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判例特許

令和4年(行ケ)第10127号他 有効審決の取消請求事件(テバ・ホールディングス他 vs ジー.ディー.サール、リミテッド)

明確性要件:PBPクレームにおける明確性の判断~方法的記載の明確性~
2024/3/18判決言渡 判決文リンク
#特許 #明確性要件

1.実務への活かし(雑感まででいえること)

・権利化 無効化 #明確性 #PBPクレーム

 PBPクレームの場合、請求項のうち方法が記載されている部分(以下、「方法的記載部分」という。)の明確性要件の判断には、「方法的記載部分の明確性」+「不可能・非実際的事情」の2つが要求されることに留意すべきである。方法的記載部分が不明確な発明は、「不可能・非実際的事情」を判断するまでもなく、明確性要件違反とされる。

∵本件で知財高裁は、本件発明を「製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするもの」と理解した上で、「本件においては、不可能・非実際的事情を検討する以前の問題として、そもそも特許請求の範囲に記載された製造方法自体が明確性を欠くものである。」と判断し「不可能・非実際的事情の検討をするまでもなく、明確性要件に違反するもの」と結論付けた。

2.概要

 本件は、特許権者ジー.ディー.サール、リミテッド、ライアビリティ、カンパニー(以下、「特許権者」という。)の有する特許第3563036号(発明の名称「セレコキシブ組成物」。以下、「本件特許」という。)の無効審判を請求し、請求不成立とされた審決の取消しを求める事案である。
 また、5つの事件が併合審理されており、各事件の請求人は、テバ・ホールディングス合同会社、東和薬品株式会社、日医工株式会社、日本ケミファ株式会社、ヘキサル・アクチェンゲゼルシャフトである(以下、「請求人」という。)。

 争点は、明確性要件の判断である。(他にも争点はあるが、ここでは割愛する。また、サポート要件については、判決の拘束力との関係で考察すべき部分があるが、明確性要件だけで相当な文量となったため、こちらについては別の記事で紹介する。)

 事件の経緯として、前訴取消判決がある。
 無効審判が請求され、第1次審決として「請求不成立」とされ、これに対する取消訴訟(平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号)で第1次審決は取り消された。このときの取消原因は「サポート要件違反(36条6項1号)」である。
 そして、判決確定により特許庁に戻され、特許権者は訂正請求をした。特許庁は「本件訂正を認めた上、請求不成立」と判断したため(以下、「本件審決」という。)、これに対する取消しを求めたのが本件訴訟である。

 訂正後の請求項1(以下、「本件訂正発明1」という。)は以下の通りである。

【請求項1】(下線部が訂正部分)
 一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって、
 セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、
 粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD9030μmである粒子サイズの分布を有し、
 ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む
製薬組成物。

 本件審決の明確性要件についての判断の要旨は以下の通りである。

本件審決の要旨(判決より抜粋。下線は付記)
「イ 本件訂正発明は明確であり、同条6項2号所定の明確性要件に適合する。なお、本件訂正発明は、物の発明の特許請求の範囲に製造方法が記載されたいわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレーム(以下「PBPクレーム」という。)に当たるが、最高裁判所平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁が、PBPクレームが明確性要件を満たすために必要であるとする、本出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)が認められる。」

 本件訴訟において、「明確性要件」で特に争点となったのは「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの(セレコキシブ粒子)」との発明特定事項であり、これについては、PBPクレームに関する主張が展開されている。各当事者の主張及び裁判所の判断は以下の通りである。

