充足論:充足論における訴訟戦略~発明と被告製品の「技術的思想」の重なり~
令和5年7月6日(2023/7/6)判決言渡
#特許 #充足論
1.実務への活かし
・権利行使 #充足論
民事訴訟は、自己の主張を相手よりも正当化できた方が勝つ。
充足論における主張戦略は、被告製品ができるまでの技術的思想が特許発明の技術的思想と揃っている(非侵害を主張する側は“揃っていない”)という心証を裁判所に抱かせることのできる主張は何か、という観点から組み立てていくのがよい。 特に「被告製品に到達するまでの因果経路」を想像し、そこから裁判所への心証を創造していく意識を持つとよいだろう(自論)。
2.概要
三和紙工株式会社が、特許第5235041号(発明の名称「包装容器」。以下、「本件特許」という。)に基づき、三菱商事パッケージング株式会社の製品の差止めを請求した事案である。以下、特許権者である三和紙工株式会社を「特三和」といい、三菱商事パッケージング株式会社を「三菱商事パッケージング」という。
本件の争点は、本件特許の請求項1に記載された発明(以下、「本件発明1」という。)の充足論である。東京地裁は、特三和の主張を容れず、三菱商事パッケージングの製品は、本件特許権を侵害しない旨の判断を下した。
本件特許は、成形が簡便な「自立型」の包装容器を提供することを目的とする。また、本件特許に係る包装容器は、包装容器を自立させるための自立片が底面片に連なった構造となっており、これによって一体的な成型を簡便に行えるという効果を奏する発明となっている。(本件特許明細書の段落【0006】及び【0013】参照)
具体的には、下図の通り、本件発明の包装容器10は、容器の底から更に拡張された自立片60を有することで、容器の状態で自立する構造となっている。また、包装容器10の底部を形成する底面片40と自立片60が連なった構造となっている。
本件特許の請求項1は以下の通りである(なお、本件の争点と関係の深い部分に下線を付している。)。
【請求項1】
1枚の包装紙が開口部と底部とを有する筒状に折られ、この筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器であって、
前記包装容器を容器として形成した状態において、前記底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片が載置面に沿って前記奥行の方向に突出し、前記自立片によって前記載置面に自立させられる、
ことを特徴とする包装容器。
一方で、別紙物権目録によれば、三菱商事パッケージングの製品は、カウンターフーズ「GU-BO」の包装容器である。インターネットで「GU-BO」と検索すると、コンビニエンスストアのローソンで2020年3月末頃から、同名の商品が販売されている旨の記事がヒットした。別紙の被告製品の展開図と比べても、おそらくはこの商品の包装容器ではないかと推察される。
三菱商事パッケージングの製品は。左上図の包装紙を組み立てて形成されるが、「六角片」と記載されている部分が、この包装容器の底の部分に設けられ、さらにその下に「舌状片」と記載されている部分が設けられる構造になっている。また、「舌状片」によって、この包装容器は自立することができる構造となっている。
本件発明1には「前記底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片」という記載があるため、仮に、三菱商事パッケージングの製品の「六角片」が、本件発明の「底面片」に相当するとなれば、この製品は「前記底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片」を充足しない。一方で、「舌状片の基部」が、本件発明の「底面片」に相当するとなれば、この製品は「前記底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片」を充足する。本件ではこの部分で充足論が争われている。
まず、本件発明1における「底部、底面片、及び、自立片」の意義(言い換えれば、本件発明1における「底部、底面片、及び、自立片」をどう解すべきか)について、一般的な用語の意味と、本件明細書等の記載の双方を踏まえ、双方から主張がなされた。
特三和は、「「底部」は容器の内側から見た下の部分や内容物に接する部分のみを意味するのではなく、容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味し、そのような「底部」を形づくり、「底部」の形状保持機能を担っていれば、「底部を形成する底面片」であるといえる。」と主張し、
三菱商事パッケージングは、「「底」とは、「凹んだものや容器の下の所」を意味し、包装容器の底部というからには、本件発明1の「底部」は、少なくとも、内容物が落ちないように筒状の下端を塞ぐものでなければならない。」と主張した。
次に、三菱商事パッケージングの製品と、本件発明1の「底部を形成する底面片」との対比(充足性)について、双方から主張がなされた。
特三和は、「被告製品は、容器として形成された状態において、被告製品の舌状片は、六角片と共に、被告製品の筒状部分の下側端部の形状保持機能を担っているため、被告製品の舌状片(基部)は、「底部を形成する底面片」(構成要件B)に該当する。」と主張し、
三菱商事パッケージングは、「被告製品は、底面片とは完全に離れた位置に設けられた舌状片によって自立し、六角片は、包装容器を容器として形成した状態において、単独で、容器の底としての機能を有するため、被告製品の六角片は単独で、本件発明1の「底部」を形成するものでもあり、被告製品の舌状片は、筒状の下端を塞ぐものとなっていないため、「底部を形成する底面片」には相当せず、よって、被告製品は、底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片を有するものではない。」と主張した。
なお、両当事者の具体的な主張は以下の通りである。
特三和の主張(判決から抜粋。下線は付記)
「ア「底部」、「底面片」及び「自立片」の意義
「底」は、「①凹んだものや容器の下の所。」という意味のみならず、「②物体の下面。底面。また、集積したものの下層部。」という意味がある。このため、容器の「底部」も、「容器の内側から見た容器の下の部分」という意味だけでなく、「容器全体における下の部分」という意味がある。また、「二重底」(…)の語にも示されるとおり、「底」の語には一重でなければならないとの意味はない 。
したがって、容器の「底部」とは、「容器の内側から見た容器の下の部分」だけでなく、「容器全体における下の部分」という意味も有する。
本件各発明では、「…筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器」全体が「包装容器」であり(構成要件A)、内容物に接する片のみが「包装容器」なのではない。また、構成要件Bは、載置面に自立するための「自立片」と、「底部を形成する底面片」が「同一面に連な」っていることを規定しているが 、この構成要件Bも、内容物に接する「片」のみに着目したものではない。
