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令和6年(行ケ)第10018号 無効審決の審決取消訴訟(本田技研工業株式会社 vs マツダ株式会社)

令和6年(行ケ)第10018号 無効審決の審決取消訴訟(本田技研工業株式会社 vs マツダ株式会社)
進歩性:一体不可分の特許庁判断を否定しつつ無効を維持した事例
2024/12/9判決言渡
#特許 #進歩性

1.概要

 本件は、原告本田技研工業株式会社(以下「特許権者ホンダ」という。)の有する特許第3196076号(以下「本件特許」という。)について、被告マツダ株式会社(以下「請求人マツダ」という。)が、請求項3に係る発明の無効審判請求をし、特許庁が請求を認めてこれを無効と判断する審決を出したため、その取消しを求めた事件である。

 本件知財高裁は、特許権者ホンダの主張を認めず、本件の請求を棄却した。

 本件の争点は29条2項の進歩性であり、「甲1(実開昭59-110346号)発明及び甲5(特開平8-198072号公報)記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができた」か否かである。また、請求項3は以下の通りである。

【請求項3】
 アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって、
 前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置と、
 ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と、
を備える原動機付車両において、
 前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、
 前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とする原動機付車両。

 特許庁は、請求項3に係る発明が進歩性を具備しないことについて、概ね審決で次のように判断した。

特許庁の審決(判決より抜粋。下線は付記)
「(3) 一致点及び相違点
 本件発明と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。…
【相違点3】
 本件発明は、「前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え」、「前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する」ものであるのに対し、甲1発明は、そのような構成を備えていない点。
 (4) 相違点3についての判断
 甲5記載事項は、…安全性の観点から、原動機付車両における車両停止時にブレーキがかかった状態を保持する技術思想を開示するものである。
 甲1の…記載によれば、…安全性の観点から、エンジンがエンジン自動停止始動装置の作動により自動停止する場合には、制動保持装置の作動によりブレーキ液圧が作用し、もってブレーキがかかった状態を保持するという、エンジン自動停止始動装置と制動保持装置の各作動の一体不可分性を必須の特徴とする技術的思想が開示されているものと認められる。
 よって、甲1発明と甲5記載事項は、ともに安全性の観点から、原動機付車両における車両停止時にブレーキがかかった状態を保持するという技術思想が共通するものといえる。さらに、甲1発明は、安全性の観点から…エンジン自動停止始動装置を安全な状態で作動させるために、各種検出信号を用いるものと認められるところ、制動保持装置の異常を検出した場合には、…安全性の観点から各作動の一体不可分性を確保するために、各種検出信号の一つとして、甲5に記載されたような制動保持装置の異常を検出する信号を付加する動機付けがあるといえる。
 そして、…制動保持装置異常検出信号を加えた場合において、制動保持装置の異常が検出されたときは、…制動保持装置異常検出信号が、エンジン自動停止始動装置を作動させないことになり、もってその作動を禁止することになる。したがって、上記一体不可分性に照らすと、甲1発明に甲5記載事項を適用して、制動保持装置の異常を検出した際に、エンジン自動停止始動装置の作動を禁止することは、当業者が容易に想到し得たことである。
 また、甲1発明は、エンジン自動停止始動装置を安全な状態で作動させる観点から、各種検出信号を用いてエンジン自動停止条件が全て満たされた場合にのみ作動させているところ、制動保持装置の異常検出時、つまり、制動保持装置が故障しているときにエンジン停止をすることがないように、制動保持装置の故障検出装置を付加して、制動保持装置が故障していないことをエンジン自動停止条件の一つとして加えることは、当業者が適宜なし得た設計事項である。

