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判例特許

令和5年(行ケ)第10056号 有効審決の取消請求事件(KMバイオロジクス vs セキラス)

進歩性: 前審と異なる「相違点」の認定主張を認めた事例
2024/3/25判決言渡 判決文リンク
#特許 #進歩性 #追加主張

1.概要

 本件は、ノバルティス アーゲーが有していた特許第5754860号(発明の名称「ワクチンアジュバントの製造の間の親水性濾過」。以下、「本件特許」という。)に対する無効審判をKMバイオロジクス株式会社(以下、「KMバイオ」という。)が請求し、訂正後の特許について請求不成立(特許有効)とした審決の取消しを求めた事案である。なお、本件訴訟の提起後、ノバルティス アーゲーは、セキラス ユーケー リミテッド(以下、「特セキラス」という。)に本件特許に係る特許権を譲渡し、特セキラスが承継参加した後、ノバルティス アーゲーは訴訟脱退している。

 本件訴訟で裁判所は、「甲11記載の発明を主引用発明とする進歩性欠如」の無効理由について、請求不成立とした審決を取り消した。

 本件特許の請求項1(以下、「本件発明1」という。)は以下の通りである。

【請求項1】
 スクアレン含有水中油型エマルジョンを製造するための方法であって、該方法は、
 (i)第1の平均油滴サイズを有する第1のエマルジョンを提供する工程;
 (ii)該第1のエマルジョンを微小流動化して、該第1の平均油滴サイズより小さな第2の平均油滴サイズを有する第2のエマルジョンを形成する工程;および
 (iii)該第2のエマルジョンを、0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過し、それによって、スクアレン含有水中油型エマルジョンを提供する工程、
を包含する、方法。

 進歩性判断の主な争点は「引用発明(甲11発明)の認定」及び「一致点及び相違点」にある。具体的には、請求項1の(iii)の工程に対応する甲11発明の認定が争われて、また、これに対応する相違点の認定が争われた。
 甲11発明の認定、及び、これに基づく相違点に関し、前審審決における認定(特許庁)、本件におけるKMバイオの主張、及び、特セキラスの予備的主張(主位的には審決と同じ認定。)は、それぞれ以下の通りとなった。

前審審決の判断した甲11発明及び相違点(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「次の工程(Ⅰ)~(Ⅲ):
 (Ⅰ) ポリソルベート80をWFIに溶解させて水性クエン酸ナトリウム-クエン酸緩衝液と組合せ、それとは別に、ソルビタントリオレエートをスクアレンに溶解させ、これら二つの溶液を組み合わせた後、インラインホモジナイザーで処理して、粗エマルジョンを得る工程:
 (Ⅱ) 当該エマルジョンを、所望の粒径になるまでマイクロフルイダイザーの相互作用チャンバーに繰り返し通らせて、平均粒径が約150nmで1.2μm以上の粒子数の仕様上の上限が3.3×10/mlである、MF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを取得する工程:
及び
 (Ⅲ) 得られたバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程;
を含む、MF59C.1サブミクロンエマルジョンを製造する方法
 (相違点1)
 濾過で使用される「膜」が、本件発明1では、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜」であるのに対し、甲11発明1では、「0.22μm」の膜であって、上記の構成の膜であることの規定がない点」

KMバイオの主張する甲11発明及び相違点(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「(Ⅰ)ポリソルベート80をWFIに溶解させて水性クエン酸ナトリウム-クエン酸の緩衝液と組合せ、それとは別に、ソルビタントリオレエートをスクアレンに溶解させ、これら二つの溶液を組み合わせた後、インラインホモジナイザーで処理して、粗エマルジョンを得、
 (Ⅱ)当該粗エマルジョンを、所望の粒径になるまでマイクロフルイダイザーの相互作用室に繰り返して通らせて平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり3.3×10個程度のサブミクロンエマルジョンを取得し、
 (Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×10個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを手に入れ、
 (Ⅲ-2)得られたバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程
を含むMF59C.1アジュバントエマルジョンの製造方法
 (相違点1’)
 本件発明1では、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用5 して、濾過」するのに対し、甲11発明(原告)では、「(Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×10個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを手に入れ、(Ⅲ-2)得られたバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過」する点」

特セキラスの主張する甲11発明及び相違点(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「(Ⅰ)ポリソルベート80をWFIに溶解させて水性クエン酸ナトリウム-クエン酸の緩衝液と組み合わせ、それとは別に、ソルビタントリオレエートをスクアレンに溶解させ、これら二つの溶液を組み合わせた後、インラインホモジナイザーで処理して、粗エマルジョンを得る工程、
 安定なMF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを手に入れるため、
 (Ⅱ-1)重要な品質パラメータである平均粒径を制御するために、当該粗エマルジョンを、マイクロフルイタイザーの相互作用室に繰り返して通らせて平均粒径が約150nmのサブミクロンエマルジョンを得る工程、及び
 (Ⅱ-2)重要な品質パラメータである、ml当たりの径が1.2μm以上の粒子の数を0.2×10個程度に制御するために、当該サブミクロンエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過する工程、を経て、安定なMF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを手に入れ、
 (Ⅲ)当該MF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを大きな瓶に充填する工程、
 (Ⅳ)大きな瓶に充填されたMF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを、0.22μm膜に通して滅菌濾過し、最終単回投与用のバイアルに個別に充填する工程
を含むMF59C.1アジュバントエマルジョンの製造方法
 (相違点1”)
 本件発明1では、第2のエマルジョンを、0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して濾過するという1つの工程を経て、スクアレン含有水中油型エマルジョンを得る製造方法であるのに対し、甲11発明(参加人)では、(Ⅱ-2)サブミクロンエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過し、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×106個程度である安定なMF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを手に入れる工程、(Ⅲ)当該MF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを大きな瓶に充填する工程、(Ⅳ)大きな瓶に充填されたMF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを、0.22μm膜に通して滅菌濾過し、最終単回投与用のバイアルに個別に充填する工程、という3つの工程を経て、スクアレン含有水中油型エマルジョンを得る製造方法である点」

