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令和5年(行ケ)第10019号 特許有効審決の審決取消請求事件(科研製薬vsリジェネロン等)

”医薬組成物”であることで進歩性が認められてしまった事例
2024/8/7判決言渡 #特許 #進歩性

1.概要

 本件は、特許第6353838号(発明の名称「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」。以下、本件特許という。)に対し、原告である科研製薬株式会社(以下「請求人科研」という。)が無効審判を請求し、請求が認められなかったために行われた審決取消訴訟である。

 被告は、特許権者のリジェネロン・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッドと、サノフィ・バイオテクノロジーであり(以下「権利者リジェネロン等」という。)は、無効審判の過程で、特許請求の範囲を訂正し、認められている。

 争点は29条2項の進歩性、36条4項1号の実施可能要件、及び36条6項1号のサポート要件であるが、本件では進歩性にフォーカスを当てる。
 訂正後の請求項1に係る発明(以下、「本件訂正発明1」という。)は以下の通りである。なお、下線部が訂正部分にあたるが、下記の通り、誤記あるいは明確を目的とする訂正と考えられ、実質的な発明内容を大きく減縮するものではないだろう。

【請求項1】
 患者において中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)を処置する方法に使用するための治療上有効量の抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体またはその抗原結合断片を含む医薬組成物であって、ここで前記患者が局所コルチコステロイドまたは局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないかまたは前記局所処置が勧められない患者である前記医薬組成物。

 本件発明は、抗ヒトIL-4R抗体(本件抗体)またはその抗原結合断片を含む“医薬組成物”であり、アトピー性皮膚炎の処置及び/又は防止のための新規標的療法を与えるものである。(アトピー性皮膚炎のための典型的な処置において、その多くの処置選択肢は、一時的な、不完全な、症状の緩和を提供するに過ぎなかった。)

 一方で、甲1(主引用文献)は、「REGN668についての、中等度~重度の外因性アトピー性皮膚炎を患っている成人患者における試験」につき、治験依頼者・共同研究者である被告らが、監督当局である米国FDAに提出(最後の更新提出日:2012年〔平成24年〕)4月19日)した臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)(情報データベースからの出力文書)であり、その治験薬組成物(の一部)であるREGN668は、抗ヒトIL-4R抗体(本件抗体)であり、本件明細書に本件訂正発明の実施例として記載されている「mAb1」と同一物質である。

 審決は、甲1に記載されている引用発明(主引用発明)を次のように認定し、一致点と相違点を特定した。

【引用発明】
 中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)患者に対する効果、安全性などを評価するための試験に使用される、REGN668(=抗ヒトIL-4R抗体)を含む治験薬組成物であって、ここで前記患者が18歳以上で、少なくとも3年間の慢性アトピー性皮膚炎を患っており、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者である前記治験薬組成物。

【一致点】
 抗ヒトIL-4R抗体又はその抗原結合断片を含む組成物であって、中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者に投与されるものである点。

【相違点】
 本件訂正発明1は、中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者を処置する方法に使用するための、治療上有効な量の抗ヒトIL-4R抗体又はその抗原結合断片を含む医薬組成物であるのに対し、引用発明は、治験薬組成物である点。