請求人の主張(判決より抜粋。下線、色字は付記)
「(1) 第1事件原告の主張
ア 物の発明である製薬組成物を製造するまでには複数の工程が必要であるところ、本件訂正後の各請求項は、…PBPクレームとはいえない
イ 粉体粒子の粒子径分布を、粒子径を横軸とし、所定の粒子径の頻度又は積算値を縦軸とした頻度分布又は積算分布で表現することは技術常識であったから、…構造ないし特性(粒度分布)で直接特定することは可能であり、不可能・非実際的事情は存在しない
ウ 本件訂正発明の「粒子サイズの分布」の意味が不明確であり、D90値のみで粒子径分布を表すこと自体が発明の範囲を不明確にしているし、90の特定に「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」の文言を加えても粒度分布は明らかにならない
エ 本件訂正発明はセレコキシブ粒子の粒径の下限値を特定していないから不明確である
 (2) 第2事件原告の主張
ア 「ピンミルのような衝撃式ミル」として、様々な種類の粉砕機のうちのどのようなものが含まれ、どのようなものが含まれないかを理解することができない
イ セレコキシブを粉砕しD90を30μm又は30μm未満とした場合に、粉砕機や粉砕条件によって、粒度分布は一定にならないから、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成では、粒度分布が一義的に特定されず、当該製造方法により製造される物が一定の構造、特性を有さず、本件訂正発明は明確性要件を満たさない。
 (3) 第3事件原告の主張
 本件明細書の【0008】、【0024】に、セレコキシブを「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」することによって、凝集性及びブレンド均一性という特性に粉砕方法由来の相違が現れることが記載されているから、訂正発明1は製法によらなくても、上記特性(凝集性及びブレンド均一性)とD90の粒子サイズを特定する技術事項により、構造及び特性を特定することができた
 本件優先日当時、…当業者は、…粉体の凝集性の程度を特定することが可能であり、そのように特定することに何の困難もないと解され、粒度分布の特定についても同様である。
 以上から、本件において、不可能・非実際的事情は認められない
  (4) 第4事件原告の主張
ア 第2事件原告の主張アと同旨。
イ 一般に粉砕物の構造や物性の相違は、比表面積、粒度分布、アスペクト比、結晶化度又は顕微鏡画像解析などのデータによって比較をすればよく、試験に係る時間と費用の負担は極めて軽度で粉砕機も7~8種類しかないから、不可能・非実際的事情は存在しない
(5) 第5事件原告の主張
ア 第2事件原告の主張アと同旨。
 なお、後記被告の主張アを前提としても、凝集力の測定・評価方法は多数あるから「凝集力が低下」の意味は明らかでないし、「長い」「針状」の具体的内容が明細書に記載されていないから、セレコキシブ粒子の「長い針状」への該当性(あるいはその対立概念である「より均一な結晶形」への該当性)も判断困難である。
イ 「ピンミルのような衝撃式ミル」によって粉砕されたセレコキシブ粒子の構造又は特性を特定する上で、「理論・原理を明らか」にする必要はなく、単に、粉砕後のセレコキシブの構造又は特性を直接記載すれば足りる。請求項に記載された製造方法自体が多種多様な方法を含むということであれば、第三者はそれらの全てで製造してみなければ権利範囲を知ることができないから、そのような請求項はPBPクレームが許容される前提を欠く。」

 請求人の主張を大別すると、①「PBPクレームとは認められない」②「(PBPクレームであるとしても)不可能・非実際的事情はない」③「「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」が不明確である」④「下限値がないため不明確である」の4つに分けることができよう。
 これに対し、特許権者側は、以下のように、主に①及び②の「PBPクレーム」に関する部分の主張を展開している。一方で、裁判所は、

特許権者の主張(判決より抜粋。下線、色字は付記)
「ア 「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルのほか、ピンミルで粉砕したものと同じ構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれる。
 「セレコキシブ粒子がピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」とは、「セレコキシブ粒子がピンミルで粉砕されたもの」と同じ構造、特性、すなわち、本件明細書の【0024】記載の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上するという、構造、特性を有するものである。
 イ 特定の衝撃式ミルを用いて特定の粉砕条件で粉砕したセレコキシブ粒子について、より具体的な構造、特性を特定する(例えば、セレコキシブ粒子の粒度分布を単一のグラフで特定する等)ことが仮に可能であったとしても、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決し、「凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上する」という特性ないし効果を有する発明の技術的範囲としては狭すぎるものとなり、発明の技術的思想を過不足なく特定したものとはいえないから、セレコキシブ粒子を、具体的な構造、特性で特定することは不可能というべきである
 ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕することにより、長い針状からより均一な結晶形へ変質された結晶形態を有し、ブレンド目的により適するようになる、具体的な理論ないし原理は明らかではない。これらを明らかにし、ピンミルのような衝撃粉砕によって粉砕したセレコキシブ粒子の構造、特性をより具体的に特定しようとする場合には、衝撃粉砕とは異なる多数の粉砕方法による場合と比較して、ピンミルのような衝撃粉砕によって様々に粉砕されたセレコキシブ粒子の構造、特性を検証していく作業が必要となるが、このような作業は出願人(特許権者)に膨大な時間と費用の負担を強いるものであるから、およそ実際的ではない。したがって、本件では、不可能・非実際的事情が認められる。」