 この認定の争いでポイントとなるのは、①前審審決の認定は、前審で特許権者が主張していた相違点であったが、本件訴訟でKMバイオが前審とは異なる相違点を主張することが許されるかいう点と、②KMバイオは前審の認定に対して(Ⅲ-1)の工程を追加し、特セキラスはKMバイオの主張に対して(Ⅲ)の工程を追加したが、どのように引用発明を認定すべきかという点である。

 特セキラスは、①について「原告は、本件審判手続において、本件各発明と甲11記載の発明の一致点及び相違点につき、本件審決において認定されたのと同旨の主張をしており、原告が本件訴訟において主張する取消事由1は、本件審判手続において攻撃防御が一切尽くされていない主張であり、本件審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断がされた無効原因ではないため、そのような取消事由1を本件訴訟の審理の対象とすることは許されず(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決(昭和42年(行ツ)第28号)民集30巻2号79頁参照)、また、本件審決が、原告の主張に基づいて本件各発明と甲11記載の発明の一致点及び相違点を認定したにもかかわらず、原告が、本件訴訟において、本件審決がしたこれらの認定を否定し、本件審判手続の段階における自己の主張と矛盾する主張をすることは信義則に反し許されない。」などと主張した。

 本件知財高裁は、①及び②について、それぞれ以下の理由を述べて、KMバイオの主張する甲11発明及び相違点を認定した。

知財高裁の①についての判断(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「(1) 本件訴訟における取消事由1の提出が許されないとの参加人の主張について
 ア 認定事実
 …
 (ア) 原告は、本件審判手続において、甲11記載の発明並びに本件発明1と甲11記載の発明の一致点及び相違点につき、次のとおりの主張をした(甲52)。
 a 甲11記載の発明
 ポリソルベート80を…処理して、粗エマルジョンを得、
 当該粗エマルジョンを、所望の粒径になるまでマイクロフルイダイザーの相互作用室に繰り返して通らせて平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり3.3×10個程度のサブミクロンエマルジョンを取得し、
 バルクエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒子径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×10個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L程度のバルクを手に入れ、
 当該バルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過し、最終単回投与用バイアルに充填し、
 …方法
 b 一致点
 …
 c 相違点
 本件発明1の濾過に使用される膜が「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜」であるのに対し、甲11記載の発明のそれが「0.22μm」フィルタである点
 (イ) 本件審決は、…判断した(原告は、本件審判手続において、本件発明1と甲11記載の発明の一致点及び相違点につき、本件審決が認定したのと同趣旨の主張をしていたことが認められる。)。
  (ウ) 原告は、本件訴訟における取消事由1として、前記第3の1のとおり主張した。甲11発明(原告)は、本件審判手続において原告の主張した甲11発明の内容と同趣旨であると認められる(…)。しかし、本件発明1と甲11記載の発明の相違点に関する原告の主張は…異なっている。原告は、相違点に係る本件発明1の構成は変更せず、相違点に係る甲11記載の発明の発明特定事項を付加し、相違点に係る甲11記載の発明の構成を更に限定する趣旨の主張をしていることになる(…)。
 イ 特許法に規定する審決の取消訴訟においては、特許無効審判請求の手続において審理判断がされなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものと解される(前掲最高裁昭和51年3月10日大法廷判決参照)
 これを本件についてみるに、…原告が本件訴訟において、取消事由1の前提として主張する内容は、本件審決が審理判断したのと同様、甲11記載の発明を主引用発明とした上、当業者は本件発明1と甲11記載の発明との相違点に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たとするものにすぎない。
 そうすると、甲11記載の発明は、本件審判手続において審理判断の対象となった無効原因に係る公知事実であり、現にその内容について認定判断がされたものに該当するというべきであるから、原告の本件訴訟における取消事由1に係る主張(…)は、本件審判手続において審理判断がされなかった公知事実との対比における無効原因をいうものと解することはできず、当該主張に係る取消事由1が本件訴訟の審理の対象でないと解することもできない。
 また、本件各発明と甲11記載の発明の相違点に係る原告の主張につき、本件審判手続と本件訴訟との間に相違するところがあるとしてもその主張に係る本件発明1の構成に変更はなく、甲11記載の発明についてのみ、相違点に係る具体的な構成を付加し、更に限定したにすぎないことに照らせば、原告による取消事由1の提出が信義則に反して許されないと評価することはできない。…
 ウ 以上のとおりであるから、本件訴訟における取消事由1の提出が許されないとの参加人の主張を採用することはできない。」

知財高裁の②についての判断(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「(イ) 参加人の予備的主張について
 参加人は、予備的に、甲11には甲11発明(参加人)が記載されていると主張する。
 そこで検討するに、甲11発明(認定)と甲11発明(参加人)との有意かつ実質的な相違は、後者の工程(Ⅲ)(MF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを大きな瓶に充填する工程)の有無である(…)。
 ところで、引用発明(特許法29条1項各号に掲げる発明)も発明である以上、その認定は、引用例に記載されるなどしたまとまりのある技術的事項に基づいてされなければならないものと解される。また、引用発明の認定は、これを進歩性の有無が問題とされる発明(以下「対象発明」という。)と対比させて、対象発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、対象発明との対比に必要な技術的構成について過不足なくされなければならないが、当該過不足のない認定がされていれば足り、特段の事情がない限り、対象発明の発明特定事項との対応関係を離れ、引用発明を必要以上に限定して認定する必要はないものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、前記アの甲11の記載によると、微小流動化後のアジュバントエマルジョンを第1の膜で濾過した後のアジュバントエマルジョンについては、これを抗原溶液と組み合わせる場合と組み合わせない場合(甲11によると、後者は、アジュバントエマルジョンを別個のバイアルとして提供する場合であり、MF59のバルクを滅菌濾過し、最終単回投与用バイアルに充填して包装することになる。)とがあることが認められ、少なくとも後者の場合において、参加人が主張する工程(Ⅲ)(バルクを大きな瓶に充填する工程)を経ることが技術的に必須であるものと認めるに足りる証拠はない。そうすると、参加人が主張する工程(Ⅲ)は、前者の場合のために便宜上設けられた工程であると考える余地があるから、甲11記載の発明の認定に当たり、参加人が主張する工程(Ⅲ)が必須のものではないとして、これが含まれないものと認定したとしても、そのような認定がまとまりのある技術的事項に基づいてされたものではないということはできない
 また、前記第2の2のとおり、本件発明1は、(ⅰ)第1のエマルジョンを提供する工程、(ⅰⅰ)第1のエマルジョンを微小流動化して第2のエマルジョンを形成する工程及び(ⅰⅰⅰ)第2のエマルジョンを第1の層と第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して濾過する工程を包含するというものであり、参加人が主張する工程(Ⅲ)又はこれに相当する工程を具体的な発明特定事項とするものではないから、甲11記載の発明の認定に当たり、参加人が主張する工程(Ⅲ)の認定が必要でないとして、これを含まないものと認定したとしても、そのような認定は、本件発明1との対比に必要な技術的構成について過不足なくされたものであるといえる。」