 また、審決は容易想到性について以下のように判断した。

【審決における容易想到性の判断】(判決文より抜粋。下線は付記)
甲1の試験はフェーズ2臨床試験であるところ、フェーズ2の前に行われるフェーズ1臨床試験は、通常少数の健康人に対し治験薬の安全性や薬物動態を調査するものであり、患者に対する有効性の確認はフェーズ2臨床試験から始められることが技術常識である。そして、甲21(審判乙1)によれば、フェーズ2臨床試験の成功の確率は他のどのフェーズよりもはるかに低く、アレルギー疾患の場合、33%程度であり、このことからすると、フェーズ2臨床試験が行われていることから直ちに、当該治験薬が試験結果を見るまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するとはいえない
 また、甲2~6を検討しても、本件特許の優先日前に、アトピー性皮膚炎患者に抗ヒトIL-4R抗体が投与されて、実際に治療効果が得られたことを示す証拠はない。
 アトピー性皮膚炎の急性期と慢性期におけるサイトカインの役割に関する本件特許出願の優先日における技術常識を踏まえると、甲1で使用されているREGN668(抗ヒトIL-4R抗体)が、甲3における抗体と同様、IL-4活性及びIL―13活性を遮断する能力を有するものであるとしても、少なくとも3年間の慢性アトピー性皮膚炎を患っており、IL-4が優勢である急性期とは異なり、IL-4よりもインターフェロンガンマ、IL-12産生が優勢となっていると考えられる引用発明における患者に対し、REGN668(抗ヒトIL-4R抗体)を治療上有効に用いることを当業者が想到し得たとはいえず、また、臨床症状の改善をもたらすことを容易に予測はできない状況であったと認められる
 また、甲24(審判乙4)に記載されるように、アトピー性皮膚炎における免疫経路の複雑さを考慮すると、IL-4の作用の遮断という、本件特許の優先日において、アトピー性皮膚炎の治療に対する使用実績のない特定のメカニズムに基づく治療薬について、臨床試験の結果を待つことなく、中等度から重度のアトピー性皮膚炎に対して治療効果が得られると予測をすることは困難であると認められる
 そうすると、引用発明について、中等度から重度のアトピー性皮膚炎であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者を処置する方法に使用するための、治療上有効な量の抗ヒトIL-4R抗体を含む医薬組成物であるという相違点に係る構成を備え、本件訂正発明1に該当する患者において、実際に本件明細書に示されたアトピー性皮膚炎の臨床症状の改善効果を示すものとすることは、甲1~6の記載から当業者が容易になし得たことであるとはいえない。」

 これに対し、原告及び被告は、技術常識の認定および容易想到性の判断についてそれぞれの意見を主張したが、本件知財高裁は、技術常識の認定について審決に誤認があったとは認めず、容易想到性についても審決の判断に誤りは認められないとした。

 以下に、容易想到性についての記載を抜粋する。

【請求人科研の主張】(判決文より抜粋。下線、太字は付記)
「甲1における試験段階は第Ⅱ相試験であり、これに先立ってアトピー性皮膚炎患者に対するREGN668の第Ⅰ相試験(「Phase1b」)が行われており(甲6)、REGN668は医薬品としての有用性が期待できると判断された薬物である(甲49)。また、IL-4の作用の遮断がアトピー性皮膚炎の治療に用い得ることは、甲3又は甲8から本件特許の優先日において知られていたことであった。第Ⅰ相試験に供試される治験薬組成物でさえ医薬品としての有用性が期待できると判断された薬物であるのであるから、第Ⅰ相試験を経てさらなる臨床試験である第Ⅱ相試験に供試された治験薬組成物である引用発明に係る抗ヒトIL-4R抗体(REGN668)が、医薬品としての有用性が期待できると判断された薬物であることは論を俟たない。そして、引用発明が奏すると予測される効果は、本件訂正発明の物としての構成を具備する引用発明自体の従来技術に鑑みて予測される効果であって、具体的な試験における結果である必要はないから、臨床試験の結果の有無に拘泥する必要はない
 そうすると、アトピー性皮膚炎はTh2/IL-4等が優勢な疾患であるという正しい技術常識に照らし、抗ヒトIL-4R抗体であるREGN668が奏功することは当業者が予測できたことである。」

【権利者リジェネロン等の主張】(判決文より抜粋。太字は付記)
「本件訂正発明は、アトピー性皮膚炎の病態や炎症維持のメカニズムが解明されていない状況下、抗ヒトIL-4R抗体であるmAb1が本件患者の症状の改善作用を有すること、症状の改善はmAb1のIL-4Rアンタゴニスト作用と相関することを発見したものであり、本件訂正発明における本件抗体等の本件患者の処置に適する医薬組成物としての用途を見出した用途発明であって、その進歩性は当然認められる。」