裁判所の判断(判決より抜粋。下線、太字、色字は付記)
「2 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)について
  (1) 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得ることから、特許を受けようとする発明が明確であることを求めるものである。その充足性の判断は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から行うのが相当である。
 (2) 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2は、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」との発明特定事項(以下「本件ピンミル構成」ということがある。)を含む(…)ところ、本件ピンミル構成を巡っては、そのクレーム解釈(PBPクレームといえるか否か、「ピンミルのような」は衝撃式ミルの単なる例示か、衝撃式ミルの一部に限定する構成かなど)と、当該クレーム解釈を前提とした明確性要件の適合性の議論が重層的に争われているので、以下、順次検討していく。
 (3) まず、本件ピンミル構成がPBPクレームに当たるかについて検討するに、本件ピンミル構成に関する本件明細書の【0024】、【0190】の記載が、セレコキシブ粒子を粉砕する製造工程、製造方法を開示していることは明らかであり、したがって、…本件ピンミル構成についても、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するという製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするもの(その意図が成功しているかどうかはともかく)と理解される。この限度では、被告が主張し、本件審決が判断を示しているとおりである
 第1事件原告は、製薬組成物の製造には複数の工程が必要であるなどとしてこれを争うが、そのような工程の全てを特定することがPBPクレームとしての必須条件とはいえない。実質的に製造方法の明確性を問題にしているとすれば、この点からの検討は後に示すこととする。
 (4) 次に、本件ピンミル構成の意味するところ(例示か限定か)を検討するに、「ピンミルのような衝撃式ミル」との特許請求の範囲の文言自体に着目して考えた場合、①ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味するという理解、②衝撃式ミルに含まれるミルのうち、ピンミルと類似又は同等の特性を有する衝撃式ミルを意味するという理解のいずれにも解する余地があり、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確定することはできない
 そこで、本件明細書の記載を参照するに、本件明細書の【0024】には、「セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕させて、本発明の組成物を作製することは、改善された生物学的利用能を提供するに際して効果的であるだけでなく、かかる混合若しくはブレンド中のセレコキシブ結晶の凝集特性と関連する問題を克服するに際しても有益であることを発見したピンミルを利用して粉砕されたセレコキシブは、未粉砕のセレコキシブ又は液体エネルギーミルのような他のタイプのミルを利用して粉砕されたセレコキシブよりは凝集力は小さく、ブレンド中にセレコキシブ粒子の二次集合体には容易に凝集しない。減少した凝集力により、ブレンド均一性の程度が高くなり、このことはカプセル及び錠剤のような単位投与形態の調合において、非常に重要である。これは、調合用の他の製薬化合物を調合する際のエアージェットミルのような液体エネルギーミルの有用性に予期せぬ結果をもたらす。特定の理論に拘束されることなく、衝撃粉砕により長い針状からより均一な結晶形へ、セレコキシブの結晶形態を変質させ、ブレンド目的により適するようになるが、長い針状の結晶はエアージェットミルでは残存する傾向が高いと仮定される。」との記載が、【0135】には、「セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕機若しくは破砕機が利用することが可能であるが、セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により、他のタイプの粉砕と比較して、最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる」との記載がある。