このような本件各発明の内容から、「底部」は、容器の内側から見た下の部分ないし内容物に接する部分のみを意味するのではなく、容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味していると解するのが自然である。
本件明細書の第一実施形態においては、「底面片 40」と「内側底面片 50」が「底部9」を形成しており、容器の内側から見たときに見えるのが「内側底面片50」、容器の外側から見たときに下の部分にあたるのが「底面片40」であるところ、「自立片60」と同一面に連ねられているのは、「底面片40」である。
したがって、本件明細書に記載された第一実施形態からも、本件各発明が、容器の内側から見た下の部分ないしは内容物に接する片のみを「底部を形成する底面片」としていないことは理解される。
本件各発明は、底面片が底部の形状保持機能を果たしていることを利用して、この底面片と同一面に連なる自立片を突出させることにより、底面片の形状保持機能を容器の自立に利用したものである。したがって、「底部を形成する底面片」とは、「底面片」が底部の形状保持機能を担っていることを意味しており、かつ、それで足りる。
以上より、「底部」は容器の内側から見た下の部分や内容物に接する部分のみを意味するのではなく、容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味し、そのような「底部」を形づくり、「底部」の形状保持機能を担っていれば、「底部を形成する底面片」であるといえる。
イ 被告製品による充足
…被告製品は、容器として形成された状態において、筒状部分の下側端部が六角片及び舌状片で形作られており、被告製品の舌状片は、六角片と共に、被告製品の筒状部分の下側端部の形状保持機能を担っている。
したがって、被告製品の舌状片(基部)は、「底部を形成する底面片」(構成要件B)に該当する。また、被告製品は、構成要件A及びCも充足する。 以上より、被告製品は、本件発明 1 の技術的範囲に属する。」
三菱商事パッケージングの主張(判決から抜粋。下線は付記)
「ア 「底部」、「底面片」及び「自立片」の意義
一般的に、「底部」とは、「底の部分」を意味し、「底」とは、「凹んだものや容器の下の所」を意味する。つまり、「底部」は、「凹んだものや容器の下の所の部分」を意味する。
また、包装容器の底部というからには、内容物が落ちないように下端を塞ぐものでなければならない。本件明細書にも、筒状の下端を塞ぐことによって「底部」を形成することが記載されている。
したがって、本件発明1の「底部」は、少なくとも、筒状の下端を塞ぐものでなければならない。
原告の主張について
本件発明1の「底部」は、包装容器における底部であるから、容器部の下の所を意味すると解釈するのが自然である。加えて、本件発明1では、「底部」は「筒状」に含まれることから、「底部」は、筒状の下端部と接触する位置、又は少なくとも非常に近接している位置に存在しているべきである。
…本件明細書には、筒状の下端を塞ぐことによって「底部」を形成することが記載されている。加えて、本件発明1は、本件明細書の記載によれば、「包装容器を自立させる自立片が底面片に連なっているため、一体的な成形が簡便である。」との作用効果を奏するものとされているところ、包装容器の全体の下の部分であれば、たとえ容器部の下の所の部分とは別に設けられたものであったとしても本件発明1の「底部」に相当すると解釈すると、上記作用効果を奏することのない複雑な構成のものも本件発明1 の技術的範囲に属することとなってしまう。
イ 被告製品による非充足
…被告製品は、包装容器を容器として形成した状態において、底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片を有するものではなく、底面片とは完全に離れた位置に設けられた舌状片が載置面に沿って奥行の方向に突出し、舌状片によって載置面に自立させられるものである。また、被告製品においては、片Ⓐ及び背面片と、六角片と、によって容器が形成されており、六角片が筒状に折られた片Ⓐ及び背面片の下端を塞ぐものとなっている。
したがって、被告製品においては、「六角片」が本件発明1の「底部を形成する底面片」に相当するものとなる。また、被告製品の六角片は、包装容器を容器として形成した状態において、単独で、容器の底としての機能を有する。そのため、被告製品の六角片は、単独で、本件発明1の「底部」を形成するものでもある。
他方、被告製品の舌状片は、底部を形成する六角片と同一面に連なるものではなく、その六角片から完全に離れた位置に設けられている。このため、被告製品の舌状片は、六角片と共に底部を形成することはない。また、被告製品の舌状片は、筒状に折られた片Ⓐ及び背面片の下端を塞ぐものとなっていない。このため、被告製品の舌状片は、本件発明1の「底部」を形成する部分を有するものではなく、「底部を形成する底面片」に相当する部分を有するものでもない。
したがって、被告製品は、包装容器を容器として形成した状態において、底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片を有するものではない。 以上より、被告製品は、少なくとも本件発明1の構成要件Bを充足しないから、本件発明1の技術的範囲に属しない。」
両者のこれらの主張に対し、東京地裁は、三菱商事パッケージングの製品が、本件発明1の技術的範囲に属さない(非充足)と判断した。
裁判所は、本件発明1における「底部、底面片、及び、自立片」の意義について、請求項の記載から読める構造及び機能を特定し、辞書の意味も踏まえ、「「底面片」は、包装容器を容器として形成した状態において、筒状の包装容器の下側を塞ぐ部材を意味するものと理解され、「自立片」は、このような底面片と同一面に連なるものであり、包装容器を前記載置面に自立させる機能を有するものといえ、本件明細書の記載もこれに整合するものと判断した。
次に、三菱商事パッケージングの製品の充足性については、「被告製品の六角片は、本件発明1の「底部を形成する底面片」に相当するものといえ、被告製品の舌状片は、本件発明1の「自立片」に相当するものといえる一方で、舌状片は、筒状部分の下側を塞いでいるとはいえず、「底部を形成する底面片」に相当するものとはいえない。」と判断した。
東京地裁の具体的な判断は以下の通りである。
知財高裁の判断(判決から抜粋。下線は付記)
「ア 「底部」、「底面片」及び「自立片」の意義
特許請求の範囲の記載
本件特許に係る特許請求の範囲請求項1 の記載によれば、「底部」とは、1枚の包装紙が筒状に折られて形成される「包装容器」において、その「筒状」とされる部分が開口部と共に有するものである(構成要件A)。また、「底面片」は、「前記包装容器を容器として形成した状態において、前記底部を形成する」ものである(構成要件B)。さらに、「自立片」は、この「底面片と同一面に連なる」ものであると共に、「載置面に沿って前記奥行の方向に突出」するものであり、「包装容器」を「前記載置面に自立させ」る機能を有するものである(構成要件B)。