 このように、知財高裁は、①については、KMバイオが前審で自ら主張した相違点とは異なる相違点を本件訴訟において主張していたとしても、前審の無効審判で審理対象となった公知事実との対比における無効原因である以上、最高裁の判断に抵触するものではなく、また、相違点に係る具体的な構成を付加し、更に限定したにすぎない程度であれば、信義則に反することもないと判断した。
 また、②については、引用発明の認定が「まとまりのある技術的事項に基づきなされるものであること」、「本件発明との対比において過不足なくなされるものであること」、及び「特段の事情がない限り、対象発明の発明特定事項との対応関係を離れて認定する必要はないこと」の点から、特セキラスの主張を退けた。

 裁判所の上記判断により、本件発明1と甲11発明との相違点についても、KMバイオの主張する相違点が認定され、前審審決の判断から下記の通りに変更された。

前審審決の認定した相違点1と本件知財高裁が認定した相違点A(判決より抜粋)
「(相違点1)
 濾過で使用される「膜」が、本件発明1では、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜」であるのに対し、甲11発明1では、「0.22μm」の膜であって、上記の構成の膜であることの規定がない点」
 (相違点A)
 濾過工程について、本件発明1においては、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過」する工程と特定されているのに対し、甲11発明(認定)では、「(Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×10個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを手に入れ、(Ⅲ-2)得られたバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過」と特定されている点」

