題材について
題材の選定条件:審査請求がされ、拒絶理由通知が出されたが、これに応答することなく拒絶査定が出された案件
例1:審査経過が「審査請求 ⇒ 拒絶理由通知 ⇒ 拒絶査定」
例2:審査経過が「審査請求 ⇒ 拒絶理由通知 ⇒ 意見書/補正書 ⇒ 拒絶理由通知 ⇒ 拒絶査定」
題材:特願2021-039613
出願人:グローリー株式会社
代理人:弁理士法人前田特許事務所
発明の名称:貨幣処理方法、貨幣処理装置、及び、貨幣処理システム
審査記録
2023年10月16日 審査請求
2024年 8月20日 拒絶理由通知(1回目)
同年10月21日 意見書及び手続補正書の提出
同年12月 3日 拒絶理由通知(2回目)
2025年 4月22日 拒絶査定
検討対象:2回目の拒絶理由通知
拒絶理由:29条1項3号(新規性)および2項(進歩性)
簡単な概要
本願は、貨幣処理装置に関する発明であり、装置に収納された貨幣の移動を簡易に実現する発明を開示するものである。
貨幣処理装置といっても、銀行のATMであったり自動販売機であったりと、いくつかの種類が存在するが、本願が主なスコープとしているのは、銀行ATMのような「貨幣の出入り両方が生じる」貨幣処理装置と考えられる。
本願では、2つの貨幣処理装置を使って貨幣の移動を行う態様が説明されている。概略的にイメージしやすいのは、下図に引用する本願の図1であろう。第2処理装置52に取り付けられていた第2貨幣収納部62を第1処理装置51に取り付け、第1処理装置の第1貨幣収納部61との間で貨幣を移動させる。これが基本的な構成であり、出願時の請求項1及びその他の独立項は下記の通りである。

【請求項1】
第1入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第1出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部を有する第1処理装置と、
第2入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第2出金口から出金可能な少なくとも一の第2貨幣収納部を有する第2処理装置と、に実行させる貨幣処理方法であって、
所定の条件が成立した場合に、前記第2処理装置から前記第2貨幣収納部を取り外し、前記第1処理装置へ取り付けることを報知し、
前記第1処理装置に、当該第1処理装置に取り付けられた前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣を移動させる、
貨幣処理方法。
【請求項10】
入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部と、
前記第1貨幣収納部が着脱可能に装着される少なくとも一の装着部と、
前記第1貨幣収納部を使った貨幣に関する処理を実行する制御部と、を備え、
前記制御部は、所定の条件が成立した場合に、該所定の条件に基づいて第2貨幣処理装置から取り外された第2貨幣収納部であって、前記装着部に装着された第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣の移動を実行させる、
貨幣処理装置。
【請求項13】
第1入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第1出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部を有する第1処理装置と、
第2入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第2出金口から出金可能な少なくとも一の第2貨幣収納部を有する第2処理装置と、を備え、
所定の条件が成立した場合に、前記第2処理装置から前記第2貨幣収納部を取り外し、当該第2貨幣収納部を前記第1処理装置へ取り付けることを報知し、
前記第1処理装置に、当該第1処理装置に取り付けられた前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間での貨幣の移動を実行させる、
貨幣処理システム。
上述の基本構成を端的に記載した非常にシンプルな請求項である。これに対し、1回目の拒絶理由通知では、新規性、進歩性、及び明確性の拒絶理由が挙げられた。なお、新規性及び進歩性では2つの引用文献、特開2020-046739号公報と特開2015-060290号公報が挙げられている。また、明確性は、それぞれの処理における「主体」が不明であるというもので、人が実行する部分をはっきりさせることを要求する主旨と見える。
出願人は、1回目の拒絶理由通知に応答して、補正により「貨幣処理方法」の請求項について次のような独立項を作成した。(装置、システムは対応するものであるため、ここでは割愛する。)
【請求項1】
第1入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第1出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部、を有する第1処理装置と、
第2入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第2出金口から出金可能な少なくとも一の第2貨幣収納部、を有する第2処理装置と、
前記第1処理装置及び前記第2処理装置のそれぞれに接続された管理装置と、に実行させる貨幣処理方法であって、
貨幣の移動に関する所定の条件が成立した場合に、前記第2処理装置から前記第2貨幣収納部を取り外し、前記第1処理装置へ取り付けるよう、前記第1処理装置又は前記管理装置がオペレータに報知し、
前記第1処理装置が、前記オペレータによって当該第1処理装置に取り付けられた前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣を移動した後、
前記第1処理装置が、前記第2貨幣収納部と前記第1貨幣収納部との間の貨幣の移動量の情報を出力し、
前記第2処理装置が、前記貨幣の移動量の情報に基づいて、前記オペレータによって前記第1処理装置から取り外されかつ前記第2処理装置へ再取り付けられた前記第2貨幣収納部の在高を更新する、
貨幣処理方法。
【請求項6】(下線部は請求項1との違いになる大きな部分)
第1入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第1出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部、を有する第1処理装置と、
