意匠該当性: 動的意匠の意匠該当性が否定された事例(生ジョッキ缶事件)
2024/12/19判決言渡 判決文リンク
#特許 #サポート要件
0.初めに
まず初めに、本件のアサヒビール株式会社(以下、「アサヒビール」という。)の取り組みに対して、私は賞賛を送りたい。非常に素晴らしい取り組みであると思うし、どういった形で自らの生み出した良い商品を知的財産により守れるかを探求し、前例がなくても可能性があれば権利の保護を図ろうとするチャレンジ精神は、新たな未来を切り拓くために必要である。
生ジョッキ缶(※標準文字ではないが登録商標あり)を保護するため、特許だけでなく、その発砲の挙動を「意匠」から保護しようとする試み、そして、その要保護性を信じ、取消訴訟まで行う姿勢は、意匠法という法律の課題や新たに必要な法整備の問題などを投げかけ、この先の進歩に繋がるはずである。
私個人の思いとしては、最高裁で扱うべき事案であり、要保護性について踏み込んで判断をして欲しいと切に願うところである。生ジョッキ缶の蓋を開けてから泡が膨らむ挙動は、ビールを飲む者にとって新鮮であり、そこに「美感」を覚える者がいるであろうことは間違いないだろう。要保護性の観点から、本件のような意匠を何らかの形で保護してあげるべきか、産業発達への寄与という法目的も踏まえて判断すべきであると思う。
1.実務への活かし
・権利化 #意匠性 #動的意匠
<判決より抜粋(下線はポイント部分として付記)>
意匠法6条4項に定める動的意匠のうち物品の形状が変化するものについて、その物品の形状は、変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品としての要件、すなわち物品の属性として一定の期間、一定の形状があり、その形状認識の資料である境界を捉えることのできる定形性があり、その変化の態様に一定の規則性があるか変化する形状が定常的なものであることが必要であると解される。
2.概要
本件は、アサヒビールが意匠登録出願した意願2022-000060(意匠にかかる物品「容器入り飲料」。以下、「本願意匠」という。)に対し、「意匠法第2条第1項に規定する意匠を構成するものとは認められない」とする拒絶理由が通知され、拒絶査定不服審判でも覆らなかったために、審決の取消しを求めた事案である。
本件で知財高裁は、取消しを認めず、アサヒビールの請求を棄却した。
本願意匠は動的意匠であり、争点は動的意匠としての意匠該当性である。願書には、未開栓の閉蓋状態の写真と、開栓後の発砲状態の変化を示す10枚の写真と、発砲後の状態を示す開蓋状態の写真が添付されていた。
発泡状態の経時的な変化によって、動的意匠の要件が充足するか。
本件知財高裁は、
「意匠法6条4項に定める動的意匠のうち物品の形状が変化するものについて、その物品の形状は、変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品としての要件、すなわち物品の属性として一定の期間、一定の形状があり、その形状認識の資料である境界を捉えることのできる定形性があり、その変化の態様に一定の規則性があるか変化する形状が定常的なものであることが必要であると解される。」
との判断基準を示した上で、
「発泡状態の変化を示す開蓋後の平面図1ないし3において、缶周縁に帯状となった気泡の幅は一定ではなく、その輪郭形状もいびつな円形であり、その過程において、気泡による帯の幅が増した箇所がある一方で、消滅ないし減少した箇所がある。また、中央部の白い部分が消えて、白い気泡の小さな集合が不規則に散在する状態になった後、円環形状の径が漸次的に狭まっていくものの、輪郭形状の径が狭まる進行の度合いも場所により一定ではなく、形状も円ではなくいびつな形状を示した後に、2段の円錐台形状に至る。このような気泡の発生及び消滅の状況は、上記意匠ないし動的意匠の要件である一定の期間、一定の形状を有し、境界を捉えることのできる定形性があるものとみられないほか、変化の態様に一定の規則性があるか、あるいは変化の形状が定常的であるとも認め難いものである。」
と述べ、本願意匠は意匠登録を受けることのできる意匠には該当しないと判断した(動的意匠としての意匠該当性を認めなかった)。
3.雑感
3-1.判決についての感想
全体的な結果について:結論納得度?% 判断納得度0%
本件は、アサヒビールにとって残念な結果となったが、結果の妥当性については何ともいえないところである。今回は、私自身も頭の整理が不十分な状態だが、感じたことを書き連ねていきたいと思う。
