令和5年(行ケ)第10149号 拒絶審決の審決取消訴訟(ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ vs 特許庁)
進歩性:機能的記載からの本願発明の認定
2025/1/16判決言渡
#特許 #進歩性 #発明の認定
1.概要
本件は、特願2021-47116号の拒絶査定不服審判に対してなされた拒絶審決の取消しを求める審決取消訴訟である。本件では「本願発明の認定」が大きな争点となり、出願人(原告)の主張は容れられずに請求棄却となった。
また、本件では、本願発明の認定で争点となっている発明特定事項が「機能的に」解釈されている点が特徴的なポイントである。本願の請求項1に係る発明は以下の通りである。なお、下線部は補正によって加えられた構成である。
【請求項1】
第1の流体が通って流れるように構成される第1の通路、および第2の流体が通って流れるように構成される第2の通路を画定するコアであって、前記コアが一緒に結合される複数の単位セルからなる組立体を備え、前記組立体の各単位セルが、各単位セルの内部容積内の第1の通路部、および各単位セルの外面における第2の通路部を画定し、各単位セルが、前記第1の通路部を通る前記第1の流体の流れのため、前記内部容積への複数の第1の開口を含み、前記組立体が、一緒に結合される前記複数の単位セル間の容積中に前記第2の通路を形成し、前記組立体が、前記第1の流体と前記第2の流体との間の熱の交換中に、各単位セル中の前記第1の通路部中の前記第1の流体を混合して分け、各単位セルの前記第2の通路部中の前記第2の流体を混合して分けるように形作られ、各第2の通路部が、3つの他の第2の通路部からの前記第2の流体を受け取る、コアと、
第1の流体の前記流れを、第2の流体の前記流れから独立に経路指定するように構成される、前記第1の通路および前記第2の通路の中に配置された少なくとも1つのバッフルと
を備え、
前記バッフルは前記コアの中に組み込まれた固体壁であり、
前記少なくとも1つのバッフルは前記単位セルとは別個の壁である熱交換器。
本願発明の認定で争点となったのは、上記請求項における「バッフル」と「個体壁」及び「別個の壁」である。また、主位的主張として「バッフル」について、予備的主張として「個体壁」及び「別個の壁」について主張している。それぞれに対する出願人の主張は以下の通りである。
バッフルに関する出願人の主張(判決文より抜粋。下線は付記)
「本件補正発明における「バッフル」は、「第1の流体の前記流れを、第2の流体の前記流れから独立に経路指定するように構成される、前記第1の通路および前記第2の通路の中に配置された」ものであり、「前記コアの中に組み込まれた固体壁であ」り、「前記単位セルとは別個の壁である」というものである。
そして、「別個」とは、他と切り離された一つ一つ、別々のものを意味し、「切り離す」とは、切って別々にする、分離することを意味するから、「前記少なくとも1つのバッフルは前記単位セルとは別個の壁である」とは、「バッフル」が「単位セル」と分離された壁であることを意味する。また、本願の内容を参酌すると、本件補正発明における「別個の壁」の技術的意義は、単位セルに対するバッフルの配置や形状を自由に設定できるようにする点にある。このような本件補正発明における技術的意義に照らしても、「前記少なくとも1つのバッフルは前記単位セルとは別個の壁である」とは、「バッフル」が「単位セル」と非一体的に分離された壁であることを意味する。
そうすると、本件補正発明の「バッフル」に相当する引用発明2の構成は、本件審決が認定したように、「完全にソリッドであるソリッドドメイン252を有する」複数の「バッフルセル250」ではなく、引用発明2における「第1分岐経路ブラインド254」と「第2分岐経路ブラインド256」である(主位的主張)。もっとも、これらの分岐経路ブラインドは、「ソリッド」であるから「固体壁」とはいえるものの、単位セル(経路セル)の開口を塞ぐ形態、すなわち単位セルの一部をなす壁の形態であり、単位セルと一体的に形成されたものにすぎないから、「(単位セルと)別個の壁」とはいえない。」