「底部」とは「底」となる部分を意味するところ、「底」とは、「①凹んだものや容器の下の所。」、「②物体の下面。底面。また、集積したものの下層部。」等の意味を有する(乙1)。そうすると、本件発明1における「底部」は、「包装容器」の筒状部分が開口部と共に有するものであり、筒状の構造部分の「下の所」すなわち底に当たる部分を意味するものと理解される。また、筒状の構造部分が「容器」(物を入れるうつわ。入れ物)として機能するものである以上、その「底部」は、筒状の包装容器の下側を塞いでいる部分を指すものと理解される。
そうすると、「底面片」は、このような「底部」を形成するものであるから、本件発明1の包装容器を容器として形成した状態において、筒状の包装容器の下側を塞ぐ部材を意味するものと理解される。また、「自立片」は、このような「底面片」と「同一面に連なる」ものであり、かつ、「載置面に沿って前記奥行の方向に突出」し、「包装容器」を「前記載置面に自立させ」る機能を有するものということになる。
本件明細書の記載
本件明細書記載の本件発明 1 に係る第一実施形態において、底部 9は、筒状の包囲部7、包囲部7の上端である開口部8と共に包装容器10を構成し、包囲部7の下端をなすものである(【0019】)。また、底部9は、底面片40と内側底面片50とが折り重ねられて形成され、底面片40は、自立片60が同一面に連ねられて載置面に沿って奥行方向に突出している(【0019】、【0021】、【0026】)。さらに、内側底面片50と底面片40は、…底面片40を…内側底面片50に折り重ねることで包囲部7の下端を塞ぎ、これによって底部9を形成する(【0030】)。他方、自立片は、底面片40の先端に連ねられており(【0021】)、底面片40と同一平面上で、奥行方向に突出している(【0030】)。このように、奥行の方向に突出した自立片60によって、包装容器10は傾斜した状態で支えられる(【0031】)。
そうすると、本件明細書の記載からも、「底部」は、包装容器の筒状部分である包囲部の下端にあって、上端の開口部と共に包装容器を構成するものであり、容器として機能する筒状の構造部分の底に当たる部分であって、筒状の包装容器の下側を塞いでいる部分を指すものと理解される。また、「底面片」は、このような「底部」を形成するものであり、包装容器を容器として形成した状態において、筒状の包装容器の下側を塞ぐ部材を意味するものと理解される。他方、「自立片」は、このような「底面片」と同一面に連なるものであり、かつ、載置面に沿って前記奥行の方向に突出し、包装容器を前記載置面に自立させる機能を有するものということになる。…
イ 被告製品の構成要件充足性
被告製品においては、背面片が片Ⓐ側に折られて筒状に形成される(構成e-1、e’-1)。その際、背面片の下端に連ねられた六角片(構成d-3、d’-3)は、筒状部分下端から内側に折り込まれ、この折り込まれた六角片は、筒状部分内部に収められる内容物の下部に位置し、筒状部分の下端から内容物が落下するのを防止している(構成e-2、e’-2)。このため、被告製品の六角片は、本件発明1の「底部を形成する底面片」に相当するものといえる。
被告製品の舌状片は、片Ⓐの下端に連ねられた部材であり(構成d-4、d’-4)、筒状部分の下端(六角片の接続箇所の反対側)から内側に折り込まれ(構成e-3、e’-3)、容器として形成した状態において、六角片と共に、略弧状に湾曲した状態となり、片Ⓐに連なって、載置面に沿って背面側に突出し、載置面に置くと、舌状片によって、被告製品は、載置面に背面方向に斜めに自立する(同b、b’)。このため、被告製品の舌状片は、本件発明1の「自立片」に相当するものといえる。
他方、筒状部分の下端から内側に折り込まれた六角片と舌状片とは接触しておらず、両者の間には隙間がある(同 e-4、e’-4)。このことと、被告製品の筒状部分の下端から内容物が落下するのを防止する機能を果たしているのは六角片であることを併せ考えると、舌状片は、筒状部分の下側を塞いでいるとはいえず、「底部を形成する底面片」に相当するものとはいえない。
六角片と舌状片とは、六角片は背面片の下端に連ねられているのに対し、舌状片は片Ⓐの下端に連ねられており、同一面に連なるものとはいえない。
したがって、被告製品は、「底部を形成する底面片と同一面に連なる自立片」(構成要件B)を充足しないから、本件発明1の技術的範囲に属しない。
ウ 原告の主張について
これに対し、原告は、「底部」は容器の内側から見た下の部分や内容物に接する部分のみを意味するのではなく、容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味し、そのような「底部」を形づくり、「底部」の形状保持機能を担っていれば「底部を形成する底面片」であるといえるところ、被告製品の舌状片は、六角片と共に、折り込まれることによって、被告製品の筒状部分の下側端部の形状保持機能を担っており、また、筒状の下端(筒状の容器の内容物の落下経路)に立ちはだかる状態となるのであるから、「筒状の下端」を「塞」ぐものといえるなどと主張する。
しかし、「底部」の形状保持機能については、本件特許に係る特許請求の範囲にも本件明細書にもこれに関する記載は見当たらず、これを示唆する記載もない。そうである以上、「底部を形成する底面片」を定めるにあたり、底部の形状保持機能を考慮すべきとはいえない。また、本件発明1の「底部」は包装容器の「筒状」部分が有するものであるところ、被告製品の舌状片は、上記のとおり、筒状部分の下側を塞いでいるものとはいえない。内容物の落下防止という観点から舌状片が「底部を形成する底面片」といえないことも、上記のとおりである。」
3.判決内容の考察
3-1.判決についての感想
全体的な結果について:結論納得度20% 判断納得度85%
個人的な感想を率直に言わせてもらうなら、「被告製品は本件発明1の技術的範囲に属しない」との結論には反対だが、裁判所の判断そのものは妥当なように思える。双方の主張内容を比べれば、特許権者側の主張がやや弱いように感じられる。
とはいえ、非侵害(非充足)の結論は、感情的には、特許権者に酷なようにも感じられる。これが民事訴訟の本質であろう。私が特許権者の立場であったなら、本件とは違った主張を展開しただろうが、それなら勝てるかといえばわからない。
本件では、「充足論の訴訟戦略」についてを考えていきたい。「充足論」の主張戦略を練るときの思考について私なりの自論を述べつつ、当事者の主張内容を分析してみたいと思う。なるべく合理性を保たれるように話していきたい。(合理性を欠いた自論には説得力がないからだ)
最後に、私ならば採ったであろう本件とは別の論筋による充足論の主張についても述べる。これが正解というわけではないし、判決文に表れる内容は、準備書面でなされた主張内容の一部でしかないため、好き勝手なことを言っていると感じるかもしれないが、その点は目を瞑っていただきたい。
3-2.充足論の訴訟戦略
(1)充足論の概要
具体的な考察に入る前に、訴訟実務に慣れていない者もいるだろうから、簡単に充足論について述べておく。
充足論は、平たく言えば、被告製品が特許権の権利範囲に含まれているかの判断である。より法律らしく言えば、被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するかの判断ということになる。