逐条解説にも記される通り、意匠法は「美感の面からのアイデアを把握し、これを保護しようとするもの」である。加えて、意匠と産業発達との関係について「優れた意匠を商品に応用することによって需要が増加し、産業の興隆が実現される場合がある」や、「優れた意匠が同時に技術的に優れている場合もあり、技術の進歩ひいては産業の発達が意匠そのものによって直接に実現される場合がある」などと述べられている。
アサヒビールの「生ジョッキ缶」は、蓋を開けると生ビールのように泡が出てくるものであり、缶ビールによってジョッキに注がれた生ビールを再現しようとするものである。そして、生ジョッキ缶の最大の特徴は、やはり蓋を開けた時の泡の挙動である。
泡が溢れてくる様子は、その視覚的効果によって需要者を刺激する。需要者の中には、蓋を開けて泡の様子を見て楽しむ者もいるだろう。つまりは、缶から泡を出させるという視覚的なアイデアによって、需要を呼び起こしているのであり、その意味で、「泡の挙動を缶ビールに応用することによって需要が増加し、産業の興隆が実現されている」といえ、缶から泡を溢れさせるという挙動は、技術的にも優れており、「挙動そのものによって技術の進歩が実現されている」とも言いうるかもしれない。
泡が溢れてくる挙動は、視覚的な効果を与える一方で、技術的・機能的な側面からの効果(例えば味が美味しくなるなどの味覚的な効果)は薄いように思う。中身のビールの味は泡を溢れさせたところで変わらないだろうし、最初に泡を啜りたい人はいるかもしれないが、コップに注げばよいだけである。つまり、この挙動の狙いは、味覚的効果よりも視覚的効果にあると考えることができる。
視覚的に需要者の美感に訴えかけるという意味では、「生ジョッキ缶」は意匠法の法目的を達成しており、その意味では保護の対象と為り得る資格があるのかもしれない。
しかし、打ち上げられた花火の模様が意匠登録できないように、美感に訴えかけさえすれば何でも意匠権で保護できるわけではない。
意匠法は、いくつかのアプローチによって、保護対象を制限する。有体物、視認性、市場流通性、工業生産性などが挙げられるが、物品としての要件である定形性もその一つである。
本件では、動的意匠の物品としての要件が争点となり、知財高裁は上述した判断基準を下した。また、本件知財高裁は、判断基準を示すにあたり、動的意匠に関する規定、意匠法6条4項制定の過程からアプローチを行った。この点を理解するためには、法解釈の判断の仕方として「立法者意思説」と「法律意思説」の二つの考えがあることを知らなければならない。
立法者意思説(主観説)は、立法者の意思に重きを置いて法律解釈を行うものである。一方で、法律意思説(客観説)は、立法者の意思ではなく、法の規定の客観的な意味を明らかにすることに重きを置いて法律解釈を行うものである。
法律は人が規定するものである以上、その規定内容から立法者の意思を完全に切り離すことはできない。立法した既定の内容には立法者の意思が入り込んでいるのであり、立法を行った者の意思と全く別物となって適用されるとすれば、それは新たな立法行為に等しくなる。その意味では、法律意思説であっても、完全に立法者意思を排斥するものではないというべきだろう。
そこで重要になるのが、立法者の意思をどこまで尊重するのかという点である。
立法者は、その立法行為時の事情から、どのような法律の規定が必要かを判断し、立法行為を行うことになる。一方で、一度制定された法律は、時代が変化したからといって、臨機的かつ迅速に修正されるものではない。そもそも、法律の内容がコロコロ変わるのは、社会的秩序の安定性の面からも好ましくないだろう。
法律の解釈において、立法者の意思を尊重しすぎることは、その立法者が考慮することのできない未来の変化に柔軟に対応できなくなるというデメリットを生じさせる。そうかといって、立法者の意思を超えた法律解釈は、時に強引な法律解釈を生じさせ、国民の予測可能性を奪うことにもなりかねず、法治国家であり続けるには、法解釈で解決するのではなく、新たな立法によって解決するのが適切といえる場合もあるだろう。(GPS捜査についての最高裁判例(平成28年(あ)第442号)は、GPS操作を刑訴法に規定される「検証」と位置付けることについて疑義を呈しており、立法的措置を採ることが望ましいとされた事件であり、参考となるかもしれない。)
立法者の意思をどこまで尊重するかというのは、言い換えれば、立法者の意思をどのように汲み取るべきか、と捉えることもできよう。そして、この判断は、その法律の目的や性格によっても変わり得るものではないかと思う。
知的財産法は、大きくは自国の産業保護という立法政策から規定される法律である。技術や文化の持続的な発展を目指すのであるから、中長期的な時代の変化にも柔軟に対応できる法律であることが大前提として要求されている。この大前提の要求は、個々の規定における立法者の意思よりも上段に立つものであり、その意味で、この要求に嚙み合わないような立法者の意思までをも尊重する必要はないという考えも、決して外れたものではないはずである。