【知財高裁の判断】(判決文より抜粋。下線、太字は付記)
「ア 原告は、…正しい技術常識に照らし、抗ヒトIⅬ-4抗体であるREGN668が奏功することは当業者が予測できたことであると主張する。
イ しかし、本件審決が認定するアトピー性皮膚炎に関する技術常識…に誤りがないことは前記(1)のとおりであり、原告が主張するように「アトピー性皮膚炎がTh2/IL-4等が優勢な疾患である」という単純な理解のみに基づいて、その治療上の有効性の判断をなし得るものではない。
 しかも、アトピー性皮膚炎の免疫経路が複雑なものであり、炎症部位や病期によっても変化し得ることについては、前掲甲24…、前掲甲25…、甲28…、前掲乙21…の記載に示されているとおりである。
 こうした、アトピー性皮膚炎の免疫経路の複雑さも考慮すると、炎症部位や病期によってTh1/Th2バランスが変化し、このバランスのみでアレルギー疾患を理解することは困難であったことが本件特許の優先日当時の技術常識であり、それ以前に、IL-4及びこれを産生するTh2細胞を含む、特定の細胞とサイトカインがアトピー性皮膚炎で果たす役割についての当業者の理解は、標的療法の開発の機会を生み出す(特定の細胞とサイトカインを標的に、候補化合物を探索し得る。)にとどまり、特定の細胞とサイトカインのうちのいずれかを標的とすることによって、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の存在を解明するには至っていなかったといえる。
 そうすると、たとえ上記優先日前に、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の標的となり得る抗原である特定の細胞とサイトカイン(Th2/IL-4)が知られていたとしても、他の多くの細胞とサイトカインも作用することが知られている中で、Th2/IL-4の働きを阻害することで、本件患者を含む慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏するかどうかまで、当業者が認識できたとはいえない
 つまり、当該抗原の作用を阻害するための受容体に対する抗体(抗IL-4R抗体)が公知であったとしても、当該作用の阻害により、アトピー性皮膚炎の治療効果が可能となるとの治験までが公知になっていたわけではないから、当該抗体(抗IL-4R抗体)を実際に治験に使用して、アトピー性皮膚炎に対する効果を確認してみなければ、アトピー性皮膚炎への治療効果があるかは予測できなかったといえる
ウ また、甲1における試験段階は第Ⅱ相試験であり、甲21によれば、第Ⅰ相試験(フェーズ1)からの移行の成功率は63.2%(n=3,582)であり、第Ⅱ相試験(フェーズ2)から第Ⅲ相試験(フェーズ3)への移行の成功率は更に低く、30.7%(n=3,862。アレルギー疾患の場合には33%)にすぎないことが認められる。しかも、甲1に記載された情報は臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)にすぎず、実際の試験結果については記載されていない。そうすると、甲1に記載された治験薬が、試験結果をみるまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するともいえない
エ これに対し、原告は、本件訂正発明1と引用発明の相違点に係る「治療上有効な量」については、薬効を確認するための臨床試験(甲1)において試験される治験薬の量は治療上有効な量であることは当然であり、ヒト抗体のアトピー性皮膚炎に対する具体的な用量は引用発明の際公知であった甲3に記載されているなどと主張する。
 しかし、上記主張を踏まえたとしても、Th2/IL-4の働きを阻害すること自体が確たるものではなかったのであるから、本件患者を含む慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏するかについて当業者が認識できたとはいえないとの前記判断は左右されない。しかも、甲3に記載された「1回あたりの用量は通常約0.01~約20mg/kg体重」の記載は、IL-4Rが関与している種々の病態の処置及び病気に用いる際の用量の目安であって、本件訂正発明の対象患者である本件患者に対する用量は何ら示されていない。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
オ また、原告は、「医薬」の構成は実質的な相違点ではないとし、甲1には治験薬としてREGN668が示されているところ、治験薬と医薬組成物は相違しないし、第Ⅰ相試験を経てさらなる臨床試験である第Ⅱ相試験に供試された治験薬組成物に有用性が期待できることは当然であり、さらに、甲2にはこれを「医薬(medications)」であるとする記載があると主張する。
 しかし、甲1にはREGN668が本件患者に対し治療効果を奏し医薬用途に使用できることについて何ら記載がない。また、甲2においても、「2つの医薬について、ADに対する臨床試験が、IL-4受容体を標的にして現在行われている(Aeroderm及びREGN-668)」(訳)との記載があるだけであり、これは「REGN-668」を含む2つの医薬についてアトピー性皮膚炎に対する臨床試験が行われているという文脈で「医薬」の用語が使用されていると理解されるから、医薬用途に使用できるものとして記載されているとはいえない。
 よって、「医薬」の構成に関する原告の前記主張も採用することができない。
(3) 小括
 以上によると、取消事由1に関する原告の主張はいずれも採用できず、本件訂正発明1が、引用発明及び甲1~6の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでないとした本件審決の判断に誤りは認められない。」