 以上の記載に上記(3)の解釈を併せて考えると、本件ピンミル構成は、被告が主張(第3の3(6)ア)するように、本件訂正発明に係る薬剤組成物の含むセレコキシブ粒子が、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定する構成であって、したがって、「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルに限定されるものではなく、上記のような構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得るものと理解するのが相当である
 (5) 以上を前提に、本件ピンミル構成を含む本件訂正発明の特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすかどうかを検討する。
 ア 衝撃式粉砕機に分類される粉砕機としては、本件審決も認定しているとおり、多種多様なものがある(…)ところ、上記(4)で示したクレーム解釈によると、衝撃式粉砕機によって粉砕されたセレコキシブ粒子を含む薬剤組成物であっても、本件特許の技術的範囲に属するものと属しないものがあることになるが、本件明細書に接した当業者において、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するセレコキシブ粒子」を製造できる衝撃式粉砕機がいかなるものかを理解できるとは到底認められない。すなわち、一般に、明細書に製造方法の逐一が記載されていなくても、当業者であれば、明細書の開示に技術常識を参照して当該製造方法の意味するところを認識できる場合も少なくないと解されるが、本件の場合、本件明細書には、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子」の凝集力の小ささ、改善されたというブレンド均一性が、ピンミルのいかなる作用によって実現されるものかの記載がないため衝撃式ミル一般によって実現されるものなのか、衝撃式ミルのうち、ピンミルと何らかの特性を共通にするものについてのみ達成されるものなのかも明らかとなっていない。そのため、技術常識を適用しようとしても、いかなる特性に着目して、ある衝撃式ミルが本件ピンミル構成にいう「ピンミルのような衝撃式ミル」に当たるか否かを判断すればよいのかといった手掛かりさえない状況といわざるを得ない
 イ そうすると、本件明細書等に加え本件出願日(明確性要件の判断の基準時)当時の技術常識を考慮しても、「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に記載されているとはいえないから、本件訂正発明は明確であるとはいえない
 ウ ところで、PBPクレームは、物自体の構造又は特性を直接特定することに代えて、物の製造方法を記載するものであり、そのような特許請求の範囲が明確性要件を充足するためには、不可能・非実際的事情の存在が要求されるのであるが、本件においては、不可能・非実際的事情を検討する以前の問題として、前記ア、イに示したようにそもそも特許請求の範囲に記載された製造方法自体が明確性を欠くものである
 (6) 本件審決は、「ピンミルのような衝撃式ミルは、いわゆる衝撃式粉砕機であり、粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する装置であることが理解できるから明確である」としており、これは、「ピンミルのような」について、「いわゆる衝撃式粉砕機」のなかでも、さらに、「粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する」ことのできる装置であるとの意味づけを与えた認定であると解される
 そして、「ピンミルによる」粉砕が、「粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する」ものであることについて、本件審決は、本件明細書の、ピンミルと、エアージェットミルのような他のタイプのミルとの粉砕物の凝集力の違いに関する記載(【0024】)、及び、粉砕装置の粉砕機構が異なれば得られる粒子の粒度分布が異なるという技術常識を認定したことにより、導き出しているものと認められる。
 しかし、本件明細書には、凝集力の違いが、粉砕装置の違いに基づく粒子の粒度分布の違いに起因するものであるとの記載も示唆もない。粉砕装置の違いが、粒度分布の違い以外の粒子特性を導くことも当然考えられるところである(これを否定する技術常識があるとは認められない。)。そうすると、「ピンミルのような」が、「衝撃式ミル」に対して、さらに「粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する装置」であるとの意味づけを与えた本件審決の解釈は、本件明細書等の記載及び技術常識を考慮しても、無理があるものといわざるを得ない
  (7) 以上より、不可能・非実際的事情の検討をするまでもなく、本件訂正後の請求項1、2、4、5、7~13、15、17~19の記載は明確性要件に違反するものであり、取消事由3は理由がある。」

