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判例特許

令和4年(行ケ)第10019号 特許有効審決の取消請求事件(中国金網工業 vs ノブハラ)

明確性:請求項の“略”によって発明が明確性要件違反とされた事例
令和4年11月16日(2022/11/16)判決言渡 判決文リンク
#特許 #36条6項2号

0.改編

 2024年5月~日に、内容を一部追記しました。従来の記事の中で追記した部分は青字で記してあります。
 また、「特許実務のすすめ」への反映に伴い、改めて、本件における明確性要件判断の論理的アプローチを検討し、より実務に直結するアウトプットを考察しました。この追記部分は、判例記事購読プランの「会員限定」としております。

1.実務への活かし

・~出願まで #請求項の作成 #明細書の作成
 請求項において、発明の特徴に関する部分に“略”を使うときは慎重に判断すべきである。
「略~」の用語が、発明の特徴部を構成していたり、発明の課題や効果と密接に関係する場合、課題や作用効果との関係も踏まえて用語の意味が解釈される可能性が高くなり、明確性要件が厳しく判断される点に留意しなければならない。
 明細書を作成するときは、発明の特徴との関係を意識した上で、「略~」に関しどの程度まで技術的な意義を明らかにしておくかが重要となる。

∵本件では、「略~」を充足することが発明の課題解決原理となっており、発明の効果を奏するか否かの分水嶺となっていた。そのため、発明の効果を奏するか否かという視点から「略~」の用語が解釈され、その結果、発明が明確になっていないと判断された。

・~権利化まで #明確性要件
 明確性要件の判断は、「特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである」という規範が実質的に確立されているが、ここでいう「第三者の利益」には、単に、第三者の実施品が特許発明の技術的範囲に含まれるか否かを第三者が明確に理解できるという利益だけを考えるべきではなく、第三者の実施品が安易に権利行使の脅威に晒されない利益も含めて考えるべきである。
 そして、このような利益も含めて上記の規範に基づき発明の明確性を判断する際には、客観的に発明が明確になっているか否かが重要なポイントとなる。
 明確性要件違反の拒絶理由に対しては、客観的にみて発明が明確となっていることを説明し、「第三者の利益を不当に害することのない」程度に発明は明確になっていることを論じるべきである。

∵たとえ実施品を製造する第三者においてその実施品が特許発明の技術的範囲に含まれるか否かを判別できるとしても、その実施品と特許発明を客観的にみる立場の当業者において、第三者の実施品が特許発明の技術的範囲に含まれるかの判別が困難といえる場合には、実施品を製造する第三者が特許発明を実施していないと認識しこれを確信できたとしても、なお権利行使されるリスクがあり、客観的に判別が困難なことから侵害成否の争いが生じてしまう。発明が明確になっていないという理由から、第三者がこのようなリスクに晒されてしまうことは妥当でなく、明確性要件において保護されるべき第三者の利益と捉えることができる。

2.概要

 本件は、無効審判が不成立とされた審決の取消しを求める訴訟である。

 中国金網工業株式会社(以下、「中国金網社」という。)は、株式会社ノブハラ(以下、「ノブハラ社」という。)が保有する特許第6031654号(発明の名称「多角形断面線材用ダイス」。以下、「本件特許」という。)の特許無効審判を請求したが、特許庁は、無効審判の請求は成り立たないとの審決を下した。

 無効審判で争われたのは、訂正要件、サポート要件、明確性要件、新規性/進歩性であるが、これに対し知財高裁は、明確性要件の違反があると判断し、審決を取り消した。

 本件の明確性要件で争点となったのは、請求項における「略多角形」という文言である。

 特許庁(無効審判)も、知財高裁(本件訴訟)も、いずれも明確性要件についてのお決まりの規範
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
 に従って判断したが、特許庁と知財高裁の判断は分かれた。

 本件特許の請求項1は以下の通りである。(下線はこちらで付記しており、下線部が「略多角形」に関する構成である)

【請求項1】
 略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、
 内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、
 前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
 前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。

 下線部の「略多角形」に係る構成は、下記の明細書抜粋からもわかるように、本件発明の特徴部といえた。また、「略多角形」の用語の意味についても、下記の明細書抜粋のような記載がされている。

本件特許明細書の抜粋(下線はこちらで付記)
【課題を解決するための手段】
【0023】
 本発明に関わる引抜加工用ダイスは、アプローチ部と、ベアリング部と、を含むものであって、該ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有することを特徴とする
【発明を実施するための形態】
【0057】
 なお、本明細書では「四角形」の角を少なくとも1つ丸めた形状、すなわち1の「角」乃至すべての「角」を丸めたものも「略四角形」と呼ぶ。同様に、四角形を含む多角形の1の「角」乃至すべての「角」を丸めた形状を「略多角形」と称呼する

