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判例特許

令和4年(行ケ)第10125号 特許無効審決の取消請求事件(ケマーズカンパニー vs AGC)

新規事項:拡張された「除くクレーム」が認められた事例
2023/10/5判決言渡 判決文リンク
#特許 #新規事項 #除くクレーム

1.概要

 AGC株式会社(以下、「請AGC」という。)が、ザ ケマーズ カンパニー エフシー リミテッド ライアビリティ カンパニー(以下、「特ケマーズ」という。)の有する特許6752438号(発明の名称「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」。以下、「本件特許」という。)、の無効審判を請求し、特ケマーズが訂正請求をしたところ、審決は「本件訂正は認められず、本件特許は無効である」としたため、審決の取消しを求めた事案である。

 本件の争点は、訂正要件、さらに言えば、「除くクレーム」に対する訂正新規事項の追加(特許法126条5項)である。知財高裁は、審決の判断には誤りがあるとし、本件審決を取り消した。

 訂正請求による訂正後の請求項1に係る発明(以下、「本件訂正発明1」という。)は以下の通りである。

【請求項1】(下線が訂正事項)
 HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)

 この本件訂正発明1の訂正事項は、訂正前の請求項1に記載されている「HFO-1234yf」、「HFC-254eb」及び「HFC-245cb」のいずれでもない「HCFC-225cb」の重量%の下限を特定する訂正を行った。また、この「HCFC-225cb」は、本件特許明細書等に記載されていないものであった

 審決(特許庁)は、本件訂正発明1が「数値範囲の限定」を伴った発明であることについて、以下のように訂正要件の適合性が判断されるべきと解した。

特許庁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。…)において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く対象」が存在しないとしても、訂正後の請求項1に係る発明(以下「本件訂正発明1」という。)には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される
 しかしながら、訂正前の請求項1には、HCFC-225cbについての規定はなく、…本件明細書等にも、HCFC-225cbについての記載を見いだすことはできず、本件発明1に「HCFC-225cb」が含まれているかどうかは判然としない。…
 ましてや、本件明細書等には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、本件発明1が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。
 そうすると、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。」

 これに対し、特ケマーズは、次のように反論した。

特ケマーズの主張(判決より抜粋。下線は付記)
「…本件訂正は、サポート要件を満たす請求項1の記載から、本件明細書に記載されていない「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」を除くものにすぎないから、新たな技術的事項を付加するものではない。
 本件訂正は、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が権利範囲に含まれることを明示するものではなく、任意の構成要素であった「HCFC-225cb」を1重量%以上で含有する組成物を除くことを明確化するものである。
 …本件訂正により、本件明細書に一切記載されていない「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」を請求項の範囲から除外することによって、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が権利範囲から除かれることが明確になるだけであるから、本件訂正は、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」を権利範囲に含める訂正ではなく、請求項を限定するものである。本件訂正は、ソルダーレジスト大合議判決の事案と同様に、引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって、本件明細書に記載された本件発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから、本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでない。
 …
 本件訂正は、先行文献(甲4)との重複を回避するための訂正であるが、甲4で示されている範囲よりも広範な範囲で権利範囲から除外するものであり、第三者に不測の損害をもたらすものではなく、何ら問題のないものである。
 …
 本件発明1に係る請求項は、いわゆるオープンクレームであり、「A、B及びCを含有する組成物。」と記載されるオープンクレームにおいては、「A、B及びC」の他に「α」が含まれる組成物もその権利範囲に入っているところ、「αを〇〇%以上で含む組成物を除く」場合、少なくとも「αを〇〇%以上で含む組成物」が権利範囲から除かれることが明確化され、その権利範囲は狭まるだけである(「αを〇〇%未満で含む組成物」を含むことが明示されるものでもない。)。」

 これに対し、本件の知財高裁は、以下のように述べ、特許庁の判断に誤りがあることを認めた。

知財高裁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「検討するに、前記イの通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記ア(ア)のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない
 したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。」

