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判例特許

令和5年(行ケ)第10024号 拒絶審決の取消請求事件(デックスコム vs 特許庁) 

新規事項:明細書に記載のない「単位系」への補正が認められた事例
2024/1/22判決言渡
#特許 #補正 #新規事項

1.概要

 発明の名称を「経皮的分析物センサを適用するためのアプリケータ」とする特許出願(特願2019-570026号。以下「本願」という。)の出願人であるデックスコム・インコーポレーテッド(以下、「デックスコム」という。)が、拒絶査定不服審判の請求及び手続補正書の提出を行ったが、特許庁は、補正が「新規事項の追加」に当たるとして補正を却下した上で拒絶審決をしたため、デックスコムが、補正却下の取消しを含む、審決の取消しを求めた事案である。

 争点は、請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)についての新規性(特29条1項3号)の判断と、請求項17に係る発明(以下、「本願発明2」という。)についての新規事項追加の判断にある。本記事では「本願発明2についての新規事項追加」を取り上げる。

 本願発明2の補正前後の請求項は以下となる(なお、以降は補正後の請求項を「本願補正発明2」という。)。

本願発明2(請求項17)
 前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。

本願補正発明2(下線太字が補正部分)
 前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in24h未満または1グラム/100in未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。

 本件では、補正前が「グラム/100in」であった単位系が、補正によって「グラム/100in24h」となった点が問題となった。本願明細書には、「/24h」つまり24時間(1日)あたりであることが記載されていなかったからである。前審審決で、特許庁は以下のように判断した。

特許庁の判断(判決より抜粋)
「本願明細書…の記載に照らしても、…「10グラム/100in2未満」または「1グラム/100in2未満」との数値限定が「24h」(24時間)当たりの値であることは、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」(以下「当初明細書等」という。)には記載されていない。また、「水蒸気透過率」において「グラム/100in2」で示された値を直ちに「24h」(24時間)当たりの値であるとみるべき技術常識があるわけでもない。
 してみると、本願発明2に係る本件補正は、当初明細書等に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであり、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない。」

 審決に対して、本件でデックスコムは、以下のように反論した。

デックスコムの反論(判決より抜粋。下線は付記)
「(1)ア 本願の優先日(平成29年6月19日)より前から、「水蒸気透過率」の単位として「グラム/100in2/24h」が用いられることは、技術常識であり(甲5~8)、JIS K 7129-1においても、プラスチックフィルム及びシートの水蒸気透過度の求め方が規定され、当該規格において、水蒸気透過度は「24時間に透過した面積1平方メートル(m2)当たりの水蒸気のグラム(g)で表した質量[g/(m2・24h)]で表す」と定められている(甲9)。
 当業者であれば、本願の優先日の時点における技術常識に照らして、本願明細書…に記載された水蒸気透過率の単位「g/100in」が、「g/100in/24h」であることは自明であると思料するから、上記の点に係る本件補正は、新規事項の追加に当たらない。
 イ 本願の優先日より前に発行された文献であって、本願補正発明に係る医療機器に関連するものにおいては、水蒸気透過率の単位として、「/24h」や「/日」が一般的に使用されている(甲12、13)。
 (2) 仮に本願明細書の【0051】及び【0144】に記載される、「10グラム/100in未満もしくは好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の物質」の水蒸気透過率の単位が「/hour」である可能性があったとしても、「10グラム/100in/hour未満」の数値範囲に「10グラム/100in/day未満」の数値範囲が含まれるから、本願発明2に係る請求項を、「10グラム/100in/24h未満または1グラム/100in/24h未満の水蒸気透過率」とする本件補正は、本願明細書に記載された範囲内のものである。」

 デックスコムの主張に対し、特許庁は「様々な技術分野において、本願の優先日より前から、水蒸気透過率の単位時間として、「24h」(24時間)ではなく、「1h(1hr)」(1時間)が用いられており、水蒸気透過率の単位時間が全て「/24h」ではないことが明らかであって、単位時間を省略する場合は「/24h」であるという技術常識があるものではない。そうすると、本願明細書の「グラム/100in」が「グラム/100in/24h」であることが自明であるとはいえない。」と反論したが、知財高裁は、以下のように理由を述べて、特許法17条の2第3項の要件を満たさないと判断した本件審5 決には誤りがあると判断した。