 本件特許に係る発明は、従来、断面形状が「略多角形」でなかった開口部を「略多角形」の形状とするものであり、本件特許明細書は、従来形状である「略多角形でない開口部の断面形状」を「基礎となる多角形断面」と呼んで、「略多角形」と区別した。

本件特許明細書の抜粋
【発明を実施するための形態】
【0054】
 従来の引抜加工用ダイス901では、棒材の角を直角にする目的で、ベアリング部901bの断面の二辺を加工することなくそのまま突き当てていた。従って、図3及び図6のようにベアリング部901bの断面形状が四角形断面の場合、各辺は直角に交わることとなる。
 ここで、図6で表したダイス901のベアリング部901bの開口部の断面形状は、多角形の一種である四角形である。これを「基礎となる多角形断面」と称呼する。
【0055】
 一方、図7及び図10は、本発明に関わる引抜加工用ダイス101のベアリング部101bを表す。本発明に関わるこのベアリング部101bの断面形状は、図6で表した「基礎となる多角形断面」の「角」にあたる部分を円弧、すなわち曲線、で結ぶように置き換えた点に特徴がある。具体的には、1辺が4mmの四角形断面の棒材を作成する場合、引抜加工用ダイス101のベアリング部101bの開口部の一つの「角」を半径0.8mm程度の曲率の円弧( 曲線)で結ぶ。
 これにより、当該「角」に溜まっていた潤滑剤の塊が一カ所に固まりづらくなる。

 このように、本件特許明細書には、単に、角が丸い形状の多角形を「略多角形」と記載するだけでなく、従来品の断面形状を「基礎」とした上で、この基礎に対して角を丸めたものを「略多角形」と定義していることが読み取れる。
 これは、設計上(理想的に)は直角であるとしても、実際に物を製造する上で、イデアのような理想的な直角を得ることは不可能なため、製造能力の限界上、必然的に発生するであろう角の「丸み」が権利範囲に含まれないように手当をしたものと考えられる。

 この点については、特許庁(無効審判)も知財高裁も認めているが、このような認定の上でも、本判決は明確性要件に反していると判断した。(以下、判決抜粋)

知財高裁の判断(判決から抜粋。下線は付記)
「(4) 本件各発明の「略多角形」の意義
 …本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えた図形(以下、角部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えることを「角部を丸める」などといい、角部に生じた円弧、鈍角の集合又は自由曲線を「角部の丸み」などということがある。)をいうものと解することができる。そして、前記(3)によると、「基礎となる多角形断面」とは、従来技術における開口部(角部を丸める積極的な処理をしていないもの)の断面を指すものと解されるから、結局、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができる。なお、これは、前記(2)の字義からみた「略多角形」の意義とも矛盾するものではない。
(5) 「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別
 前記(4)のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を丸めた図形をいうものと一応解されるから、両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである。
 しかしながら、証拠(甲31、32、36、37)及び弁論の全趣旨によると、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には、不可避的に丸みが生じるものと認められる。そうすると、「基礎となる多角形断面」も、くり抜き加工をした後の開口部の断面である以上、角部が丸まった多角形の断面であることがあり、その場合、客観的な形状からは、「略多角形」の断面と区別がつかないことになる。
 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」には、上記のように加工に際して角部に不可避的に生じる丸み(例えば、曲率半径が0.3mm程度以下の小さなもの)を有するにすぎない「基礎となる多角形断面」を含まないと判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、開口部の角部の丸みの曲率半径が0.3mm程度以下であれば、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、当該曲率半径が0.3mm程度以下の場合であっても、本件各発明の上記効果が得られる可能性があるから、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。また、…開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。そうすると、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるといわざるを得ない。
 以上のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」と区別するのが困難であり、本件各発明の技術的範囲は、明らかでない。」

 このように、知財高裁は、「略多角形」の用語の意味(意義)については、明確に定義できると解した上で、その用語の意味の解釈に基づいても、本件特許の発明における「略多角形の断面」と、従来の「基礎となる多角形断面」とを区別することが困難であるという理由から、本件特許の発明は、その技術的範囲が明らかでない(明確性要件に反する)と判断したのである。 

3.本件のより詳細な説明、及び、判決内容の考察

3-1.判決についての感想

全体的な結果について:納得度100%

 本判決をざっと読んだ時点では、知財高裁が明確性要件をやや厳しめに判断したという印象を受けた。

 自然発生する角の丸みが「略多角形」における丸みから外れるように、権利範囲を調整する手当てが本件特許明細書にされており、その点で、技術的な意義は明確になっており、当業者が実施(製造)する際には、製造工程上、それが自然発生的な丸みなのか、意図的に加えた丸みなのかは、当然に認識しているはずで、そうすると、自身の製造したものが権利範囲に入るかどうかは判断でき、上記規範でいうところの「第三者への不当の不利益」は生じないのではと思ったからである。

 正直、どちらに転んでもおかしくない事案だったのではないかとも感じた。

 この判決によって懸念されるのは、特許庁が今後の審査で、36条6項2号(明確性要件)の拒絶理由を出しやすくなり、出願人の側での反論が難しくなるのではないかということである。