 このように、知財高裁は、本件発明が「オープンクレームである(=それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解される)」という特ケマーズの主張を容れた上で、特許庁の「訂正後の請求項1に係る発明(以下「本件訂正発明1」という。)には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになる」との判断を真っ向から否定し(=本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない)、本件訂正は新たな技術的事項を導入しないものと判断した。

 また、請AGCは、特ケマーズのした本件訂正に対し、以下のような主張も行った。

請AGCの主張(判決より抜粋。下線は付記)
「ソルダーレジスト大合議判決は、いわゆる「除くクレーム」によって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」について、新規事項の追加に該当しない場合があることを判示したものであるが、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていない。
 すなわち、本件発明1と甲4発明が同一である部分は、「CF3CF=CH2(HFC-1234yf)(10%)、CF3CF2CH3(20%)、CF3CFHCH3(48%)、HCFC-225cb(20%)を含む揮発性物質」であるから、特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正をするのであれば、「ただし、HFC-1234yfを10%、HFC-254ebを20%、HFC-245cbを48%、HCFC-225cbを20%含む組成物を除く」との訂正をすべきである
 本件のように、特許出願に係る発明と同一の発明が存在することを奇貨として、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することができるとすれば、第三者に不測の損害をもたらすこととなる。」

 この請AGCの主張に対して、本件の知財高裁は、以下のように判断した。

知財高裁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。
 しかしながら、特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである
 また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、本件訂正は、前記(2)のとおり、甲4による新規性欠如及び進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けてされた訂正であるが、前記2のとおり、甲4には、甲4発明が記載されているのみならず、「HCFC-225cbを含むハロカーボン混合物から、・・ヒドロフルオロカーボンを直接的に調製する有利な方法に関する。・・この方法は相当量の該HCFC-225cbを他の化合物へ転化することなく行われる。」(【0012】)、「本発明による好ましい混合物とは、化合物HCFC-225cbを含む混合物である。他の好ましい態様において、混合物は本質的に約1~約99重量パーセントのHCFC-225cb・・とから成る」(【0015】)との記載があり、同各記載を踏まえると、本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。」 

2.雑感

2-1.判決についての感想

全体的な結果について:納得度80%

 正直に言うと、本判決を最初に読んだときの率直な感想は、「当たり前の結論を述べているに過ぎない」簡単な事例だと思った。(考察を進めると、一回目に読んだときの印象と全然違う印象になることは、他の判決も含め、しばしばある)

 なぜ簡単に感じたかと言うと、知財高裁の結論そのものには特に違和感がなかったからである。

 「除くクレーム」の類型についてまとめた私の記事(令和4年(行ケ)第10030号)を読んで頂ければわかるが、本件発明における訂正は、除外する対象が特許請求の範囲に記載された構成要素の一部ではなく(「内的除外」ではなく)、発明が備える構成要素以外の要素を除く「外的除外」であり、またさらに、「組成物」という発明対象に内在する構成要素を除外するものであるため、「内在型の外的除外」に相当する。

 そして、下の表のように、本件発明がクローズドクレームであるならば「内在型の外的除外」は認められないだろうが、オープンクレームであるならば「内在型の外的除外」は認められるものと考えられる。たとえそれが数値範囲を伴うものであったとしても、そのことから直ちに「性質の異なる除くクレーム」とは言えないだろう。

 例えば、「構成B」と「構成C」を別々の構成と扱うのと同様に、「含有率が1%未満の組成B」と「含有率が1%以上の組成B」を別々の構成と扱うことは問題なくできるわけで、内在する「他の構成」をどのような単位で分けるかの話にすぎない。そのため、「含有率が1%未満の組成B」「含有率が1%以上の組成B」あるいは「構成C」等、発明に内在し得る全ての外的構成の中から、「含有率が1%以上の組成B」という構成を除いただけと見ることができる。