3.雑感

3-1.判決についての感想

全体的な結果について:納得度?%

  先に述べておくと、本件は非常に難しい事案といえる。その理由は、本件訂正発明1の「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」との発明特定事項(本件ピンミル構成)に対して、裁判所はこれを「製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするものと理解される」としながらも「本件においては、不可能・非実際的事情を検討する以前の問題として、そもそも特許請求の範囲に記載された製造方法自体が明確性を欠くものである」としているからである。

 「製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするもの」であるならば、PBPクレームであるのではないか?と思えるが、本件の知財高裁は、「製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするもの」とはしたものの、PBPクレームであるとの明言を避け、代わりに「(その意図が成功しているかどうかはともかく)」という括弧書きを加えた。

 わざわざこのような記載をした点を考慮すると、本件の知財高裁は、「特許権者の意図はPBPクレームによって特許請求の範囲を特定しようとするものではあるが、特許権者の意図を素直には受け入れることではきない」といった心証を形成したものと推察できよう。

 本件で知財高裁は、PBPクレームにおいて明確性要件を充足するために要求される「不可能・非実際的事情」についての判断を行っていない。両当事者の主張(争点)の中心は明らかに「不可能・非実際的事情」に集中していたはずなのに、裁判所は「不可能・非実際的事情を判断する「以前の問題」として明確性を欠く」と述べ、そこには立ち入らなかった。

 このような判断からしても、本件知財高裁が、本件訂正発明1を「PBPクレームである」と解した上で明確性の判断をしたのか、「PBPクレームではない」と解した上で明確性の判断をしたのかが判然としない。「以前の問題」とは、①PBPクレームと認定した上で不可能・非実際的事情を判断する以前の問題とも解釈できるし、②PBPクレームと認定する以前の問題とも解釈できるからである。

 また、本件知財高裁は、本件ピンミル構成の意味するところの検討においては特許権者の主張を採用し、「セレコキシブ粒子が、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定する構成であって、したがって、「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルに限定されるものではなく、上記のような構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得るものと理解するのが相当である」と述べている。

 ここも非常に厄介な判断である。

 PBP最高裁(プラバスタチン事件)は、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。」と述べた。
 つまり、「物クレーム」である以上、特許請求の範囲に記載されている内容は、原則的には「物の構造や特性」と特定しようとするものとして捉えるべきであり、製造方法を限定するものではないという法解釈を述べた。

 これを前提として上述の知財高裁の判断を眺めると、前段部分の「本件ピンミル構成が、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定する構成である」との判断は、方法的記載である本件ピンミル構成をまさに「物の構造や特性」を特定するものとして扱っている。
 しかしながら、後段部分の「本件ピンミル構成における「ピンミルのような衝撃式ミル」には、上記のような構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得る」との判断は、本件ピンミル構成にどのような衝撃式ミルが含まれ得るかを判断しており、結局のところ、どのような方法(衝撃式ミル)が、本件訂正発明1の発明に含まれるかというアプローチから、発明の解釈(要旨認定)を行っているのである

 確かに、方法的記載によって特定される「物の構造や特性」が何かを、方法的アプローチから行ってはならないというルールはない。寧ろ、方法的記載なのであるから、方法的アプローチによってその物の構造や特性を特定しようとするのは相応しいであろうし、必然的ともいえる。しかし、請求項に記載される方法から「物の構造や特性」を特定することと、請求項に記載される発明を方法によって特定すること(どのような方法が含まれるかを特定すること)は全く異なるのであり、後者は、方法を特定することで発明を特定しるのであるから、製法限定説の考えで発明を捉えようとする行為に他ならない。(製法限定説は、PBP最高裁の判断と矛盾抵触する。)

 また、本件知財高裁が本件ピンミル構成をPBPクレームと認定しているならば、そもそも、本件ピンミル構成が意味するところが「例示か限定か」を論じることの意義も疑われる。PBPクレームによって表される発明が製法限定でないことは明らかだからである

 またさらに、本件知財高裁は、判断の冒頭において「本件ピンミル構成を巡っては、そのクレーム解釈(PBPクレームといえるか否か、「ピンミルのような」は衝撃式ミルの単なる例示か、衝撃式ミルの一部に限定する構成かなど)が争われているので検討していく。」と述べており、「PBPクレームといえるか」と「例示か」と「限定か」を並記している。そうすると、PBPクレームとはいえないと判断した上で、「例示か限定か」を判断したとも解することができよう。但、そうなると、先程述べたように、前段部分がPBPクレームであることを前提とするような解釈論を展開していることとの論理的な整合がはっきりしない。

 このように、本件は、法的な論理の整合性があやふやであり、知財高裁においても十分な整理ができていない状態にあったのではないかとすら思える。(それほどに、最高裁が落としたPBPクレームの法解釈は、安定的に実務に落とし込むことが難解なものであったといえるのかもしれない。)

