである。

 しかし、裁判所の判断は、法律に基づくものでなければならない。法を超えた救済は、法治国家という前提そのものを壊してしまうから、裁判所は法を超えた救済を独自に図ってはいけないし、現行法に(救済に欠ける)不備があるならば、それは立法で解決するというのが法治国家における三権分立の役割であろう。

 そのため、仮に裁判所が「出願人を救済しないことは正義に反する」という心証を抱いたとしても、法解釈に基づいて当該補正が目的要件違反ではないといえる説得的な説明ができなければならない。この点について、本件の裁判所の判断は、いくつかの課題を残しているように思えるため、課題について述べてから、最後に今回の結論の誤りについても述べておく。

2-2.課題1:条文との整合

 17条の2第5項各号に記載される目的要件は「請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明」の4つに限られる。
 本件の削除補正が、請求項の削除と誤記の訂正に該当しないことは明白であり、また、明りょうでない記載の釈明は「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。」とされているため、これにも該当しない。
 そうすると、特許請求の範囲の減縮ということになるが、これについては「第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。」とされている。
 そのため、第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであることを説明できなければならない。そして、発明特定事項(発明を特定する事項)は、基本的には構成要件の形式で表現される
 特許請求の範囲の減縮に当たると認められた補正事項1及び3はそれぞれ、「情報処理端末」「接触型/非接触型の読み取り部」を限定するものであり、削除補正(補正事項4)の対象となっている「情報処理部」を限定するものではない

情報処理部という発明特定事項に着目すれば、補正の前後で情報処理部は何ら限定されていないのである

 本件知財高裁は「補正事項4により、本件補正発明に本願発明に含まれていなかった事項が含まれることにはならない。」と述べているが、これは「拡張されていないこと」の認定判断であって「限定したこと」の証明にはなっていない
 この点、本件知財高裁は「補正事項1及び3が特許請求の範囲の減縮に当たり、補正事項4が新たな事項を追加しない以上、結局、本件補正は、全体として特許請求の範囲を減縮するものに当たる。」と述べている。
 しかし、補正事項4という「事項」が限定されていないが、全体としてみたときに補正が減縮に当たるという判断は、法律判断としてはいかがなものかという疑念が残る。「全体としてみたときに減縮に当たればよい」というのであれば、その論理は、訂正における減縮補正と変わるところはなく、17条の2第5項第二号がわざわざ定めている規定に応えた判断とは言えないのではないか。
 裁判所は「事項」という言葉を使っており、当該事項が「新たな事項を追加しない=拡張されていないこと」を以て、「限定するもの」と規定される条文への当てはめを充足するという論理構成を採用しているが、私は十分な説得力を感じない。

2-2.課題2:実質的な不利益

 本件知財高裁は「補正事項4により、本件補正発明に本願発明に含まれていなかった事項が含まれることにはならない。」と述べているが、その具体的な判断において「本願発明及び本件補正発明の技術的範囲の内容について、本願明細書の内容を考慮して解釈するならば、」と述べている。

しかし、何でも解釈論に持ち込んで片付けようとするのは裁判所の悪いところである

 解釈論は「争点」であり、裁判所が判断するまではっきりしないものである。解釈論に頼ること自体が、法的不安定性を生じさせるということを、裁判所はもう少し意識した方がよいだろう。請求項に記載されていれば、解釈論に持ち込まずとも技術を特定できるという法的安定性が第三者に与えられるのである。

 請求項に「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、待ち受け状態に維持し」と記載されていれば、決済に関する情報の入力の有無に関係なく待ち受け状態に維持されていることが充足性の判断要素となることは明らかである。
 しかし、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」という記載がなく「待ち受け状態に維持し」と記載されていた場合に、特許権者や第三者が『この発明の技術的範囲は、実質的には「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、待ち受け状態に維持し」に等しいから、決済に関する情報の入力の有無に関係なく待ち受け状態に維持されていることが充足性の判断要素となる』などと議論を展開することは期待できるだろうか?
 私には全く想定できないし、解釈論を展開して、実質的な要証事項を「待ち受け状態に維持し」という内容から「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、待ち受け状態に維持し」という内容に限定した上で、充足論の立証活動を行うというのは非現実的であるとすら思える。