 そうすると、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」という除くクレームを認めるというのは、単に「オープンクレームの発明に対する内在型の外的除外は認められる」という考察通りの当たり前の結論を述べているに過ぎないと感じたわけである。

 特許庁は前審の審決において、「本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、訂正前の発明において、「除く」対象(「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」)が含まれているといえるか、または、「除く対象」が存在しないとしても、「除かれない」対象(「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」)が含まれているといえる必要があると解される。」と述べ、数値範囲の限定を伴う「除くクレーム」に対する新たな判断枠組みを論じたが、知財高裁は、この判断の根拠となっている「訂正後の発明に、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになる」という点を否定し、このような判断枠組みが合理的でないことを導いている。

 知財高裁の述べる通り、確かに、特許庁の上記解釈は合理性を欠いている。数値範囲の限定を伴う「除くクレーム」に対してだけ、なぜ、訂正/補正前の発明に「除く」対象または「除かれない」対象が含まれているといえる必要があるのか、合理的な説明がされていない。

 知財高裁は、特許庁のこの解釈に対し「訂正後の発明に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されるわけではない」という返しをしているが、仮に、訂正後の発明が「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることを明示することになったとしても、それが「新たな技術的事項を導入するもの」でない限りは、認められるはずである。

 オープンクレームなのだから、訂正前の発明においても、明示されていないだけで「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」は権利範囲に含まれていたわけで、これが明示されたというだけで、そこに新たな技術的事項の導入が認められないのであれば、「明示した」というだけでそのような補正/訂正が否定されるのは、大合議判決の規範に抵触するであろう。

 つまり、「明示されること」のみを根拠として直ちに訂正後の「除くクレーム」発明を否定することはできず「新たな技術的事項を導入したといえるか」を論じなければ、そのような主張は合理性を欠くということは、我々が「除くクレーム」の是非を主張するときにも忘れてはならない教示と言えるだろう。

 本件では、特許庁の審決を支持したいはずの請AGCも、上記の特許庁の見解に反するような主張をしている。請AGCは、「本件訂正発明1は、いゆわる「除くクレーム」という消極的表現を用いるものであるが、これを積極的表現に改めると次の要素を組み合わせてなる組成物ということになる。(ア)HFO-1234yf、(イ)HFC-254eb、」(ウ)HFC-245cbと、を含み、(エ)HCFC-225cbを含まないか、あるいは、HCFC-225cbを1重量%未満で含む」と述べており、(エ)において、「HCFC-225cbを含まないか、あるいは」と述べており、訂正後の発明が「HCFC-225cbを含まない場合」も含むことを認めているため、HCFC-225cbを1重量%未満で含むことが明示されることにはならないことを認めている。

 また、本件では、上記の他にも「除くクレーム」についての主張がされており、知財高裁はその主張の是非を判断している。

 請AGCの「本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められない」との主張に対し、本件の知財高裁は、特許法において「先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていないから、訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。」と述べて一蹴したわけである。

 この点も、法律論としてみれば、当たり前のように思える回答であろう。論点はあくまで「(訂正)新規事項」にある。先願発明と同一である部分のみを除外するのは、新規事項との関係からではなく、ソルダーレジスト大合議判決の件でいえば、特許法第29条の2(拡大先願)との関係でそうしているに過ぎない。
 そして、特許法第29条の2の拒絶理由を解消するために、必ず「同一部分のみを除外する」ことが求められることはなく、それ以外も除外されるような権利であっても、権利者側が余分に権利を狭めているだけであれば第三者には有利なのであり、拒絶理由さえ解消すれば、どのように解消するかは権利者側が自由に決めればよい。
 「除くクレーム」の場合だけ、同一部分のみを除外すべきと論じたいのであれば、それは「新規事項」や「拡大先願」といった何らかの拒絶理由の条項との関係からではなく、「除くクレーム」そのものの性格から、利用条件を定めるということになろう。