 そして、明確性要件違反の拒絶理由が出やすくなるなら、この判例を詳細に分析しておかなければ、適切な意見を返すことができなくなる。

 そこで、本判決だけでなく、無効審判における特許庁の判断とを対比しながら、本判決を分析することにする。  実務家が、明確性要件違反の拒絶理由に対し、どのような判断過程でどのように考え、拒絶理由の解消を図るべきかの一助になるはずである。

3-2.本件特許について

 本件特許の発明の名称は「多角形断面線材用ダイス」であるが、出願時の請求項に係る物の発明は「引抜加工用ダイス」または「引抜加工機」であり、異議申立てにより「引抜加工機」の物の発明が残った。
 ここでいう「線材」とは、建築用に用いられるものである。細い線状の鉄パイプみたいなのを想像すればいいだろうか。
 例えば、本件特許の図14は従来の金網が、図15は本発明に係る金網が記されている。それぞれの鉄線(符号501~、502~、601~、602~)が線材であるため、金網に使うような細長い金属の材料が、「線材」ということなのだろう。

 そして、この「線材」は、引抜加工機を用いて引抜加工を行い生産するのが一般的で、「ダイス」は、引抜加工機を構成する一部品である。
 引抜加工とは、その名の通り、引き抜く処理を行って、物の形状を変える加工のことといえる。引抜加工機((下図、符号900)に材料としての線材(未完成状態の線材(下図、符号A-1))を通し、入口よりも出口が狭くなっている開口を通してこれを引き抜くことで、完成状態としての線材(下図、符号A-2)が出来上がるということらしい。
 本件特許発明は「前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有することを特徴とする引抜加工機」であるが、「引抜加工用ダイス」とは線材の通り道を作る部品のことである(下図、符号901)。

 この「ダイス」は、略円筒形の形状を有し、中央に開口部が形成されている(下図、左上及び右上参照)。また、引抜き加工をする際には、線材に潤滑剤を付着させるため、この潤滑剤が加工時の発熱によって油膜となり、さらにそこに潤滑剤が付着することで塊ができていく。そのため、引抜き加工を繰り返していくと塊が大きくなり、それを除去するために作業が一旦止まってしまう。

 言い換えれば、この潤滑剤の塊をできにくくすることで、作業が止まる回数が減り、生産能力が向上するといえる。そのため、本件特許は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぐための手段として、従来品において角張っていた開口部の断面形状(下図、左下参照)に丸みを持たせ、略多角形とした(下図、右下参照)。
 略多角形にすることで、潤滑剤の溜まり場がなりやすい「角」がなくなるため、潤滑剤の塊ができにくくなる、という課題解決原理となる。

3-3.明確性要件についての考察(特許庁と裁判所の判断の対比)

明確性判断の判断ステップ

 「略」や「約」のように、それ自体が曖昧性を持つ言葉が請求項に使われることがある。本件特許の「略多角形」のように、その文言自体が、権利範囲を明確に確定しない性質を有している場合、明確性の判断は、次の2つのステップに分けて判断されると考えてよい。

 ステップ1:文言の解釈における明確性
 ステップ2:その解釈を前提とした、発明としての明確性

 本判決では、これらをそれぞれ「本件各発明の「略多角形」の意義」という項目と「「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別」という項目で判断している。
 また、前審にあたる無効審判では、これらをそれぞれ「「略多角形」の用語の意味」という項目と「略多角形の角を丸める程度について」という項目で判断している。

 それでは、各ステップで、特許庁と裁判所がそれぞれどのように判断したかを確認する。

ステップ1における判断の比較

特許庁及び裁判所の判断

特許庁(前審)の判断(審決より抜粋)
「ア 「略多角形」の用語の意味
 …「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一または二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが理解できる。
 そうすると、「略多角形」の形状については、基礎となる多角形断面を形成する直線からなる辺と辺とがそのまま交わって「角」を形成する一般的な「多角形」とは異なるものであって、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一または二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えた形状であることが明確に把握できることから、「略多角形」の用語が明確でないとする理由は存在しない。」

知財高裁の判断(判決より抜粋、下線はこちらで付記)
「(4) 本件各発明の「略多角形」の意義  …本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えた図形(以下、角部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えることを「角部を丸める」などといい、角部に生じた円弧、鈍角の集合又は自由曲線を「角部の丸み」などということがある。)をいうものと解することができる。そして、前記(3)によると、「基礎となる多角形断面」とは、従来技術における開口部(角部を丸める積極的な処理をしていないもの)の断面を指すものと解されるから、結局、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができる。なお、これは、前記(2)の字義からみた「略多角形」の意義とも矛盾するものではない。」

考察

 本判決も前審の審決も、「略多角形」を、基礎となる多角形断面を前提とし、これに対してさらに角を丸める処理がされた形状と解している点については、表現の差こそあれ、概ね共通している。

