サポート要件:審決が「請求項ではなく明細書からサポート要件を判断した」と解され取り消された事例
2023/9/20判決言渡 判決文リンク
#特許 #サポート要件
1.実務への活かし(雑感まででいえること)
・無効化 #サポート要件
サポート要件の判断において、「発明が課題を解決できると認識できるか否か」の判断が、請求項に記載された発明に対して行われているといえるか、実施形態に説明される発明に基づいて行われているといえるかを検討すべきである。
そして、実施形態に説明される発明に基づいてサポート要件が判断されていると解した場合には、
「その判断は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の実施の形態について、当業者が課題を解決できると認識できることをいうにとどまり、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断したものとはいえず、不当な判断である(知財高裁 令和3年(行ケ)第10152号参照)」
と主張することで、サポート要件違反の主張が認められる可能性がある。
2.概要
トヨタ紡績株式会社(以下、「トヨタ紡績」という。)が、株式会社三井ハイテック(以下、「三井ハイテック」という。)の有する特許第6180569号(発明の名称「永久磁石の樹脂封止方法」。以下、「本件特許」という。)の無効審判を請求したところ、請求が認められなかったため、審決の取消しを求めた事案である。
本件の争点は、サポート要件(特許法36条6項1号)であり、知財高裁は、本件特許にサポート要件の違反があると判断した。
本件特許は、第7世代の分割出願であり、本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」という。)は以下の通りであり、争点の中心となったのは下線部である。
【請求項1】
複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する方法において、
前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
トヨタ紡績は、サポート要件に関し、「課題の認定の誤り」を主張し、トヨタ紡績が認定すべきと主張する「課題」に基づいて、「本件発明1にまで拡張ないし一般化できない」という観点と、「本件発明1は課題を解決できない」という観点から主張を展開した。
まず、課題の認定について、特許庁が「作業性が悪い」という点を挙げたのに対し、トヨタ紡績は、それだけでなく「信頼性に劣る」という点も含めるべきと主張した。
審決の認定した課題とトヨタ紡績の主張する課題(判決より抜粋。下線は付記)
審決
「積層鉄心を下型の有底穴部に嵌挿し、加熱後、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業は、人手又は機械によっても、時間を要するもので、作業性が極めて悪い」
トヨタ紡績
「①「樹脂部材を各磁石挿入孔に均等に充填することが困難であり、信頼性に劣る」、②「装置が高価」、③「下型の有底穴部から取り出す作業は作業性が悪い」という3つの課題が記載されている(【0004】)。これに対し、本件審決は、上記③のみを本件明細書に記載された課題と認定しているが、「樹脂封止が確実に行われると共に、簡単な工程で、短時間に行うことができ、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる。」という効果を奏するためには、上記①の課題も解決される必要がある…。」
その上で、トヨタ紡績は、上記の認定すべき課題との関係で、本件発明が課題を解決できない構成を含んでいるため、「拡張ないし一般化できず」また「課題を解決できる範囲を超えている」と主張した。
トヨタ紡績の主張(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「本件発明は、「上型」の構成に限定がないため、分岐した複数の注入穴部を有する構成の上型を排除しておらず、従来技術の上型と同様に、…この構成からは「樹脂部材を各磁石挿入孔に均等に充填することが困難であり、信頼性に劣る」という上記①の課題を解決できない。そうすると、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「樹脂封止が確実に行われる」という課題を解決できる範囲を超えている。
また、本件発明は、…上型と下型が当接しないあらゆる構成を含む上位概念であると理解される。
しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明には、…「搬送トレイ16」を介在させることで、「上型21」及び「下型17」同士が当接しない構成が記載されているのみである。
したがって、「前記上型及び下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し」との発明特定事項は、「上型及び下型が介在部材なしに当接しない」構成や「上型又は下型が平板状でないが、上型及び下型同士が当接しない」構成までも含むものであり、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張、一般化できるとはいえない。」
加えて、トヨタ紡績は、「仮に審決の認定した課題に誤りがないとしても」本件発明が課題を解決できる範囲を超えていると主張した。
トヨタ紡績の主張(判決より抜粋。太字は付記)
「本件発明1の特許請求の範囲の記載における「下型」は有底穴部を有する構成を含むものであるため、…「作業性が極めて悪い」(本件明細書【0004】)という課題を解決できる範囲を超えている。本件発明は、「下型」について、有底穴部を有する構成を排除していないが、この構成では、…「作業性が極めて悪い」という本件発明の課題を解決できないことは明らかである。
…課題解決のためには「搬送トレイ」が必要なことを前提としており、本件発明は「搬送トレイ」の構成を欠くものが含まれているところ、この構成からは上記課題を解決すると認識することはできない。
…本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は技術常識に照らしても、発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり、本件審決の前記判断は誤りである。」