 このようなことを法律の問題として処理するには、適用法条の問題があるだろう。それこそ、PBP最高裁が、PBPクレームの是非を「明確性要件」の観点から導いたように、「除くクレーム」という引き算的な権利範囲の確定方法が持つ性質と、これによる弊害を、特定の拒絶理由の条項との関係から論じていかなければならないだろう。

 ソルダーレジスト大合議判決で与えられた規範はあくまで「新たな技術的事項を導入するもの」といえるか否かである。新規事項の問題として論ずる限り、実質的に新規事項にならないにもかかわらず「除くクレーム」という理由だけで、請求項の記載の仕方に制限を付けるべきではないという結論は、当然と言えば当然のことであろう。

 但し、ここでの知財高裁の判断について誤解してはならない。知財高裁は、先願発明と同一である部分を除外する記載となっていない「除くクレーム」が常に適法であると判断したわけではなく、(訂正)新規事項の判断において「先願発明と同一である部分を除外する等の要件を加重することは相当ではない」と述べているにすぎない。
 そして、「新たな技術的事項を導入するものでさえなければ、常に「除くクレーム」が認められるわけでもないことも忘れてはならない。「新規事項」以外の要件に違反するならば、そのような「除くクレーム」は当然、認められないわけである。

 さて、いずれにしても、上述の知財高裁の判断は、それだけを見れば至極当然のことを述べているだけで、むしろ特許庁や請AGCが無理筋な判断や主張を通そうとしているように読めたわけであるが、以前にも別の記事で述べたように、当たり前の結論と思える案件ほど、そこで結論付けないように注視しなければならない。

 判決を一度読んだだけでは、なぜ特許庁や請AGCが一見して無理筋とも思える判断や主張を行ったのかが、私には理解できなかった。傍から見ればこんな勝ち目のなさそうな主張をなぜしたのかと言いたくもなるが、裏を返せば、本件には、このような主張をするに至る何らかの事情があったのかもしれない。

 私は、このような懐疑的な気持ちで改めて本件を見つめ直してみた。すると、本件が「除くクレーム」に対する、非常に判断の難しい論点を投げかけていることに気が付いた。そしてこの論点が前提にあったからこそ、特許庁や請AGCは、上述したような判断や主張を行ったのだと思えた。

 本判決を考える上で、知っておくべき重要な点は、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が、本件特許明細書に記載されていないという点ではなく、新規性・進歩性の引用文献である甲4号証(国際公開第2007/086972号)にも記載されていないという点である。

 つまり、特許庁や請AGCは、本件訂正が、進歩性の解消を図るために、甲4号証に記載された発明ではなく、甲4号証に記載された発明に基づいて新たに創作された発明を除くものであり、このように特許権者が創作した技術的事項を除くような「除くクレーム」を認めるべきではないという考えが前提にあった上で、上述の判断や主張を行ったのではないかというのが、私の推察である。

 もう少し詳細に説明しよう。

 甲4号証(甲4号証の訳文は甲6号証)には、訂正前の請求項にあたる「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む組成物」が開示されていた。また、その組成物は、「HFC-1234yfを10%、HFC-254ebを20%、HFC-245cbを48%、HCFC-225cbを20%含む組成物」であった。
 つまり、甲4号証には、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含み、さらに、HCFC-225cbを20%未満で含む組成物」は、開示されていなかった。(20%未満が開示されていないのであるから、1%未満も当然に開示されていない。)
 一方で、甲4号証には、別の記載として、段落【0015】に「本発明による好ましい混合物とは、化合物HCFC-225cbを含む混合物である。・・・さらに他の好ましい態様において、混合物は本質的に約1~約99重量パーセントのHCFC-225cb(より好ましくは約40~約55重量パーセントのHCFC-225cb)と、約1~約99重量パーセントのHCFC-225ca(より好ましくは約45~約60重量パーセントのHCFC-225ca)とから成る。」との記載があった。

