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判例商標

令和3年(ワ)第22287号 商標権侵害に基づく損害賠償請求事件(エルメス vs ナオインターナショナル) 東京地裁

損害賠償:商標権者のブランド力を重視して損害額を認定した(フリーライドによる廉価品販売に対し利益の8割を損害額として認めた)事例
令和5年3月9日(2023/3/9)判決言渡
#商標権 #損害賠償

1.実務への活かし

・~権利行使~ #民法709条(不法行為に基づく損害賠償) #商標法38条2項(損害額の推定)
 ブランド価値にフリーライドして商標権が侵害されている場合、たとえ侵害者の商品が廉価品であったり顧客層が違っていたりしても、商標法38条2項の損害額の推定を適用した損害賠償の請求を検討してみてはどうか。

∵本件では、1個100万円以上する商標権者の商品(鞄)に対して新会社は1個1万円台で廉価品(かつ類似品)を販売していたが、裁判所は、価格の差や顧客層の違いによる覆滅事由を認めつつも、ブランド力による購買動機の形成を重視して、利益の8割を損害額として認めた(覆滅は2割に留まる)。

2.概要

 原告エルメス アンテルナショナル(以下、エルメスという。)は、エルメスの高級バッグである「バーキン」及び「ケリー」の各形状を商標とする商標権(それぞれ商標登録第5438059号及び第5438058号。以下、本件商標権という。)を有している。

 本件は、エルメスが、「バーキン」及び「ケリー」に類似する商品を販売しているとして、被告株式会社ナオインターナショナル(以下、ナオ社という。)に対し、商標権侵害に基づく不法行為による損害賠償(民法709条)及び不正競争による損害賠償(不正競争防止法4条)を請求し、785万140円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。(なお、不正競争行為は、不競法2条1項1号及び2号)

 エルメスの有する本件商標権は以下の通り、バーキン及びケリーの形状を商標とするものである。

 一方で、ナオ社が販売していた商品は以下の通りである。(以下、ナオ社商品という。)

 エルメスのバーキンは1個100万円以上するものがほとんどであり、ケリーにしても1個50万円以上するものがほとんどである。
 これに対し、ナオ社商品の販売価格は、いずれの商品も1個1万5180円である。また、ナオ社がこれらの商品の販売により得た利益の額は、515万140円であった。

 エルメスは、ナオ社の得た利益を逸失利益とする他、エルメスの信用を毀損する無形侵害として150万円を請求した。(これに弁護士費用120万円を合わせたものが訴額)

 ナオ社は、①取引の実情に照らし、バーキン及びケリーとナオ社商品との間で「出所混同が生じる可能性はない」こと、②商品の価格差ゆえに誤認混同のおそれはないこと、③商品サイズの違い(ナオ社商品は小さい)こと、④商品の購買層(高級品と廉価品)が異なるためバーキン及びケリーの信用が毀損されることはないことなどを主張し、また、仮に損害が発生したとしても95%の推定覆滅が認められることを主張した。

 これに対して裁判所は、出所の混同を生じるおそれがあると判断し、またさらに、「価格差が大きいこと」や「商品サイズの違い」を覆滅事由として認めつつも、エルメスブランド及びバーキンやケリーのデザインが需要者の購買動機形成に及ぼす影響の大きさを考慮し、「被告商品の利益の額に対する原告商標の貢献割合については、いずれも8 割と認めるのが相当である。」と判断し、2割の限度で覆滅を認めた。

東京地裁の判断(判決から抜粋。太字、下線は付記)
「(1) 原告の逸失利益額
 商標権は、特許権等の他の工業所有権とは異なり、それ自体に創作的価値があるものではなく、商品又は役務の出所である事業者の営業上の信用等と結びつくことによってはじめて一定の価値が生じるという性質を有する。このため、商標権が侵害された場合に、侵害者の得た利益が当該商標権に係る登録商標の顧客吸引力のみによって得られたものとは必ずしもいえない場合が多い。本件のようなハンドバッグの場合、需要者の購買動機の形成に当たっては、当該商品の属するブランドはもとより、その販売価格も考慮され、また、全体のデザイン及びサイズといった要素も、デザイン性ないしファッション性の側面のみならず機能面からも考慮されると考えられる。これらの点を踏まえると、原告商標ないし原告商品の周知著名性からそのブランド及び全体のデザインが需要者の購買動機形成に及ぼす影響は相当に大きいとみられるものの、販売価格並びにデザイン及びサイズにおける相違が及ぼす影響もなお無視し得ず、上記推定を覆滅すべき事情として考慮するのが相当である。…
 以上の事情を総合的に考慮すると、被告商品の利益の額に対する原告商標の貢献割合については、いずれも8割と認めるのが相当である。…
 (2) 信用毀損による無形損害の額
 原告は、高級ハンドバッグである原告商品の大半を、バーキンについては100万円以上、ケリーについては50万円以上という価格で販売している(前提事実(2))。他方、被告は、原告商品と形状において類似するものの、原告商品には使用されない安価な合成皮革等を用いて製作された被告商品を、1 個1万5180円で、百貨店の店舗や自社の運営するECサイト等を通じて、令和元年12月20日から令和3年2月13日までの1年余りの間に、合計398個(被告商品1が214個、被告商品2が184個)販売した(前提事実(6))。このような被告の行為は、高級ハンドバッグとしての原告商品及びこれを製造販売する原告のブランド価値すなわち信用を毀損するものであり、これによる原告の無形損害の額は100万円を下らない。」