 しかし、下線を引いたように、特許庁と裁判所とでは重要な点で違いがある。つまり、「略多角形」の用語の意味を介する上で、「本件特許の発明の効果を得るため」という要素を入れている点である。

 これは、本件特許においてダイスの開口部を「略多角形」とすることが発明の特徴部であると本件特許明細書から判断できるため、「略多角形」という用語の意味が、発明の効果を得るための技術的な意義をも備えているべきことを導いたと推察することができる。

 前審の審決は、「略多角形」という用語が何を意味しているかが明細書に記載されており、「その説明内容(定義)が十分に理解できるものである」という観点から用語の意味の明確性を判断している。
 要するに、特許庁は「説明内容の明確性」を判断している一方で、知財高裁は、説明内容だけでなく、明細書に記載された発明における「略多角形」の位置付けを考慮して、発明との関係から「略多角形」という用語を捉えようとしている。
 まさに、このような判断の仕方そのものに、特許庁が「意味」と評し、知財高裁が「意義」と評したことの違いが如実に現れているだろう。

 この点に違いはあるものの、裁判所も特許庁と同様に、ステップ1の段階での明確性は肯定している。
 言い換えれば、明確性要件の判断基準である「第三者の利益が不当に害されるほどに不明確か否か」については、用語の意味の解釈自体においては、不当に利益を害すほどに不明確とはいえないと判断したといえる。

ステップ2における判断の比較

特許庁及び裁判所の判断

特許庁(前審)の判断(審決より抜粋、下線はこちらで付記)
「イ 略多角形の角を丸める程度について
 請求人は、上記(1)イにおいて、いずれの丸みの程度が「角」を丸めた形状に含まれるのか、すなわち発明特定事項Cの「略多角形」に含まれるのかが甚だ不明確である旨指摘をする
 上記アで検討したとおり、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一または二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが明確に把握される。
 ここで、「基礎となる多角形断面」は、角を丸める処理をする前のベアリング部の開口部の状態と解されるから、請求人のいうワイヤーカット放電加工機により多角形状を形成すべく加工された状態は、「基礎となる多角形断面」と理解される。その一方で、本件特許発明の「略多角形」は、この状態に対して、さらに、潤滑剤がたまる「角」がなくなるよう積極的な処理をした状態(例えば、少なくとも半径0.8mm程度の曲率(本件特許の明細書段落【0055】))のものと解されるから、ワイヤーカット放電加工機による加工のみにより角において不可避的に生じる丸みのみを有する状態(例えば、半径0.1~0.2mm程度(審判請求書第67ページ下から8行)、あるいは0.3mm程度の曲率の円弧が生じるもの)で仕上がった多角形や、引抜加工による摩耗が作用することによって角の丸みが徐々に大きくなった多角形は含まれないことは明らかである。
 よって、これらのワイヤーカット放電加工に伴う不可避的な丸みにより、本件特許発明の略多角形に含まれる範囲が不明確になることはない。」

知財高裁の判断(判決より抜粋、下線、太字はこちらで付記)
「(5) 「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別
 …本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を丸めた図形をいうものと一応解されるから、両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである
 しかしながら、証拠(甲31、32、36、37)及び弁論の全趣旨によると、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には、不可避的に丸みが生じるものと認められる。そうすると、「基礎となる多角形断面」も、くり抜き加工をした後の開口部の断面である以上、角部が丸まった多角形の断面であることがあり、その場合、客観的な形状からは、「略多角形」の断面と区別がつかないことになる
 この点に関し、本件審決は、…と判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、開口部の角部の丸みの曲率半径が0.3mm程度以下であれば、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、当該曲率半径が0.3mm程度以下の場合であっても、本件各発明の上記効果が得られる可能性があるから、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。また、…上記のようにワイヤー放電加工に際して開口部の角部に丸みが不可避的に生じるのは、加工に用いるワイヤーの断面形状が一定の直径を有する円形であるからであると認められ、ワイヤーの断面の直径が小さくなれば、その分だけ、不可避的に生じる丸みの曲率半径は小さくなるといえるから、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。そうすると、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるといわざるを得ない
 …
 (7) 小括  以上のとおり、…客観的な形状からは、本件各発明の「略多角形」と「基礎となる多角形断面」とを区別することができず、また、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものが本件各発明の「略多角形」に該当するのかも明らかでなく、本件各発明の技術的範囲は明らかでないというほかないから、本件各発明の「略多角形」は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であると評価せざるを得ず、その他、本件各発明の「略多角形」が明確であると評価すべき事情を認めるに足りる証拠はない。」

考察

 このように見比べると、どの程度の丸みであれば「略多角形」になるかについて、特許庁はこれを、概念的な技術的意義の観点から判断したといえる。具体的に、不可避的に生じる丸みや、引抜加工による摩耗の作用による丸みは含まれず、積極的な処理をした状態の丸みが「略多角形」に含まれるという基準で明確性は担保されていると判断したのである。