「決済に関する情報の入力の有無に関係なく」という事項が削除されれば、充足論における特許権者の証明事項は明らかに「待ち受け状態に維持されているか」だけで済み、決済に関する情報の入力の有無に関係するか否かについての証明など要求されないのである。

 さらに、補正後の請求項1は、確かに発明のスコープを「決済に関する情報が入力されていない」ものに限定してはいるが、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく」という事項が残っていれば、「決済に関する情報の入力が有った場合にも待ち受け状態に維持されていること」を証明しなければならないのであり、当該事項が削除されるとこの証明は不要となり「決済に関する情報の入力が無い場合に待ち受け状態になっていさえすればよい」ということになる。

 このようにしてみると、「解釈論」を前提として、発明内容に実質的な拡がりはないといっても、特許権者と第三者の関係では、当該補正事項の削除によって、実質的に第三者が不利益を被ることになっているのではないだろうか。
 本件知財高裁は、「明確に請求項に記載されていること」の効果を軽視し(あるいはそこまで意識が回っておらず)、裁判所お得意の解釈論を持ち出した。しかし、解釈論という特権的な判断で物事を決定できる立場にある裁判所と、解釈論を展開しても裁判所が判断するまで物事が決定されない立場にある特許権者および第三者の違いを適切に把握できていたのかに疑念が残るところである。

2-2.課題3:利益衡量(出願人は十分な責任を果たしたか)

 最後に、出願人側における(事実上の)注意義務について触れておく。

 特許権という権利を欲する側の出願人には、要件に適合する請求項を記載する責任がある。その責任を果たさなければ、記載要件違反となって特許権は与えられないわけだが、特許権という権利の強力さを加味すれば、出願人に相応の責任を課したとしても過度な負担とはならないだろう。それほどに、独占排他権という権利は、独占をよしとしない市場経済の中では異質的であり、凶悪といってもいい権利なのである。

 また、本件特許のように、弁理士(特許事務所)が代理人となっている案件においては、法定される要件に対するケアを十分に考慮して対応できる立場にあるのだから、出願人側には「リスクの生じるような安易な補正は避けるべき」という専権業務として当然に果たすべき事実上の注意義務があると解しても、特別不均衡ということにはならないように思える。(弁理士は、法律素人ではなく、知財法のスペシャリストなのである)

その上で、今回の削除補正が補正の目的要件違反のリスクを生む、というのは弁理士であれば当然に気付くことではないかと思う

 そして、そのリスクを承知の上で今回の補正に踏み切ったのであれば、一般人の目線からみて「出願人に酷」と思えたとしても、殊更に出願人を救済することがかえって均衡を崩すことにもなりかねないだろう。

 発明のスコープが非決済用に絞られたというニュアンスを出したいのであれば、例えば、
「前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、決済に関する情報の入力の有無に関係なく、情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、」
との記載から赤字部分を削除するのではなく、
「前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、決済に関する情報の入力が無くとも、情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、」
と補正するなどの工夫をすれば、まだ収まりがよかったかもしれない。

 「無くとも」とすれば、非決済用にフォーカスしたというニュアンスは表れるだろう。また、「無くと“も”」なので、入力が有っても待ち受け状態に維持されることは反射的に特定されていると言えるだろうし、補正の意図と、拡張になっていないことについては、意見書あるいは審判請求書できちんと述べておくべき主張であろう。
 この補正は、実質的な拡張にも減縮にもなっておらず、目的要件に規定される「限定するもの」とはなっていないという意味では、削除補正と同様に、条文との整合性が気になるところである。
 だが、それこそ情報処理端末や読み取り部の減縮補正(補正事項1や3)に伴って修正したものであれば(他の発明特定事項の減縮補正によって生じる付随的な補正といえれば)、「限定するもの」の法解釈に含めることも可能であろう。
 つまり、限定の直接の対象は補正事項1および3であるが、これに付随して必要になる補正ならば、当該補正自体が限定する内容となっていなくとも、実質的には補正事項1および3の減縮補正を実効ならしめるための補正といえるのであって、減縮補正のための必要的補正という位置付けで17条の2第5項第2号に適合するとの法解釈は許容されるように思える。

 上記の例に限らず、外形的に見て単に削除しただけと取られるような単純な削除補正ではなく、よりリスクの小さくなる他の方法を出願人は採れたであろうし、少なくとも代理人弁理士は、明らかに予見されるリスクを回避するという代理業としての事実上の努力義務(注意義務)があったように思える。