 また、本件知財高裁は、相違点Aに係る容易想到性について、以下のように判断した。

知財高裁の判断(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「(ウ) 周知技術の認定
 …本件製品は、孔サイズが0.45μmである予備濾過膜及び孔サイズが0.2μmである最終濾過膜からなる親水性異質二重層ポリエーテルスルホン膜を備えるものであると認められる。また、…本件製品は、…本件優先日当時の当業者に広く知られていたものと認められる(…)。したがって、本件製品の上記の膜を用いて濾過を行うことは、本件優先日当時の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認めるのが相当である
 そして、…本件周知技術は、相違点Aに係る本件発明1の構成に相当するものであるから、以下、本件優先日当時の当業者において、甲11発明(認定)に本件周知技術を適用し(以下、この適用を「本件適用」ということがある。)、相違点Aに係る本件発明1の構成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
 (エ) 本件適用に係る動機付けの有無
 a 技術分野
 (a) …甲11発明(認定)は、ワクチンアジュバントのエマルジョンを製造する技術の分野に属する発明であると認められる。他方、…甲65には、「導入」として、「…通常のフローフィルタ等は、多種多様なバイオ医薬液体の濾過用途に広く使用され、これらのフィルタの主な目的は、製品中の細菌汚染の可能性を減らすことである」旨の記載、「濾過膜は、…従来の製薬用途でも日常的に使用され、ここでの目標は、バイオ医薬品プロセスと同じであり、製品の細菌汚染の可能性を低減させることである」旨の記載等があり、甲65は、これらの膜を備えた具体的な製品として、本件製品に言及している。また、…丙4には、本件製品が「広範囲の医薬製品を濾過できるように設計されたものであり、広範囲の化学的適合性を備えるものである」旨の記載がある。これらによると、本件製品は、少なくとも上記の「従来の製薬」に該当すると解されるワクチンアジュバントのエマルジョンの製造にも当然に適用し得るものであると認められるから(…)、本件周知技術は、甲11発明(認定)が属する技術分野を包む技術分野に属する技術であると認めるのが相当である。
 以上のとおりであるから、甲11発明(認定)と本件周知技術とは、その属する技術分野を共通にするといえる。
 (b) 参加人は、甲65は「バイオ医薬品」(…)について言及するものであるところ、ワクチンアジュバントのエマルジョンは「バイオ医薬品」に当たらない、…本件製品がスクアレン含有水中油型エマルジョンの滅菌フィルタに使用し得る旨の記載がないとして、…属する技術分野とが異なる旨主張するものと解される。
 しかしながら、…本件製品は、少なくとも甲65にいう「従来の製薬」に該当すると解されるワクチンアジュバントのエマルジョンの製造にも当然に適用し得るものであるから、甲11発明(認定)が属する技術分野と本件周知技術が属する技術分野とが異なるとはいえない。…
 b 甲11発明(認定)が有する課題
 (a) 甲11には、…本件適用を動機付けるような課題の記載はみられない。
 しかしながら、甲20(…)の「無菌性の保証 ワクチンは通常、…無菌製造、無菌充填が行われる。」との記載、…甲65の記載(…「膜濾過の主な目標である滅菌濾液の提供を評価する基準として、①細菌の効果的な保持がされること、②高い総処理量を有することによる濾過コストの削減がされること、③許容可能な範囲の流速による妥当な時間枠におけるバッチ全体の濾過がされることなどが挙げられる」旨の記載、…)に加え、甲11発明(認定)と本件周知技術とがその属する技術分野を共通にすること(前記a)に照らすと、ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いられる濾過膜については、その品質を向上させるため、①細菌を効果的に保持すること、②総処理量が大きいこと及び③流速が妥当なものであることが求められているものと認められる。それのみならず、…上記①から③までの要請が達成されることにより当該濾過膜の品質の向上につながることは、これらの要請の内容に照らし、本件優先日の当業者にとって自明であったというべきである。したがって、甲11発明(認定)には、これらの要請を達成するとの課題(以下「本件課題」という。)が内在しており、甲11発明(認定)に接した本件優先日当時の当業者は、甲11発明(認定)が本件課題を有していると認識したものと認めるのが相当である。
 (b) 参加人は、ここでも甲65は「バイオ医薬品」(…)について言及するものであり、ワクチンアジュバントのエマルジョンは「バイオ医薬品」に当たらないから、甲65の記載をもって甲11記載の発明の課題を認定することはできないと主張する。
 しかしながら、甲11発明(認定)は、ワクチンアジュバントのエマルジョンを製造する技術の分野に属する発明であり、…甲65記載の事項(本件課題)は、少なくとも甲65にいう「従来の製薬」に該当すると解されるワクチンアジュバントのエマルジョンの製造にも当然に当てはまるものというべきである。…参加人の主張を採用することはできない。
 c 本件課題の解決手段
 (a) …丙4の記載(「本件製品のフィルタカートリッジは、…優れた特性を持ち、広範囲の化学的適合性、高耐熱性、高処理量、高流速の特性を全て備えている」旨の記載、「本件製品のカートリッジは、…非常に高い総処理能力を持ち合わせている。…低い圧力下で、高い流速を提供する」旨の記載、…95%閉塞時における総処理量において本件製品が最も優れている旨のグラフ等)、…甲65の記載(「本件製品の製造業者が製造する本件製品と同種の製品の0.2μmの最終フィルタ層は、本件製品の0.45μm/0.2μmの組合せと同じで、信頼性の高い細菌保持を提供する」旨の記載等)及び弁論の全趣旨によると、本件製品…をワクチンアジュバントのエマルジョンの製造(濾過)に用いることにより、本件課題をいずれも解決することができるものと認めるのが相当である。
 (b) 参加人は、丙4の記載は本件製品の特性に関する一般論を述べるものにすぎず、丙4には本件製品が…水中油型エマルジョンの滅菌濾過を用途とし得るものである旨の明記がないとして、丙4記載の本件製品の特性をもって甲11記載の発明が有する課題を解決することができるものであると認めることはできないと主張する。
 しかしながら、本件製品は、広範囲の医薬製品を濾過することができるように設計され、広範囲の化学的適合性を備えるものであり(前記(ア))、また、ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造にも当然に適用し得るものである(前記a)ところ、甲65及び丙4には、本件製品をワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いた場合に、本件製品が持つ本来の性能が十分に発揮されないものとうかがわせる記載は一切なく、その他、そのような事実を認めるに足りる証拠はないから、甲65及び丙4に記載された本件製品の性能は、本件製品をワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いた場合にも発揮されるものと認めるのが相当である。参加人の主張を採用することはできない。
 d 本件適用に係る動機付けの有無についての参加人のその余の主張に対する判断
 参加人は、①甲11記載の発明における第1の濾過工程と第2の濾過工程は段階を異にする別個の工程である…として、甲11記載の発明に接した当業者において、前者の工程と後者の工程を1つの濾過工程(本件製品の膜を用いた工程)に置き換えることが容易であったとはいえないと主張する。
 しかしながら、…参加人が主張する工程(Ⅲ)(アジュバントエマルジョンのバルクを大きな瓶に充填する工程)は、アジュバントエマルジョンを抗原溶液と組み合わせる場合とこれらを組み合わせない場合とがあることから便宜上設けられた工程とみる余地があり、少なくとも後者の場合においては、当該工程を経ることが技術的に必須であるとまでいえないと考えられるのであるから、甲11記載の発明において第1の濾過工程と第2の濾過工程を連続して行うことは、同発明の技術的思想と何ら背馳するものではない(この評価は、甲11(前記ア)に、第1の濾過工程(大きな粒子を除去する工程)につき「安定性を有するエマルジョンの製造のために重要である」旨の記載が、第2の濾過工程につき「滅菌濾過を行った上、アジュバントを単回投与用のバイアルに充填する」旨の記載がそれぞれあることによっても妨げられるものではない。)。そうすると、甲11記載の発明の第1の濾過工程と第2の濾過工程が連続して行うことができない別個の工程であるということはできないから、上記の①の点を根拠とする参加人の主張を採用することはできない。
 …
 e 本件適用に係る動機付けの有無についての小括
 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、甲11発明(認定)に本件周知技術を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
 (オ) 本件適用に係る阻害要因の有無
 a 参加人は、甲11記載の発明の第1の濾過工程において用いられる膜の孔サイズが0.22μmであるのに対し、本件周知技術の予備濾過膜の孔サイズは0.45μmであるところ、甲11記載の発明における第1の濾過工程の目的(安定性を有するエマルジョンのバルクを得るために径が1.2μmを超える大きな粒子を十分に除去すること)に照らすと5 、甲11記載の発明の第1の濾過工程において用いられる膜に代えて、孔サイズが2倍以上になる本件周知技術の予備濾過膜を適用することには阻害要因があると主張する
 しかしながら、…甲65には、「膜の実際の孔径よりも大きい粒子や微生物は、効果的に除去される。」との記載があり、孔サイズが0.45μmである本件周知技術の予備濾過膜を採用した場合であっても、径が1.2μmを超える大きな粒子を十分に除去し、もって、安定性を有するエマルジョンのバルクを得ることができるものと認められる。また、前記(エ)bのとおり、甲11発明(認定)は、①細菌を効果的に保持するとの課題のほか、②総処理量を大きくするとの課題及び③流速を妥当なものにするとの課題を内在しているところ、当該②及び③の課題の解決のためには、目詰まりの防止等の観点から、適当な範囲で膜の孔サイズを大きくすることも十分に考え得ることであるから、甲11発明(認定)に接した本件優先日当時の当業者は、本件課題を解決するため、甲11発明(認定)において用いられる各膜の孔サイズを適当な範囲で大きくすることも小さくすることも検討するものと認められる。
 以上のとおりであるから、本件周知技術における予備濾過膜の孔サイズが0.45μmであることは、本件適用に係る阻害要因ではない。
 …
 c なお、参加人は、本件製品が製品歩留まりの点で他の製品に劣るとして、本件優先日当時の当業者による本件適用に阻害要因がある旨の主張をするが、丙4の102頁及び110頁の各「Highest product yield」の記載は、高価なたんぱく質溶液や吸着(adsorption)に敏感な医薬品を高い回収率(product recoveryrates)で濾過するのに適した膜に係る記載であると解されるから、これらの記載が、たんぱく質を含有しないMF59C.1の製造方法に係る甲11発明(認定)に本件周知技術を適用することを否定したり、その阻害要因になったりするなどと認めることはできない。
 d その他、本件適用に係る阻害要因があるものと認めるに足りる証拠はない。
 (カ) 相違点Aに係る本件発明1の構成の容易想到性についての小括
 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、甲11発明(認定)に本件周知技術を適用することにより、相違点Aに係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
 オ 本件発明1が奏する効果
 本件発明1の奏する効果が予測することのできない顕著なものであるか否かの判断に当たっては、本件優先日当時において、本件発明1の構成が奏するものとして本件優先日当時の当業者が予測することのできないものであったか否か、当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったか否かという観点から検討するのが相当である(最高裁令和元年8月27日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第69号)裁判集民事262号51頁参照)。
 この点に関し、参加人は、本件発明1は本件各要件を全て満たす親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を採用することにより、当該膜を使用しない場合と比較して、著しく高いエマルジョンの回収率を達成するところ、当該効果(本件効果)は本件優先日当時の当業者が予測することのできない顕著なものであったと主張する。
 確かに、…本件明細書には、…本件各要件を備える親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を用いた場合には、いずれも50%以上の回収率を示したが、その余の膜を用いた場合には、16%以下の回収率を示した旨の記載(実施例4(段落【0195】~【0197】、【表3】))がある。
 しかしながら、本件明細書の実施例4の【表3】中の回収率の低いものとして比較対象となる膜の材質や孔サイズは本件明細書中では十分に開示されておらず、仮に事後的に甲36において示された材質や孔サイズを前提としたとしても、例えば、フィルタ2とフィルタ7を比較すると、同じ孔サイズの場合、最終フィルタの材質がPESであるものよりもPVDFであるものの方が回収率が高くなっているなど、これらのデータだけでは、参加人の主張する顕著な回収率が本件発明1に係る親水性二重層ポリエーテルスルホン膜の効果によるものであるとの証明がされているとはいえない。それのみならず、…丙4の記載(…)によると、本件製品を用いて50L程度のエマルジョンを濾過した場合、膜の詰まりの程度が低く抑えられ、本件明細書に記載された程度の高い回収率を実現し得ることは、本件優先日当時の当業者にとって容易に理解し得たものと認めるのが相当である(なお、本件明細書の段落【0197】も、実施例4における低回収率の原因は膜の詰まりであるとしている。)。
 以上によると、本件各要件を全て満たす親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用した場合と当該膜を使用しない場合とを比較し、前者の場合に得られる本件効果が当業者において予測することができない顕著なものであったとする参加人の主張の妥当性には疑問がある上、参加人が主張する本件効果は、甲11発明(認定)に本件周知技術を組み合わせた構成(本件発明1の構成)が奏するものとして本件優先日当時の当業者が予測することのできないものであったと認めることはできず、また、当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったと認めることもできないというべきである。…
 カ 本件発明1の進歩性についての小括  以上のとおりであるから、本件発明1は、本件優先日当時の当業者において甲11発明(認定)に基づき容易に発明をすることができたものであり、進歩性を欠くものである。これと異なる本件審決の判断は誤りである。」