 一方で裁判所は、客観的な観点を重視したといえる。これは、明確性要件が「第三者の利益」という立場からの規定であることを重視したものと考えられる。
 つまり、第三者がその特許発明の技術的範囲を理解しようとしたときに、第三者の視点に立って、第三者の利益が不当に害されるかを判断すべきであると考えたのであろう。この考えは、立法趣旨にも適っているし、規範とも整合している。

 特許庁側の意見に回れば、確かに、積極的に丸みを形成する処理をしたか否かというのは、その物の製造当事者たる第三者は把握している事柄であるといえる

 しかしながら、基礎となる多角形断面も略多角形も丸みを帯び、また、基礎となる多角形断面において不可避的に生じる丸みが一定ではなく可変的であるならば、仮に、積極的な処理を施していなかった場合でも、これが「略多角形」に該当すると言われる危険がある。これが発明の効果を奏していれば猶更であるし、潤滑剤の付着による塊を「極力」出さないというときの「極力」は程度問題になることからすれば、特許権者の側で発明の効果を奏していると主張することは容易であろう。

 つまり、本件において知財高裁が客観性を重視したのは、明確性要件の判断において不当に害されてはならない「第三者の利益」に、「安易に特許権侵害の警告や提訴を受けない利益」が含まれると判断したからと解することができる

 なぜなら、第三者の実施における明確性だけを考慮すればよいのであれば、上述のように、製造当事者たる第三者は、積極的な処理をしたか否かは把握しており、自身が製造した物が「基礎となる多角形断面」であるか「略多角形」であるかを明確に判断できるため、第三者の利益が不当に害されているとはいえないからである。

 客観的に判断がつかないとなれば、製造当事者が発明を実施していないと主張したところで、効果を奏するか否かという点が、判断の重要な要素になるだろう。そうすると、刑法でいうところの冤罪のような事態も起こりかねず、法的安定性が損なわれてしまう。

 また、たとえ冤罪になるとは限らないとしても、当事者たる第三者には、どのようにすれば本件特許発明による権利行使のリスクを回避できるのかが不明なのである。訴訟の費用や労力などの負担を考えれば、「安易に権利行使の脅威に晒されない利益」というのも、不当に害されるべきでない「第三者の利益」と判断していいだろう。
 このように考えれば、知財高裁が、客観性を重視したことも納得がいく。

 ここで間違ってはいけないのは、概念的な技術的意義の観点から判断することが間違っていると言っているわけではないということである。概念的な技術的意義の観点から判断しても、それが客観性を担保しているのであれば、明確性は認められるだろう。

客観的な観点から明確性が担保されるか否かの判断

 知財高裁は、客観的に「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別できるか否かを、2つのアプローチで判断した。

 一つ目は、その文言通りに「基礎となる多角形断面」と「略多角形」の境界があるか、つまり、不可避的に生じる丸みとそうでない丸みの境界を当業者が明確に理解できるか否かである。そして、これについては、不可避的な丸みが一定ではなく可変であるということから、区別できないと判断した。

 二つ目は、効果を基準にして、効果を奏する丸みとそうでない丸みの境界を当業者が明確に理解できるか否かである。これについても、不可避的に生じる0.3mmの丸みで効果が生じないことの証拠がないとして、区別できないと判断した。

 ただし、この判断アプローチは、本件の事例に特有の事情に基づくものといえる。(つまり、一般的規範としての性質を持つものではなく、個別具体的な事例に基づく判断に過ぎない。)

 まず、「略多角形」の解釈は、「基礎となる多角形断面」を前提とするものであり、比較的に捉えなければならないという事情がある。この事情に対し、知財高裁は「両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである。」と判断した。
 次に、「略多角形」であることが発明の特徴部であり、発明の効果を奏するか否かの分水嶺になっているという事情がある。この事情があったため、知財高裁はステップ1で「「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいう」と解し、ステップ2で、効果の観点から、両者を区別することができるかを判断した。

 このように、第三者の立場から客観性を重視して明確性要件を判断するにしても、具体的なアプローチは、個別に事情を勘案して決定すべきことになるだろうし、どのように決定すべきかの主張が、重要なポイントとなる。

 実務家が、一般的・規範的な意味で心得ておくことは、明確性要件の判断における「第三者」とは、製造当事者としての第三者に限らず、中立的な位置から(製造当事者の製造品と特許権を)眺める当事者としての第三者も含まれ、その両方において明確であることを要するということだろう。

請求項において、発明の特徴部に「略」を用いること

 請求項に「略」を使うとき、まず、それが発明の特徴部に関わるか否かに配慮すべきだろう。実際に、本件特許は、特徴部の他にも「略円筒形」という文言を用いているが、ここはさしたる争点になっていない。
 発明の特徴部から離れるほど、発明との関係でいえば、ある程度の自由度が認められる。言い換えれば、発明を実施するのに重要でない部分の「略」は、重要な部分の「略」に対して緩やかに明確性が判断されるだろう。