 これに対し、本件知財高裁は、以下のように判断した。

知財高裁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「2 争点1(甲1発明と甲5記載事項の技術思想の認定誤り、両者を組み合わせる動機付けの判断の誤り)について
 (1) 甲1発明と甲5記載事項の技術思想の認定誤りについて
 ア 甲1発明の技術思想について
 (ア) …甲1の記載を踏まえると、甲1発明は、自動変速機及びエンジン自動停止装置を備えた車両において、エンジン自動停止後の再始動時における急発進のおそれに対して、ブレーキの作動をエンジン自動停止の条件に含ませる対処を運転手による作動により行う場合の前記課題を、制動保持装置を具備してエンジン自動停止時に制動装置の作動状態を保持するようにするとともに、エンジン再始動後に、作動状態にある制動装置による制動を解除することにより解消する技術思想を有するものと認められる。
 (イ) 他方、原告が指摘するとおり、甲1には「エンジン自動停止始動装置と制動保持装置の各作動の一体不可分性」なる記載は認められず、このような「一体不可分性」が開示されているとは認められない
 被告は、甲1発明においてエンジン自動停止始動装置の作動によりエンジンが自動停止するステップでは、エンジン停止信号を出力するステップS27の前に、ステップS26で制動保持装置26に制動保持信号を出力するとされていることをもって、上記一体不可分性の根拠と主張する。しかし、これは単にエンジン自動停止始動装置の再始動の際に制動保持装置の作動が前提とされているものにすぎず、両者の作動の一体性を基礎づけるものではない
 イ 甲5記載事項の技術思想について
 上記1(2)のとおり、甲5は「坂道発進補助装置」を備えるものであり、…その技術思想は、坂道発進補助装置を備えた車両において、坂道発進補助装置の異常発生を検知して運転者へ警報を発することで、安全かつ確実に坂道発進を行うものと理解される。
 ウ 本件審決が示した「共通の技術思想」について
 上記アで示した甲1発明の技術思想は、エンジン自動停止により発生する問題(具体的には再始動時における急発進等)を制動保持装置の作動状態を保持することにより解消しようとするものであるのに対し、上記イで示した甲5記載事項の技術思想は、制動保持装置(坂道発進補助装置)に異常が発生した場合の安全性を問題としているものであり、両者における安全性は異なる状況を対象としたものである。
 本件審決は、甲1 発明と甲5記載事項の共通の技術思想として、「安全性の観点から原動機付車両における車両停止時にブレーキがかかった状態を保持する技術思想」という上記概念を括り出し、これを根拠に両者の組合せの動機付けを導いているが、両者は、せいぜい、制動保持装置による制動を利用した安全確保技術という技術分野の同一性を導き得るにすぎず、上位化・抽象化された「技術思想の同一性」を帰結することには無理があるというべきである。…
 (2) その他の動機付けについて
 ア 本件審決が示した「甲1 発明と甲5記載事項の共通の技術思想」を離れて、甲1発明に甲5記載事項を組み合わせる動機付けがあるといえるかについて、更に検討する。
 イ 甲1発明と甲5記載事項は、ともに制動保持装置(甲5においては坂道発進補助装置)を備え、それらはブレーキがかかった状態を保持する機能を有するものであることに照らすと、甲1発明及び甲5記載事項は、そのような機能を用いる車両である点で共通する技術分野に属するといえる。また、甲5記載事項と同様に、甲1発明においても、制動保持装置の故障発生が想定され、それに対処する課題が存在することは当業者には明らかである。
 そうすると、甲1発明に触れた当業者は、上記の制動保持装置の故障発生という課題を認識し、その課題を解決する点において、甲5記載事項を甲1発明に適用する動機があるということができる
 ウ これに対し、原告は、甲1発明は、制動保持装置26が故障しているか否かを検出する技術思想を有しておらず、故障を検知する甲5記載事項を適用する動機付けに欠ける旨主張する。
 しかし、…甲1発明に触れた当業者は、上記の制動保持装置の故障発生という課題を認識し、その課題を解決するため、甲5記載事項における制動保持装置の異常を検出する信号を付加する動機付けがあるといえる。