その法律の目指す姿を前提とした上で、その法律の規定における立法者の意思の核心的部分を汲み取ることが、法律を解釈する上で重要ではないかと私は考える。
本件知財高裁は、判決文において以下のように論理を展開した。(かなり長文であり、後記で整理しながら必要なところを挙げるため、ここは一度読み飛ばして、適宜参照する方がよいと思う。)
裁判所の判断(判決文からの抜粋)
「2 動的意匠について定める意匠法6条4項の解釈について
⑴ 動的意匠につき定める意匠法6条4項は、「意匠に係る物品の形状、模様若しくは色彩、建築物の形状、模様若しくは色彩又は画像がその物品、建築物又は画像の有する機能に基づいて変化する場合において、その変化の前後にわたるその物品の形状等、建築物の形状等又は画像について意匠登録を受けようとするときは、その旨及びその物品、建築物又は画像の当該機能の説明を願書に記載しなければならない。」と規定している。
一方、二以上の物品等で構成される物品等の意匠につき、これらを一意匠として出願をして意匠登録を受けることができる場合について、組物の意匠(意匠法8条)は組物全体として一意匠として出願をし、意匠登録を受けることができる旨が明確に規定されており、これと同旨の規定は、内装の意匠(意匠法8条の2)についても置かれている。これらは、一意匠一出願(意匠法7条)の原則の例外として、それぞれ別途規定が置かれたものであるところ、動的意匠についてはこれらとは異なり、特段の規定が置かれていないから、通常の意匠と同様に、上記一意匠一出願の要件(意匠法7条)を含め、意匠法2条、3条等に定められた意匠一般の要件を満たすことが必要である。
意匠法2条1項は、「この法律で『意匠』とは、物品(物品の部分を含む。以下同じ。)の形状、模様若しくは色彩若しくはこれらの結合(以下『形状等』という。)、建築物(建築物の部分を含む。以下同じ。)の形状等又は画像(機器の操作の用に供されるもの又は機器がその機能を発揮した結果として表示されるものに限り、画像の部分を含む。次条第二項、第三十七条第二項、第三十八条第七号及び第八号、第四十四条の三第二項第六号並びに第五十五条第二項第六号を除き、以下同じ。)であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。」と規定しており、意匠は、「物品の形状」等であることが必要である。
これに加えて、動的意匠においては、「意匠に係る物品の形状・・・がその物品・・・の有する機能に基づいて変化する場合において、その変化の前後にわたるその物品の形状・・・について意匠登録を受けようとする」( 意匠法6条4項)と規定されているから、この点も満たすものであることが必要であり、願書の記載に当たっても、上記1⑵の意匠法施行規則2条1項及び同規則様式第2備考42等の要請に加え、同規則3条及び同規則様式第6備考22(動くもの、開くもの等の意匠であつて、その動き、開き等の意匠の変化の前後の状態の図面を描かなければその意匠を十分表現することができないものについては、その動き、開き等の意匠の変化の前後の状態が分かるような図面を作成する。)に係る要請が働くものである。
⑵ 上記のとおり、動的意匠も意匠一般の要件を満たすことが必要であるところ、意匠について必要とされる上記「物品の形状」(2条1項)の要件について、文献には以下の記載がある。
ア 「意匠成立の前提要件である『物品』は、先ず第1に有体的存在の物質をいうもので、物理的性状においていえば、空間上に線や面によって構成される独自の境界を画して存在する有体物をいうものである。・・・また、液体など一定の形状を有しないものも物品性の要件を欠くものとされるが、他の構成要素と一体となって定形的な形状を呈する場合は必ずしも物品性を否定されていない」(斎藤瞭二著「意匠法概説[補訂版]56ないし57頁。平成8年(1996年)9月20日補訂版第2刷発行。株式会社有斐閣。甲2)
イ 「物品は、一定の期間、一定の形状のある定形的な形を有する定形性を必要とするので、流動体、半流動体、液体、気体、粒状物、粉状物等は定形性がなく物品ではないと解されている。もっとも、びっくり箱、傘のように物品の機能に基づいて一定の規則性をもって変化する『動的意匠』は保護される(第6条4項)。」(辰巳直彦著「体系化する知的財産法(上)」291頁。平成25年(2013年)12月3日初版第1刷発行。株式会社青林書院。甲23)