 本件の判決文には、出願人側が「削除補正」をしたことが致し方ないことだったかについての考察が何ら記載されていない。

 出願人側に果たせる対処法があり、果たすことが難しくない対処法があるならば、当然に予見できるリスク回避のための対処をせずに、リスクの高い選択をした出願人側を保護する必要があったのか。「削除補正」というリスクからの救済を判断する上で、裁判所はこのようなこともきちんと考えながら心証形成すべきではなかったかと思うところである。

2-3.本件知財高裁の判断が誤りであることについて

 これは特許庁のミスリードかもしれないが、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との事項が削除されたことによって、特許庁は「補正前は「決済に関する情報の入力」が無い場合には待ち受け状態に維持しない一方、「決済に関する情報の入力」が有る場合には待ち受け状態に維持」する態様が排除されていたが、本件補正後の請求項1では排除されないことになる。」と述べ、減縮補正の目的要件違反と判断した。

 この流れを受けて、本件知財高裁は、「『決済に関する情報の入力』の有無が本件態様に関係する情報処理端末」が補正後の発明に含まれるか否かを判断し、これが判断の中心となった。

 確かに「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」という文言の反対は、「決済に関する情報の入力の有無に関係して」であるため、この文言が削除されれば、「決済に関する情報の入力の有無に関係して」が含まれることになる。
 そして本件知財高裁は、文言上含まれるとしても、考えられる具体的な態様として①「決済に関する情報の入力」によって初めて本件態様になるような情報処理端末と、②「決済に関する情報の入力」により本件態様が終了するような情報処理端末を挙げて、それぞれが発明として成立しないといった点(総当たりで潰していくような手法)から、削除したところで「決済に関する情報の入力の有無に関係する態様」は含まれないと判断した。

 つまり、「決済に関する情報の入力の有無に関係する態様」という点にしか着目していないのである。

 しかし、「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との事項が何を特定しているのかについて、決定的な見落としがある。

 「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」との発明特定事項は、「決済に関する情報の入力の有無に関係する態様が含まれないこと」を特定しているだけでなく、「決済に関する情報の入力の有った場合にも待ち受け状態になり、決済に関する情報の入力の無かった場合にも待ち受け状態になること」を特定しているのである。
 なぜなら、入力が有った場合も入力が無かった場合も情報が待ち受け状態になることは、入力の有無に関係なく待ち受け状態になることを特定するための前提条件(必要条件)となっているからである。

 補正前の情報処理端末における情報処理部は、少なくとも、決済に関する情報が入力された情報記憶媒体から情報を読み取り可能であり、決済に関する情報が入力されていない情報記憶媒体から情報を読み取り可能である待ち受け状態を維持することが、発明の技術的範囲に含まれるために必要であった。
 しかし、補正後の本件発明を見てみよう。「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」が削除されたことで、情報処理部において、決済に関する情報が入力されていない情報記憶媒体のみから情報を読み取り可能である待ち受け状態であっても、補正後の発明の技術的範囲に含まれることになる。

つまり、非決済用のみから情報の読み取りが可能な専用の情報処理部は、補正前の本件発明からは明らかに除かれていたにもかかわらず、補正後の本件発明は、非決済用のみから情報の読み取りが可能な専用の情報処理部を含んでいるのであり、削除補正によって発明の技術的範囲が拡張されていることは明白なのである。

 なお、本件知財高裁は、原告の「補正により決済用媒体を処理の対象としていないことが特定された」との主張を排斥し、決済用媒体を対象に含む決済・非決済共用端末を除外しているとは解されないとしている。
 仮に、非決済用のみを処理対象としているならば、もはや「決済に関する情報の入力の有無に関係なく待ち受け状態になる」という事項は矛盾するため、これを削除することも減縮に伴う付随的・必要的な補正として許される余地もあろうが、情報記憶媒体が、決済用(共用)でも非決済用(専用)でも構わないとしながら、補正前の情報処理部は明らかに共用であったのに、補正後の情報処理部は専用でもよいとするのはいかがなものか。

 私自身、これほど明白に、自信を持って、知財高裁の判断が間違っていると言える件は初めてかもしれない。

 当然ながら、本件知財高裁は明らかに判断を誤ったものと考えられるため、本件からの実務への学びはない。寧ろ、本件を参考にした安易な「削除補正」は控えた方がよいだろう。

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