3.判決内容の考察

3-1.判決についての感想

全体的な結果について:納得度90% +α

 本件で裁判所が、権利侵害により得た利益の8割を損害額として認めたことについては、個人的には適当であり、また、英断であったとも思う。

 本件のように、ブランド力の高い商品の類似品を安く販売する行為は、まさにフリーライドと言うべきであり、特に高級ブランドの商品を対象にした場合、ブランド価値の毀損も決して小さくはない。
 本判決は、このような行為を目論む者に大きな影響を与え、抑止効果も大きいと言えるだろうから、商標法1条(目的)の「商標を使用する者の業務上の信用の維持」を図るという点からは実効性のある判決といえるだろう。

 一方で、法律論としては難しい問題もある。逸失利益を「差額説」で捉える我が国の損害賠償制度では、本件のようなケースにおいて、推定の覆滅をわずか2割しか認めないという結論は導きにくいように思う。

 本件は、商標権という権利の本質との関係で現行の法制度が抱える問題(特許権などの他の工業所有権には観られない問題)が浮き彫りになった事件といえるかもしれない
 以下では、現行の法制度が抱える問題について触れてみたい。

3-2.商標権の権利侵害に対する救済と、現行法の問題

本判決による救済の実効性

 本件は、不法行為による損害賠償(民法709条)及び不正競争による損害賠償(不正競争防止法4条)を請求する事案であるが、エルメスは、損害額として「逸失利益」と「無形損害」をそれぞれ請求している。無形損害の概要は、ブランドイメージの毀損に対する損害を請求するものであり、訴額は150万円であった。
 商標法38条2項は、逸失利益の算出において適用され、無形損害については、逸失利益とは別個の損害を構成する。

 本件では、侵害者の得た利益515万140円に対し、この利益の8割にあたる412万112円が「逸失利益」として認められ、100万円が無形損害として認められている。
 100万円という額だけをみれば、バーキン1個にも満たない額であり、エルメスというブランドへの毀損として納得できる金額とは到底言えないだろうが、おそらくエルメスの目的は、損害の賠償そのものではなく、フリーライドの防止にあるはずだ。(※エルメス側の訴訟代理人弁護士の数は20人を超えている! このことからして、500万円が欲しくて訴えを提起しているわけでないことは明白だろう)

 いうなれば、本件の判決が、他の廉価品販売者に対する見せしめになれば、エルメスにとってこれほどの利益はないだろう。

 その意味では、515万円の利益に対し、命じられた賠償金は、弁護士費用も含めると564万円になり、侵害者は、得た利益以上の賠償を命じられたのであるから、見せしめとしては十分であろう。

 加えて、本件では、まるっきりのコピー品ではなく、多少なりともデザインに差異があった上で、侵害が認められ。さらに利益に対してこれだけの高い割合での損害額が認められたことも大きい。
 本判決が確定することによってエルメス(だけでなく廉価品販売の対処に困っている他の高級ブランド)が、ビジネス上、実質的に得られる利益は大きいといえるだろう。

商標権侵害と民法709条の損害賠償規定

 民法709条の規定については、別の投稿(令和2年(ネ)第10024号)でも説明したが、ここでも同様の内容を説明しておく。

民法709条の規定
 民法709条は不法行為による損害賠償請求の規定である。そして、この規定は懲罰賠償ではなく填補賠償を定めた規定と考えられている。そのため、不法行為に基づく損害賠償は、不法行為を行ったことへの懲罰的な制裁として侵害者に賠償を命じるのではない。
 不法な行為を行った行為者の悪性を裁くのではなく、あくまで、侵害された被害者側に相当な賠償をすることが本質である。よって、不法行為がなかったとしたら被侵害者が得られたであろう利益(逸失利益とか、得べかりし利益などといわれる。)を填補するだけの賠償が命じられることになる。
 不法行為による損害賠償において、その損害の算定は、差額説の考えを基礎とするのが判例・通説である。差額説とは、不法行為がなければ被侵害者が置かれているであろう財産状態と、不法行為があったために被害者が置かれている財産状態との差額が損害であるという考えである。

