ビジネスのための特許とは ~タイミー特許からの考察~ Part1
前置き
前回の記事「企業が特許事務所に求めるべき2つの重要な能力」でも述べたが、企業は“ビジネスのため”に武器となる特許権を求めるべきである。ビジネスのためにならない特許権は、企業経営においては「単なる負債」にしかならず、無価値に企業の利益を喰うだけのお荷物にしかならない。
裏を返せば、このような多くの負債特許を抱える企業にとっては、良い特許を求めることイコール利益構造の見直しであり、経営改善ともいえる。そのために企業は“ビジネスのためになる特許”を取ることに努め、そこにコストを掛けなければならない。
“ビジネスのためになる特許”とはどのような特許なのか
そして、ビジネスのためになる特許を得るために、どのような能力が重要になるのか。この点については前回の記事で話したが理論的な話だけでは意味がない(誰でもできる)。そこで今回は、具体的な特許権を題材にして、このテーマについての検討と考察をしていきたい。
題材となる特許権は、特許第6474089号である。この特許の特許権者は、株式会社タイミーである。(以下、特許第6474089号を「タイミー特許」と呼ぶ。)
なぜこのタイミー特許を題材としたのか。そもそもタイミー特許の存在は、X(旧ツイッター)で宣伝された動画コンテンツ「【弁理士解説】働く前からお金をもらう?タイミーが保有する驚愕の特許とは/出願の内容詳細解説/事業の「どこを」権利化するか/プレスリリースの活用/資金調達と権利出願のタイミング」で知った。
残念ながら、この動画コンテンツで話されている内容は、私にはピンとこないものであったが、ピンとこなかったが故にこの題材(タイミー特許)を今回の検討に選んだともいえる。
タイミー特許は、この動画コンテンツでも「働く前からお金をもらう?」と紹介されているように「所定の条件を満たした者であれば働く前に給与の前払いができる」といった内容の特許権である。
この動画コンテンツでは、タイミー特許を「驚愕の特許」と評し、おそらくは肯定的に、言い換えれば、“ビジネスのためになる価値の高い特許”として、このタイミー特許を評価しているものと推測される。
しかしながら、私が真っ先に違和感を抱いたのは「驚愕の特許」という評価であった。
果たして、ビジネスを考える者にとって(例えば、株式会社タイミーにとって)、このタイミー特許は「驚愕の特許」なのか。株式会社タイミーのビジネスを守り、ビジネスに優位性を生み出し、ビジネスを成長させる(利益を増やす)ような特許といえるのか。
ビジネスを理解し、ビジネスのする側の立場にたち、顧客のビジネスの視点から特許を見つめなければ、真の意味で弁理士が顧客に寄り添っているとは言い難いであろうし、顧客に対し弁理士としての使命を果たすことはできない。
そこで今回は“ビジネスの視点”に立って、タイミー特許に対する私個人の見解を話したいと思う。
また、タイミー特許をベースに、私の考える“ビジネスのための特許”、言い換えれば、私なら株式会社タイミーに提案したであろう特許(請求項)についても考えてみた。
トータルの文量が多くなるため、複数のパートに分け、今回のPart1記事では「ビジネスの視点に立ってタイミー特許を評価した考察」を述べ、次回のPart2記事で「株式会社タイミーが取得できたかもしれない特許の考察」を述べることにする。
ちなみに、タイミー特許は、2018年5月7日出願の特願2018-89487(以下「タイミー出願」と呼ぶ。)に対して、同年9月28日に拒絶理由通知がされ、同年11月19日に補正書及び意見書が提出され、2019年1月22日に特許査定を受けている。
出願時の請求項1、手続補正後の請求項1(特許となった発明)は、それぞれ以下の通りである。
【出願時の請求項1】
求職者および雇用者間でのマッチングを支援するマッチング支援サーバであって、
前記求職者が使用する求職者端末から送信された前記求職者が希望する勤務時間帯を少なくとも含む求職希望を受け付ける求職希望受付部と、
前記求職希望受付部が受け付けた求職希望を、前記雇用者が使用する雇用者端末に提示する提示部と、
前記提示された求職希望に対して送信された、前記雇用者端末から前記求職者へのアプローチを受け付けるアプローチ受付部と、
前記アプローチを、前記求職者端末を介して前記求職者に選択させる選択部と、