3.雑感

3-1.判決についての感想

全体的な結果について:納得度10%

 本件は、医薬品という分野の特殊な構造が抱える問題が、歪な判断構造を生んでしまっていることを危惧する一つの事例といえるのではないだろうか。
 特許法という医薬に限らない産業分野全般に適用される法律の中で、特許性判断の最重要項目ともいえる“進歩性”の判断が、特定の分野の保護を図ろうとするために、汎用性のない誤った方向へと進んでいるように、私には感じられる。

 発明とは、技術的な思想を凝らして作り上げた創作物や方法を保護するものであり、発明者の実質的な貢献である発明行為は“創作の過程”に存在するはずである。
 しかしながら、医薬分野の裁判事例がもたらしているのは、“創作”そのものではなく“効果”で進歩性を判断するという本質を見失った“効果偏重”の判断手法である。

 特許法は、医薬の分野だけを保護するために作られた法律ではないし、医薬の分野においても“効果偏重”の進歩性判断が、彼らの望む適切な保護の姿ともいえないように思える。

 私自身はこれを大きな問題点と捉えており、その意味で、本件知財高裁の判断には到底納得することができない。  本件のような事例が続けば、実質的に技術内容が同一の発明に対し、臨床試験を経る前と後で、人の治療に用途が限定されない「組成物」と、人の治療に用途が限定される「医薬組成物」の2つの権利が成立するという事態が生じ得るだろうし、このような認識を当業者が持ってしまっては、延長制度の存在価値も失われてしまうだろう。

3-2.効果”によって進歩性が生じるという考えのリスク

“医薬組成物=用途発明”という考えの助長

 私はコラム記事「進歩性における「予測できない顕著な効果」について」でも述べたが、発明性(特許性)の評価対象はあくまで「創作」であり「効果」であるべきではないと考えている。効果は、その創作対象の発明性を総合的に評価するための一つの判断材料にはなるが、これを直接的な評価の対象とすべきではない。なぜならば、効果とは、言ってしまえば結果の確認作業であり、創作が完了していることの保証に過ぎないからである。

 効果が確認できるまで発明がきちんと完成したかどうかがわからないとしてもそのことは、効果が確認できることで進歩性が認められるという論理の帰結にはならない。効果の確認作業にどれだけの時間とお金を費やしたところで、その時間とお金が“進歩性”を生み出すわけではないのである。

 権利者側であるリジェネロン等は、本件訂正発明を「医薬組成物としての用途を見出した用途発明である」と主張した。

 医薬組成物としての用途を見出すには、厚労省の認可が必要となる。人体への治験は好き勝手に行ってよいものではなく、国の管理の下で行われなければならない。そして、人体への治療効果及び安全性(=効果)が認められなければ、依然として“医薬組成物としての用途”を確認することはできない(=見出すことはできない。)。

 このような仕組みにあっては、厚労省の認可を取得しない限りは、“医薬組成物としての用途”は見出されないことになる。

 もしリジェネロン等の主張がまかり通るならば、厚労省などの認証機関の下で臨床試験を経て安全性が確認されることで、医薬組成物の用途発明が成立することになる。臨床試験の前後で組成物に何らの変更がなくても(=新規性がなくても)、臨床試験を経るという事実のみによって用途発明が成立する(=進歩性が生じる)ことになってしまうのである

 世界レベルでみれば「用途発明」を認めない国もあるが、用途発明が、新規性のないものに進歩性を認めるという一種の矛盾したロジックを生んでしまう歪さを考慮すると、この適用には慎重な姿勢が必要であろう。

 見出されていなかった用途を見出したことに“用途発明”を認めてはならない。

 その用途を見出すことそのものが(新規性のないものに)進歩性を生じさせるほどに「当業者が容易に想到できるものではない」といえなければ、法律上(特許法29条の規定上)も法目的上も“用途発明”は認めてはならないだろう。安易な用途発明の認定は、産業発達をむしろ阻害するというべきである。