 それでは、「略」が発明の特徴部に使われる場合はどうか。

 特徴部に使うということは、自ずと、そこが発明の効果にも影響することになる。そうすると、本件のように、明確性要件の判断において「略~」の用語が「発明の効果を奏すること」を導くように解釈されなければならないという制約がつくことになる。
 そして、「発明の効果を奏すること」を導くというのは、結局のところ、明細書において具体的に効果を奏しているとして示されている数値、あるいはそこから当業者が合理的に理解できるであろう数値範囲に限定されることになる可能性が高い。

 これは詰まるところ、明細書の開示に基づいて請求項に具体的な値を記載するのと変わりないのではなかろうか

 つまり、発明の特徴部について「略」を用いることの実益は薄いといえ、それ以上にリスクがあるように感じられる。「略」と書くくらいなら、具体的な数値を書いておく方が、余計な争いも生まれず、ベターと言えるかもしれない。

 明細書作成において「略」は確かに利便的であり、権利範囲を曖昧に広げるという点で使いたくなるかもしれないが、発明の特徴を説明する部分は、安易に「略」に逃げず、具体的な説明で内容を充実させるべきであろう。

3-4.その他

平成21年(行ケ)第10434号との抵触はあるか

 知財高裁は、明確性要件の判断において、「略多角形」の解釈に「発明の効果」の要素を盛り込んだ。これに対し、特許庁はこの要素を盛り込んでいないわけだが、この点について特許庁は、無効審判の審決で以下のように述べている。

特許庁の判断(審決より抜粋、下線はこちらで付記)
「請求人は、本件特許発明の作用効果が、容易に予想される効果であり、異質でもなければ同質で顕著な効果でもなく、加工時に不可避的に角に丸みが形成された場合にも既に発揮されていた作用効果である旨を主張しているが、仮に、そうであるとしても、発明の構成が明確であるか否かを判断するにあたり、作用効果の有無を考慮する余地はないから、請求人の当該主張は失当である
 また、請求人は、単に「略多角形」では技術的意味が理解できない旨を主張するが、特許法の趣旨等を総合すると,特許法第36条第6項第2号を解釈するにあたって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないと解される(知財高裁平成21年(行ケ)第10434号)から、請求人の当該主張は失当である。」

 平成21年(行ケ)第10434号(以下、平成21年判決という。)が、本当にこのような判断を行っているとしたら、明確性要件の判断に「作用効果」を持ち出した本判決との間に矛盾抵触が起こることになる。(最高裁判決や大合議判決ではないから、矛盾抵触があったとしても上告受理の理由にはならないが)

 しかしながら、この点については、特許庁のこのような判断がむしろ失当といえるだろう。平成21年判決は以下のように述べている。

平成21年判決の裁判所の判断(平成21年判決の判決文より抜粋、下線はこちらで付記)
「(2) 法36条6項2号の趣旨について
 …,法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能,特性,解決課題又は作用効果等の記載等を要件としているわけではない
 …発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。
 …このような特許法の趣旨等を総合すると,法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。
 仮に,法36条6項2号を解釈するに当たり,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば,法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として,重複的に要求することになり,同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり,公平を欠いた不当な結果を招来することになる。」

 確かに、一見すると、本件の前審で特許庁が判断したように、明確性要件の判断において、課題解決や作用効果の議論を持ち出すのは許されないと言っているように誤解するかもしれない。

 しかし、この文章全体を読めば、特許庁が前審で持ち出した「法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されない」との部分は、「要件として」求めることは許されない、と言っているに過ぎないことがわかるはずである。

 つまり、平成21年判決は、明確性要件の判断に、要件=「常に必要な条件」として、技術上の意義、課題解決、作用効果を求めることは許されないと述べたと解するのが相当であろう。

 そして、法36条6項2号の趣旨は、「特許を受けようとする発明が明確であること」それに尽きるのであるから、作用効果と密接に結びついた用語に対してまで、作用効果との関係を持ち出してはならないと判断した事例ではないというべきである。
 本件のように「略多角形」が課題解決原理であり作用効果の分水嶺となるような事案において、その用語の意義を明確にするのに課題や作用効果を考慮することは不可欠というべきだろう。このような場合にまで、作用効果との関係からその用語の技術的な意義を求めることが許されないとした特許庁の判断は、それこそ特許法の趣旨に反しているといえるだろう。

 知財高裁はこの点をきちんと理解しているから、「略多角形」という用語の解釈において「発明の効果を奏するために」と判断したものと推察できる。
 つまり、本件で知財高裁は、ステップ1及びステップ2の判断から別途独立して作用効果との関係を論じているのではなく、ステップ1及びステップ2の判断において、その考慮要素として論じているのであり、本来的な法36条6項2号の趣旨に従った判断をしたものと考えられる。