 本件は、法解釈上の結論は出せないが本件の結論は示さなければならないという事情から、結果を優先させて不完全な論理を構成したもののように感じられた。

 概要に記載した通り、本件における請求人側の主張は、大別すると①「PBPクレームとは認められない」②「(PBPクレームであるとしても)不可能・非実際的事情はない」③「「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」が不明確である」④「下限値がないため不明確である」の4つであったが、本件の知財高裁がした判断は、この4つのどれともしっくり当てはまらないものである。(※既に述べたように、②の「粉砕されたもの」が不明確であることと、粉砕方法が不明確であることは、似て非なる主張である。)
 請求人のした主張全体の中から強いて近い主張を挙げるとするならば、第5事件原告の主張における「請求項に記載された製造方法自体が多種多様な方法を含むということであれば、第三者はそれらの全てで製造してみなければ権利範囲を知ることができないから、そのような請求項はPBPクレームが許容される前提を欠く。」との主張のうち「請求項はPBPクレームが許容される前提を欠く。」との部分が近いといえるかもしれない。

 PBP最高裁の判旨によれば、PBPクレームが許容されるのは「不可能・非実際的事情」が認められるからであり、許容される前提というのは、「不可能・非実際的事情」の判断に踏み込む前提と取ることができよう。そうすると、「不可能・非実際的事情を判断する以前の問題で明確性要件に違反する」との知財高裁の結論は「許容される前提を欠く」との表現の言い換えと見ることも可能であろう。

 しかしながら「許容される前提を欠くPBPクレーム」とは一体どのような状態のものなのか。「その前提条件」とは一体何なのかが不明瞭であり、第5事件原告の主張は、一見すると、法律に規定されていない新たな概念(独自の概念)を生み出しているようにも見える。これが法律上の規定から外れた創設的見解であるとされれば、畢竟独自の見解ということになろうが、本件で知財高裁は、明確性要件の枠組みの中で「許容される前提を欠くPBPクレーム」を判断するために新たな論理を展開した。

 本件で知財高裁が落とした新たな論理(論点)は非常に興味深いものである。それは、PBPクレームを目的とした「方法的記載部分」に対する明確性要件をどう判断するかについての論理である。

 言われてみれば当然なのだが、PBPクレームにおける「明確性要件」の判断は、不可能・非実際的事情だけではない。不可能・非実際的事情の要件は、PBPクレームの場合に加重された要件であり、PBPクレームであっても、通常の明確性要件は要求されるのである。

 しかしながら、実際に、PBPクレームとなっている部分=方法的記載部分についての明確性をどう判断すべきか、というのは難しい。方法的記載部分ではない部分における発明の明確性の判断は通常通りであるが、方法的記載部分は、方法によって物の構造や特性を特定している以上、端から不明確性が備わっているのである。

 下図のように、通常のクレームは、請求項に「物の構造又は特性」が記載され、これによって物の発明における「物の構造又は特性」が特定されるところ、PBPクレームの場合は、請求項に「製造方法」が記載され、これによって「物の構造又は特性」が特定されるという構図になる。

 そして、この不明確性を許容するための要件が「不可能・非実際的事情」の要件であり、これが認められない場合には、PBPクレームによって発明を表現することは、第三者への不利益を考慮すると不適当である、というのがPBP最高裁の示した判断である。
 明確性要件の本質は第三者の不利益との均衡であるため、不可能・非実際的事情が認められるならば第三者には多少の不利益(=不明確な記載)を受忍してもらうことを法が許容しているということになろうが、ある程度の不明確性は許容されている前提であるがゆえに方法的記載部分の明確性は、言うなれば「一定の不明確性が認められる中での明確性の基準」という非常に難しい判断になるわけである。

 そのためか、ほとんど(おそらく全て)のPBPクレームについて、審査の過程で「そのクレームがPBPクレームであるか」や「不可能・非実際的事情があるか」は判断されるものの「方法的記載部分における明確性」が判断されることはなかったはずである。

 本判例の意義は、知財高裁が、PBPクレームで請求項を記載するときの「方法的記載部分の明確性」を判断したところに重要な価値があるといえるだろう。

 実務的にも、我々がPBPクレームを検討する際には、「不可能・非実際的事情があるといえるか」を検討するだけでは不十分であり、PBPクレームとして認められるために、方法的記載部分をどのように表現すべきかを検討する必要があることになる。
 この「方法的記載部分の明確性」をどのように考え、請求項の記載や出願時の明細書の記載においてどのように手当しておくべきかという対策を立てる上で、本件の分析は有益といえるだろう。