2.雑感

2-1.判決についての感想

全体的な結果について:結論納得度70% 判断納得度30%

 本件は、大きくは「①前審と異なる主張に基づく進歩性判断の主張が許されるか」という点と「②具体的な進歩性判断」の2つの点に分けて捉えることができる。①についての判断には特に異論はないが、②についてはその判断内容に疑問の残るところである。

 まず②について、なぜ判断内容に疑問が残るかというと、本件で知財高裁は容易想到性の判断を丁寧に行っているものの、改めて認定された「相違点A」についての容易想到性が十分に判断されているようには読めないからである。

 これを分かり易く認識してもらうには、本件発明1と引用発明(甲11発明)の相違点が、「相違点A」ではなく、前審審決において認定された「相違点1」であったとして、本判決における「容易想到性」の判断内容を読んでみるとよいように思う。

 本件知財高裁は、相違点に係る容易想到性の判断を「相違点に係る本件発明1の構成(つまり、請求項1の(iii)の工程)に相当する周知技術があること」、「引用発明と周知技術の技術分野が共通していること」、「引用発明には、①から③の要請を達成するという課題が内在していること」「引用発明に周知技術を用いることで課題を解決できること」から、引用発明に周知技術を適用する動機付けがあったと認めている。

 この判断ロジックからすれば、相違点が「相違点A」であっても「相違点1」であっても、同じ判断内容によって「引用発明に周知技術を適用する動機付けがある」と判断できることになろう。また、それだけではない。

 例えば、相違点が「相違点A」でもなく「相違点1」でもなく、「甲11発明が別の濾過技術」を備えているものと仮定して判決の「容易想到性」の判断を読んでみても結論は変わらないだろうし、そもそも、甲11発明において濾過技術は開示されておらず、相違点が「甲11発明には濾過に関する工程の記載がないこと」であると仮定して判決の「容易想到性」の判断を読んでみても結論は変わらないだろう。

 つまり、本判決の進歩性における「動機付けの判断」は、引用発明が、どのような濾過技術を備えた引用発明であっても、濾過技術を備えていない引用発明であっても、結論に変わりを生じさせない判断ということになる。
 しかし、このような結論は、何のために「相違点」を認定し、この相違点に対する容易想到性を判断するのかという、これまで培われてきた進歩性の判断手法そのものを否定するものとなるため、妥当とは言えないだろう。

 相違点が「本件発明1の(iii)に相当する工程を有していないこと」にあるならば、容易想到性の判断で行うべきは「引用発明において(iii)に相当する工程を含めることが容易想到であるか」である。
 相違点が、前審審決の相違点1のように「本件発明1が第1濾過工程と第2濾過工程を含む(iii)の工程を有する一方で、引用発明が第2濾過工程を含む工程を有するものの第1濾過工程を含むことについての開示がないこと」にあるならば。容易想到性の判断で行うべきは「引用発明において、さらに第1濾過工程を含ませて(iii)に相当する工程とすることが容易想到であるか」である。
 相違点が、本判決の相違点Aのように、「本件発明が第1-A濾過工程と第2濾過工程を含む(iii)の工程を有する一方で、引用発明が第1-B濾過工程と第2濾過工程を含む濾過工程を有すること」にあるならば、容易想到性の判断で行うべきは「引用発明において第1-B濾過工程に代えて第1-A濾過工程を適用することが容易想到であるか」である。