 エ さらに、原告は、仮に、甲1発明において制動保持装置の異常を検出した場合には、安全上の観点から、再始動時の急発進を防止するためにエンジン自動停止を維持し、エンジンを再始動させないことによって、エンジンの駆動力を伝達させないようにすることが当業者にとって明らかであり、甲1発明に、「エンジン自動停止条件」として、制動保持装置の異常を検出する信号を追加する動機付けがあるとはいえないとも主張する。
 しかし、本件発明の構成との関係で問題とされているのは、甲1発明におけるエンジン自動停止始動装置の停止作動を禁止する構成であり、再始動の点ではない。原告の上記主張は、その前提を誤っており、採用することができない。
 (3) 小括
 以上により、本件審決の論理構成の一部に採用できない部分はあるものの、結論的には、甲1発明に甲5記載事項を適用する動機付けは認められるというべきである。
 3 争点2(相違点3に係る構成を得ることが容易想到又は設計事項とした判断の誤り)について
 (1) 甲1発明に甲5記載事項を適用する動機付けが認められることについては、上記2で述べたとおりである。そうすると、甲1発明に甲5記載事項の制動保持装置の故障を検知して運転手へ警報を発する技術を適用することは当業者が容易に想到し得るといえる。
 そして、上記1(1)イ~エのとおり、甲1発明が、エンジン自動停止により発生する問題を、センサ群からの検出信号に基づいて制動保持装置を作動させることにより解消する技術思想を有することに照らせば、制動保持装置の故障を検知し、制動保持装置を作動させることができない故障が生じた場合には、その検知結果をエンジン自動停止条件の一つとして用い、相違点3に係る「前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する」構成とすることは、当業者が容易になし得た事項といえる。
 そうすると、甲1発明に甲5記載事項を適用した際に、本件発明の相違点3に係る構成を得ることは、当業者の容易に想到し得たものといえる。
 (2) これに対し、原告は、甲1発明のエンジン自動停止始動処理の手順に鑑みると、「エンジン自動停止始動装置を安全な状態で作動させるための判断用各種検出信号の一つとして制動保持装置異常検出信号を加え」ることは、甲1の開示内容に反するものであり、エンジン自動停止始動処理の内容と矛盾することから、阻害要因があると主張する。原告が指摘する矛盾とは、甲1のエンジン自動停止始動処理の手順におけるステップS25で「エンジンを自動停止させるための他の停止条件」として「制動保持装置26が作動している」と判断されたときには、次のステップS26において「制動保持信号を出力する」ことが不要になってしまい、矛盾するというものである。
 しかし、ステップS25で制動保持装置に異常があれば、甲1発明が開示する「安全性の観点から、エンジンがエンジン自動停止始動装置の作動により自動停止する場合には、制動保持装置の作動によりブレーキ液圧が作用し、もってブレーキがかかった状態を保持する」技術思想から、エンジンを自動停止してはならないのであり、S26で制動保持信号が出力されず、ステップS27のエンジン停止信号も出力されず、エンジンが停止されないことになるにすぎない。ステップS26において「制動保持信号を出力する」ことが不要になるからといって、甲1発明における処理内容に矛盾が生じるものでもなく、原告の主張は採用することができない。…
 (4) 次に、原告は、制動保持装置の異常検出時に、エンジン自動停止装置の作動を禁止する構成を採用することは、当業者が適宜なし得た設計事項とはいえないと主張する。
 しかし、一般に、装置の故障発生時の対処について、甲5記載事項のように単に運転手に警告を発するか、又は、甲1 発明のように装置自体に対処する機能を持たせるか、あるいは、両方を実施するかについては、いずれも広く知られた対処方法であり、甲5記載事項適用の際に、いずれの対処を行うかは当業者の適宜選択し得るものであって、設計事項の範疇といえる。その旨をいう本件審決の判断に誤りはない。」