知財高裁の判断(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「ア(ア) 本願発明2に係る特許請求の範囲の記載…からは、「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」が封止要素を構成する材料であると理解することができるものの、その余の特許請求の範囲の記載を踏まえても、上記の水蒸気透過率の単位が24時間単位であることをうかがわせる記載はない。
 (イ) 次に本願明細書をみると、封止要素の水蒸気透過率については、…例として、「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」又は「10グラム/100in未満もしくは好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の物質」との記載がされている。しかし、これらの記載においても当該任意の材料の水蒸気透過率が24時間単位のものであるかは判然としない。したがって、本願明細書の記載からは、…当該任意の材料の水蒸気透過率を示す「10グラム/100in」又は「1グラム/100in」との記載が24時間単位であることを意味するものとは直ちに認めることはできない。
 イ 本願の出願日当時の技術常識について検討するに、平成20年3月20日改正の日本工業規格「プラスチック-フィルム及びシート-水蒸気透過度の求め方(機器測定法) JIS K 7129」(甲9)には、エンボスなどのない表面が平滑な、プラスチックフィルム、プラスチックシート及びプラスチックを含む多層材料の感湿センサ法、赤外線センサ法及びガスクロマトグラフ法による水蒸気透過度の求め方について規定した規格について、「水蒸気透過度は、24時間に透過した面積1平方メートル当たりの水蒸気のグラム数〔g/(m・24h)〕で表す。」との記載があることが認められるが、本願発明2においては、封止要素の材料はプラスチック又はこれを含むものに限られるものではなく、また、水蒸気透過度の測定方法も特定されていないから、上記日本工業規格をそのまま本願発明2に適用することができるということはできない。
 また、本願の出願日以前に公開されていた文献には、シートやフィルム等の水蒸気透過度について、…24時間又は一日当たりの値を示すものがある一方で、…1時間単位の値が用いられているものもみられるから、本願の出願日当時、水蒸気透過率について24時間単位で表すことが通常であったということはできない。原告は、医療分野では24時間又は一日単位が一般的に使用されていると主張するが、そうであるとしても、前記の各文献における使用例に照らすと、本願の出願日当時、医療分野において、水蒸気透過率を表す場合に時間単位が用いられることはなかったということはできない。
 そうすると、当業者が、本願発明2に係る特許請求の範囲及び本願明細書の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載をもって、「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」を意味するものと当然に理解するとは認められない…。
 ウ もっとも、前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」又は「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」となる。
 そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。」

2.雑感

全体的な結果について:結論納得度?% 判断納得度0%

 率直な意見を言えば、本件の知財高裁の判断はいくつかの大きな問題を抱えている。そのため、知財高裁の判断の仕方そのものに合理性を見ることはできたが、判断の仕方については反対である。

 本件でされた補正は「/24h(24時間あたり)」という、明細書に記載されていない「単位系」に発明を特定するものである。一般的に考えれば、明細書に記載されていない単位系に発明内容が変わることは、そこに記載されている技術内容そのものが変わるということであろう。
 よって、それだけを聞けば「そのような補正が許されるわけがない」と思うのが自然かもしれない。しかしながら、本件では補正が認められている。

 原告であるデックスコムは、複数の根拠に基づいて、補正が新規事項の追加に当たらない旨を主張したが、知財高裁は、デックスコムの主張に対して一つ一つ丁寧に答えていき、その全ての主張を採用しなかった。そして、知財高裁は独自に判断を行い、補正が新規事項の追加に該当しないとの結論を導いた。

 最初に断言しておくと、本件は、デックスコムの「仮に水蒸気透過率の単位が「/hour」である可能性があったとしても、「10グラム/100in/hour未満」の数値範囲に「10グラム/100in/day未満」の数値範囲が含まれるから、本願発明2に係る請求項を、「10グラム/100in/24h未満または1グラム/100in/24h未満の水蒸気透過率」とする本件補正は、本願明細書に記載された範囲内のものである。」との主張が容れられたわけではない。