 その意味では、用途発明の成立を認めるには“期待可能性”の判断が重要になるのではないか。当業者において十分な“期待可能性”がある場合には、用途発明を認めてはならないだろう。
 ※審査基準では、用途発明を「(i)ある物の未知の属性を発見し、(ii)この属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明」と定義しているが、これでは説明として不十分であり、本件のように“医薬組成物であれば用途発明が成立する”という考えを招来しかねないことが危惧される。医薬組成物であれば、およそ(i)と(ii)は充足してしまうからである。

 本件知財高裁も、さすがにリジェネロン等の主張する「医薬組成物としての用途を見出した用途発明である」という論理構成は採用していない。

実質的なダブルパテントの弊害

 臨床試験を通して、医薬組成物として利用できる効果が確認されることで進歩性が認められるという判断ロジックは、臨床試験の前後を通して、実質的なダブルパテント状態を生み出す危険性がある。

 臨床試験を開始する前に、「医薬組成物(人への治療が可能な医薬として認められた組成物)」ではなく、単に「組成物」としての特許は成立し得る。また、その「組成物」の特許の産業上の利用可能性には、医薬も当然に含まれ得るだろう。
 臨床試験の結果、問題なく効果(安全性)が確認できた場合、組成物としてみれば、臨床試験前に完成していた物(発明)と全く同一の物しかそこには存在していない。それにもかかわらず、臨床試験後の出願によって人への治療が可能な「医薬組成物」の発明が成立するとなると、「医薬組成物」という用途限定の有無にしか相違がない二つの特許権が成立することになる。

 これを医薬分野に絞ってみると、臨床試験の前後で、実質的にダブルパテントが生じていることになる。

 ダブルパテントの存在は、特許法を支える先願主義の根幹を破壊してしまう。先願の発明によってカバーされている権利範囲の一部でも、後願の発明がカバーしてしまっては、先願特許権の消滅後は誰でも利用できるという“発明の利用”が保証されず、特定人による不当な独占状態がなおも継続してしまうからである。

 日本が用途発明を認めるのも、その前提には、実質的な重なりがない(公知となっている物は、そもそも用途発明によって規定される用途への適用を想定していない(≒公知の物の特許権があったとしても、その用途に用いられることを想定した発明を開示していない以上、特許権の権利範囲はその用途を含まない(∵実質的に発明していない))という考えがあるはずである(なければならない)。

 実質的なダブルパテントの発生は、特許法の法目的における産業発展を阻害するだけでなく、延長登録制度の存在意義そのものを没却することにもなりかねない。

 臨床試験後にも新たな特許出願に基づく特許権が成立するならば、わざわざ臨床試験前にした特許出願に基づく特許権の延長申請をする必要はなく、臨床試験後に特許出願をした方がよい。延長制度はせいぜい5年であるが、認可試験は、治験がスムーズに進まなければ5年以上の期間を要することも珍しくなく、臨床試験後の出願の方が、実質的な存続期間は長くなるからである。

“効果”の視点だけで進歩性を認める必要があるのか

 臨床試験が想定通りにいかず、何らかの問題が発生した場合、そこには臨床試験前の状態に対する“新たな創作”が生まれるはずである。
 その創作には、組成そのものに影響を与えるものに限らず、用法や用量の面からの工夫も含まれ得る。

 臨床試験前にはわからなかった新たな課題に取り組み、この課題を解決する新しい創作(発明)が生じるはずであるから、このような場合には“その新たな創作を含んだ発明”に対して特許を成立させればよいのではないだろうか。
 そして、この”新たな創作“に特許権を認めるならば当然、請求項において新たな創作部分が表現されていなければならない。

 臨床試験を経た新たな発明(医薬)には、当業者が明確に臨床試験前の発明との相違点を把握できる発明特定事項が記載されるべきである。

 対象特許の請求項1には「治療上有効量の」という記載があるが、仮にこの部分に“新たな創作”があるとするならば、「治療上有効量」という表現は、創作した発明の開示としては不十分であり、不当に広い権利を要求する記載のようにも感じる

 公知の物との具体的な相違点を発明(=自然法則を利用した技術思想の創作)として記載することなく、「治療上有効量」や「医薬」といった当たり前の言葉で表現することは、公開代償として特許権を与えるという趣旨にも適っておらず、明確性要件との関係で問題になる可能性があるだろう(問題とすべきであろう)。