 このように、相違点が異なれば、容易想到性において判断すべき内容は異なる。しかし、本件の知財高裁は、本件発明1と甲11発明の相違点を「相違点A」と認定しておきながら、甲11発明の「(Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μmフィルタに通して濾過する」との濾過工程(第1-B濾過工程)に代えて、周知技術の「孔サイズが0.45μmである予備濾過膜を使用して濾過する」との濾過工程(本件発明の「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層を使用して濾過する」との濾過工程(第1-A濾過工程)に相当する周知技術)を適用することの動機については、具体的に審理していない。

 判決文に記されているのは、「ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に周知技術をも適用できる」という判断に過ぎず、「ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に係る甲11発明に周知技術を適用できるか」の判断にまで掘り下げたとは、到底読み取れないのである。これは、明らかに審理不尽であろう。

 なお、本件の知財高裁は。「動機付け」の判断の後に「阻害要因」の判断も行っており、阻害事由の判断において、具体的に甲11発明の第1の濾過工程に代えて、周知技術の予備濾過膜を適用することについて判断しているため、進歩性の判断全体をみれば、上述の容易想到性の判断を行っていると考えることもできるため、阻害要因について簡単に触れておく。

 まず、阻害要因も、結局のところは「動機付け」の話であり、動機付けを否定する方向の主張に過ぎない。このことは、月間パテントで弁護士の大鷹一郎先生も、同様の見解を述べられている。
 また、阻害要因が、その本質において動機付けの話でしかないことは、少し考えてみればわかることである。つまり、「組合せを適用する動機はあるが、阻害要因がある」という結論にはなり得ないのであり、阻害要因があるにもかかわらず、なおも組合せを適用する動機はあるという結論は論理的におかしいのである。一方で、阻害要因を、動機付けとは別個の判断であると考えてしまうと、「組合せを適用する動機はあるが、阻害要因がある」という結論も論理的に成立し得るものでなければならない。よって、阻害要因は、動機付けの話である、という帰結が導かれるわけである。

 それでは、なぜ「動機付け」を判断した後に「阻害要因」を判断するか。これは、あくまで審査上の便法に過ぎず、動機付けの判断を、肯定的判断と否定的判断に分けて考えているに過ぎないだろう。「組合せを適用する動機付けを肯定する要因」が認められれば、一応は、動機付けがあるという推定的な判断をすることができ、これを阻害する事由がなければ、推定的な判断がそのまま維持されることになる。(判決文において、「動機付けがある」と記載されていれば、阻害要因についても「阻害要因はない」という判断になるため、動機付けの判断結果から阻害要因の判断結果はわかってしまう。「動機付けがある」と判断しておきながら、その後の阻害要因において「阻害要因がある」と判断している判決を私は見たことが無い。)
 大鷹一郎先生が「阻害要因は、動機付けを否定するいわば積極否認の理由」と述べているのも、おそらくはこのような趣旨と同様の考えによるものではないかと推察する。
 なお、ここでいう「推定」は、法律上の「推定」ではなく、暫定的見解といった意味に過ぎないが、実質的には、阻害要因の立証責任は特許権者側にあるため、立証責任の観点からみれば阻害要因は「抗弁」的性格の主張ともいえるが、論理的には「組合せの適用を阻害する事由があれば、組合せを適用する動機はない」というのが正しいため、両立し得ない主張という観点からは「積極否認」ということができる。

 いずれにせよ、ここで注意しなければならないのは、阻害要因は、あくまで「暫定的に動機付けがあると判断できることが前提で考慮される事項である」ということである。分かり易く言えば、暫定的にでも動機付けがあるといえないならば、阻害要因を論じるまでもなく、進歩性は否定されないということだ。

 本件では、既に二段階の濾過工程を有している甲11発明において、なぜ、これに代えて周知技術の二段階工程を適用する動機が生じるのかという点について検討されていない。これは、「動機付け」の段階で判断することであり、「阻害要因」の段階で判断することではない。

 また、知財高裁は、ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いられる濾過膜において、①細菌を効果的異保持すること、②総処理量が大きいこと、及び③流速が妥当なものであること、が内在的な課題とされることを認定している。

 しかしこの課題は、たとえ内在する課題であったとしてもあくまで「ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造」における一般的な課題であり、あらゆる場合のワクチンアジュバントのエマルジョンの製造において存在する課題ということはできない。たとえば、既にこれらの内在課題を解決しているであろう製造方法においては、あえてこの課題を解決する技術を導入(適用)する動機は生じないということも十分に考えられる。
 そうすると、甲11発明を出発点とするならば、「当業者が甲11発明にこの課題が内在していると認識するのか(つまり、甲11発明ではこの課題が解決されていないと認識するのか)」という点や、「甲11発明にこの課題が存在すると認識したとして、甲11発明における濾過工程に比して、本件周知技術が課題を解決するものになるといえるのか」という点を審理しなければ、動機付けがあったと言うことはできないはずであり、本件の知財高裁は、これらの点について十分な審理を行っていないわけである。
 従って、詰まるところ、「ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造において本件周知技術を適用できる」という一般論だけで、甲11発明への本件周知技術の適用(正確には代用)を判断したという他ないのである。

 甲11発明において、0.22μmの孔サイズの膜を、本件周知技術の0.45μmの孔サイズの膜に置き換えることで、上述の課題①乃至③が解決される(あるいは改善する)ことを当業者は容易に認識できるのか

 私は濾過膜の専門家でもないので何とも言えないが、感覚的には、1.2μm以上の粒子を十分に除去することを目的とした上で0.22μmの孔サイズの膜を使っていたはずなのに、この孔サイズが0.45μmとなる膜を用いれば課題①乃至③が解決されることの理屈がわからない。(また、甲11発明においては、「1.2μm以上の粒子を十分に除去すること」が目的として直接記載されているのであるから、この目的を害してまで課題①乃至③の解決を優先する事情もないであろうことにも留意すべきである。)