 確かに、知財高裁の判断の中にも、これと同じような記載はあるが、本質的には、デックスコムの主張と知財高裁の判断は全く異なるものといえるだろう。以降の考察ではまず、両者の主張の違いを明らかにしながら、知財高裁の判断ロジックについて説明する。

 一方で、最初に述べたように、知財高裁の判断にはいくつかの問題がある。本件の知財高裁をみていると、「新たな技術的事項を導入するものでない」という新規事項の判断基準に振り回され、新規事項の補正要件は、混沌とした森の中を彷徨っているようにすら感じられる。新規事項の条文は、半ば機能不全に陥りかけているのかもしれない。

 この点についての私なりの見解と、また、本件はどのように判断されるべきであったかについての意見も併せて述べることとする。

3.本件のより詳細な考察

3-1.知財高裁の判断ロジック

 さて、結論は、明細書には「グラム/100in」としか記載されていなかった単位系を、請求項において「グラム/100in/24h」とする補正が認められたというものであるが、知財高裁はこの結論をどのように導いたのか。順を追って見てみよう。

 まず、デックスコムは、補正が認められるべき理由として、以下の(イ)から(ハ)の主張を行った。
 (イ)技術常識の主張
  JIS規格を持ち出し、24時間単位であることが自明であると主張した。
 (ロ)一般的な使用
  優先日前の文献には、24時間単位の単位系が一般に用いられている
 (ハ)1時間単位であっても数値範囲内の補正(予備的主張)
  1時間単位であったとしても、24時間単位はその数値範囲内に含まれる

 また、これらの主張に対し、知財高裁は一つ一つ採用の是非を判断している。

 知財高裁は、(イ)、(ロ)、(ハ)のそれぞれを検討する前にまず、「請求項の記載」及び「明細書の記載」について認定する。
 具体的に「特許請求の範囲の記載から単位が24時間単位であることをうかがわせる記載はなく」「本願明細書の記載においても24時間単位であるかは判然としないため、グラム/100in」との記載が24時間単位を意味するものと直ちに認めることはできない。」と判断している。
 つまり、本願の記載中に、24時間単位であることを直接導くことのできる材料はない、ということを第一に明らかにしている。

 その上で、(イ)の技術常識の主張に対しては、「日本工業規格JIS K 7129は、プラスチックフィルム、プラスチックシート及びプラスチックを含む多層材料の規格であり、一方で、本願発明2は、これに限られるものではないから、上記規格をそのまま本願発明2に適用することができるということはできない。」として、デックスコムの主張を容れなかった。
 しかし、(イ)の主張については、JIS規格の記載そのものの証拠力を否定しているわけではなく、規格は「プラスチック」のものなのに、請求項は「プラスチック」に限定されていないことを指摘している。よって、請求項(本願発明2)において「任意の材料」ではなく「プラスチックを含む多層材料」とされていれば、デックスコムの主張が認められた可能性はあっただろう。

 次に、(ロ)の一般的な使用に対しても、「文献には、24時間又は一日当たりの値を示すものがある一方で、1時間単位の値が用いられているものもみられるから、24時間単位が通常であったということはできず、また、24時間単位が一般的に使用されているとしても、各文献における使用例に照らすと、水蒸気透過率を表す場合に1時間単位が用いられることはなかったということはできない。」として、使用例が混在しているため、24時間単位が一般的な使用にあると否とにかかわらず、24時間単位と解することはできないとしてデックスコムの主張を容れなかった。

 そして、これらの判断から、知財高裁は「特許請求の範囲及び本願明細書の記載をもって、「グラム/100in/24h未満」を意味するものと当然に理解するとは認められない」と判断している。つまり、知財高裁は、デックスコムの主位的な主張については全て否定したのである。

 一方で、ここから知財高裁は、当事者の主張から離れた別の論理を展開する。

「もっとも、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことは通常であると認められるため、「グラム/100in/h未満」又は「グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することは当業者に自明である

 このように、解釈が2つの選択肢に絞られることを述べた上で、以下のように判断した。

「1グラム/100in/h未満」を24時間単位に換算すると「24グラム/100in/24h未満」となり、そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。」