充足論では、被告製品と特許発明が比較対象になるため、「①被告製品の構成」と「②請求項に記載された発明の技術的範囲」をそれぞれ特定することになる。特定さえできれば、後の比較判断は簡単にできるため、充足論の実質的な争いは①と②にある。
請求項の文言は既に決まっているため、請求項の記載そのものを両者が争うことはないが、一方で、被告製品は、それを文言で表したような説明書があるわけでもないため、両当事者がそれぞれ、このように特定されるべきと考える「被告製品の構成」を主張することになる。
たいていは、両者の間で、「被告製品の構成」が一致するということはなく、本件でも、下記のように、特三和と三菱商事パッケージングとで異なる「被告製品の構成」を主張している。異なる部分が、「被告製品の構成」についての争点になる。
両者の「被告製品の構成」(判決別紙より抜粋。下線が相違点)
特三和 | 三菱商事パッケージング |
a 1枚の包装紙が上側開口端部と下側閉口端部とを有する筒状に折られ、この筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器である。 b 筒状部分の下側端部に六角片及び舌状片(基部と延設部)を有している。容器として形成した状態において、六角片と舌状片は、それぞれ内側に折り込まれて、略弧状に湾曲した状態となり、筒状部分の下端の強度を補強している。また、容器として形成した状態において、舌状片は弧状に湾曲した状態で片Ⓐに連なっており、載置面に沿ってその延設部が背面側に突出し、載置面に置くと、舌状片(延設部)によって、被告製品は、載置面に背面方向に斜めに自立する。 | a’ 1枚の包装紙が上側開口端部と下側閉口端部とを有する筒状に折られ、この筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器である。 b’ 筒状部分の下側端部に六角片及び舌状片を有している。容器として形成した状態において、六角片と舌状片は、それぞれ内側に折り込まれて、略弧状に湾曲した状態となる。また、容器として形成した状態において、舌状片は弧状に湾曲した状態で片Ⓐに連なっており、載置面に沿って背面側に突出し、載置面に置くと、舌状片によって、被告製品は、載置面に背面方向に斜めに自立する。 |
また、請求項の記載そのものは誤記らしき記載でもない限りは争わないが、請求項の記載の意味については争いになる。特許権者側は、被告製品の構成が技術的範囲に含まれるといえるように請求項の記載を解釈し、相手方は、技術的範囲に含まれないといえるように請求項の記載を解釈する。これが、「請求項に記載された発明の技術的範囲」についての争点となる。
例えば、請求項に「凸部」と記載されており、被告製品にも凸部があった場合、それだけで十分に比較判断ができるとは限らない。文言上、どちらも「凸部」であったとしても、実際には両者は全く異なる性質の「凸部」かもしれない。このとき、当事者は、被告製品における「凸部」がどのような凸部であるか、本件発明における「凸部」がどのような凸部であるかを主張し、これらの凸部が共通した技術的意義を有するものか否かを争うわけである。
民事訴訟では、裁判所は、当事者の主張内容に基づいて判断を行う。裁判所自らが、充足論を判断するための証拠を探すことはせず、両当事者から出された主張及び証拠が、判決を導く材料となる。従って、民事訴訟は正しい方が必ず勝つわけではなく、「自己の主張を相手よりも正当化できた」方が勝つものである。そのため、両当事者は、相手の主張よりも自己の主張の方が正当であることを裁判官に説明しなければならない。
侵害訴訟の実務を何件か経験した者であれば、裁判所が「真実と異なる」認定をすることも殊更珍しくはないことを経験則として理解しているだろう。
(2)主張を正当化するための訴訟戦略
それでは、相手よりも正当な主張を展開するためには、どのように訴訟戦略を考えていくべきか。これを考えるには、そもそも日本における「発明」の本質は何か、日本では「発明」の認識において何が重要視されるかについて目を向けるべきである。
発明の定義や考え方は、国によって異なっており、この違いを意識することは、充足論に限らず、無効論を考える上でも重要な点となってくる。充足論も無効論も、本件発明を評価するところから始まるのであり、いわば、明細書や請求項によって表される「技術」を、「発明」というフィルターを通して評価するのである。そのため、「発明」に対する考えが異なる国同士では、同じ「技術」であっても「発明」としての評価(価値)は異なり得るのである。日本では通じる進歩性の主張が、他の国では通じないことがあるというのも、この点が大きく影響しているだろう。
日本の特許法において、発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」であることを要するものとして定義されている(特許法2条1項)。
なんてことのない条文のようにも思えるかもしれないが、この条文は、発明に関する判断の全てに影響する非常に重要な条文であり、日本では「技術的思想」が重んじられていることを常に頭に入れておくべきである。
例えば(少し脱線するが)、日本のサポート要件における「発明が課題を解決することを当業者が認識できるか」という判断基準には、発明が「技術的思想の創作」であるという性格の現れを感じることができる。
単に作り上げた物や方法を開示すればよいのではなく、そこにある技術的な思想を開示することを、日本の特許法は求めている。技術とは表面的なものだが、思想とは内面的なものであり、表面的な開示だけでは「技術的思想の創作」の開示としては不十分なことがある。だからこそ、発明の十分な開示には、課題の解決に至るまでの技術的な因果経路を当業者に認識させることまでが要求され、そこから、上記のサポート要件の判断基準を導かれたと捉えることもできるだろう。
私は、充足論の主張を検討する上でも、この「技術的思想」を考慮することが重要であると考えている。なぜならば、充足論では、発明の技術的範囲が判断されるからである。
そして「技術的思想」を考慮するというのは何も、本件特許発明に限ったことではなく、むしろ重要なのは、「被告製品の技術的思想」を想像し、さらには創造することにあると考える。
「想像し、創造する」とはどういうことかというと、まず、(イ)被告製品の構成にどのような技術思想を経て到達し得るかという被告製品に至るまでの因果経路を想像し、(ロ)想像できた因果経路のうち、自己の主張に最も有利と考える因果経路を選定し、(ハ)選定した因果経路が裁判所の心証に刻まれるような主張を創造することである。
実際にどのような技術的思想から「被告製品」が出来上がったかはともかく、裁判所の心証にどのような「被告製品の技術的思想」を認識させるべきかを考え、そのためにはどのような主張を展開すべきかを考えることが、充足論の主張戦略において重要である。
被告製品の技術的思想と特許発明の技術的思想が揃っているという心証を裁判所に抱かせることができれば、「被告製品の構成が本件特許発明の技術的範囲に属する」という結論も導かれ易くなるだろう。
ここで、本件を例にしてみる。