ウ 「定形性」の項の記載として「物品の形状は、多く静的、固定的にとらえられる。しかし物品の形状はこれに限定されるものではない。たとえば、物品を構成する素材の特性により変化するものや、あるいはまた、物品の有する機能に基づいて変化するものがある。このような場合、その変化の態様に規則性があり、あるいは変化する形状が定常的なものであれば、通常、それらを含んで物品のかたち、ありさまととらえるものであるから、こうした物品にあってはこれらの態様を含んで『物品の形状』が観念されることとなる。ただし、紛ママ 状物や粒状物が集合したもののように、一定の量的存在はあるが形状認識の資料である線、面による境界が定形的にとらえられないもの、すなわち、一定の形状がないものは、この法律における形状概念を外れるものとなる。」(満田重昭、松尾和子編「注解意匠法」114頁。平成22年(2010年)10月22日初版第1刷発行。株式会社青林書院。甲24)
エ 「物品自体の形状」の項の記載として、「意匠法が対象とする形状は『物品の形状』であるから、物品自体の形状であることが必要である。すなわち、その物品の属性として具わる形状であって、その物品によって二次的につくり出される形状は、ここにいう『物品の形状』には入らない。」(上記ウ満田重昭、松尾和子編「注解意匠法」114頁。平成22年(2010年)10月22日初版第1刷発行。株式会社青林書院。甲24))
オ 「『物品の形状』とは立体的たると平面的たるとを問わず物品の空間的な自ら仕切る輪郭であると解されている。・・・これら物品の形状・模様・色彩等は一定性を有しなければならない。しかし、これらが変化するように仕組まれたいわゆる動的意匠(例えばびっくり箱の意匠)は、物品の機能に基づいて一定規則的に変化するものであって、右の一定性を欠くものでなく、動的意匠は意匠であるとされる。」( 紋谷暢男著「意匠法25講」26ないし27頁。昭和55年6月25日初版第1刷発行。株式会社有斐閣。 甲25)
⑶ 上記⑵の文献の記載も参酌すると、意匠のうち物品の形状であるものについて、そこにいう物品の形状とは、その物品の属性として一定の期間、一定の形状があり、その形状認識の資料である境界を捉えることのできる定形性が必要であるところ、その形状が変化する場合においては、その変化の態様に一定の規則性があるか変化する形状が定常的なものであることが必要であると解される。
⑷ 加えて、動的意匠について定める現行意匠法6条4項(平成10年法律第51号による改正前の意匠法6条5項)は、昭和34年法律第125号による改正により導入されたものであるところ、その立法の経緯については、以下のとおり認められる。
ア 上記昭和34年意匠法改正に係る概況については、以下の文献に記載されているとおりである。
「昭和25年から昭和32年までの工業所有権制度改正審議会で最初にまとめられた問題点(『意匠法の改正に関して問題となるべき事項』)にも動的意匠が挙げられている。すなわち、『意匠の対象について』の項目の中に、『動的意匠(例えばビックリ箱)を意匠に包含させることの可否、又はこれを実用新案として保護すべきか』という問題である(・・・)それ以前の、昭和3年の『工業所有権法規改正二關スル會議』においては、 『『(二)意匠ハ固定的ノモノナルコトヲ要スルヤ否ヤハ問題ナルモ之ヲ要スト為スヲ通説トス』したがって、ビックリ箱、首振り人形、動的公告塔等の保護については問題があるとしている。』(・・・)。これらの議論を経て、昭和34年法に動的意匠の保護が盛り込まれたものである。」(満田重昭、松尾和子編「注解意匠法」221頁。平成22年(2010年)10月22日初版第1刷発行。株式会社青林書院。甲39)
イ 昭和29ないし30年時点における上記法改正に係る議論について、資料には、以下の記載等がある。
① 「意匠法改正に関して問題となるべき事項に対する意見」として、「一、意匠の対象」に関し、「(ホ)動的意匠(例えばビックリ箱)を意匠権の対象とすることの可否」との論点について、「(意見)」として、「現行の取扱い(とび出した最後の形でとる)でよいから改正する要なし」との意見が示されている(昭和28年「意匠法改正特別委員会報告書」5頁、齋藤委員意見。乙12)。
② そして、改正についての特別委員会報告書においては、「問題とその趣旨」として、「動的意匠(例えばビックリ箱)を意匠に包含させることの可否又はこれを実用新案として保護すべきか。」との論点について、「審議会における意見」として、「取扱としてはビックリ箱から出てしまった延びきったものを保護しているが(二つの図面を提出させている)これは意匠で保護すべきではないとの意見があった又意匠として保護する場合も最初の形状と変化後の形状と二ヶの形状があるからこれを一出願ではなく二出願として提出さすべきであるとの意見があった。」との記載があり、「今後の処理方法」として「実用新案法、意匠法を夫々残置するならば本問については現在の取扱のままで行くことに決定することとし本問削除すること。」との記載がある(昭和28年「意匠法改正特別委員会報告書」26頁。乙12)。
