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拒絶理由対応のすすめ

拒絶理由対応のすすめ 2024年前半の振り返り

 2024年1月から開始した「拒絶理由対応のすすめ」

 月に1件、最近の出願から適当に案件をピックアップし、拒絶理由通知への応答方針を検討し、その思考プロセスを説明することを試みてきた。

 なるべく活きた思考プロセスをお伝えするために、「拒絶理由対応のすすめ」には以下の特徴がある。

 一つには「実際の他人の出願」を対象にすることである。

 私が自ら設例を設け、自ら応答方針を説明するとなると、どうしても解答に誘導するような設例になってしまう(弁理士Xが言いたいことを言うための設例になっていると思う方もいるだろう)という懸念があったため、私の意図が入り込む余地のない他人の出願を対象にし、私自身も初見で拒絶理由と向き合う形にして、会員の方と同等の条件で取り組むようにした。

 また一つには「多様な技術分野の出願」を対象にすることである。

 私が、自身の専門分野の出願だけを扱えば、技術知識について有意な立場から拒絶理由の対応を検討できることになる。私は自身の拒絶理由対応の統計をお見せしているが、このような統計も「優位な立場にいるからできること」と思う方がいるかもしれない。また、実際に私の拒絶理由対応が、技術知識が深いことによるものであるとしたら、私の応答方針を見せたところで参考にはならないと感じることになるだろう。
 多岐にわたる分野の案件を対象とすることは、技術知識ではなく、知財実務としてのスキルが試されることになる。このことを意識して、自身の専門分野に限らずに、対象案件をピックアップするようにした。

 さて、ここまで(2024年1月~7月分まで)、29条の新規性/進歩性の拒絶理由を対象にしてきた。29条は、機械分野が3件で、電気と化学が2件なので、各3件ずつになるように9月まで続く予定だが、ここまでの結果を下表にまとめてみた。

 各案件(記事)は、その記事を載せた月の翌月末までしか公開しないため、このようなまとめを作ってみると、また違った視点から見ることができる。

 出願人の対応については、「意見書のみ」で対応しているものは、積極的に採用しないようにしたため、「出願人の補正有り/無しの応答比率」にはあまり意味がない。第4回は私が対応方針を当サイトにアップした時点でまだ出願人が拒絶理由通知に応答しておらず、第5回は29条については補正せずに対応していたが39条違反に対応するために補正していた(つまり補正書は提出されていた)。

 出願人が「意見書のみ」で対応した案件を積極的に採用しなかったのは、出願人も「意見書のみ」で私の検討結果も「意見書のみ」となった場合、わかりきったような審査官の判断誤りを指摘するだけとなり、拒絶理由の対応検討があまり有意なものとならない可能性もあるからである。

 そのため、表のまとめで着目すべきは、「出願人の対応」と「私の対応」の異同である。「補正有りか無しか」で出願人と私が同じ対応結果となったのは、7件中、第5回と第6回の2件だけである。一方で、残りの5件は、出願人とは異なる対応結果となり、そのうちの4件は、出願人は「補正有り」で対応したが、私は「補正無し」で対応できると判断した。

 なお、第4回は、審査官の判断に対する見解としては、私も「補正無し」ではあったが、拒絶理由に挙げられた副引例を“主引例”として進歩性を判断した場合を考慮して、「補正有り」としたものである。
 また、第6回は、出願人は外的付加による補正であるが、私は、従属項に対する審査官の判断誤りを指摘するものである点で異なっている。

 このようにして見ると、私の場合、請求項1についての審査官の判断に対する誤りという点では7件中6件、全請求項でみれば7件中7件すべてに、判断の誤りがあるという結果になった。少し偏った結果となったことには私自身も驚いているが、そうなりそうなものを意図的に選んだわけではない。

 私が案件を選定するときに候補から外した条件は、①引用文献に非特許文献があるもの、②引用文献に日本語と英語以外の外国語の文献があるもの、③本願明細書が100頁を超えるもの、④代理人がいないもの、の4つである。題材に良さそうと思った案件であっても、この4つのいずれかに該当するものは候補から外した。

 理由は説明するまでもないかもしれないが、①は入手に手間がかかること、②は翻訳機能を使っても内容の正しさが判断できないこと、③は読む負荷が大きいことであり、これらは会員の方にとっても同様であろうと予想されるからである。また、④は特に出願人が個人発明家であったりすると、代理人を立てずに応答することもしばしばあり、知財の専門家でない者が対応する場合、どうしても素人的な対応になっていることが多いからである。特許事務所や弁理士が代理人となっている案件であれば、応答方針は、実務家(弁理士や特許技術者や企業の知財部員)が検討しているものと想定できる。