2.雑感:結論納得度20%、判断納得度20% 

2-1.判決についての感想

 本件は、非常に分析・研究しがいのある題材である。端的に言えば、面白い!

 また、進歩性の判断の仕方について、より深い考え方やアプローチが生まれ、実務(進歩性を主張する場面)の引き出しを大いに増やしてくれる良材ともいえるかもしれない。それゆえに、裏を返せば本件は、一筋縄ではいかない進歩性判断を行っており、その体系的な理解が難しい題材ともいえる。
 本件の面白さは、ユニークな判決を出す傾向の宮坂裁判官が裁判長であったからかもしれない。そのため、私自身も、本件は慎重に分析する必要があると思っており、本判決における進歩性判断の論理がそのまま使えるものとは考えていない。

 全体の印象としては、本判決は、前半飛ばし気味で後半失速した感じがした。

 というのも、本件知財高裁は、進歩性判断を争点1(甲5記載事項を組み合わせる動機)と争点2(容易想到性)の二段階に分ける構成を採っているが、争点1については、文量も割いて手厚い判断を行っている一方で、争点2については非常にあっさり結論を導いているという印象を受ける。
 以下の判示抜粋のように、甲1発明の抽象的な技術思想の開示のみから、具体的な手段(構成)に容易に想到すると判断していることがわかり、最終的には精緻さを欠いた判断となってしまっている点が、本件の反省点ともいえるだろう。(本件に対する納得度の低さは、この部分の不完全さが大きく影響している。)
「上記1(1)イ~エのとおり、甲1発明が、エンジン自動停止により発生する問題を、センサ群からの検出信号に基づいて制動保持装置を作動させることにより解消する技術思想を有することに照らせば、制動保持装置の故障を検知し、制動保持装置を作動させることができない故障が生じた場合には、その検知結果をエンジン自動停止条件の一つとして用い、相違点3に係る「前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する」構成とすることは、当業者が容易になし得た事項といえる。」

 ある意味では、本件の中で論理の組み立てが最も難しい部分を本件知財高裁は端折ったともいえるわけだが、この点については、後述の詳細な検討に回すことにする。
 また、争点を2つに分けた本件の進歩性判断の枠組みは、明示的な記載はないが「容易の容易」論にも関係する部分であろう。容易の容易については、既に判例記事「令和5年(行ケ)第10013号」でかなり深い考察を行っており、ここで話した論理との関係も含めて、後述の詳細な検討で話していきたい。
 また、全体的な進歩性判断の枠組みについても、審決と対比しながら見ていくことで、本件の難しさ(論点)が見えてくるだろう。進歩性の主張においてどのようなアプローチが採れるのかについても、後述の詳細な検討で話していきたい。

 とまぁ、本件は考察するポイントが多数あるのだが、とりあえず雑感では、記事のタイトルにも記載している「技術的な一体不可分」の判断について簡単に触れておく。

2-2.「技術的な一体不可分」の判断について

 本件で知財高裁は、特許庁のした「技術的な一体不可分」の判断については誤りがあるとした。本件で裁判所が行った「技術的な一体不可分」の判断については、私が過去の判例記事(令和4年(行ケ)第10029号)で分析した傾向も表れているだろう。

 つまり、進歩性判断における「技術的な一体不可分」は、単なる技術的な意味での不可分性ではなく、技術思想としての不可分性が重視されて評価されるという点が、本件にも表れており、例えば、以下の判示をその根拠に挙げることができる。

「被告は、甲1発明においてエンジン自動停止始動装置の作動によりエンジンが自動停止するステップでは、エンジン停止信号を出力するステップS27の前に、ステップS26で制動保持装置26に制動保持信号を出力するとされていることをもって、上記一体不可分性の根拠と主張する。しかし、これは単にエンジン自動停止始動装置の再始動の際に制動保持装置の作動が前提とされているものにすぎず、両者の作動の一体性を基礎づけるものではない。」

 技術的な不可分性を重視するのであれば、制動保持装置の作動が前提である以上、エンジン自動停止始動装置はそれ単体で動くものではなく、常に制動保持装置の作動状態と共に動くのであり、制動保持装置の作動においてエンジン自動停止始動装置の状態は前提とならないが(BはAの前提とならないが)、少なくとも、エンジン自動停止始動装置の作動において制動保持装置の状態は前提となり(AはBの前提となり)、このような主従関係での技術的な不可分性は認められることになるだろう。

 しかし、本件知財高裁は、このように一方が他方の前提条件となっている技術A及びBについて、それはあくまで前提条件となっているだけに過ぎず「一体性」を基礎づけるものとはいえないと判断したわけである。