 知財高裁の判断は、①「本件補正発明2が、補正前の本願発明2の特許請求の範囲に比してどうなっているか」及び②「限定による技術的意義の有無」の2つの考量要素に基づくものである。

 そして、①では「本件補正発明2が、補正前の本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲となっていること」を特定し、②では「限定によって何らかの技術的意義があるとはいえないこと」を認定して、「新たな技術的事項を導入するものではないという結論を導いた。

 ここを詳細に見てみれば、知財高裁の採った判断ロジックが、デックスコムの主張と本質的には異なっていることがわかる。

 デックスコムの(ハ)の主張は、簡単に言えば「1グラム/h=24グラム/24hであるから、1グラム/24h未満は1グラム/h未満(=24グラム/24h未満)の数値範囲に含まれている」というもの、つまり、もとの数値範囲から、この数値範囲に含まれている一部の数値範囲へと補正をしたため新規事項の追加に当たらないというものである。

 この主張、一見すると筋の通っていそうな論理のようにも見えるかもしれないが、よくよく考えてみれば、採用できないことは当然といえよう。

 デックスコムの主張は「減縮補正だから新規事項の追加ではない」というものに他ならないからである。減縮補正であれば、どのような補正も新規事項の追加に該当しないなどと言えないことは明らかであり、減縮補正であることから直ちに新規事項の追加でないことを導くことはできない。
 このことは、「数値範囲」を減縮する場合であっても同じであろう。つまり、ある数値範囲をその一部の範囲へと減縮する補正は、これによって、何らかの技術的特徴を有する可能性がある以上、本願明細書に記載されていない数値範囲へと減縮する補正も、自由に認めてよいとはいえないはずである。

 本件で知財高裁が「限定による技術的意義の有無」を考慮したのは、まさに、デックスコムの主張の不完全さを補おうとするものと考えられる。

 分かり易く言えば、デックスコムが「減縮補正であること」を根拠としたのに対し、知財高裁は規範に立ち返って「新たな技術的事項を導入しないこと」を根拠とした点に、両者の本質的な違いがあるといえる。

 知財高裁は、「/24h」か「/1h」かのいずれかを意味することが自明であるとして、解釈の候補を2つに絞り、「本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたもの」とした。その上で「限定により何らかの技術的意義があるとはいえない」としたが、ここで注目すべきは「限定により」との文言である。

 本願補正発明2が本願発明2と同じ場合、補正の前後で権利範囲は限定されない。本願権利範囲が限定されたといえるのは、補正発明2が狭い範囲となった場合だけであるから、②の「限定による技術的意義の有無」の考量要素は、減縮補正の場合において、さらに判断された事項ということができる。

 「権利範囲を狭くする補正であり、その補正に技術的な意義はない」

 このような理由から新規事項を判断するケースに見覚えはないだろうか。この論法は「除くクレーム」を判断するときに、よく見る判断ロジックである。「除くクレーム」は、全体の権利範囲から一部を除くものであるため、その補正の性格は「権利範囲を狭くする」ものとなる。

 知財高裁は、2つの解釈のうち、本願補正発明2が減縮補正に該当する場合については、「除くクレーム」と同視(元の数値範囲から一部の数値範囲を除いた「除くクレーム(内的除外の類型)」と同視)して、「新たな技術的事項を導入するものか」を判断したものと推察することができよう。

 このように、知財高裁は、2つの選択肢のそれぞれについて「新たな技術的事項を導入するものか」を判断したと考えられる。言い換えれば、「選択肢とされる解釈の中からどの解釈を採ろうとも、補正が新たな技術的事項を導入するものではない」ことを根拠として、補正を認めたのである。本件では解釈は2つの候補に絞られたが、この論理自体は、候補が3つであってもそれ以上であっても、候補の数に依存するものではない。

 いわば、補正が新規事項の追加にあたるか否かを、候補となる解釈に対して「総当たり」で判断し、いずれの解釈からスタートしても当該補正が新たな技術的事項を導入するものでないならば新規事項の追加にはあたらない、という判断ロジックを採用したものということができる(これを「総当たり判断手法」と呼ぶこととする。)。