本件特許発明は「成形が簡便な自立型の包装容器の提供」を目的とし(本件特許の段落【0006】)、そのために、「底面片40と同一面に連なる自立片60が載置面に沿って奥行方向に突出する」という特徴的な構造を有している(下左図参照)。
一方で、被告製品は、六角片によって容器の底が形成され、さらにその下に、自立のための舌状片が形成されている。そのため、被告製品においては、底面片に相当する候補として、六角片と舌状片の2つが考えられる。
このとき、被告製品の「技術的思想」を想像してみると、私の頭には、以下の2つの因果経路が思い浮かんだ。
被告製品に至る因果経路1
舌状片によって、容器の底面の役割と容器を自立させる自立片の役割を果たす構造ではあるが、容器の安定性を向上させるために、さらに容器の底面として六角片を追加することで、被告製品の構造に想到した
被告製品に至る因果経路2
自立機能を有さない底面(六角片)を有する容器に、新たに自立機能を付加するために、容器の底面として機能することを要求しない舌状片をさらに設けることで、被告製品の構造に想到した
次に、この2つの因果経路に対し、特許権侵害を主張しやすいものはあるか。あるいは、非侵害を主張しやすいものはあるかを考える。
特許権者側は、侵害の主張がしやすそうな因果経路から「被告製品の構成」に到達したといえるように、「被告製品の構成」を特定すべきであるし、相手方は、非侵害の主張がしやすそうな因果経路から「被告製品の構成」を特定すべきことになる。
私見では、侵害を主張するならば因果経路1の方がベターであり、非侵害を主張するならば因果経路2の方がベターである。
裁判における争点は裁判所の自由心証によって判断されるため、訴訟戦略とは、詰まるところ、裁判所の心証をどのように自己に有利な方向に導くかの戦略である。 「被告製品は本件特許発明の技術的思想と同様の因果経路を辿って到達した」という心証を与える/与えないための主張を検討することは、充足論の訴訟戦略を考える上で重要な要素と言えるだろう。
(3)主張内容の分析:特三和の主張
下記の図は、特三和の主張したい「底面片」(左図の赤枠)と、三菱商事パッケージングの主張したい「底面片」(右図の赤枠)を示している。
判決によれば、特三和は、次のような主張をした。(太字下線は付記)
「「底」は、「①凹んだものや容器の下の所。」という意味のみならず、「②物体の下面。底面。また、集積したものの下層部。」という意味がある。このため、容器の「底部」も、「容器の内側から見た容器の下の部分」という意味だけでなく、「容器全体における下の部分」という意味がある。また、「二重底」(箱等で、底が二重になっているもの。容器等につくった二段の底。)の語にも示されるとおり、「底」の語には一重でなければならないとの意味はない 。
したがって、容器の「底部」とは、「容器の内側から見た容器の下の部分」だけでなく、「容器全体における下の部分」という意味も有する。
…被告製品は、容器として形成された状態において、筒状部分の下側端部が六角片及び舌状片で形作られており、被告製品の舌状片は、六角片と共に、被告製品の筒状部分の下側端部の形状保持機能を担っている。
したがって、被告製品の舌状片(基部)は、「底部を形成する底面片」(構成要件B)に該当する。」
下線部からも読み取れるように、特三和は、「底部」には2つの意味があり、それぞれの意味に該当する部分を「底部」と認定してもよいといった論理を展開したように推察される。
加えて、「AだけでなくBも」という言い方は、Aという意味を有することは認めた上で、Bという意味を有してもよいと主張しているように読め、Aの方がBに優先するような印象を与えるように感じる。(Aは「容器の内側から見た容器の下の部分」であり、Bは「容器全体における下の部分」である。)
そして、被告製品の充足性を主張するときも「六角片及び舌状片」や「六角片と共に」と記載していることからすると、特三和の主張は、六角片が「底部を形成する底面片」に相当することは認めた上で、本件特許発明における「底部」の意味は他にもあるため、舌状片も「底部を形成する底面片」と認められるべきであるという論理を展開したものと解することができるだろう。
それでは、特三和の主張は、先ほど挙げた「因果経路1」と「因果経路2」のうち、どちらに寄った考えと言えるだろうか。
私は、「六角片が底面片に相当することを前提として認めている」という点からして、特三和の主張は、因果経路1よりも因果経路2(非侵害の主張に有利な因果経路)に近い主張のように感じた。
私が裁判所であったなら、特三和の主張に対して次のような心証を抱く。
被告製品において、既に「六角片」という「底面片」が存在するならば、舌状片をさらに底面片であると認める必要はあるだろうか。請求項の記載上1つしかない「底面片」を、被告製品の2つの対象に当てはめる必要性はあるのか。本件特許明細書において「底面片」が2つある実施形態は記載されていないのに、特許権者が明細書に記載しなかった内容を、特許権者に有利な判断をするために(舌状片を底面片と認めるために)採用することは果たして妥当と言えるか。
つまり、特三和の主張は、「舌状片が底面片に相当するか否か」の判断に踏み込む前に、このような判断をすることの必要性や妥当性があるのかという疑念を、裁判所に抱かせてしまう懸念がある。
特三和は、さらに、「底部を形成する底面片」について、次のような主張をした。
「本件各発明は、底面片が底部の形状保持機能を果たしていることを利用して、この底面片と同一面に連なる自立片を突出させることにより、底面片の形状保持機能を容器の自立に利用したものである。したがって、「底部を形成する底面片」とは、「底面片」が底部の形状保持機能を担っていることを意味しており、かつ、それで足りる。
以上より、「底部」は…容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味し、そのような「底部」を形づくり、「底部」の形状保持機能を担っていれば、「底部を形成する底面片」であるといえる。」
この主張は、辞書における「底」の意味からのアプローチとは別に、「形状保持機能」から「底部」を導こうとする新たな論理である。
三菱商事パッケージングが「筒状部分の下端を塞ぐ」ことを要すると主張しているのに対し、特三和は、下端を塞ぐか否かを条件とするのではなく、底部の形状保持機能を担っていればそれで足りる、という主張をしている。
極端に言えば、特三和の主張する「底面片」は、底部の形状保持機能を担っていれば、容器の底である必要はないことになる。
確かに、特三和のこの主張が認められれば、「包装容器の底」の役割を果たしているという事実は「底部を形成する底面片」の認定に必要ではなくなる。
しかしながら、そもそも「形状保持機能」という言葉自体、本件特許明細書のどこにも登場せず、本件訴訟において初めて登場させた「底部」の概念である。そのため、このような主張は、裁判所に後知恵の心証を抱かせやすく、結果的に裁判所の心証形成を悪くするリスクがある。
当事者は、自らに有利な結論を得るために様々な主張を展開するものだが、主張内容が、恣意的であり自己都合的であると取られかねない主張はリスクが高いだろう。特許法70条が許容しているのはあくまで明細書等の参酌までであることからしても、明細書の記載から読み取りづらい概念を持ち出すことは避けた方がよいと思う。