第2入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第2出金口から出金可能な少なくとも一の第2貨幣収納部、を有する第2処理装置と、
前記第1処理装置及び前記第2処理装置のそれぞれに接続された管理装置と、に実行させる貨幣処理方法であって、
貨幣の移動に関する所定の条件が成立した場合に、前記第2処理装置から前記第2貨幣収納部を取り外し、前記第1処理装置へ取り付けるよう、前記第1処理装置又は前記管理装置がオペレータに報知し、
前記第1処理装置が、前記オペレータによって当該第1処理装置に取り付けられた前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣を移動し、
前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣の移動が行われている最中に、リジェクト貨幣が発生した場合、
前記オペレータが前記第2貨幣収納部を前記第2処理装置に再取り付けした後に、前記第2処理装置が、前記第2貨幣収納部の在高を確定させる精査処理を実行する、
貨幣処理方法。
【請求項7】(下線部は請求項1及び6との違いになる大きな部分)
第1入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第1出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部と、リジェクト貨幣を収納する第1リジェクト収納部と、を有する第1処理装置と、
第2入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第2出金口から出金可能な少なくとも一の第2貨幣収納部、を有する第2処理装置と、
前記第1処理装置及び前記第2処理装置のそれぞれに接続された管理装置と、に実行させる貨幣処理方法であって、
貨幣の移動に関する所定の条件が成立した場合に、前記第2処理装置から前記第2貨幣収納部を取り外し、前記第1処理装置へ取り付けるよう、前記第1処理装置又は前記管理装置がオペレータに報知し、
前記第1処理装置が、前記オペレータによって当該第1処理装置に取り付けられた前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣を移動し、
前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣の移動が行われている最中に、リジェクト貨幣が発生した場合、
前記第1処理装置が、リジェクト貨幣を前記第1リジェクト収納部に収納する、
貨幣処理方法。
【請求項9】
第1入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第1出金口から出金可能な少なくとも一の第1貨幣収納部と、貨幣を一時的に収納する一時保留部とを有する第1処理装置と、
第2入金口から入金された貨幣を収納し、かつ、収納している貨幣を繰り出して第2出金口から出金可能な少なくとも一の第2貨幣収納部と、リジェクト貨幣を収納する第2リジェクト収納部と、を有する第2処理装置と、
前記第1処理装置及び前記第2処理装置のそれぞれに接続された管理装置と、に実行さ せる貨幣処理方法であって、
貨幣の移動に関する所定の条件が成立した場合に、前記第2処理装置から前記第2貨幣収納部を取り外し、前記第1処理装置へ取り付けるよう、前記第1処理装置又は前記管理装置がオペレータに報知し、
前記第1処理装置が、前記オペレータによって当該第1処理装置に取り付けられた前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣を移動し、
前記第2貨幣収納部と、前記第1貨幣収納部との間で貨幣の移動が行われている最中に、リジェクト貨幣が発生した場合、
前記第1処理装置が、リジェクト貨幣を前記一時保留部に収納し、
前記第2貨幣収納部と前記第1貨幣収納部との間の貨幣の移動が完了した後、前記第1処理装置が、前記一時保留部のリジェクト紙幣を、前記オペレータによって前記第1処理装置に取り付けられた前記第2リジェクト収納部へ、移動する、
貨幣処理方法。
この独立項に対して、2回目の拒絶理由通知が発せられ、ここでは新規性及び進歩性が拒絶理由に挙げられた(明確性要件違反は解消した)。2回目の拒絶理由通知で、新規性及び進歩性に関し挙げられた引用文献は、1回目のものとは違い、特開2009-282559号公報が新たに引用され、この1つの文献のみで新規性及び進歩性が否定された。
なお、2回目の拒絶理由通知では、請求項5、6、8、及び9に係る発明については拒絶理由が発見されていない旨が述べられていた。つまり、上記の独立項のうち「リジェクト貨幣が発生した場合」の処理を記載した貨幣処理方法の発明については、その時点で特許性が認められていた。
しかし、出願人は応答せずに拒絶査定となった。素直に読めば、出願人は、1回目の拒絶理由対応で「リジェクト貨幣が発生した場合に係る発明」を作成したものの、本命は請求項1に係る発明であり、「リジェクト貨幣が発生した場合に係る発明」だけの権利は欲しくなかったと推理できるだろう。
従って、今回の拒絶理由対応のすすめでも、推測される出願人の意思を踏まえ、「リジェクト貨幣が発生した場合」の発明で補正するという応答方針は棄てた上で、請求項1に係る発明をベースに権利化を断念するしかなかったかを検討したいと思う。
検討の公開まで
「拒絶理由対応のすすめ」は、実際に検討された上で、記事の詳細を読む方が、スキルアップに効果的かもしれません。まずはご自身で検討してみてから記事を読みたいという方がいることも想定し、具体的な検討の詳細は、記事のアップから期間をあけて、11月7日に公開する予定です。(J-PlatPatが10/31~11/3までメンテのため、会員の方が引例を取得できず4日以降でないと検討できないかもしれないため、少し間が空きますが11/7にしました。)
また、以下の「応答方針の検討」をご覧になる前に、「拒絶理由対応の本質」を読まれることをお薦めします。こちらを読んで頂いた上で以下の記事を読まれる方が、理解が深まると思います。
以下の「応答方針の検討」には、応答方針に至るまでの思考過程と、応答案の概要を載せています。



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