③ 「動的意匠について」として、「可撓鉄線の玩具の場合等どうなるか。」との質問に対して、「その場合一定の形がないから意匠の対象にならないと思う。」との発言により「原案を採用する。」として結論が出されている(昭和30年3月24日付け「第121回特許部会議事要録」8頁。徳丸委員の質問に対する高田委員の発言。乙13)。
④ そして、意匠法改正要綱案には、「意匠法の対象となるものの範囲を拡げること。」に関しては、「現行意匠法で保護されている客体につき保護手段を強化する問題を考えたが、この問題は現行意匠法で保護されていないもの(例えば・・・動的意匠等)について意匠権を認めるかどうかという問題である。しかし、現行意匠法を超えて、是非とも保護しなければならないものは少いと思はれる。」との記載がある(昭和29年8月11日付審議室作成「意匠法改正要綱案」7頁。乙14)。
⑤ その上で、同要綱案では、「動的意匠について。(三一〇、報告書一の(ホ)参照」、上記各特別委員会報告書の記載のとおり、「現行法どおりとする。」との記載がされている(昭和29年8月11日付け審議室作成「意匠法改正要綱案」8頁。乙14)。
ウ また、昭和33年時点における意匠法改正関係の資料からは、以下の事実が認められる。
① 意匠法6条5項(平成10年法律第51号による改正前。以下同条5項とするものにつき同じ。現同条4項)の当初案には、動的意匠について、意匠登録出願についての規定である6条に記載はなかった(「意匠法案(第4読会)」昭和33年3月26日~同年4月3日7頁)(乙15)。
② 意匠法6条5項について、当初案を修正し、「意匠に係る物品の形状、模様又は色彩がその物品の有する機能に基づいて変化する場合において、その変化の前後の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合について」の意匠を出願する場合は、「その旨及びその物品の機能の説明を願書に記載しなければならない」とする規定とした(「意匠法案(第5読会)」昭和33年4月16日~同年同月23日7頁、修文。乙16)。
③ 昭和33年4月21日の法制局審査において、「びっくり箱は複数のものが同時にとれる。複数意匠ではないか。」という点が問題点として挙げられ、これに対して、意匠課としては「物品自身が動くことは物品そのものと考えている」との回答があった(第5読会(昭和33年4月21日付け)メモ1頁。乙17)。
④ 「動く意匠をとりたい場合はその旨を記載すること」と意匠法6条5項を修正するべき旨の記載がされている(第5読会(同上)メモ2頁)(乙17)。
⑤ 意匠法6条5項の修正結論として、「Ⅴ(判決注:メモ内においては「IV」と記載)に機能を入れる。入れ方は動くような物品について種々の形態のものを請求するときはその旨を明らかにすることができるようにする」ように規定することとされた(第5読会(同上)メモ3頁。乙17)。
⑥ 上記修正案の検討において、「複数の意匠ではないか。7条の例外規定をおくべきである」との発案があったのに対して、6条5項の出願規定を調整して、動的意匠が一意匠である旨対応した(第5読会(昭和33年4月22日付け)メモ1頁、齋藤氏発言及びこれに対する回答。乙18)。
⑦ 昭和33年11月20時点での「意匠法案(第4読会(判決注:通し番号が前後するものの表紙記載のまま))」として、意匠法6条5項は「機能に基づいて変化する場合において、その変化の前後にわたるその物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合について意匠許可を受けようとするときは、その旨及びその物品の当該機能の説明を願書に記載しなければならない。」と規定されている(意匠法案(第4読会)昭和33年11月20日~同年12月10日。乙19)。
エ 上記イによれば、昭和29年から30年における意匠法改正に係る委員会での議論では、動的意匠について、意匠権として保護すべきか否かについての検討がなされたところ、上記イ③のとおり、「可撓鉄線の玩具」を動的意匠として保護すべきかについて、「その場合は一定の形がないから意匠の対象にならない」との意見に基づき結論が出されており、可撓性を有する鉄線を用いた玩具のように、具体的な形状が様々の不規則な変化をし、形状の変化の推移に再現性がないために一定の形状を特定し得ない状態のものは、意匠法上の「意匠」として認められないものと解されたことが分かる。
一方、上記イ②の議論における「ビックリ箱」については、上記イ①にもよれば、伸縮する機構を備えたものが想定されていることが伺われるところ、縮んだ状態から延び(伸び)切った状態へと遷移する状態について、最初の形状と変化後の形状とを示すことができることから、上記「可撓性玩具」とは異なるものと認識された。