 なお、平成21年判決の事例において触れておくと、この事件では、請求項において、「伸張時短縮物品長Ls」と「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」という3つのパラメータの関係により物品の弾性特性を特定するような請求項であった。

平成21年判決に係る特許発明の請求項1の一部抜粋
「当該物品が次の弾性特性:
 0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力,を有する吸収性物品。」

 この事例において、「伸張時短縮物品長Ls」「第1負荷力」「第2負荷軽減力」の3つのパラメータそのものは明確であり、当業者において測定により得られるパラメータであった。

 その意味で、この事案では、ステップ1の「文言の解釈における明確性」は満たされており、そうすると、上述の弾性特性に関する条件を満たしているかどうかも当業者は明確に判断できるため、ステップ2の「発明としての明確性」も満たされているといえる。

 平成21年判決は、このように発明の明確性が満たされているにも関わらず、前審の審決がさらに「『伸張時短縮物品長Ls』と『第1負荷力』及び『第2負荷軽減力』との関係により物品の弾性力を特定することが,吸収性物品の機能,特性,さらには,上記(a)に記載された課題と,どのように関連するのか明確でなく,また,『0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力』とすることによりもたらされる作用効果も明確でない」ことを理由に明確性要件違反と判断したことについて、これを誤りとした事例なのである。

 謂わば、平成21年判決は、特許庁が、明確性は満たされているにも関わらず、さらに別途独立して、課題や作用効果との関係からの技術的意義を求めるという要件を加えて判断したことに対し、明確性要件をそのように解釈することが妥当でないとした事例である。

 用語の意義を理解するために、明細書に記載される発明の作用効果などを参酌した本件は、「特許請求の範囲の記載に、作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求め」ていないことは、明らかであろう。
 むしろ、特許請求の範囲の記載において示されていないからこそ、特許請求の範囲の記載から「明確に発明を理解できるか」の判断においては、発明が何か(課題が何であり、課題解決原理が何であり、作用効果が何であるか)を把握することは必須というべきである。

 このように、判決の一部を抜粋して自身の判断に都合よく利用しようとするのではなく、その全体から判決の適切に捉え、本質的な理解を試みていれば、特許庁もこのような誤判をすることなく適切な判断ができ、取消訴訟という訴訟負担を免れることができたかもしれない。

4.実務への活かし(2024/5/10追記)

 さて、既に私は、明確性要件における「第三者の利益(不当に害されてはならない利益)」に「安易に権利行使の脅威に晒されない利益」があると述べたが、これを別の言葉でいえば、「発明の実施の予測可能性」とも言えるだろう。(この言葉の方がわかりやすいようにも思う。)

 本件では、この予測可能性が著しく不足していたため、知財高裁は「本件各発明の「略多角形」は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であると評価せざるを得」なかったと考えられる。

 明確性要件が「発明の実施」の予測可能性を考慮する性格であることは、本件で知財高裁が「本件各発明の技術的範囲は明らかでない」と述べていることからもわかる。
 明確性要件の趣旨は、「特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることを防止することにある」と述べられており、「発明が明確でない→発明の技術的範囲が不明確→第三者の利益が不当に害される」という流れで説明される。
 これを逆から捉えれば「第三者の利益が不当に害されるほどに技術的範囲が不明確となってしまうような特許請求の範囲の記載(発明)は、発明として不明確である」ということになろう。(裏を返せば、第三者の利益が不当に害されるほどには技術的範囲は不明確ではないならば、発明は明確であると評価し得ることになる。)

 技術的範囲の不明確性は、構成要件充足性の判断の曖昧性に繋がり、これはつまり、発明の実施の予測困難性へと繋がるのである。

 このように、明確性要件は、「請求項に記載された発明」の明確性を判断すると記されていることから、一見すると、「記載の明確性」を判断すればよいと考えがちかもしれないが、発明が明確であるかを判断する上では、単に、請求項の記載の明確性を判断するのではなく、その請求項の記載から導かれる「発明の技術的範囲」を考慮することが必要になってくるといえるだろう。

 ここでの「発明の技術的範囲」は、特許法70条におけるそれと同義であろうが、明確性要件と権利行使の場面とでは見るべき対象が異なる。
 侵害訴訟の場面で、被疑侵害品の具体的構成が、特許発明の技術的範囲に属するかを判断するときを想定しており、被疑侵害品という「点」の発明が、特許発明の権利「範囲」の中にあるかどうかを判断すればよい。
 一方で、明確性要件で重要なのは「予測可能性」であるから、見るべきところは、特許請求の範囲の記載によって表される発明の「外縁」といえるだろう。但し、発明が「技術的思想の創作」である以上、権利範囲は思想創作的に表現されるものであり、正確厳密な「外縁」を確定することは難しいことの方が多い。そのために、明確性要件では、第三者が「不当」に利益を害されるかというボーダーを引いていると考えることができよう。
 権利「範囲」の「外縁」を知らなくても、ある「点」がその範囲内にあることは判断できるのであり、その意味で、権利行使における技術的範囲の解釈とは、見るべき対象が異なっていると言えるのである。