 例えば、ある発明特定事項に関し、妥当な解釈の候補がα~γの3通り考えられたとする(これらの解釈はいずれも明細書に直接記載されていない)。
 このとき、解釈γへと補正することが許されるか否かは、その発明特定事項を解釈αと解した場合、その発明特定事項を解釈βと解した場合、その発明特定事項を解釈γと解した場合の3通り全てで判断し、いずれの場合であっても、新たな技術的事項を導入するものでないといえるか否かで判断する。これが「総当たり判断手法」である。

 まず、その発明特定事項を解釈γと解した場合には、補正前の発明はもともと解釈γであるが、これが明記されていないだけとなるため、補正の前後で同じ発明といえる。
 次に、補正前の発明がもともと解釈αであるとした場合には、「解釈α→解釈γ」と補正することになるため、解釈αから解釈γへの「補正」が新たな技術的事項を導入しないものと言えるかを判断する。
 同様にして、補正前の解釈が解釈βであれば、解釈βから解釈γへの「補正」が新たな技術的事項を導入しないものと言えるかを判断する。

 全ての補正において新たな技術的事項が導入されないのであれば、発明特定事項がαからγのどれに解釈されようとも、解釈γへの補正が認められない場合はないため、これを以て解釈γへの補正は認めてよいはずである、というのが知財高裁の示した論理的な根拠といえるだろう。

3-2.本判決が抱える問題

(イ)判断の妥当性

(1)明確性の犠牲

 さて、私は、本件の知財高裁の判断ロジックには合理性が見い出せる、と述べた。

 確かに、全てのケースを想定して、いずれのケースであっても新規事項の追加とならないような補正は、新規事項の追加に該当しない、というのは論理的には成立する。

 しかし、この論理は、大前提として、「想定される複数の解釈のそれぞれを想定(選択)する」という手段を採ることの「正当性」が認められて初めて成立するのではないだろうか。

 そもそも、「想定される複数の解釈の中から、任意に解釈を選択する」という行為は適切といえるか。
 これが適切でないとしたら、「任意に解釈を選択することを、全ての解釈の候補について繰り返す」という行為の正当性もなく、よって、前提としての「想定される複数の解釈のそれぞれを想定(選択)する」という手段の「正当性」も認められないこととなる。

 ここで問題となるのは、発明の「明確性」との衝突である。

 本件で知財高裁は、「水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」又は「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。」と述べた。

 これは、言い換えれば、本願発明2の記載は「解釈Aか解釈Bのいずれかであること」までしか自明ではない、つまり、解釈Aであるか解釈Bであるかは、依然として明らかではなく、この点についての発明の「明確性」は認められないということである。

 それにもかかわらず、本件の補正を認めることで、少なくとも明細書の記載からは「1時間単位又は24時間単位のいずれであるかが不明である」はずの発明に対して、請求項上は「24時間単位」であることが明確な発明となり、結果として、開示の上では不明確であった発明を、権利の上では明確にすることができてしまっている(あったはずの明確性の問題が治癒されてしまっている)

 そして、明細書において不明確であった事項が、請求項において明確になるというのは、明細書に記載された事項にはない、「新たな技術的事項を導入すること」に他ならないのではなかろうか。

 そうすると、不明確な文言に対し、候補とされる全ての解釈のそれぞれについて、「新規事項の追加」に当たるか否かを判断し、新規事項の適法性を判断するというのは、正当性を欠いた便法(詭弁)のようにも思える。

(2)「技術的意義がない」ならば請求項を削除しても実害がない

 知財高裁は、「この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえない」と判断した。「この限定」とは、「1グラム/100in/h未満(1時間単位)から1グラム/100in/24h未満(24時間単位)とする限定」である。

 本件において、1時間単位から24時間単位とする限定に技術的な意義がないといえるならば、24時間単位から1時間単位とする拡張にも技術的な意義はないといえるだろう。そうすると、水蒸気透過率の値が「1時間単位」であるか「24時間単位」であるかについては、本願発明において技術的な意義はないと解したことになる。