固体壁及び別個の壁に関する出願人の主張(判決文より抜粋)
「仮に、本件審決が認定したように、本件補正発明の「バッフル」に相当する構成が、引用発明2の「バッフルセル250」であるとしても、本件審決が認定した上記相違点と引用発明2の構成との対応関係の認定には、以下のとおり誤りがある。
ア 「固体壁」の認定の誤り(予備的主張①)
引用発明2のバッフルセル250は、「完全にソリッド」なソリッドドメイン252のみならず、第1分岐流体ドメイン204及び第2分岐流体ドメイン206を含むものであるから、「固体壁」ではない。
イ 「(単位セルと)別個の壁」の認定の誤り(予備的主張②)
引用発明2においては、バッフルセル250は、経路セルと一体的に形成され、分離していないから、「(単位セルと)別個の壁」ではない。」
本件知財高裁は、以下のように判示して、出願人の主張を容れなかった。
知財高裁の判断(判決文より抜粋)
「ア 引用発明2のバッフルセル250は、…と記載されている。他方、本件補正発明のバッフルが、「流体の流れを邪魔し、その方向を変更するための構成」であることについては、当事者間に争いがないところ、バッフルセル250に関する引用文献2の上記記載に照らすと、当該バッフルセル250は、「流体の流れを邪魔し、その方向を変更するための構成」と理解できるものである。
イ …引用文献2において、バッフルセル250に関する説明が、「流体の流れを邪魔し、その方向を変更するための構成」と理解できる内容となっている以上、これを、本件補正発明の「バッフル」に相当する構成であるとした本件審決の認定を誤りということはできない。
第4-2(2) バッフルセル250が「固体壁」といえるか(予備的主張①)について
ア …確かに第1分岐流体ドメインと第2分岐流体ドメインは、それぞれ第1流体と第2流体が流れる部分(空間)であり、固体状の「ソリッドドメイン」ではない(引用文献2[0013])。
イ しかし、本願明細書には、バッフルが「固体壁」であることについて、「バッフル502、504、506、508は、個々の単位セル108によって包含される流路をブロックする、たとえば熱交換器コア500といった熱交換器の中に組み込まれる固体壁であってよい。」(【0045】)との記載があるにすぎず、バッフル自体が全て固体であることを必要とする記載は見当たらない。むしろ本願明細書においては、バッフルは、…の記載のとおり、流路をブロックする、あるいは各流体の流れを独立して経路指定するものとして、その機能の面から特定されている。
そうすると、バッフルセル250に、第1分岐流体ドメイン204及び第2分岐流体ドメイン206という固体でない部分を含むことを根拠として、バッフルセル250が「固体壁」ではないとする原告の前記主張は、本願明細書の記載に基づかないものであり、採用することができない。
ウ そして、引用発明2におけるバッフルセル250は、…ソリッドドメイン252の一部として一体的に形成された「…第1分岐経路ブラインド254」…を含むものである([0043])。さらに、…第1分岐流体ドメイン204内の流体は、第1分岐経路ブラインド254を有するバッフルセル250の周辺平面を横切って流れないこととな…る。そうすると、結局、このバッフルセル250自体が、「固体壁」として要求される機能、すなわち、流路をブロックし、あるいは各流体の流れを独立して経路指定する機能を有するといえる。
エ よって、上記機能を有する引用発明2のバッフルセル250は、本件補正発明にいう「固体壁」であるバッフルに相当する構成であるといえ、この点で、本件審決の認定に誤りはない。
第4-2(3) バッフルセル250が「(単位セルと)別個の壁」といえるか(予備的主張②)について
ア 原告は、さらに、予備的主張②として、引用発明2のバッフルセル250は、経路セルと一体的に形成され分離していないから、「(単位セルと)別個の壁」ではないと主張する。
イ そこで検討するに、一般に「別個」とは、「他と切り離された一つ一つ」、「異なっていること」(甲12)を意味するところ、その文言自体からは、物理的に分離されていることを意味するのか、異なる機能・役割に着目して理解すべきものか、一義的に明らかとはいえない。