裁判所が一方当事者の主張に対し「恣意的あるいは自己都合的」という心証を抱いてしまうと、その主張が認められないばかりか、相対的に他方当事者の主張の正当性が増してしまうことにもなりかねないだろう。
本件で東京地裁は、特三和の形状保持機能の主張に対して以下のように判断した。
「しかし、「底部」の形状保持機能については、本件特許に係る特許請求の範囲にも本件明細書にもこれに関する記載は見当たらず、これを示唆する記載もない。そうである以上、「底部を形成する底面片」を定めるにあたり、底部の形状保持機能を考慮すべきとはいえない。また、本件発明1の「底部」は包装容器の「筒状」部分が有するものであるところ、被告製品の舌状片は、上記のとおり、筒状部分の下側を塞いでいるものとはいえない。内容物の落下防止という観点から舌状片が「底部を形成する底面片」といえないことも、上記のとおりである。」
このように、特三和による「形状保持機能」の主張は、明細書に記載されていない論理を持ち込むものとして、裁判所にネガティブな心証を与えてしまい、結果的には、「筒状部分の下端を塞ぐ」という三菱商事パッケージングによる「底部」の主張を容れる形になってしまった。
(4)主張内容の分析:三菱商事パッケージングの主張
判決によると、三菱商事パッケージングは次のような主張をした。(下線は付記)
「包装容器の底部というからには、内容物が落ちないように下端を塞ぐものでなければならない。本件明細書にも、筒状の下端を塞ぐことによって「底部」を形成することが記載されている。
…本件発明1では、「底部」は「筒状」に含まれることから、「底部」は、筒状の下端部と接触する位置、又は少なくとも非常に近接している位置に存在しているべきである。
…包装容器の全体の下の部分であれば、たとえ容器部の下の所の部分とは別に設けられたものであったとしても本件発明1の「底部」に相当すると解釈すると、上記作用効果を奏することのない複雑な構成のものも本件発明1 の技術的範囲に属することとなってしまう。
…被告製品は、…底面片とは完全に離れた位置に設けられた舌状片が載置面に沿って奥行の方向に突出し、…片Ⓐ及び背面片と、六角片と、によって容器が形成されており、六角片が筒状に折られた片Ⓐ及び背面片の下端を塞ぐものとなっている。
…被告製品の六角片は、単独で、本件発明1の「底部」を形成するものでもある。
…他方、被告製品の舌状片は、…六角片から完全に離れた位置に設けられている。このため、被告製品の舌状片は、六角片と共に底部を形成することはない。また、被告製品の舌状片は、筒状に折られた片Ⓐ及び背面片の下端を塞ぐものとなっていない。このため、被告製品の舌状片は、本件発明1の「底部」を形成する部分を有するものではなく、「底部を形成する底面片」に相当する部分を有するものでもない。」
三菱商事パッケージングは「六角片が単独で底部の底面片であり、舌状片は底部とは関係ない」という立場からの主張で一貫している。また、辞書における「底」の意味に加え、本件発明が包装容器の発明であることから、底面片の認定において重視すべきは「容器の底」であるという点を強調する主張となっている。
「底部を形成する底面片」は六角片によって既に形成されているとする立場は、因果経路2に近いと言えるだろう。
上記の下線は、裁判所の判断において、同様の記載がされた部分であるが、これを見ると三菱商事パッケージングの主張が全面的に採用されたわけではないものの、非侵害を導くのに十分な主張が採用されているように見受けられる。
また、本件の東京地裁は、被告製品の充足性について、「被告製品の六角片は、本件発明1の「底部を形成する底面片」に相当するものといえる。…被告製品の舌状片は、本件発明1の「自立片」に相当するものといえる。…舌状片は、「底部を形成する底面片」に相当するものとはいえない。…被告製品は、本件発明1の技術的範囲に属しない。」という順番で判断しており、六角片が本件発明1の底面片に相当するかを最初に判断していることも、三菱商事パッケージング側の主張が支持されたことの証左ともいえるだろう。
つまり、本件発明1の充足論の判断に必要なのは「舌状片が底面片に相当するか」であり、六角片は本件発明1の充足性の判断に直接は関係しない部分であるにもかかわらず、裁判所は、舌状片が底面片に相当するかを判断するためには「六角片が底面片に相当するか否か」を判断することが核心となるという心証を抱いたことで、最初に「六角片」に対する判断を行うという判断順序になったのではないかと考えられる。
このように、裁判所の心証操作という観点で両者の主張内容を比較すると、自己に有利な心証形成に結び付けるための訴訟戦略としては、三菱商事パッケージングに軍配が上がったと評価できるだろう。
(5)特許権者の採り得た他の主張(因果経路1からの主張)
本件で特三和は、「六角片が底面片に相当する」ことを主位的に認める論筋での主張を展開しているが、本来的には、特許権者に有利な因果経路1に近い論理を主張する方が得策だったのではないかというのが私の見解である。
おさらいになるが。因果経路1は「舌状片によって、容器の底面の役割と容器を自立させる自立片の役割を果たす構造ではあるが、容器の安定性を向上させるために、さらに容器の底面として六角片を追加することで、被告製品の構造に想到した」というものである。
仮に因果経路1を辿って被告製品が出来上がったのだとすれば、「六角片」は、本件発明1の包装容器の構成要件のいずれにも該当しない、その他の構成ということになる。分かり易く言えば、「本件発明1+六角片」が被告製品の構成となる。
この因果経路1を軸とした主張戦略は、特許法72条(利用発明)とも相性が良い。つまり、被告製品は「本件特許によって開示される発明を実施しつつ、さらに第2の底部を形成する六角片を設けた」ものであり、特許法72条が、先の特許発明によって利用発明の実施が制限されることを規定している以上は、利用発明である被告製品も同様に、本件特許発明によって権限なき実施が制限されるべきであるという心証形成に結び付きやすいはずである。
法律の後ろ盾があるというのは、裁判所に「合理化しやすい判断の道筋を示す」ことになる。裁判官も人間であり、当事者間の主張内容自体が五分五分であった場合にはこういった道筋がある方に判断を傾けるというのも人の心理である。
それでは、因果経路1のような心証を裁判所に抱かせるには、どのように主張を展開すべきか。「被告製品の構成」及び「充足性の主張」において、特三和の主張内容と、私の考える主張内容を対比的に記すことにする。
<被告製品の構成>
特三和 | 弁理士X |