こうした特別委員会等における議論を踏まえて、上記ウにおける意匠法改正の過程では、上記ウ②、③のとおり、再度上記イにおける「びっくり箱」を想定して動的意匠についての意匠法による保護が検討されたところ、上記ウ②のとおり、当初、「意匠に係る物品の形状・・・が・・・変化する場合において、その変化の前後の形状」の意匠(下線は判決で付記)を出願する場合を想定したのに対し、上記ウ③のとおり「びっくり箱は複数のものが同時にとれる。複数意匠ではないか。」との法制局審査における問題提起や上記ウ⑥のとおり複数意匠であるとの指摘を受けて、上記「変化の前後の形状」との記載では複数意匠と捉えられかねないことから、これを修整することとした。
そして、上記ウ③のとおり物品自身が動くことは物品そのものであると考え、上記ウ⑥のとおり、動的意匠が一意匠であることを前提とした上で、特別の例外規定を置くことなく、上記ウ⑦のとおり、意匠法6条5項(現同条4項)を、「その変化の前後にわたるその物品の形状」について意匠登録を受けようとする(下線は判決で付記)との文言に修正して、意匠法改正をすることとされたものである。
このように、昭和34年意匠法改正の過程においては、動的意匠につき、物品の形状について「その変化の前後の形状」とするのでは、一意匠であることに疑義が生じることから、物品自身が動くことは物品そのものであるとの認識のもとに、「その変化の前後にわたるその物品の形状」と規定されたものであり、特別の例外規定が置かれなかったことからしても、物品の形状は、その変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品に必要とされる形状についての要件を満たすことが前提とされていたことは明らかである。
⑸ 上記⑶、⑷を踏まえると、意匠法6条4項に定める動的意匠のうち物品の形状が変化するものについて、その物品の形状は、変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品としての要件、すなわち物品の属性として一定の期間、一定の形状があり、その形状認識の資料である境界を捉えることのできる定形性があり、その変化の態様に一定の規則性があるか変化する形状が定常的なものであることが必要であると解される。」
知財高裁の行った判断の流れは、まず(1)で、動的意匠にも通常の意匠と同様の要件が求められることを述べ、2条1項の「物品の形状」等であること、加えて、動的意匠として6条4項の規定を満たすことが必要であることを整理している。ここは単に、どの条文が解釈の対象となるかを特定するものである。
次に知財高裁は、(2)のア~オで一つ目の条文である2条1項の「物品の形状」の要件に関して述べられた文献の記載を抜粋している。
斎藤瞭二著「意匠法概説[補訂版]からは「物品性の要件を欠く液体も他の構成要素と一体となって定形的な形状を呈する場合は物品性を否定されない」との内容を、
辰巳直彦著「体系化する知的財産法(上)」からは「物品は、一定の期間、一定の形状のある定形的な形を有する定形性を必要とするが、びっくり箱、傘のように物品の機能に基づいて一定の規則性をもって変化する動的意匠は保護される」との内容を、
満田重昭、松尾和子編「注解意匠法」からは「物品の形状は、特性や機能により変化するものがあるが、変化の態様に規則性があり、あるいは変化の形状が定常的なものであれば、変化の態様を含んで「物品の形状」が観念できる」との内容及び「「物品の形状」は、物品自体の形状である必要があり、物品によって二次的につくり出される形状は「物品の形状」には入らない」との内容を、
紋谷暢男著「意匠法25講」からは「「物品の形状」は立体/平面を問わず空間的に自らを仕切る輪郭であると解され、一定性を有しなければならないが、動的意匠は、物品の機能に基づいて一定規則的に変化するものであり、一定性を欠くものではなく意匠であるとされる」との内容が引用されている。
そして知財高裁は(3)で、これらに基づき、2条1項にいう「物品の形状」とは、一定の期間、一定の形状があり、その境界(輪郭)を捉えることのできる定形性が必要であるところ、その形状が変化する場合には、変化の態様に一定の規則性があるか、変化の形状が定常的なものであることが必要であると解される、としている。
次に知財高裁は、(4)のア~で二つ目の条文である6条4項(改正前6条5項)の規定に関し、その立法の経緯を説明している。
大きな流れとして、昭和3年の会議で「固定的でないびっくり箱等の保護については問題がある」とされ、動的意匠を意匠として保護すべきかの議論を経て昭和34年法に動的意匠の保護が盛り込まれた。