 しかしながら、知財高裁がこのような不十分な審理判断から結論を導いてしまったことには、当事者にも責任があるように思える。特セキラスは、進歩性を争う上での主張戦略に失敗したために、自らに不利な判決を導いてしまったきらいがある。

 特セキラスは、どのように進歩性を主張すべきであったか。本件事例から学べることは、知ってしまえば簡単に気を付けることのできる内容ではあるが、なかなか気付くことのできない点かもしれない。進歩性の判断の仕方に深くかかわるところであり、ハイレベルな内容ともいえよう。この点については、詳細な考察で述べることにする。

 ところで、私は、上述のように知財高裁の判断についての納得度は低いのだが、結論についての納得度は低くない。その理由は、知財高裁とは別の判断によって、本件発明1の進歩性を否定することができるのではないかと考えているからである。以下に、本件発明1の進歩性を否定する私の判断ロジックを紹介しておく。

 本件の知財高裁も、既に別の記事で取り上げた判例「令和4年(行ケ)第10007号」で示された「引用発明の認定の手法」と同旨の基準である「対象発明との対比において過不足のない認定」を採用している。
 そして、「対象発明との対比」において認定されるものであるとするならば、対象発明である本件発明をどう把握するか、つまり、「本件発明の要旨認定」は、引用発明の認定殿間でも重要な意味合いを持つことになる。

 そこで、本件発明1における「(iii)該第2のエマルジョンを、0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過し、それによって、スクアレン含有水中油型エマルジョンを提供する工程」をどのように認定すべきか。

 論点を具体的にすると、この本件発明の第(iii)工程を、「二重の膜を使用した一回の濾過工程」として認識するか「第1の膜を使用した濾過工程と、第2の膜を使用した濾過工程」を含むものとして認識するか、という問題である。

 仮に、請求項の記載が「第1の膜と第2の膜を使用して、濾過し、」との文言であれば、第(iii)工程が「2つの膜を有するフィルタによる一回の濾過を行うことを意味するものか、別々の膜のフィルタを用いて2回の濾過を行うことを意味するのか、あるいは、そのどちらも含む意味であるのか」が一義的に特定できないため、明細書等を参酌して決定することになるだろう。
 しかし、本件発明1に係る請求項の記載は「第1の膜と第2の膜とを含む二重層膜を使用して、濾過し、」と記載されているため、請求項の文言から、二重構造の膜を有する1つのフィルタを用いた一回の濾過工程を意味することは明白であり(なお、オープンクレームのため、これ以外に濾過工程を含んでもよく、一回だけの濾過工程で製造方法が構成されることを意味するものではない。)、本件発明1の要旨認定において、請求項1における第(iii)工程は、「二重の膜を有するフィルタにより一回の濾過を行うこと」を意味するものと解するのが相当であると考えられる。

 そうすると、引用発明の認定における「過不足のない認定」については、「第1の膜のフィルタを用いて濾過を行う第1の濾過工程と、第2の膜を用いて濾過を行う第2の濾過工程を行う二つの濾過工程」を認定すべきか、「一回の濾過工程(第2の濾過工程のみ、あるいは第1の濾過工程のみ)」を認定すべきか、という問題が生じるだろう。

 結論から言うと、私の立場は、本件発明の要旨が「一回の濾過工程」である以上、原則としては、引用発明も「一回の濾過工程」を認定すべきであり、「二回の濾過工程」を認定できるのは、上述の「引用発明の認定」の判断基準における「特段の事情」が認められる場合に限るべきと考える立場である。
 なぜならば、本件知財高裁が「特段の事情のない限り、対象発明の発明特定事項との対応関係を離れ、引用発明を必要以上に限定して認定する必要はない」と述べている通り、本件発明の要旨を「二重層膜による一回の濾過工程」と認定すれば、引用発明を二回の濾過工程と認定することは「対象発明の発明特定事項との対応関係を離れた」認定であって、「引用発明を必要以上に限定する」認定というべきであり、特段の事情のない限りは不要な認定といえるからである。

 従って、引用発明の認定、及び、相違点の認定は、前審の審決がした認定判断を踏襲すればよい。その上で、容易想到性を考えると、引用発明である甲11発明は、0.22μmの一層の膜のフィルタで減菌濾過しているのに対し、本件発明は「0.3μm以上の膜と、0.3μmより小さい膜の二層の膜のフィルタで減菌濾過している」という点が異なることになる。

 ここを出発点とすれば、本件知財高裁が行った「容易想到性」の判断をそのまま踏襲して、すんなりと進歩性を否定することができるだろう。なぜならば、本件周知技術の0.45μmの孔サイズは1.2μmよりも小さいため、内在する課題との関係で、一層の膜のフィルタを使うよりも、本件周知技術の二層の膜を使う方が効果が高いことは技術常識からも明らかであり、このことは、甲11号証に開示される製造プロセスが、減菌濾過(第2の濾過工程)を行う前に第1の濾過工程を行っているとの事実があったとしても変わらない(そもそも、内在する課題は、「大きな粒子を十分に除くこと」ではなく、「①細菌を効果的に保持すること、②総処理量が大きいこと、及び③流速が妥当なものであること」であり、第1の濾過工程があったとしても依然として1.2μm以上の粒子が存在する状態にあっては、内在課題の存在を妨げる事情にはならず、課題解決の動機を妨げる事情とはならないだろう)。

 このように、引用発明の認定と相違点の認定については前審審決の判断を採用し、容易想到性の判断については本件知財高裁の判断を採用するのが、審理不尽とならない最も適切な進歩性判断ではなかったか、と私は思う。

 なお、ここでは引用発明としてどちらを認定すべきかについて結論だけを述べたが、この問題はまさに、私がコラム記事「「引用発明の認定」の応用類型」で挙げた「本願発明に記載されていない構成要件であり、かつ、引用文献には記載されている構成要件を、引用発明として認定するケース」の問題であるといえる。(∵本願発明には二回の濾過工程は記載されていない。)
 従って、「詳細な考察」の方では、私がコラムで述べた見解を踏まえて、この論点についてもう少し深堀した分析をすることにする。