a 1枚の包装紙が上側開口端部と下側閉口端部とを有する筒状に折られ、この筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器である。 b 筒状部分の下側端部に六角片及び舌状片(基部と延設部)を有している。容器として形成した状態において、六角片と舌状片は、それぞれ内側に折り込まれて、略弧状に湾曲した状態となり、筒状部分の下端の強度を補強している。また、容器として形成した状態において、舌状片は弧状に湾曲した状態で片Ⓐに連なっており、載置面に沿ってその延設部が背面側に突出し、載置面に置くと、舌状片(延設部)によって、被告製品は、載置面に背面方向に斜めに自立する。 | A 1枚の包装紙が上側開口端部と下側閉口端部とを有する筒状に折られ、この筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器である。 B 筒状部分の下側端部に舌状片(基部と延設部)を有している。容器として形成した状態において、舌状片は、内側に折り込まれて、略弧状に湾曲した状態となる。また、容器として形成した状態において、舌状片は弧状に湾曲した状態で片Ⓐに連なっており、載置面に沿って背面側に突出し、載置面に置くと、舌状片によって、被告製品は、載置面に背面方向に斜めに自立する。 C さらに、舌状片の上方かつ筒状部分の内側に六角片を有している。容器として形成した状態において、六角片は、内側に折り込まれて、略弧状に湾曲した状態となり、筒状部分の下端の強度を補強している。 |
このように、因果経路1からの主張では、「六角片」を「舌状片」よりも先に登場させたり、「六角片」が「舌状片」よりも主位的な立場にあると読まれるような記載はしない。「舌状片」が主位的であると感じられるか、そうでないとしても、あくまで「舌状片」と「六角片」は並列的な関係に留まるといった心証に繋がるように「被告製品の構成」を主張することになる。
<「底部」、「底面片」及び「自立片」の意義>
特三和 | 弁理士X |
「底」は、「①凹んだものや容器の下の所。」という意味のみならず、「②物体の下面。底面。また、集積したものの下層部。」という意味がある。 このため、容器の「底部」も、「容器の内側から見た容器の下の部分」という意味だけでなく、「容器全体における下の部分」という意味がある。また、「二重底」(…)の語にも示されるとおり、「底」の語には一重でなければならないとの意味はない 。 したがって、容器の「底部」とは、「容器の内側から見た容器の下の部分」だけでなく、「容器全体における下の部分」という意味も有する。 | 「底」には、「①凹んだものや容器の下の所。」という意味と、「②物体の下面。底面。また、集積したものの下層部。」という意味がある。 そうすると、容器の「底部」についても、①の意味から判断しなければならない合理的な理由はなく、②の意味から「底部」が認定されることもあれば、①の意味から「底部」が認定されることもあるといえる。 したがって、容器の「底部」は、②の意味から「容器全体における下の部分」と解されたり、①の意味から「容器の内側から見た容器の下の部分」と解されたり、あるいは、どちらかに該当すればよいと解されたりするものである 。 |
このように、辞書に記載されている意味の内容は同じであり、同じ事実に基づいて主張を展開しているが、その展開の仕方は全く異なるものとなる。「AのみならずBも」ではなく「AとBがある」という並列的な記載になるし、並列的であるからこそ、「Aを優先させる必要もなく、Aで判断しなければならない合理的な理由もない」ということになる。
両者の主張内容を比較したとき、私の主張内容の方が、恣意的な部分のない客観的な事実だけを述べている主張となっているだろう。一般的に、辞書に記載される複数の意味には、主従関係はないし、優越的関係もない。統計的な使用頻度から掲載順は決まるだろうが、そのことは、本件発明のおける「底部」においても統計的な使用頻度に準じるべきという理由にはならない。私の主張は「2つの意味があるから、どちらの意味によっても解釈され得るものである」という一般論を言っているに過ぎないのである。
<本件発明について>
特三和 | 弁理士X |
本件各発明では、「…筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器」全体が「包装容器」であり(構成要件A)、内容物に接する片のみが「包装容器」なのではない。 また、構成要件Bは、載置面に自立するための「自立片」と、「底部を形成する底面片」が「同一面に連な」っていることを規定しているが 、この構成要件Bも、内容物に接する「片」のみに着目したものではない。 このような本件各発明の内容から、「底部」は、容器の内側から見た下の部分ないし内容物に接する部分のみを意味するのではなく、容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味していると解するのが自然である。 | 発明は、請求項の形式で表され、請求項は、必要な構成要件(発明特定事項)を書き連ねることで表現されるものである。 本件発明1は「包装容器」なのであるから、本件発明1の包装容器は、請求項1に記載される発明特定事項の全てを含む全体として評価されるべきであり、そうすると、本件各発明では、「…筒状の奥行きよりも幅の方向が広く形成された包装容器」全体が「包装容器」であるといえ、一般的な「包装容器」の意味から、内容物に接する片のみを「包装容器」と捉えるのは妥当ではない。 構成要件Bは、載置面に自立するための「自立片」と、「底部を形成する底面片」が「同一面に連な」っていることを規定しており、この構成要件Bも、本件発明1の「包装容器」に係る発明特定事項である。そして、本件発明1には、底面片が内容物に接する「片」であるとは特定されていない。 なお、「二重底」(…)の語にも示されるとおり、「底」は二重にも設けられ得るものであるが、この場合、少なくとも一方の「底」は内容物に接することはないため、一般論としても内容物に接する片のみを「包装容器」と捉える合理的な理由はない。 |
ここでも、本件発明(請求項)の内容についての主張において、用いる事実自体には相違はない。私の主張のポイントは、主観的な意見と取られるような言い方ではなく、客観的な事実を述べるような言い方にしている点である。まず冒頭に「発明は、請求項の形式で~」と述べておいたのは、「全体が包装容器と捉えるべき」ことを、法律論として導くためである。
そして私は、最初の<「底部」、「底面片」及び「自立片」の意義>ではなく、ここで「二重底」というキーワードを持ち出している。「二重底」≠「底」なのであるから、二重底を「底」の定義の補充として用いるよりも、ここで用いる方が有効と考えたからである。
また、ここでの私の主張は、本件発明の内容から「底部」をどのように解するべきかという結論はあえて記載していない。なぜならば、「底」に二つの意味がある以上、本件発明における「底部を形成する底面片」の技術的意義は一義的に定まらず、特許法70条2項により、明細書等から参酌して、どちらの意味がより適切であるかを決定すべきという方向に持っていきたいからである。
本件発明1においては、包装容器の「底」になり得る部分は「底面片」の一つしかなく、本件発明1の記載だけを見るならば、本件発明1における「底面片」は、容器の内側から見た下の部分ないし内容物に接する部分でもあり、容器全体から見た下の部分でもある。
したがって、本件発明1だけを見て、「容器の内側から見た下の部分ないし内容物に接する部分のみを意味するのではなく、容器全体から見た下の部分、すなわち、筒状部分の下端を意味していると解するのが自然である」という主張も、やや合理性に欠ける心証を与えるようにも思える。
<本件明細書について>