昭和29年から30年の議論の中では、「最終形状でとるから改正不要」との意見(イの①②)、「可撓鉄線の玩具は一定の形がないから意匠の対象外」との意見(イの③)、「動的意匠によって是非とも保護しなければならないものは少ないと思われる」との意見(イの④)があった。
昭和33年時点の資料からは「当初改正案に動的意匠の記載はなかったが、その後の修正案で「変化の前後の形状等の意匠を出願する場合はその旨及び機能の説明を願書に記載しなければならない」旨の規定が盛り込まれた」との事実(ウの①②)、「動的意匠が複数の意匠ではないか」との点について「物品自体が動くことは物品そのものと考えている」との回答があった事実(ウの③)、昭和33年11月には修正案として「その変化の前後にわたるその物品の形状等」との記載内容となった事実(ウの④~⑦)が認められた。
これらを踏まえて知財高裁は、立法の経緯として、「可撓鉄線の玩具のように変化が不規則で再現性のないものは意匠法上の「意匠」と認められない」が、びっくり箱はこれと異なり、動的意匠による保護の検討は「びっくり箱」を想定してなされ、「変化の前後の形状」だけでは複数意匠と捉えられかねないことから、動的意匠が一意匠であることを前提とし、「変化の前後にわたるその物品の形状」との現行の6条4項の内容が規定されることとなったと認めている。
その上で知財高裁は、「昭和34年意匠法改正の過程においては、動的意匠につき、物品の形状について「その変化の前後の形状」とするのでは、一意匠であることに疑義が生じることから、物品自身が動くことは物品そのものであるとの認識のもとに、「その変化の前後にわたるその物品の形状」と規定されたものであり、特別の例外規定が置かれなかったことからしても、物品の形状は、その変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品に必要とされる形状についての要件を満たすことが前提とされていたことは明らかである。」と判断した。そして、2条1項の「物品の形状」の要件をここに当てはめることで、上述した判断基準を導いたのである。
率直な意見を言うと、私は知財高裁の判断には論理の飛躍があると感じている。
上記の事実によれば、「変化の前後」から「変化の前後にわたる」と修正されたのは、前後だけでは2つの意匠つまり「複数意匠となっている」という問題に対処するためであり、動的意匠が「一つの出願で複数の意匠を保護する規定である」との誤解を避けるための記載上の問題と受け取る方が素直のように思える。
また、「変化の前後」を「変化の前後にわたる」とした立法の経緯において、知財高裁が挙げた上記認定事実のどこにも、「変化の最中の物品の形状」の捉え方に関する議論は上がっていない。
それにもかかわらず、なぜ知財高裁が「変化の前後にわたるいずれの状態においても2条1項の物品の形状の要件を満たすことが前提」と汲み取れたのかが、論理的にも全く理解できないのである。
可撓鉄線の玩具が意匠適格性を有さない点についても、規則性及び再現性のなさが根拠となっており、これは意匠の工業利用性に関わる部分であろう。つまり、意匠による無体財産の本質的価値は、需要者に与える美感的価値であるところ、変化(挙動)の再現性がなければ、どの需要者にも同じような美感的価値を提供することはできないのであり、ある一つの美感的価値(ある一つの玩具によって提供されるが、別の同じ玩具によって提供されることが保証されない美感的価値)だけを意匠権として保護することは、意匠法が工業的な利用価値を前提としていることと矛盾するため、意匠法上の意匠に該当させる必要性が欠けるのである。
そして、この立法検討段階においては、「動的意匠として保護を検討すべき題材が少ない」という事情があり、「びっくり箱」が前提とされたのも、これが模範的事例であるためこれを中心に検討すれば保護すべき動的意匠の範囲が網羅的にカバーされると立法者が考えていたわけではなく、当時においてこれ以上のわかりやすい題材がなかったに過ぎないと推し量ることができよう。
そうすると、動的意匠による保護の範囲を「びっくり箱」を起点に考える必要性も乏しく、可撓鉄線の玩具とびっくり箱の違いは単に「その機能によって規則的な動的変化が生じる物品」であるか否かの違いであり、検討の対象は「その機能によって規則的な動的変化が生じる物品」であって、これを保護するための法域として意匠法を含めるべきか、保護の仕方としてどのような規定とすべきかを検討していたとみるのが、当時の立法者の認識だったのではないだろうか。