 段落【0015】は、好ましい混合物が、「HCFC-225cbと、HCFC-225caとから成る。」と述べており、その中での、HCFC-225cbの重量パーセントが約1~約99重量パーセントとなり得ることを述べているため、この記載は、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含み、さらに、HCFC-225cbを含む組成物」におけるHCFC-225cbの好ましい重量パーセントを述べる記載ではなかった。

 このように、甲4号証全体の記載からは、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含み、さらに、HCFC-225cbを含む組成物」における「HCFC-225cbの重量パーセントが約1~約99重量パーセントとなること」は直接的に導くことができないわけである。従って、甲4号証の記載に基づいて「(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)」との本件訂正を導くことは、「甲4号証の記載に基づいて新たに創作された技術的事項」を除くことになるのである。

 本件においてこのような問題意識があったことは、請AGCが、「本件のように、特許出願に係る発明と同一の発明が存在することを奇貨として、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することができるとすれば、第三者に不測の損害をもたらすこととなる。」と主張したことからも窺える。

 この事実を踏まえた上で、特許庁の審決や被告の主張を読んでみると、見方が変わってくるのではないだろうか。

 特許庁が審決で、本願明細書において「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」に関する開示を要求したのは、引用文献である甲4号証において、この技術的事項が開示されていなかったからと見ることができるだろう。

 引用文献に開示されていない技術的事項を除こうとするならば、少なくとも、その除こうとする技術的事項に関する記載は、本願の方になければならない。

 特許庁は、色々と説明を付けるために「数値範囲の限定を伴う「除くクレーム」であるから」等と言っているが、上記の文章だけを読めば、このような主張は決して当を外したものとは言えないように思う。
 本願明細書や引用文献の開示を要求されずに補正/訂正が可能になるのであれば、もやは「新たな技術的事項」さえ導入されなければ、どこにも書いていないことを自由に持ってきて自由に請求項から除いてよいことになるが、新規事項の解釈をそこまで拡張するのは、果たして「公開代償」や「先願主義」といった特許法の基本的な原理に即した解釈と言えるだろうか、甚だ疑問である。

 「引用文献に記載される事項でもなく、本願明細書に記載される事項でもない、技術的事項を除くような「除くクレーム」が許されるか」という論点については、私が別の記事(令和4年(行ケ)第10118号)で述べた、「除くクレームの必要性(要保護性)」の話にも関係する。

 ソルダーレジスト大合議判決では、以下のような判旨が述べられた(下線は付記)。
「もっとも、明細書又は図面に記載された事項は、通常、当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから、当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる。
 ところで、特許法29条の2に該当することを理由として、特許が無効とされることを回避するために、「除くクレーム」によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。
 このような場合、特許権者は、特許出願時において先願発明の存在を認識していないから、当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが、明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。」

 このように「新たな技術的事項の導入」という規範は、通常の「明記あるいは自明な事項に基づく補正/訂正」をする場合には実質的に用いる必要がなく(特段の事情のない限りは当然に新規事項の追加に当たらない)、あくまでこの規範を必要とする中核は「先願発明の存在を認識していない」ような場合において、通常は本願明細書等に「具体的に記載されていないであろう事項」を補正/訂正する場合にある、と読むこともできる。

 確かに「先願発明と同一である部分を除外する」場合のみを対象とするとまでは読めないものの、大合議判決のこの文章は、出願時に「認識」がなく出願後に「認識」したという事情から、「除くクレーム」を認める必要性(要保護性)が生じたものとする見方も十分にできるだろう。

 このような背景を踏まえると、「除くクレーム」には、出願時であれ出願後であれ少なくとも「認識」を必要とするという見方もでき、直接「認識」されていないはずの「認識に基づく創作」にまで、「除くクレーム」の適用を認めてよいか(「新たな技術的事項を導入するものではない」からといって、本願や引用文献に記載されていないような事項も含め、あらゆる技術的事項による「除くクレーム」を許してよいか)という点は、未だ解決されていない「除くクレーム」の重要論点ということができるだろう。