 本件では、「略多角形」という言葉の「意味」(前審審決が考慮した事項)に基づく発明の外縁が不明確であるとされたわけではない。また、「略多角形」という言葉の「意義」(知財高裁が考慮した事項)に基づく発明の外縁が不明確であるとされたわけでもない。
 その「角部が丸い多角形」が「積極的な処理をしてできたものか否か」で、「略多角形」であるか「基礎となる多角形断面」であるかが区別される、という点については、「積極的な」という性格的な基準にはなっており、どの程度の丸みであれば積極的な処理によるものかという「外縁」は判然としない。
 一方で、本件発明の内容からすれば、どの程度の丸みであれば積極的な処理といえるかを、定量的に表すことには一定以上の困難性が生じるとも察せられる。そうすると、これだけで第三者が「不当に」利益を害されていると言い切るには、理由が十分ではないと判断したことが伺えるだろう。

 そこで知財高裁が重視したのは、「積極的に処理したかどうか」で、「略多角形」と「基礎となる多角形断面」とが区別されるとして、その区別基準が、「発明としての技術的な境界」にもなっているという点であろう。

 つまり、本件では、「略A」であることが、「略でないA」の有する課題の解決(「略でないA」からは奏することのない作用効果の発生)のための要件となっていた。
 よって、知財高裁は、明確性要件が「発明としての明確性」を要求するものであることから、「両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである」と判断した。

 その上で、知財高裁は、「略多角形」であろうと「基礎となる多角形断面」であろうと、角部が丸みを有し得るため、客観的な形状から区別がつかないと判断した。

 審決及びノブハラ社は、「不可避的に生じる丸み、例えば、曲率半径が0.3mm程度以下のものは「略多角形」に含まれない」のだから明確であると主張しているが、知財高裁はこの主張に対し、「0.3mm程度以下であれば、本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、曲率半径がどの程度を超えれば効果が得られるようになるのか客観的に明らかといえない」と返した。
 この知財高裁の返しが、たとえ「0.3mm程度以下という物理的に明らかな区別基準(=両者を明確に区別できる基準)」が存在しても、その基準は十分なものではなく、「略多角形」が「発明の効果が得られるか否かの境界」となることを求めていることの証左といえよう。

 「略多角形」であろうと「基礎となる多角形断面」であろうと、角部が丸みを有し得るが、本件発明では、「丸み」を有することが、課題を解決する手段であり、この丸みの程度によって角部に潤滑剤がたまりにくくなるという作用が生まれるのである。
 つまり、「略A」と「略でないA」の両方が、課題の解決に関係する特徴(作用効果の発生に影響する特徴)を有し得る、という事情があった。どちらも特徴を有しているならば、発明の効果が生じるか否かは、その特徴の程度によって決することになるはずである。
 そしてこの点について知財高裁は、「曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない」と返したのである。

 加えて知財高裁は「ワイヤーの断面の直径が小さくなれば、その分だけ、不可避的に生じる丸みの曲率半径は小さくなるといえるから、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。」と述べている。
 これは、仮に、「不可避的に生じる丸み」が一定の範囲に留まるようなものであれば、一方の値が「一定」であることで、その一定値を境界として、発明の境界を特定できるという可能性についても封じたものと解することができよう。
 請求項において「ワイヤーの断面の直径の範囲」が適当な範囲で規定されていたならば、不可避的に生じる丸みも同じようなものになる余地はあろう。ノブハラ社には、請求項において「ワイヤーの断面の直径範囲を規定する」対応をすることで、明確性要件違反を解消できる可能性が残されているかもしれない。

 このように、本件の知財高裁の論理は、「略~」といった境界が曖昧な表現に対して

①「略~」であるか否かが発明の効果を奏するか否かの境界となっていること
②「略~」も「略でない~」も発明の効果の発生に関係する特徴(本件でいう「丸み」)を有していること

という二点から、明確性要件の充足に「境界となる特徴の程度」が具体的になっていることを求めるものであったと解することができよう。

 我々が、明確性要件違反であるとして特許発明の無効化を望む立場であるならば、「略~」といった曖昧性を有する文言が請求項に記載されていた場合に、本件のように、文言の「曖昧性」とその文言に発明として要求される「厳密性」との乖離を突くという考え方を持つことは有益なはずである。

 一方で、特許出願をする際に、請求項に「略~」などの曖昧性を有する文言を用いることで、権利範囲をなるべく広く確保したい場合には、「略~」という文言が、その発明においてどれだけ「厳密性」を求められているかを考えた方がよい。
 また、少なくとも、発明の効果の分水嶺となる特徴については、「略~」などの曖昧な文言を用いることはなるべく避けた方がよいだろう。(絶対NGというわけではないが、必ず争点になってしまうだろう)

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