本質的にも、動的変化が意匠としてなぜ保護されるべきかを捉えれば、その“動的変化”そのものが需要者に美感的価値を提供できるからのはずである。そうだとすれば、重要なのは、動的な変化によって、その物品の需要者に対し、その物品に対する美感として、再現性のある美感的価値が提供されるといえるかであって、その変化の最中が定形であるかを厳格に要求すべきものとは言い難い。
変化とはその言葉の通り定形性を有さないのであるから、変化の最中の瞬間瞬間にまで、物品の形状の要件を要求する意図が、当時の立法者にあったとは到底考えられないというのが、判決文を読んだ私の個人的な見解である。
2条1項の「物品の形状等」の要件は、それが取引の対象物としての輪郭を有していればよく、需要者に、物品としての認識を与えればよい。物品の静的な状態に保護価値があれば通常の意匠で出願すればよいのであり、意匠的価値(美感的価値)を静的な状態に求めるならば、そもそも動的意匠の規定を設ける必要性はなくなるのである。
このようにして考えると、私は、本件知財高裁の示した判断基準は、動的意匠の保護範囲を過度に限定するものであり、不当であると感じている。
重要なのは、動的変化における厳格な再現性(規則性)があるかではなく、同じような意匠的価値を需要者に与えられる程度の再現性(規則性)があるかであり(びっくり箱も厳密には毎回同じ挙動ではない。)、よって、動的変化については、「同じような意匠的価値を需要者に与えられる程度の再現性(規則性)がある」といえれば足りるとするのが相当ではないかと考えている。
そして、これを本件の生ジョッキ缶について当てはめれば、同じ温度環境下で同じ向きにして蓋を開ければ、およそ同じような発砲の挙動(動的変化)がみられるのであり、この動的変化によって、需要者に対し、同じような意匠的価値を与えられるものと推察される。加えてこの挙動は、容器入り飲料(ビール缶)という物品から離れて生じるものではなく、この物品と一体となり、容器入り飲料としての美感を需要者は認識するはずであろう。
本件知財高裁は、「生ジョッキ缶」についての公開情報(個人による開栓の様子を写した動画等)によっても、気体の総体の形状およびその変化は、開栓ごとに異なっていることを指摘するが、これは当を得ない見解であると感じられる。例えば、びっくり箱にしても、極寒の地で開いたときの挙動は常温下で開いたときの挙動は違いうるだろう。
このような揚げ足取りのような判断の仕方ではなく、「再現性」についてはもっと実質的に判断しなければならない。例えば、想定される温度環境の範囲において、僅かな温度の違いで変化の仕方が著しく異なるなど、要するに、需要者に与える意匠的価値としての再現性を実態的な事情も踏まえて判断すべきであろう。
動画を撮るだけなら、そのビールは冷えていなくてもよいが、通常ビールは冷えた状態にして飲むものである。「冷えたビール」の動的変化に意匠的価値の再現性があるかがこの意匠の本質なのであり、何℃のビールを開栓したかも定かでない動画を集めて再現性がないと判断することは、本質を軽視して形式に頼るという間違えた法律判断ではないだろうか。
私は、本件の知財高裁の判断は、立法者意思説を重視する立場にたったとしても、法令の解釈適用を誤ったものではないかと感じており、本件は最高裁によって判断されるべき事件であると感じている。
そして、要保護性という観点からすると、「生ジョッキ缶」の発砲の挙動という美感からのアイデアは十分に保護に値するものというべきであり、現行法の法律解釈によってこれが保護されないのであれば、立法的措置を検討すべきであることについても触れてほしいところである。
最後に、余談ではあるが、上述の私の立場からも、打ち上げ花火は動的意匠としての保護対象とならない。なぜならば、打ち上げられた花火の模様は、当初の花火玉という物品から切り離されており、花火玉という物品に対する美感ではないからである。
個人的には、花火の模様を「光」という無体物であるからという理由で意匠該当性から外すというのはセンスがないと思っている。中に詰められた火薬が「発光体」となって模様ができているのであり、物品性を観念することは可能である。(真に、光のみが発せられるとしたら、あのような花火の挙動は起こりえないだろう。)
打ち上げ花火における花火の模様は、機能そのものである。意匠法は、機能そのものになっているデザインを保護するものではなく、物品の付加的価値になっているデザインを保護するものであり、だからこそ、外観の類似という簡単な登録要件が設定されているのである。仮に、機能そのもののデザインを保護するならば登録要件はもっと厳格なものでなければならず、25年という長期の独占期間も見直さなければならないだろう。
私ならば、打ち上げ花火における花火の模様は、5条3号の要件の解釈からアプローチして拒絶する法律構成を選ぶと思う。
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