 どちらの解釈にも技術的な意義が無いのであれば、そのような「発明特定事項」は、特段、発明性(新規性/進歩性)の判断に影響しないはずである。

 それならば、本件補正発明2は従属項であり、請求項を削除しても独立項は存在するのであるから、従属項を削除することに何らかの実害があるとはいえず、上述した明確性の問題がある以上は、請求項を削除すべきではなかったか。

(3)「減縮」なのか「実質的な変更」なのか

 本件の知財高裁は、「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」から「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」とする補正について、「補正前の特許請求の範囲の記載よりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたもの」と評価した。

 しかし、水蒸気透過率が24倍も異なるような発明を、単なる減縮と捉えてよいのであろうか。
 感覚的には、水蒸気透過率が「240グラム/100in/24h」である発明と「10グラム/100in/24h」である発明は、実質的に異なる発明になり得るようにも思える。

 たとえば、「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」においては、「24グラム/100in/24h未満」が好ましい範囲であるはずだが、「10グラム/100in/24h未満」という数値範囲は、好ましい範囲であるはずの「10グラム/100in/24hを超え、24グラム/100in/24h以下である」数値範囲を捨象する。

 つまり、後者の補正は、前者において「好ましい」とされた数値範囲の一部を、権利範囲から外しており、言うなれば、「好ましくは24グラム/100in/24h未満」であるはずの発明を否定している。この点をみれば、発明として説明されていた内容(24グラム未満が好ましい)を実質的に変更してしまっていると捉えることもできる余地がある。

 また、当業者において、水蒸気透過率が24倍違うことが、発明の評価にどのように影響するのかによっては、これらが実質において、異なる発明となっていることは十分に考えられる。そして、このような事情については、「本件発明における技術的意義の有無」だけで判断しきれるものでもないだろう。

 例えば、当業者において、「水蒸気透過率が10グラム/100in/24h未満である」という条件は、それなりに厳しい条件である一方で、「水蒸気透過率が240グラム/100in/24h未満である」という条件は、およそどのようなものであってもその範囲に収まってしまうような必然的な条件であったとする。

 このような場合には、これらの条件の有する意味合いは全く違ったものであり、第三者における権利侵害の回避容易性にも大きな影響を与えるものであるため、どちらであるかによって、権利侵害の予測可能性に甚大な影響を与えかねないだろう。
 このことは、本件発明において、水蒸気透過率に技術的な意義が有るか否かによらないことであり、かつ、第三者に不測の不利益を及ぼしかねないことでもある。

(ロ)「発明開示」機能への影響

(1)「解釈」を特定しない(記載しない)方が得をする?

 本件のように、たとえ、明細書に記載されていなくても、「総当たり判断手法」によって「解釈の候補を挙げ、いずれの解釈からスタートしても新規事項の追加に当たらないといえるような補正」であれば認められるとすると、明細書に記載をしていなかった者に対し、明細書に記載していた者には認められていない「後出しの権利」が発生することにならないか。

 たとえば、本件明細書に、水蒸気透過率が「1時間単位である」ことが明記されていたとする。

 この場合に、特許庁や裁判所は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」という開示があるにもかかわらず、何ら記載されていない「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」への補正を認めたであろうか。

 「1時間単位である」ことが明記されている以上、何の根拠もなく、この数値範囲を24時間単位にする(=1/24にする)ことを、「この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえない」という理由だけで認めるだろうか。
 発明者が「1時間単位である」と言っている以上、これを減縮に当たる任意の範囲に変更することは、特許出願(明細書)における発明の開示機能を損なわせるものといえないだろうか。
 そうだとしたら、明細書に記載をしていた者には認められなかった「1時間単位→24時間単位」への補正が、本件のように明細書に記載をしていなかった者に認められることにもなり得よう。(これが認められないとなると、本件の結論を導いた論理そのものが破綻する。)
 確かに、本件は見かけ上、「1時間単位」であった発明から「24時間単位」の発明へと補正がされているわけではなく、時間単位が記載されていなかった発明から「24時間単位」の発明へと補正されたものであるが、この補正が認められるには「1時間単位→24時間単位」への補正が「新たな技術的事項を導入するものではなく」、新規事項の追加には当たらないと認められることが前提なのである。