 そもそも、技術的な意味での不可分性という指標が重視されるならば「技術的な一体不可分」はその境界が非常に曖昧になる。請求項に記載される構成要素(技術的事項)において何らの技術的関連性もない事項が記載されることは基本的にはなく(そのような記載があればそれは無駄な限定事項ということになる。)、技術的関連性の度合いを指標にすると程度問題の話になってしまい線引きが難しくなるだろう。
 本件のように「AはBの前提条件」の関係にあるということが、技術的な一体不可分を基礎づけてしまうと、特に情報処理を行うソフトウェア分野においては弊害が大きいことが予想される。情報処理の分野では「前提の処理を実行したレスポンスが何らかの条件を満たすことで次の処理が決定する」といったことは通常的にあるだろうが、このような条件関係が全て一体不可分とされることは進歩性のハードルを著しく下げてしまう危険性があり望ましくない。

 また、本件知財高裁は以下のようにも判断しており、技術思想からのアプローチを行っていることがわかる。

「甲1の記載を踏まえると、甲1発明は、自動変速機及びエンジン自動停止装置を備えた車両において、エンジン自動停止後の再始動時における急発進のおそれに対して、ブレーキの作動をエンジン自動停止の条件に含ませる対処を運転手による作動により行う場合の前記課題を、制動保持装置を具備してエンジン自動停止時に制動装置の作動状態を保持するようにするとともに、エンジン再始動後に、作動状態にある制動装置による制動を解除することにより解消する技術思想を有するものと認められる。
 他方、原告が指摘するとおり、甲1には「エンジン自動停止始動装置と制動保持装置の各作動の一体不可分性」なる記載は認められず、このような「一体不可分性」が開示されているとは認められない。」

 課題に対応する技術思想として、本件知財高裁は、「制動保持装置を具備してエンジン自動停止時に制動装置の作動状態を保持する」という制御と、「エンジン再始動後に、作動状態にある制動装置による制動を解除する」という制御を挙げている。また、この2つの制御は「するとともに」と記載されており、技術的な併存は認められている。

 技術的な一体不可分は、発明の認定の一手法であり、認定対象が発明=技術的思想の創作であるという点からも、発明の思想的側面を踏まえた上で、「発明としての一体不可分性」を認定するというスタンスは合理的であり、妥当なアプローチと言えるだろう。

 その一方で、技術Aと技術Bが、技術的にみて「技術Aが技術Bの前提となっており」、かつ、技術思想においても「技術的な併存」は認められるが、それでもなお「技術的な一体不可分性」は認められない、というのが本件知財高裁の論理であるが、判決文においてこの論理の説得的な説明がなされているかについては疑問の残るところである。十分な説明がなされていないと、第三者の目からみてその判断は「裁判所の公平な判断」ではなく、「裁判官の主観的判断」に映るのであり、本判決文には、この点の配慮の足りなさが窺える。

 我々実務家も、「技術的な一体不可分」を主張する上では、どの方向性からアプローチするかをきちんと考えなければならない。明後日の方向に深い主張を展開したところで裁判所には刺さらないため、単純な技術的結び付きに拘らないように留意したい。

「技術的な一体不可分性」の判断のより詳細な分析と実務への活用については後述の詳細な検討に回すことにする。

 さて、本件では、進歩性判断についてもう一点、簡単に触れておく。それは、本件知財高裁が深く入り込むことなく容易に想到すると判断したところである。

2-3.「容易想到性」の判断について

 本件知財高裁は、甲1発明が有する技術思想からすんなりと容易想到性を認めたわけだが、この容易想到性のハードルは「制動保持装置の故障を検知して運転手へ警報を発するという技術から、故障が生じた場合に原動機停止装置(エンジン自動停止)の作動を禁止する技術への置換」である。

 この置換の容易想到性のロジックについての是非の検討は後述するが、その他にも、本件知財高裁は、次のように述べて、設計事項を認定している。

「一般に、装置の故障発生時の対処について、甲5記載事項のように単に運転手に警告を発するか、又は、甲1発明のように装置自体に対処する機能を持たせるか、あるいは、両方を実施するかについては、いずれも広く知られた対処方法であり、甲5記載事項適用の際に、いずれの対処を行うかは当業者の適宜選択し得るものであって、設計事項の範疇といえる。」