 PBPクレーム最高裁判決でも述べられていたように、独占排他権を得るには、発明者がどのような発明を創作したのかを当業者が理解できる程度に発明を明確に記載することが発明者には求められ、これを課したのが明確性要件なのである。

 治療上の「有効量」は、常に開示される特許出願の範囲内に収まるとは限らない。

 例えば、発明者が見い出した解決手段とは別の方法で解決することにより、発明者が見い出していない治療上の有効量を第三者が新たに見い出したり、医薬としての安全性を確保できたりする可能性がないとはいえないだろう。

 そうすると、発明者が発明していない範囲にまで特許権の効力が及んでしまうことになり、特許法による特定人の不当な独占に当業者が苦しめられてしまうのである。

実質的に“医薬組成物=用途発明”を認める判断ロジック

 臨床試験の主たる目的は「創作物に対する効果の確認」であって、創作そのものではない。
 
従って、本質的に捉えれば、「臨床試験によって効果が確認されたこと」が進歩性を認める根拠とはならないはずである。

 しかし、本件で知財高裁は、容易想到性の判断において「臨床試験で得られる効果(患者に対する治療効果)を予測できたか否か」という点を重視した。その進歩性判断は、結果としてみれば、用途発明を認めるものと大差ない結論に行き着いてしまったかもしれないことが危惧される。

 本件知財高裁は、審決の判断(進歩性あり)を肯定する理由として「当該作用の阻害により、アトピー性皮膚炎の治療効果が可能となるとの治験までが公知になっていたわけではないから、当該抗体(抗IL-4R抗体)を実際に治験に使用して、アトピー性皮膚炎に対する効果を確認してみなければ、アトピー性皮膚炎への治療効果があるかは予測できなかったといえる。」と述べている。

 知財高裁は「アトピー性皮膚炎の治療効果が可能となるとの治験までが公知になっていたわけではないから」と述べるが、アトピー性皮膚炎の治療効果が可能となるとの治験が公知になるのは、その治験が完了した後でしかあり得ない

 知財高裁の論理は、治験が完了するまでは効果がわからない(公知にならない)から、治験で効果を確認するまでは、治療効果があるかは予測できなかった。⇒よって進歩性を認めた審決の判断を肯定する、というものである。

 実際に治験を行ってみないと治療効果があるかは予測できない、というのは当たり前のことであり(だから治験をするのである。)、言ってしまえば何にだって当てはまることである。そのため、この知財高裁の判断は、我々に対して何らの解決策も与えてくれない。

 知財高裁は「裁判所のさじ加減で“効果の予測性”の観点から勝手に進歩性を判断します」と言っているに等しいのである。

 そもそも、たとえ効果を奏するか否かが予測できなかったとして、「その効果が発生することを治験を通して確認しました!」という行為に対してなぜ“進歩性”が認められるのか、私には全く理解できない。よく頑張りましたねとは言えても、それは当業者が容易に想到できないことだったねとは言えないだろう。やっていることは単なる効果の確認作業なのである。(※本件発明にはそこで生まれた新たな創作は規定されていない)

 また、本件では、請求人科研が主張するように、甲1に開示される試験段階において、既に第I相試験を行っており、少なくとも「効果の発生を期待している」状態であることに疑いはない(∵期待もないのに試験をするはずがない。)。
 当業者が、効果の発生を期待している組成物に対し、その効果の発生が予め予測できたものでないことを容易想到性の根拠とするというのは、結局のところ効果の確認作業に進歩性を認めるという論理に等しく、あまりに過ぎた“効果偏重”の進歩性判断であり、「創作」を保護対象とする特許制度に反しているようにも感じられる。

 特許法という法律が規定するように、進歩性の判断は「当業者が容易にすることのできた発明か」であり、「当業者が容易に効果を奏することを知ることができた発明か」ではないのである。

 医薬の分野には他の分野にない特殊事情があるとはいえ、特許法の枠組みの中で医療分野を適切に保護するために実質的な法の規定そのものを作り替えてしまうかのような司法判断は採用すべきではない。
 本件について言えば、司法はもう少し慎重な判断をすべきではなかったかというのが私の率直な感想であり、効果偏重の進歩性判断が是正されることを願っている。

4.本件のより詳細な考察

 さて、ここからは有料会員向けにもう少し実務に掘り下げた検討をしていきたいと思う。

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