 さて、ここまでの結果から私が率直的に感じたのは、「補正無し」で対応できる案件の多さ、言い換えれば、「審査官の判断誤りに対する指摘の少なさ」である。出願人/代理人は、もっと積極的に、審査官の判断誤りを指摘して、より限定要素の少ない権利化を目指すべきであろう。

 審査官の判断誤りを主張できることは、「他よりも一段階広い権利が取れること」に結び付く。他社よりも一段広い権利が取れるというのは、競合他社に対する優位性を確保する上で、とてつもない武器(アドバンテージ)になるのである。

 例えば、A社とB社がそれぞれ、同じレベルの発明「発明1:構成A+B+C」と「発明2:構成A+B+D」をしたとしよう。発明1の特徴は構成Cにあり、発明2の特徴は構成Dにあり、これらは両立し得る技術であるとする。
 また、A社は審査の結果、請求項を減縮して「発明1:構成A+B+C1」の特許権を取得し、B社は審査の結果、請求項を減縮することなく「発明2:構成A+B+D」の特許権を取得したとする。そして、A社とB社がどちらも相手のした発明を実施したくなったとする。
 このとき、A社は、B社の発明を実施することができないため、A社が実施できるのは「構成A+B+C」の発明である。A社はこの特許権を有してはいないが、実施することはできる。一方B社が実施できるのは「構成A+B+C+D(但しCはC1ではない)」の発明である。
 このように、B社は、構成C1さえ回避すれば、A社のした構成Cに係る発明を難なく実施し、構成Cによる発明の効果を享受した製品を販売することができ、かつ、A社には、自らした構成Dに係る発明を実施させないでいられるため、市場競争において、非常に有利な立場を得られる。

 次に、私が知って欲しいと思うのは、その発明の技術分野に属する知識に深いことは確かに有利ではあるが、そこ以外にも、実務家としてのスキルを伸ばす部分はあるということである。

 電気、機械、化学と広い範囲を対象にしたが、それだけでなく、たとえば同じ機械の分野でも、なるべく当業者の異なる発明を対象にした。そのため、ここまでの案件は、どれもが他の案件とは異なる当業者(技術分野)であり、私がこれら全ての案件に対して、その技術分野における深い知識を持つことはおよそ不可能だと認識してもらえるはずである。

 それでも、審査官の審査(判断)が適切と言えるかを判断することはできるし、審査官の判断の誤りを主張することはできる。当然私は、出願人や代理人と同じ技術レベルではないので、詰まるところ、私のやっていることは「法律上の評価」なのである。
 特許法という法律が定めている「新規性/進歩性」の考え方を知っているか、その判断に使える論理的なツールを知っているか、という部分は、技術分野に依らずに伸ばせる実務力であり、そこが、実務家が発明者よりも優れている点(クライアントに対して専門性をアピールできる点)なのである。

 実務家には是非とも、実務家としての専門性を伸ばし、自分は周りの弁理士よりも高い付加価値を与えることができるという自信を身に付けて欲しい。私は常々、弁理士という士業には「競争」が足りないと感じている

 それは、発明や権利の価値が見えにくい(良い権利が取れたのは発明が良かったからなのか、弁理士の能力が高かったからなのか。たいした権利が取れなかったのは発明が不十分だったからなのか、弁理士の能力が不足していたからなのか。その案件の当事者は感じることができるかもしれないが、客観的には窺い知ることが難しい)という点が、大いに関係しているだろう。
 特許事務所という皮を着せれば、個々人の能力は猶更表立って知られることはない。そういった一種の安心感が、成長を不要とさせ、成長する意欲を失わせるし、独立志向の高い一部の者だけが、このような業界の体質に嫌気が差し、周囲に対する自信が身に付いた時点で独立していくのだと思う。

 しかしそれでは、ほんの一握りの弁理士しか際立たないのであり、発明者や出願人等のクライアントにとってあまりに利益が小さい。ほとんどのクライアントが、選びたくても選べない状況にあるのではないか。そして、このような現状を変えていくことが、この業界の繁栄であり、ひいては産業競争力を高めることにも繋がるのだと思う次第である。

 さて、以降は、会員向けに、29条の対応に関し、具体的な反論ポイントにどういった傾向がみられるのかを検証してみたいと思う。

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