 この判断はいかがなものか。

 広く知られた対処方法であれば、それらは全て並列的に“設計事項”の範疇に含まれるとする本件知財高裁の論理は強引であり、やや稚拙でもあるように感じられる。
 警報を発することと、警報を発さなくても済むように装置自体に対処する機能を持たせることは、常識的に考えても、その技術レベルとして同列に扱えるようなものではない。異常時に警報を鳴らすというのは非常に単純な対処方法(技術)であるが、装置自体にどう対処させるかを考えるとき、技術者はより複雑な思考を巡らせるものである。

 また、本件知財高裁は、甲1発明の技術思想を踏まえて容易想到性を判断しているという点とも論理矛盾が発生しているだろう。設計事項の範疇であるならば、甲1発明の技術思想など踏まえずとも容易に想到するといえるのであり、あえてこのような複雑かつ疑義の生じる判断をする必要などないのであり、設計事項で片付けられないからこそ、甲1発明の技術思想を踏まえて容易想到性を判断するというアプローチを選んでいるはずである。

 このように、技術者の常識的な思考を踏まえると、単に、広く知られた対処方法であるという理由だけで、これらを設計事項の範疇と評価した本件知財高裁の判断は、実態を知らず、紙の上で物を見る裁判官ならではのミスとも思われる。端的に言って、私はこの判断に十分な説得力は感じられないし、特許庁審査官が安易に設計事項で片付けてしまうケースと同等の説明とすら感じられる。

裁判所は、結論(心証)に合わせて論理(判決)を構築する

 その意味では、裁判所の判断は完全ではなく、結論に合わせた恣意的要素が含まれる。しかし、およそ人間の判断において、完全に恣意を取り除くことなどできないが、法の番人たる裁判官は、法律判断においてこの“恣意”を極限まで小さくすることが要求されるのであり、それを証明するために、裁判所は判決文において理由を説明するのではないだろうか。
 判決文に記される裁判所の判断に一定以上の客観的合理性が担保されているからこそ、国民は裁判所の判断に従うことを受け入れるのであり、非常に大きな役割と権限を与えられている裁判所もそのことを肝に銘じておかなければならない。

 本判決は、たとえ結論に違いはなかったとしても、総じて、裁判所が納得のいく説明責任を果たせたかについては疑問の残るところである。

2-4.特許権者の訴訟戦略は正しかったか?

 さてここで、裁判所が「進歩性はない」と判断し、かつ、その説明内容に説得力が足りないという事情を踏まえると、一つの推理が生まれる。

本件裁判所は、進歩性なしの結論を導くために「技術的な一体不可分性」を否定しておきたかったのではないか

 つまり、特許庁が行ったような「技術的な一体不可分」からの進歩性判断のアプローチは、進歩性なしとの結論を導くには難しいルートだったのではないか。

 特許庁は、甲1発明において「エンジン自動停止始動装置と制動保持装置の各作動の一体不可分性を必須の特徴とする技術的思想が開示されている」と判断した。
 しかし、このような技術的な前提関係(前提条件)を根拠として一体不可分性を認めるならば、技術的な一体不可分の論理は、甲1発明だけでなく甲5記載事項においても適用されるべきである。
 甲5記載事項においても同様の理屈から「坂道発進補助装置(制動保持装置)と警報ランプ及び警報ブザー」との技術的な一体不可分性を認めなければ、論理的な整合が取れず、恣意的な判断(進歩性なしを導くために、一方だけ一体不可分を認め、他方は認めないという恣意)となるため、裁判所としてはこのような判断はしづらいように思える。

 そして、これら両方に一体不可分性を認めてしまうと、甲1発明に甲5記載事項を適用すると、警報ランプや警報ブザーを設けることの必要性がなくなってしまうため、適用の動機付けが十分でなくなる

 一体不可分であるがゆえに、警報ランプや警報ブザーを切り離して適用することはできず、一方で、ブレーキがかかった状態が保持されているにもかかわらず、警報ランプが点灯したり警報ブザーが鳴るとなっては、かえってユーザを混乱させてしまい事故になりかねないのである。

 本件で特許権者(原告)は、審決の「一体不可分性」の判断の誤りを争ったが、一体不可分性の判断は支持しつつ、甲5記載事項も一体不可分であると主張した方が勝ち筋があったのではないかと個人的には思うところである。

3.本件のより詳細な考察

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