 しかし、ここで大きな問題(疑問)がある。

 PBPクレームが、請求項において「物の構造又は特性」を直接物の構造又は特性によって特定するのではなく方法的記載によって特定していると考えた場合、請求項上の方法的記載は、見かけ上方法の記載となっているが、これが表しているのはあくまで物の構造又は特性ということになる。つまり、方法的記載が表しているのは、その方法ではなく物の構造又は特性なのである。(物の構造又は特性を表しているだけなので、見かけ上の記載である「方法」に限定されないといえるわけである。)

 このPBPクレームにおけるクレーム解釈の原則を前提にして本件を見てみると、方法的記載である「本件ピンミル構成」の明確性について、次のような疑問が生じる。

 本件の知財高裁は、「ピンミルのような衝撃式ミル」が「ピンミルに限定されない衝撃式ミルであり」、限定されない衝撃式粉砕機がいかなるものかを理解できないという理由から、発明の明確性を否定している。
 一方で、本件ピンミル構成によって特定される物の構造又は特性は、「長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するセレコキシブ粒子である」と認定している。
 つまり、本件ピンミル構成によって特定される物の構造又は特性は特定できている以上、物同一説の考えに従うならば、方法に限定されないのであるから、ピンミル以外の衝撃式粉砕機がいかなるものであるかは、発明を特定する上での障害とならないはずである。

 例えば、本件発明が「ピンミルの衝撃式ミル」と記載されていた場合と、本件ピンミル構成のように「ピンミルのような衝撃式ミル」と記載されていた場合を考えてみよう。すると、本件ピンミル構成が特定する物の構造又は特性は、ピンミルの衝撃式ミルに基づいて特定されたものである以上、下図のように、どちらの記載であっても、特定される「物の構造又は特性」は同じということになる。
 また、本件発明が「ピンミルの衝撃式ミル」と記載されていれば、ピンミル以外の衝撃式粉砕機がいかなるものかを考える必要がなくなり、知財高裁が明確性を否定したロジックは適用されず、現状、明確性要件違反とされる理由がないことになる。

 すると、「ピンミルの衝撃式ミル」と「ピンミルのような衝撃式ミル」のどちらの記載であっても、その記載によって特定される「物の構造又は特性」は一致しており、表現されている発明は同一であることになるが、それにもかかわらず、一方は明確性要件違反とされ、他方は明確性要件違反とされない、という状態が発生することになる。

 このような結論は、果たして妥当なものといえるのか。

 この疑問は、本件を分析する上で最も頭を悩ませた。

 本件の知財高裁は、この点には触れることなく明確性要件を判断しているため、そもそも上述の問題(疑問)が生じていることに気付いていいないかもしれない。また、上述したように、本件訂正発明1をPBPクレームと認識しているのか否かも判然としないため、「不可能・非実際的事情」を判断する以前の問題である本件訂正発明1については、方法限定的に発明を認定しようとしていると捉えることも可能である。しかし、仮に、方法限定で発明を認定したとすれば、何がそれを正当化させるのかが不明である。「不可能・非実際的事情を判断する以前の請求項であれば方法に限定して発明を認定してもよい」とする合理的な理由は示されておらず、本件においてPBPクレームか否かの認定が判然としていないことが、輪を掛けて裁判所の意図を見えづらくしている。

 本記事をここまで読んで頂いた実務家の皆様にも、是非ともこの点について考察してもらいたい。

 以降の考察では、上記の疑問に対する検討も含め、「PBPクレームにおける方法的記載の明確性」が、どのように判断されるのか、という点を掘り下げていくことにする。なお、本件において「不可能・非実際的事情を判断する以前の問題」という新たな論点が示されたことに対応し、話を分かり易くするために、以下の定義付けを行っておく。

 確定PBPクレーム:不可能・非実際的事情を判断するための明確性要件を備えたPBPクレーム(不可能・非実際的事情の判断に進むことができる)
 未確定PBPクレーム:不可能・非実際的事情を判断するための明確性要件を備えない方法的記載を含んだクレーム(不可能・非実際的事情の判断に進むことができない)

※未確定PBPクレームは、PBPクレームと認定されているのかが不明なため、定義においてPBPクレームとは記載せずに、あえて「方法的記載を含んだクレーム」と記載している。

4.本件のより詳細な考察

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