トヨタ紡績の主張に対し、知財高裁は、「本件発明に含まれる構成」を認定してから、「本件発明の課題及び課題を解決する手段」を認定した上で、本件発明がサポート要件を満たさないと判断した。
知財高裁の判断(判決から抜粋。下線、色字は付記)
「…通常、「間」は「二つのものに挟まれた部分。物と物とに挟まれた空間・部分。」(広辞苑第六版)を意味し、「型」は「形を作り出すもとになるもの。鋳型・型紙などの類。」(広辞苑第六版)を意味するから、本件発明1の「前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、」という発明特定事項は、「上型及び下型の間に配置して」により、回転子積層鉄心を押圧する際の上型及び下型に対する回転子積層鉄心の配置を特定するものであり、「前記上型及び前記下型同士が当接することなく」により、回転子積層鉄心を押圧する際の上型と下型との位置関係又は状態を特定するものと認められる。他方、本件発明1の特許請求の範囲は、上型や下型の形状及び構造や「上型及び下型による回転子積層鉄心の押圧時」以外における回転子積層鉄心の配置や状態等を特定するものではなく、例えば、下型に載置する回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを構成としているものではないから、本件発明1の回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを構成に含む発明のみならず、この搬送トレイを構成に含まない発明を含むものと認められる。
…本件発明は「生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供することを目的とする」ことを発明が解決しようとする課題(本件発明の課題)とするものと認められる。
ここで、…「安価に作業ができる」とは、作業に対する対価の程度をいうものと理解でき、この作業に対する対価の原因としては、従来技術の問題1の「高価なポンプ」や従来技術の問題2の「機械」のような物から、従来技術の問題2の「人手」まで様々な要素が考えられるから、…本件発明の課題を解決することは、少なくとも従来技術の問題1又は2のいずれか一方を解決することでも足りるものと理解される。
そうすると、本件審決は、…従来技術の問題2を解決することを目的とすることを課題とした上で判断を行っていると認められるところ、この点の課題の認定に誤りがあるとはいえない。
…したがって、これに反する原告の本件発明の課題に関する主張(…)及びこの点を前提とするサポート要件違反の主張は採用できない。
…従来技術の問題2を解決するための手段として、本件発明1は、…回転子積層鉄心を押圧する際の上型及び下型に対する回転子積層鉄心の配置及び上型と下型との位置関係又は状態を特定する発明であるのに対し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、「回転子積層鉄心12の下面25が当接する矩形板状のトレイ部26と、トレイ部26の中心部に立設され、回転子積層鉄心12の軸孔11に嵌入する直径固定型で棒状のガイド部材27とを有している搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を下型17上に搬送し」、「搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外される」ものであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、搬送トレイを不可欠の構成としているものと解される。そうすると、本件発明1には、…搬送トレイを含む構成の発明だけでなく、この搬送トレイを含まない構成の発明も含まれており、搬送トレイを構成に含まない特許請求の範囲の記載を前提にした場合、上記発明の詳細な説明の記載から、当業者が、…本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。
…また、段落【0010】には、…搬送トレイを不可欠の構成とはしていないことを前提とした発明の詳細な説明の記載があるが、…本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、従来技術の問題2を解決するために搬送トレイを不可欠の構成とし…、本件明細書の記載によっても搬送トレイの具体的構造に関する記載(【0047】【0048】)はあるものの搬送トレイに代わる構成を具体的に示唆する記載はなく、これに代わる構成が当業者にとって明らかであることを認めるに足りる証拠もないから、当業者が出願時の技術常識に照らしてみたとしても、発明の詳細な説明に具体的な記載がないまま、…課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
…この点、本件審決は、本件発明の課題は、本件発明1に係る特許請求の範囲に記載された「前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し・・・前記永久磁石を樹脂封止する」ことにより、解決すると認識できるから、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであると判断し、被告も、搬送トレイを備えなくとも、サポート要件を満たすとした本件審決の認定に誤りはないと主張する。
しかしながら、上記判断の前提は、本件明細書において、「このような課題を解決する発明の実施の形態として、「(a)前工程から送られてきた、永久磁石14が磁石挿入孔13に挿入され搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を別途搬送手段等を用いて下型17上に搬送し、上型21(以下、キャビティブロック74も含む)に対して位置決めして固定」(【0039】)し、「(b)下型昇降手段33により昇降プレート32を介して下型17を少し上昇し、回転子積層鉄心12とキャビティブロック74とを密着させ・・・」(【0040】)、「(c)原料18が加熱されて粘度が下がると、更に、下型昇降手段33により昇降プレート32を介して下型17を上昇して、搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を上型21に押し付け」(【0041】、熱硬化性樹脂によって永久磁石を磁石挿入口に固定させた上で、「下型昇降手段33により昇降プレート32を介して下型17を下降させ」(【0044】)、「その後、搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外され、搬送トレイ16は別途搬送手段により後工程に送」(【0044】)ることが記載されており、これにより、「複数の鉄心片が積層された回転子積層鉄心に形成された複数の磁石挿入孔に挿入された永久磁石を、樹脂部材を磁石挿入孔に注入して固定する際、上型及び下型により回転子積層鉄心を押圧し、樹脂部材を磁石挿入孔に充填することによって、・・・簡単な工程で、短時間に行うことができ、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる」(【0011】)との効果を奏する発明が記載されている。」といえるものであるから、本件審決は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された上記工程からなる本件発明の実施の形態が課題を解決できることを判断しているものと認められる。