この点、本願明細書の記載を検討しても、本件補正発明におけるバッフルが「(単位セルと)別個の壁」であることが、具体的にいかなる技術的意義を有し、いかなる実施形態を想定しているかの説明はなく、少なくとも後者(異なる機能・役割に着目して理解)を排斥する趣旨を読み取ることはできない。本件補正後の特許請求の範囲の請求項1においても、バッフルは、「前記第1の通路および前記第2の通路の中に配置された」ものとされ、「前記コアの中に組み込まれた固体壁」であるとして特定されているにすぎないから、バッフルが他の部材と結合していないことまでを特定するものではない。かえって、本件補正発明のバッフルは、「個々の単位セル108によって包含される流路をブロックする」もの(【0045】)とされていることに照らすと、バッフルが単位セル108と物理的に一体となって流路をブロックしていることが想定されているともいえる。
そして、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1は、「単位セル」につき、「各単位セルの内部容積内の第1の通路部、および各単位セルの外面における第2の通路部を画定」するものとしているところ、「バッフル」はこのような画定機能を有するものではなく、両者は、その担う機能・役割において異なるものである。
そうすると、本件補正発明の「前記少なくとも1つのバッフルは前記単位セルとは別個の壁である」とは、「バッフル」が、通路部を形成する「単位セル」と、物理的に分離されているかに関わらず、機能的に「切り離されている」か、「異なっている」といえるものであることを明らかにするものであると解するのが相当である。
ウ …引用文献2においては、「単位セルは、経路セルまたはバッフルセルであってもよい」とされ([0038])、…バッフルセル250と、経路セル200は、明らかに区別されて記載されている([0013]、[0038]、[0044]、[0047]、[0050])。このような引用発明2のバッフルセル250は、通路部を形成する「経路セル」と、物理的に接合されてはいるものの、その機能(流路をブロックし、あるいは各流体の流れを独立して経路指定する機能)の面からみて、経路セルと「切り離され」、「異なっている」といえることは明らかである。
エ よって、引用発明2のバッフルセル250は、単位セルである「経路セル200」とは「別個の壁」であるといえ、その旨をいう本件審決の認定に誤りはない。」
2.雑感 納得度100%
本件は、機能的表現に頼り切った、言い替えれば、物理的・構造的な説明を怠った明細書によってもたらされた結果ということができるだろう。出願人側の負けた要因を端的に挙げるとすれば「本願明細書を過信したこと」といえるかもしれない。
主位的主張から予備的主張まで、クレーム解釈(発明の認定)における3つの争点があったが、主位的主張と予備的主張①は、どちらかといえば強引な主張であり、そもそも出願人側もこの主張が通るとは思っていなかったのではないかと推測される。
推測の域を出ないが、出願人側の主張の本命(最も強い主張)は、予備的主張②の「単位セルとは別個の壁」に対する認定判断だったのではないかと予想している。
主位的主張は、そもそも、引用文献2において(引用文献2の図2C等を参照)、一体的な構造体として、第1/第2分岐経路ブラインド254/256を有しているバッフルセル250の一部分である分岐経路ブラインドのみを、本願発明の「バッフル」に相当させるべきというものであり、これはさすがに無理筋であろう。
いわば、本願発明との相違点を「恣意的に」作り上げるために、物理的に一体的な構成となっており、物理的に切り離すことのできない一部分だけを認定しようとする抽象的認定の典型であり、引用発明の認定としては不適切である。
また、予備的主張①は、本願発明の固体壁に対して、引用文献2のバッフルセル250は、第1/第2分岐流体ドメイン204/206を含むものであるから、「固体壁」ではないという主張であるが、そもそも、バッフルセルが流体ドメインを含むことの根拠がない。