特三和 | 弁理士X |
本件明細書の第一実施形態においては、「底面片 40」と「内側底面片 50」が「底部9」を形成しており、容器の内側から見たときに見えるのが「内側底面片50」、容器の外側から見たときに下の部分にあたるのが「底面片40」であるところ、「自立片60」と同一面に連ねられているのは、「底面片40」である。 したがって、本件明細書に記載された第一実施形態からも、本件各発明が、容器の内側から見た下の部分ないしは内容物に接する片のみを「底部を形成する底面片」としていないことは理解される。 | 本件明細書の第一実施形態においては、「底面片 40」と「内側底面片 50」が「底部9」を形成しており、容器の内側から見たときに見えるのが「内側底面片50」、容器の外側から見たときに下の部分にあたるのが「底面片40」であるところ、「自立片60」と同一面に連ねられているのは、「底面片40」である。 したがって、本件明細書に記載された第一実施形態には、本件発明1の「底面片」の実施形態の一例を開示するものとして、内容物に接する片としての底面片も開示しておらず、かつ、容器の内側から見た下の部分としての底面片を開示していない。これらの意味での片はいずれも「内側底面片」であり、自立片と同一面に連ねられていない片である。 一方で、第一実施形態における「底面片」は「容器全体における下の部分」である。 よって、特許法70条2項に基づき明細書等から参酌される「底部」の用語の意義は、②の「容器全体における下の部分」と解すべきである。 |
ここでの主張内容の違いは、「本件各発明が、容器の内側から見た下の部分ないしは内容物に接する片のみを「底部を形成する底面片」としていない」という曖昧な言い方ではなく「実施形態における「底面片」は「容器の内側から見た下の部分」でもなければ「内容物に接する片」でもない」と言い切ってしまうところにある。
特三和の立場において、①の意味の「底部」を担ぐ必要はないにもかかわらず、「①の意味のみとしていない」という言い方は、あたかも、①の意味は有していることを認めているように読める。
そして、特許法70条2項に従った判断によれば②の意味と解すべきという法律的アプローチで結論を導いており、これによって、裁判所に与える説得力は増すはずである。
なお、私ならば、「形状保持機能」についての論理を展開することはしないが、三菱商事パッケージング及び裁判所が採用した「落下防止機能」については、さらに以下のような主張を展開し、反論するだろう。
<補強主張>
「本件明細書の第一実施形態において、包装容器10の落下防止機能は、内側底面片50と底面片40とが折り重ねられ、凹弧状に湾曲する構造によって実現されている。そうすると、実施形態においても。底辺面40のみによって、落下防止機能が実現される必要はないことが示されており、当業者であれば、底面片40のみによって落下防止機能が実現されなければ、「底部を形成する底面片」とはいえないものとして、本件発明1の底面片を認識することはないというべきである。
そして、落下防止機能を「折り重なる内側底面片50と共に実現するか、底面片40から離れた位置に設けた他の片によって実現するかは、本件発明1にそのような発明特定事項が記されていない以上、本件発明1の充足性を判断する上で考慮しなければならない事項でもないのであるから、被告製品における落下防止機能が「六角片」によって実現されているという事実は、「舌状片」が本件発明1における「底部を形成する底面片」に相当するかを判断する上でも、考慮する必要のない事実である。」
このように、どのような因果経路を軸にするかによって、同じ事実を用いるにしても、その論筋や、裁判所に与える心証は異なる。この点を意識し、どういう心証を抱かせるのが自己に有利であるかも踏まえて、充足論の主張戦略を立ててから、主張内容を検討するという手順を踏むことは、裁判所の心証形成のために有益な思考プロセスではないかと私は考える。
最後に、本件の東京地裁による「舌状片」に対する判断について触れておく。本件の東京地裁の判断は以下の通りである。
「筒状部分の下端から内側に折り込まれた六角片と舌状片とは接触しておらず、両者の間には隙間がある(同 e-4、e’-4)。このことと、被告製品の筒状部分の下端から内容物が落下するのを防止する機能を果たしているのは六角片であることを併せ考えると、舌状片は、筒状部分の下側を塞いでいるとはいえず、「底部を形成する底面片」に相当するものとはいえない。
…本件発明1の「底部」は包装容器の「筒状」部分が有するものであるところ、被告製品の舌状片は、上記のとおり、筒状部分の下側を塞いでいるものとはいえない。内容物の落下防止という観点から舌状片が「底部を形成する底面片」といえないことも、上記のとおりである。」
この記載(特に下線部)を見ればわかるように、実は、本件の東京地裁は、舌状片が底面片に相当しないことを、舌状片そのものから判断できていない。「六角片が落下防止機能を果たしているから、舌状片は底面片に相当しない」という、やや乱暴な判断を行っている。
なぜ乱暴かというと、「六角片が落下防止機能を果たしているならば、舌状片は落下防止機能を果たしていない」という論理は成り立たないからである(両方が落下防止機能を果たすという可能性を排除できていない)。加えて、「六角片が落下防止機能を果たしてことを併せ考えることで舌状片が筒状部分の下側を塞いでいない」というのも、論理的には十分な整合が取れていない。
例えば、六角片を有さない被告製品において、舌状片が既に包装容器の底としての機能を果たしていたとして、「底部分の機能を強化するという課題を解決するために、さらに六角片を追加し、二重底の構造にした」ことで、舌状片の包装容器の底としての機能が失われるということにはならないはずである。仮にこのような論理が通るならば、とりあえず二重底にするだけで特許権の侵害を回避できることになってしまい、これではあまりに特許権者の保護に欠けるであろう。
また、本件発明1は、二重底の構造になっていることまでが発明特定事項によって特定されておらず、底が一重であるか二重であるかは、原則的には、本件発明1の充足性には影響しないはずである。
そして、二重底の構造にすれば底の安定性が上がり、落下防止機能も強化されるであろうことは当業者において当然に認識されるはずであるから、それならば、相対的に舌状片単体に要求される「容器の底」としての安定性が軽減されてもよくなり得ることも認識できるはずであり、舌状片が六角片と同等の落下防止機能を有する必要がなくなることも導くことができる。
これらの事情を総合考量すれば、被告製品における舌状片が本件発明1の「底面片」に相当するといえるには、容器全体としてみたときに、当業者において、その部位が「包装容器の底」の部分として認識されるものであれば、落下防止機能までを有している必要はない、という考えも十分にあり得たのではないだろうか。
その上で、私が、特三和の立場であったならば、六角片が切除されてもなお被告製品が包装容器の形態を保たれていることの証拠として、被告製品から六角片を切除した状態の証拠を提出することを検討するだろう。
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