 エルメスの「バーキン」という言葉は、ファッションに興味がなくても多くの者が聞いたことがあるだろう。また、ファッションに興味のある者なら、エルメスが、シャネルやヴィトン、グッチなどの高級ブランドの中でも最高級に位置付けされるブランドであることは知っているだろう。

 バーキンやケリーだけでなく、エルメスの鞄は全てが高級品であり、1万円や2万円で買えるものなどない。

 その中でも、「バーキン」は1個100万円でも買えないような超高級品であり、「ケリー」も1個50万円以上する。当然、誰にでも手の届くような商品ではなく、バーキンやケリーは、世の女性の憧れであり、生涯に一つでも手に入れることができればいいような代物である。(お金持ちはたくさん持っているだろうが)

 そのため、現実的には、「バーキン」や「ケリー」を買おうとする者(需要者)が、ナオ社商品を「バーキン」や「ケリー」と誤認することなど、およそあり得ないことだろう。また、1万5000円程度の値段のバッグをみて、これを正規の「バーキン」や「ケリー」と勘違いすることもあり得ない。
 見た目がそっくりであれば違法なコピー品と思うのが普通だが、上述の「概要」のところでも載せたように、ナオ社商品は、バーキンやケリーを買う者からすれば、見た目も全然違うし、見た目から受ける印象も全然異なっているといえるだろう。ナオ社商品をみてバーキンやケリーと誤認する者がいたとしたら、その者はそもそもエルメスの鞄に興味など持っていないといえるだろう。

 その逆もしかりで、ナオ社商品を買う人は、これをバーキンやケリーと思って買ってはいないだろう。バーキンやケリーではないことを認識した上で、せいぜいバーキンやケリーと似たようなデザインの鞄と認識する程度のはずである。
 そうすると、ナオ社商品を購入する者はおよそ、エルメスの「バーキン」や「ケリー」といった高級バッグを購入するつもりがないか、購入できない人達であり、たとえナオ社商品が市場から消えたとしても、その需要がエルメスに向かうとは到底考えられないことなど、社会常識的にわかりそうなところである。

 このような実態からすると、純粋な「差額説」の考え方に基づいて逸失利益(不法行為がなかったとしたら被侵害者が得られたであろう利益)を検討すれば、覆滅されるべき利益が2割しかないというのは違和感がある。ナオ社商品の購入者はおよそ誰も、エルメスのバーキンやケリーを購入しようとは思っていないはずだから、ナオ社の侵害行為がなくても、エルメスが得る利益は増えたりはしない。その意味では、損害不発生の抗弁すら認めらる可能性があるかもしれない。

 一方で、本件では、ナオ社が得た500万強の利益のうち400万強が損害賠償額として認められた。この賠償額は、「バーキン」に換算すると3個程度、「ケリー」に換算しても6個程度がいいところである。ナオ社商品は400個弱販売されており、単純におよそ400人が購入したとすると、そのうちの3人~6人が、ナオ社商品が存在していなかったとしたらエルメスの「バーキン」あるいは「ケリー」を購入したというのである。パーセンテージにすると1%前後であるが、対象がエルメスの「バーキン」や「ケリー」となれば、現実的には1%でも多いといえるだろう。

 このように、本件の逸失利益の判断は、取引の実態からは大いにかけ離れているだろう。しかしながら、本件のような場合に、厳格に「差額説」の考えに基づいて逸失利益は(ほとんど)ないと判断し、ナオ社の商標権侵害に実質的に制裁が科されないとなってしまうのは妥当ではない。それどころか、処罰感情だけでいえば、利益の80%という逸失利益も決して高くはないというのが率直な感想である。

 高級ブランドの高級鞄のデザインに類似する廉価な鞄を販売するという行為は、一般的にみれば、高級ブランドのブランド力にあやかって商品を販売しようとする行為と捉えることができる。いわゆる、フリーライドであり、類似した形状の廉価品が市場に出回れば、それだけで積み上げてきたブランドイメージは傷付けられることになる。