・「予測できない顕著な効果」の判断について
 本件では、「容易想到性」の判断の後に「予測できない顕著な効果」の判断も行っているが、ここでの知財高裁の判断についても疑問が残るため触れておく。

 最高裁判決平成30年(行ヒ)第69号(アレルギー性眼疾患事件)は、「本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討」しなかったことについて、このような判断の仕方には法令の適用解釈の誤りがあると述べた。

 本件知財高裁は、この判断に当たって、本件周知技術にあたる本件製品が「広範囲の化学的適合性、高耐熱性、高処理量、高流速の特性を備えている」旨の記載等を根拠とし、「本件明細書に記載された程度の高い回収率を実現し得ることは、本件優先日当時の当業者にとって容易に理解し得たもの」と判断した。

 しかし、この判断については、十分に合理的な根拠が示されているか疑わしいところである。

 本件特許明細書において実施例として具体的に記載された“高い回収率”は50%以上であり、その是非は措くとして、特セキラスが主張する顕著な効果(高い回収率)の目安は「50%以上の回収率」ということになる。

 ここで間違えてはいけないのは、この回収率の効果について、知財高裁は、「本件製品(本件周知技術)を用いれば、50%の回収率が得られるであろうことは容易に理解できた」と言っているわけではなく「本件明細書に記載された程度の回収率が得られることは容易に理解できた」と言っているという点である。
 従って、仮に本件明細書に記載されている高い回収率が70%であれば、本件製品を用いた場合の回収率も70%程度となり得るし、90%であれば90%程度になり得ると言っているのである。

 さて、これを論理的に表せば、本件知財高裁の判断の仕方がおよそ高い蓋然性を以て、論理的な間違いを含んでいることを証明できるだろう。

 「BはAと同程度の効果を奏する」が成立する場合、論理的には、「Aは予測できない顕著な効果を奏する」ならば「Bは顕著な効果を奏する」ことになり、「Aは顕著な効果を奏さない」ならば「Bは顕著な効果を奏さない」ことになるのである。

 このように、同程度の効果を奏することは、単に、本件製品による効果が顕著なものといえるかは、本件発明の効果が顕著なものといえるか否かに依存すると言っているに過ぎないのであり、「BはAと同程度の効果を奏するならば、AもBも顕著な効果を奏さない」という論理は全く成立しないのである。

 そして、進歩性判断の一要素である発明の効果の判断に際し、本件発明の効果と同等であるとの事実を判断の要素とすることは、本件特許の出願前に知り得なかったはずの“本件発明の効果”を考慮して進歩性判断を行っていることに他ならず、このような判断は後知恵による恣意的な判断というべきであろう。

 このように、本件の知財高裁は、「予測できない顕著な効果」の判断の仕方を根本的に見誤っており、私の眼には、本件知財高裁の判断は、判断の基礎に全くの根拠を欠いたものとなっているように映る。

 それでは、どのように判断すべきであったか。

 仮に、本件出願で示された比較例が従来技術であったとしよう。そうすると、濾過にしようできるフィルタには多数の種類のものがあり、その中で、従来技術として用いられていたフィルタでは、16%以下の回収率が得られていたということになる。
 この前提事実が当業者の認識の出発点となり、この前提事実に基づいて、当業者は、従来技術のフィルタに代えて本件製品(本件周知技術)のフィルタを適用しようとした場合に、どの程度の改善が得られるであろうと予測する、というのが合理的な考え方であろう。従って、これが「当業者が、本件発明の構成から予測できたであろう範囲」ということになる。

 従来技術の回収率が16%程度ならば、まさか従来使用されているフィルタを、既に周知な他のフィルタ(本件製品)に代えたからといって、回収率が2倍にも3倍にもなるということを当業者は予測するであろうか。私ならば、せいぜい20%や、よくても30%くらいになることを予測するのではないかと考える。
 特に、「本件製品」は既に周知のフィルタであることを裁判所は認定しているのであり、周知のフィルタに置き換えたからといって劇的に回収率が上がるなどと、当業者は予測しないのが通常ではなかろうか。
 そうだとすれば、50%以上もの回収率が得られるであろうことは、当業者が予測できたであろう範囲を超えるものということができるはずである。

 しかしながら、本件知財高裁は、本件特許明細書に記載されている効果については「本件明細書の実施例4の【表3】中の回収率の低いものとして比較対象となる膜の材質や孔サイズは本件明細書中では十分に開示されておらず、…これらのデータだけでは、参加人の主張する顕著な回収率が本件発明1に係る親水性二重層ポリエーテルスルホン膜の効果によるものであるとの証明がされているとはいえない」と述べている。

 つまり、本件知財高裁は、本件明細書の記載から、50%以上の回収率が本件発明1に係る親水性二重層ポリエーテルスルホン膜の効果によるものであるとはいえないと判断しており、「従来技術は16%以下であったが、本件発明1によってこれが50%となった」という事実が認められない(証明されているとはいえない)としているのである。

 予測できない顕著な効果があることの立証責任は特許権者側にあるのであり、「16%以下だったものが50%以上になった」という事実そのものが認められないのであるから、回収率が50%となることが、当業者が予測することのできないものであったということもできず、当業者が予測することのできた範囲を超えるものであったということもできない。

 裁判所の判断としてはこれだけで十分であったように思う。

 さて、「顕著な効果」について、実務上気を付けておきたい点があることを本判決は示してくれているが、この点については詳細な考察で話すことにする。

 また、既に記事が長くなっているため、本件のもう一つの論点である、主張の排斥(最高裁大法廷判決との関係)についての考察も、詳細な考察に回すことにする。

※ 月間パテント2024年6月号にて、弁護士の大鷹一郎先生は「発明の進歩性の判断における「効果」に関する考察」のなかで、「阻害要因は、阻害要因があるため構成を組み合わせる動機付けがないという意味で、動機付けを否定するいわば積極否認の理由であり、構成の容易想到性を論理付ける動機付けの判断と同じレベルの問題であり、また、動機付けの有無及び阻害要因の有無の判断は、判断基準時当時に当事者が接することができた引用例の記載から出発する点で共通する。」と述べられている。

3.詳細な考察

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