を備えるマッチング支援サーバ。
【請求項2】
前記求職者の勤務に対する前記雇用者の勤務評価を登録する評価登録部をさらに備える、請求項1に記載のマッチング支援サーバ。
【請求項3】
前記求職希望受付部が、前記評価登録部に登録された勤務評価が所定の条件を満たす求職者から求職希望を受け付けると、前記受け付けた求職希望の勤務時間に応じて当該求職者に対して給与の前払いを行う支払部をさらに備える、請求項2に記載のマッチング支援サーバ。
【手続補正後の請求項1】
求職者および雇用者間でのマッチングを支援するマッチング支援サーバであって、
前記求職者が使用する求職者端末から送信された前記求職者が希望する勤務時間帯を少なくとも含む求職希望を受け付ける求職希望受付部と、
前記求職希望受付部が受け付けた求職希望を、前記雇用者が使用する雇用者端末に提示する提示部と、
前記提示された求職希望に対して送信された、前記雇用者端末から前記求職者へのアプローチを受け付けるアプローチ受付部と、
前記アプローチを、前記求職者端末を介して前記求職者に選択させる選択部と、
前記求職者の勤務に対する前記雇用者の勤務評価を登録する評価登録部と、
前記求職希望受付部が、前記評価登録部に登録された勤務評価が所定の条件を満たす求職者から求職希望を受け付けると、前記受け付けた求職希望の勤務時間に応じて当該求職者に対して給与の前払いを行う支払部と、を備えるマッチング支援サーバ。
このように、補正後の請求項1は、出願時の請求項3に係る発明であるが、拒絶理由通知では、出願時の請求項3に係る発明は進歩性がない(29条2項)と判断されていた。
出願人/代理人は、請求項3に係る発明についての審査官の判断に誤りがあると判断し、意見書で進歩性があることを主張し、審査官の判断を覆したといえる。(形式的には補正ありだが、実質的な応答は、意見書のみ応答といえるだろう)
出願時の請求項1の記載は、株式会社タイミーのビジネスを見事に捉えており、素晴らしい内容ではなかったかと思う。株式会社タイミーがやりたいこと、そして、他社に真似されたくないビジネスを、余計な記載のない最小構成とも思える構成できれいに表現できているように見える。
だからこそ、私ならば、審査官からの拒絶理由通知に対して、以下の請求項1で権利化を狙うこと(審査官に応答すること)を薦めただろう。
【Xが権利化を薦める請求項1】
求職者および雇用者間でのマッチングを支援するマッチング支援サーバであって、
前記求職者が使用する求職者端末から送信された前記求職者が希望する勤務時間帯を少なくとも含む求職希望を受け付ける求職希望受付部と、
前記求職希望受付部が受け付けた求職希望を、前記雇用者が使用する雇用者端末に提示する提示部と、
前記提示された求職希望に対して送信された、前記雇用者端末から前記求職者へのアプローチを受け付けるアプローチ受付部と、
前記アプローチを、前記求職者端末を介して前記求職者に選択させる選択部と、
を備えるマッチング支援サーバ。
つまり、私には、この請求項1(=出願時の請求項1のまま)でも、進歩性があることを主張し、十分に勝負する道は残されているように思えた。そして、これこそが、チャレンジングであっても、株式会社タイミーが彼らのビジネスのために狙うべき権利ではなかったかと思う。(実際のところはわからないため、株式会社タイミーは出願時の請求項1のままで勝負できるという選択肢も含めた上で、最終的に請求項3での権利化を望んだのかもしれない)
また、私ならば、タイミー出願をベースに、現在(2025年7月時点)株式会社タイミーが実際に提供しているサービスをカバーする可能性のある2つの特許権の取得を提案しただろう。この特許の内容についてもPart2記事で話したいと思う。
さて、長い前置きになったが、以降では、Part1記事の本題である「ビジネスの視点に立ったときにタイミー特許は”驚愕の特許”といえるのか」について具体的な考察を話していくことにする。(ここから先は無料会員(企業)向けのコンテンツになっているため、興味のある企業の方は無料の会員登録をご検討いただきたい。特許事務所の方は残念ながらここまでとなる。)
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