そうすると、本件審決は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の実施の形態について、当業者が課題を解決できると認識できることをいうにとどまり、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断したものとはいえない。」
3.雑感
3-1.判決についての感想
全体的な結果について:納得度100%
本件は、論理構成だけを見れば、
「本件において課題を解決する発明に「搬送トレイ」は不可欠の構成要素である」→「本件発明には「搬送トレイ」の構成は記載されておらず、「搬送トレイ」を含まない構成も含み得るものである」→「本件発明には、当業者が課題を解決できると認識できない発明が含まれている」→「サポート要件違反である」
というものであり、課題を解決する発明に必須の構成が請求項に含まれていないためサポート要件違反という、典型的なパターンの事例といえる。
これだけを見ると、当たり前の結論が出されているようにも思えるが、当たり前の結論と思える案件ほど注視しなければならない。なぜなら、本当に当たり前のことならば、およそ特許庁が判断を間違えることはないからである。
本件では、知財高裁も特許庁(前審審決)も、本件発明の課題を、「生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供することを目的とする」ことと認定しており、課題の認定に齟齬はなかった。
しかし、両者の結論は異なったわけである。
認定された課題は、それだけを読んでも「搬送トレイ」が必須であることを読み取れない。本件では、「課題を解決する発明は何か」の判断において、特許庁と知財高裁の結論が相違したことになる。
特許庁は、前審の無効審判において次のように判断した。
「当業者であれば、本件発明1が、上記課題を、「前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧」した状態において、「前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する」ことで解決することを理解できる。」
一方で知財高裁は、特許庁の判断に対して、「特許庁の判断は、「本件明細書において、課題を解決する発明の実施形態として、搬送トレイを必須とした工程が記載されていることから理解しているのであって、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の実施の形態について、当業者が課題を解決できると認識できることをいうにとどまる」と述べている。
ここに、本件の難しさがあり、本件から何を学ぶべきかの糸口があるように思える。
知財高裁によれば、特許庁の判断は、「特許請求の範囲に記載された発明が、当該発明の課題を解決できるか」の判断ではなく、「本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の実施の形態が、当該発明の課題を解決できるか」の判断であるわけだが、その大きな要因として、「特許庁の判断が、明細書に搬送トレイを必須とした工程が記載されていることから理解している」という点が挙げられる。
ここから、サポート要件の判断における一つの論理手法を導くことができるだろう。
「本件明細書における実施形態の記載から本件発明が課題を解決できると判断することは、特許請求の範囲に記載された発明に対する評価ではなく、特許請求の範囲に記載された発明が課題を解決するかの判断ではないため不当である。」
適切な案件に対して上述の論法を使いこなすことができれば、自己に有利な結論を導き易くなるだろう。
そこで考えなければならないのは、どういった案件がこの論法に適しているかである。発明の概要は、時に、明細書の記載の力を借りて理解され得るものであり、特許請求に記載された発明を、発明の詳細な説明の記載に頼って解釈することが一律に禁じられているわけではない。つまりは「程度問題」なのである。
どこまでなら発明の詳細な説明の記載の助けを借りて本願発明を解釈してよいか、どこまでいくとやり過ぎになるか、そこにはボーダーラインがあり、許容範囲内の案件に対して上述の論法で主張しても有効な主張にはならないだろう。
ただ闇雲に上述の論法を用いてサポート要件の判断の是非を問うても、「本件は事情が異なる」と一蹴されてしまうわけである。
上述の論法を使いこなすには、「審査官/審判官のした判断は、~であるから、このような判断は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の実施の形態について、当業者が課題を解決できると認識できることをいうにとどまるものである。よって、…」と続けるべきであり、「審査官/審判官のした判断は、~であるから」の内容が、この主張の成否を分けることになろう。
本件の分析をさらに進めていくことは、このラインの見極めに役立つものと思われる。
そして、このラインを適切に見極めることができれば、「請求項にどの程度の内容を記載すれば十分といえるか」の判断にも役立ち、請求項から不要な記載を減らすことにも繋がるわけである。
以下の考察では、この点について深堀していきたい
4.本件のより詳細な考察
4-1.本件特許について
4-2.本件事例の分析(サポート要件)
(イ)知財高裁の判断ロジック
(ロ)本件の学び
4-3.補足
5.実務への活かし(詳細な分析からいえること)
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