 また、本件明細書に記載をしなかった者は、本件のように、その後の紛争の場において、「1時間単位」を主張するか「24時間単位」を主張するかを選択できることになる。
 例えば、JISのような規格を持ち出して「解釈A」であることを主張したり、本件のような総当たり判断手法を用いて「解釈B」であることを主張したり、その時々の都合に応じて、主張を展開することが可能となる。

 明細書に記載しないというのは、本質的には、発明の「明確性」を下げる行為であるにもかかわらず、記載しないでおく方が、後々、好きに主張することができるというのは、記載をしなかった者(より不誠実な対応をした者)の方が、記載をした者(より誠実に対応した者)よりも優遇されることとなり、実態として望ましいことといえるのか疑問である。

(2)「数値範囲」を記載しない方が得をする?

 本件では、「1時間単位」か「24時間単位」かという二つの選択肢のうち、「24時間単位」への補正が認められた事例であるが、知財高裁の採った理論は、これに限られるものではない。

 「1時間単位」からスタートしても「24時間単位」からスタートしても、減縮になっており、かつ、技術的意義がないと言えればよいのであるから、30時間単位でも、50時間単位でもよいことになるだろう。
 24時間よりも大きな時間単位であれば、補正前の本願発明2の特許請求の範囲の記載よりも狭い範囲となるから、技術的意義があるといえなければ、24時間よりも大きな時間単位で任意の時間単位に補正することが許されるはずである(そうでなければ、論理的におかしいことになろう)。

 また、本件では「10グラム/100in未満」という数値を選択したが、本件で知財高裁が認めた論理を採用するならば、「100グラム/100in未満」という数値を選択する方がよい。なぜなら、「100グラム/100in未満」と書いておけば、これよりも狭い範囲の補正は、技術的意義がない限りは認められ、よって、後から「10グラム/100in未満」とすることができるからである。

 このように、濫用的な補正を許容してしまう論理は、発明を適切に開示しようとする意欲を削ぐことになるだろう。実際には「10グラム/100in未満」という数値が適していたとしても、権利範囲としてはより広範な「100グラム/100in未満」を書いておく方がメリットが生じてしまうというのでは、誰も、適切な数値範囲を開示しようとしなくなる。

3-3.本件で知財高裁が採るべきであった判断手法

 上述したように、本件で知財高裁が採用した「総当たり判断手法」は、正当性を欠いた便法と評価すべきであろう。

 いずれの解釈を採っても「新規事項の追加」には当たらないから、いずれの解釈を選択しても(いずれの解釈からスタートしても)よいというのは、「新規事項の追加」を判断するための前提条件が「新規事項の追加に当たらない」という結果から認められるものであり、まさに本末転倒というべきである。

 もう少し俯瞰して、問題の本質を捉えることを試みれば、別の視点から補正の適否が判断できたのではないか。

 本件は、「1時間単位又は24時間単位のいずれかであることは明白であり」、「1時間単位又は24時間単位のいずれであるかは不明確である」発明が開示され、このような発明の開示に基づいて「24時間単位であることが明確である」発明を認めてよいか、という問題に過ぎない。

 つまり、本質から捉えれば、本件の補正の適否の問題は、請求項に「水蒸気透過率の値は、1時間単位又は24時間単位の値である」と記載することを認めてよいか、という点に集約されるものと考えられる。
 なぜならば、仮に、請求項において「水蒸気透過率の値は、1時間単位又は24時間単位の値である」という記載が認められるならば、この記載が認められている以上、これを「24時間単位」に限定したとしても、1時間単位又は24時間単位という二つの選択肢の一方を選択しただけであり、このような補正は何ら問題がないといえるからである。

 よって、技術常識として「1時間単位又は24時間単位のいずれかである」ことが明白ならば、目を向けるべきは「24時間単位とする補正」ではなく「1時間単位又は24時間単位であるとする補正」であったように思う。

 これが認められれば、その結果として「24時間単位とする補正」も認められる一方で、認められないならば、その結果として「24時間単位とする補正」も認められない(「A又はB」とする補正すら認められないのに、「A」とする補正が認められることもない)と判断できる。