 似たようなデザインの廉価品がたくさん存在することは、高級ブランドの正規品を購入する者からしてみれば、気持ちのいいことではない。高級ブランドの商品を購入する者は、純粋なデザインの良さだけでなく、高級ブランドの商品を所有していることを周囲に自慢したいのであり、その購買動機を持たせることこそ、ブランド力の表れと言っていいだろう。
 そうすると、似たような廉価品が市場に出回っている高級ブランドと、そうでない高級ブランドがあった場合に、もともと前者のブランドの商品を購入しようと思っていた者が後者のブランドの商品を購入するということも十分に起こり得ることであり、本件においてエルメスが守ろうとした利益も、ナオ社が売り上げた利益そのものではなく、エルメスというブランド価値にあるものと推測される。

 商標法第1条は「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」と規定する。

 正当な理由もなく他人が積み重ねてきたブランド力を利用し、これによって利益を得ようとする行為がまさに、商標法が制限すべき行為であることは、商標法の趣旨からも明白といえるだろう。

 裁判所は、商標権者の実効的な保護を図るべきという商標法の趣旨に則り、道義的に結論(損害額)を導いたのではないかと推測する。廉価版の同一又は類似品が出回るような侵害行為を抑制できないような結論(侵害し得となる結論)では、商標権者が積み上げてきたブランド力は十分に守られないから、実効的な救済を図ることを優先させたのではないかと思う。

 本件で裁判所は、「被告商品の利益の額に対する原告商標の貢献割合については、いずれも8割と認めるのが相当である。…したがって、本件における上記損害額の推定は2割の限度で覆滅される」と述べているが、貢献割合をそのまま損害額と認定したことは珍しい。

 被告商品に対する原告商標の貢献割合とは、平たく言えば、「10人中何人が、被告商品が原告商標の形状に類似しているという点を購入の決め手とするか」ということになるだろう。そして、裁判所は、10人中8人(8割)が、原告商標の形状に類似していることを決め手にすると判断したことになる。
 しかしこれは、本質的には、「侵害品の購入にその商標の存在がどれだけ影響しているか」の話であり、8割が関与し、2割が関与していない(本件でいえば商標権の形状に類似しているという理由以外で購入した)、という判断である。従って、この判断は「侵害品がなぜ売れたか」の原因を検討しているものの、商標権者の損失との因果関係には踏み込んでいない。

 そのため、貢献割合が8割であるという認定は、2割の覆滅事由の存在を肯定する根拠にはなったとしても、8割の覆滅事由の不存在を肯定する必要十分な根拠とはならないように思える

 逸失利益を考えるなら、商標権の存在によって得られた8割の利益に対し、どれくらいの割合がエルメスの「バーキン」や「ケリー」の購入へと向かうのかを検討すべきことになるが、これをしてしまっては、多くの割合で利益が覆滅されてしまい、商標法がその方目的を実現するために必要な実効的救済が図れなくなるという問題が生じる。

 このように、本件のケースは、不法行為による損害賠償(民法709条)が、商標権者の実効的な救済を図る手段として果たして適切に機能するのかという問題を浮き彫りにした事件ではないかと思う。
 本件が控訴されていたとしたら、上述した問題点について、知財高裁がどのような根拠を示し結論を導くのかも気になるところである。

不当利得返還請求という法律構成の可能性

 商標権者の保護を図るには、「商標の使用をする者の業務上の信用の維持」を図らなければならない。従って、実質的には、侵害者の得た利益のうちどの程度が、商標権者の信用の毀損と引き換えにして生まれた利益かを判断し、これを損害額として認定すべきではないだろうか

 なぜなら、信用の毀損と引き換えに生まれた利益は、当該利益と信用の毀損との間に強い因果関係があるといえ、商標法がその目的を実現するためには、当該利益の発生を無くさなければならないからである。
 また、道義的にも、このようにして利益が得られることを正当化する理由はないと言えるだろう。その意味で、侵害行為がなければ直接どれだけの利益が得られたのかという「差額説」の考え自体は適合しておらず、むしろ、民法703条の不当利得返還請求の方が、フリーライドを目的とする商標権侵害に対する救済手段としては適当なようにも思える。

民法703条
「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」

 不当利得返還請求は、不当な利益を受けていることに着目する規定である点で、損害に着目する民法709条の損害賠償の規定とは性質を異にする。

 フリーライドを目的とするようなが侵害行為においては、商標法38条2項の「損害額の推定」の規定と同様の規定を不当利得返還請求にも適用し、「他人の商標権を使用して得た利益額を、他人に及ぼした損失と推定する」旨の新たな立法措置があってもいいように思える。

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