 つまり、ソルダーレジスト大合議判決は、「新たな技術的事項を導入するか否か」という規範を示したが、この規範が「除くクレームの必要性(要保護性)」に基づいて導かれた規範であるのか、必要性や要保護性とは関係なく、請求項の記載一般として導かれた規範であるのか(「除くクレーム」の適用対象は必要性(要保護性)のある範囲に留まるのか否か)、及び、必要性(要保護性)のある範囲に留まるとしても、その「必要性(要保護性)のある範囲」はどの程度の範囲なのか(「除くクレーム」によって除けるのは、直接「認識される」範囲までか「認識に基づいて創作される」範囲までか)、については、当該判決からは明らかになっていないわけである。

 私の見解ではあるが、ソルダーレジスト大合議判決の規範を、請求項の記載一般として導かれた規範と解することは適当ではないと感じている。本願や引用文献に何ら開示がされていなくても、新たな技術的事項を導入するものでなければ、あらゆる記載が許されることとなってしまっては「公開代償」や「先願主義」という特許法の根幹からあまりに逸脱するように思えるからである。

 本件で知財高裁は、「特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。」と述べており、「新たな技術的事項を導入しないものであればよい」とすることの根拠として第三者が不測の不利益に焦点を当てている。(本件に限らず、近時の知財高裁判決は、ここに焦点を当てているものが多い)

 しかしながら、ソルダーレジスト大合議判決は、より深いところまで考慮した上で、「新たな技術的事項を導入しないものであればよい」とする規範を導き出している。

 具体的に大合議判決は
「特許法は,補正について「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないと定めることにより,出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するととともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにし,さらに,特許権付与後の段階である訂正の場面においても一貫して同様の要件を定めることによって,出願当初における発明の開示が十分に行われることを担保して,先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものであると理解することができる」
 との趣旨を踏まえて規範を導いている。

 つまり、補正/訂正における新規事項についての規範の背景には、第三者の不測の不利益だけでなく、これと共に、公開代償としての開示の公平性も含まれており、そしてこれらの要素は、先願主義の原則の実質的な確保のためにある」と、大合議判決は解しているのである。

 従って、「公開代償」や「先願主義」という特許法の根幹からあまりに逸脱するような「除くクレーム」は、法の趣旨に反し、許されるものではないというべきであり、必要性や要保護性を考慮せずに、請求項の記載一般として、自由に「除くクレーム」が許されると解することはできない、と私は考えている。
 そして、直接「認識される」範囲に留まらず、「認識に基づいて創作された」範囲にまで、「除くクレーム」の適用範囲を拡げてよいものかについても疑問の残るところではあるが、この点については、まだ私自身、結論が出ていない。

 私は、本件において、特許庁には、「特許権者が創作した技術的事項を除くこと」について、道義的あるいは心情的に許すことができないという意識があったのではと推測する。引用文献の記載から、進歩性の解消に有利に働く技術的事項を新たに創作し、これを「除くクレーム」として特定した行為そのものを、特許庁は非難したかった。そして、これを何とか非難するために、引用文献に記載されていない事項なのだから、少なくとも本願明細書に記載されている事項であるべき、という解釈を行ったのではないかと推測する。

 それでは、本件で、知財高裁は、訂正新規事項についての特許庁の判断を取り消したわけだが、知財高裁は、「「新たな技術的事項を導入するものではない」ならば、本願や引用文献に記載されていないような事項も含め、あらゆる技術的事項による「除くクレーム」が許される」と判断したかというと、そういうわけではない。
 知財高裁がこのような立場に立っているわけでないことは、きちんと判決を読み込めばわかることであるが、雑感としてはこの辺りに留めておき、ここから先は、以降の「詳細な考察」で述べることにする。

3.本件のより詳細な考察

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