 そして「1時間単位又は24時間単位のいずれかであること」が当業者の技術常識だからとって、発明の特定に、技術常識をそのまま適用できるとは限らない。本件発明における水蒸気透過率が「1時間単位又は24時間単位のいずれでもよい」といえるか否かの判断が必要になろう。(「いずれかである」と「いずれでもよい」の違いに注意)

 当業者が本件発明を理解する上で、明細書に示された水蒸気透過率の値が「1時間単位又は24時間単位のいずれであってもよい」と認識できるならば、技術常識として解釈の候補は二つしかないため、当業者は、本件発明においては二つの解釈のいずれかが選択されるものと理解することができる。
 そうすると、「水蒸気透過率の値は、1時間単位又は24時間単位の値である」という発明特定事項も、当業者が、出願当時の技術常識を踏まえて、本件明細書の記載から認識できる事項(当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項)なのであるから、新たな技術的事項を導入するものとはいえず、新規事項の追加には当たらないといえるはずである。

 また、「1時間単位又は24時間単位のいずれであってもよい」発明ならば、「1時間単に又は24時間単位である」という程度で、発明は「明確である」といえ(第三者に不測の不利益はないといえ)、上述した「明確性」との衝突も解消される。

 また、1時間単位とみるか、24時間単位とみるかによって、本件発明に対する当業者の評価が異なってしまう(=実質的に異なる発明同士になってしまう)ことは、「1時間単位とみればよいか24時間単位とみればよいか」の判断がつかない事情といえるであろうが、上述した「10グラム/100in未満」という数値が、1時間単位であれば厳しい条件を定めることになり、24時間単位であれば必須の条件を定めることになるといった事情の有無は、この判断の中で考慮することもできよう。

 また、「水蒸気透過率の値は、1時間単位又は24時間単位の値である」という発明特定事項を認めた上で「24時間単位」とする補正を認めるならば、「技術的意義がないと言えれば30時間単位でも50時間単位でも補正が認められてしまう」という結果にもならない。「A又はBである」というのは、少なくともAかBしか選べないことを特定しているからである。

 なお、本件発明に対する評価が異なるか否かの判断にあっては、本件発明の本質的部分に対して「水蒸気透過率の値」がどの程度影響するものといえるかが重要な判断要素となるだろう。従って、「水蒸気透過率の値が1時間単位であること」と「水蒸気透過率の値が24時間単位の値であること」との間の技術的意義の相違についても、この判断の中で考慮することができる。(なお、「1時間単位から24時間単位と限定することの技術的意義」ではないことに注意)

 このように、本質的に捉えれば、本件の問題(争点)は至ってシンプルであり、このような判断をしていれば、上述した問題も解消されるように思える。

 昨今は、「除くクレーム」が争点となる裁判が増えており、裁判所も、新規事項の追加の判断においては、「除くクレーム」における判断の仕方に頭が支配されてしまっているようにも思える。そしてそのことが、本件のように、本質からずれた「総当たり判断手法」という便法に知財高裁を走らせてしまった要因となっているかもしれない。

 忌憚なき意見を言わせてもらえば、本件の知財高裁は、いたずらに、「除くクレーム」で用いられている、「減縮+技術的意義の有無」の判断手法を取り入れ、総当たり的に新規事項の追加にあたるかを判断するような便法を採るのではなく、問題の本質はどこにあるのかを見極め、その問題の解決を図るために必要な論理を考えるべきであっただろう。

4.本件の学び

 さて、本件(及び考察)からは「総当たり判断手法」という考え方を学ぶことができ、この考え方には合理性があるため、場面を間違えなければ、このような判断手法があることを頭の片隅に入れておくことは有益といえよう。

 しかしながら、本件で「新規事項の追加」の判断にこの手法が採用されたことについては、私個人としては間違った使い方であると考えているため、本件の学びは、具体的な実務(新規事項の判断)に活かせるレベルにまで落とせるものではないと判断している。

 よって、「総当たり判断手法」については、具体的な実務内容と紐付けた形で「学び」とすることはせず、「特許実務のすすめ」にも載せないこととする。

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