バッフルセルは、ソリッドドメインである経路ブラインドによって、流体ドメインへの境界を画定するのであるから、寧ろ、流体ドメインに作用するものであり=流体ドメインを含まないものとなっているため、このような主張も無理筋な感がある。
しかしながら、この予備的主張①に対する裁判所の判断は、「バッフルセルが流体ドメインを含む」ものとする根拠がない、という論筋ではなく、「本願明細書には機能面から特定されているため、バッフルセルが流体ドメインを含むことを根拠として個体壁でないとする主張は、本願明細書に基かない主張であり採用できない」という何とも歯切れの悪いものとなっている。
率直に言って、なぜこのような回りくどい論理展開にしたのかは理解できないところであるが、準備書面の応酬から、判決文には表れていない裁判所の心証形成があったのかもしれない。(例えば、本願のバッフルに対応するものとして機能的に完結するには、バッフルセルのみでは不十分であり、経路ブラインドと流体ドメインの一体的な嵌合状態が不可欠であるため、引用文献2から本願のバッフルに対応させる対象を特定するならば流体ドメインも含むべき、といった主張があり、裁判所としても完全に切り捨てることはできない論点であったため判決文で取り上げておいたのかもしれない。)
予備的主張②は、リパーゼ判決との整合がやや気になる部分もあるが、実質的には妥当な論筋であり、リパーゼ判決との整合も結果的には取れているというべきであろう。(この部分については、詳細な検討で触れる。)
まず、「別個」の意味を、物理的に捉えるべきか、機能的に捉えるべきかが一義的に明らかでないという「特段の事情」を挙げることで明細書等の参酌に入り、そこから機能的に捉えて解するのが相当という判断を導いている。そして、機能的にみれば、引用文献2のバッフルセルも「単位セルとは別個の壁」といえるとの結論に至っている。
機能的に捉えてよいという判断を導いた要因は、本願明細書の記載であり、本願明細書を読めばわかるが、バッフルに対する物理的な説明は非常に乏しい。
例えば、本願明細書においてバッフルを主語とする文を見てみると、
「バッフル105を使用して、流体供給源からの流れを、流体吐出区域126、128へと案内する。」段落0042
「バッフル105を使用して、流体領域を調節する。」段落0042
「バッフルは、第1の流体の流れおよび第2の流体の流れの各々を独立に案内するために設けることができる。」段落0044
「バッフルは、流路をブロックする(、たとえば熱交換器コア500といった熱交換器の中に組み込まれる固体壁であってよい。)」段落0046
といったように、バッフルがどのような役割を果たすのかを記載するに留まり、この役割を果たすために具体的にどのような構造を有しているかといった説明はない。せいぜい、
「バッフルは、流れの分布を改善して圧力低下を減らすために、各流体の分岐管領域へと延びることができる。」0046
との記載があり、バッフルがどこまで延びる“構造”なのかを記載できる程度である。
加えて、本願明細書には、バッフルに対して「別個」という言葉が使われた説明文は存在していない。「別個」という言葉は、「第1の流体112の領域と第2の流体116の領域は別個であり」と「熱交換器100は、別個のコア102をリンクするセグメント(図示せず)を含む。」との説明で使われているだけである。
このように、本願明細書において「バッフル」の技術的な特徴は、物理的な特徴からは明らかにできず、役割や機能からしか明らかにできないのであるから、請求項に記載される文言の意味も、第三者は役割や機能から特定するしかない。このような本願明細書及び本願発明に対して、「物理的な意味からの明確性」を担保するには、より厳格なクレーム表現が求められるだろう。
通常ならば、本願の請求項における「前記バッフルは前記コアの中に組み込まれた固体壁であ」ることも、「前記少なくとも1つのバッフルは前記単位セルとは別個の壁である」ことも、その文言を素直に読めば“物理的・構造的”な特定と理解されるものと考えられる。
しかし、この通常の感覚によるクレーム解釈は、本願明細書の記載によって打ち消され、本件では「別個の壁」が機能的な特定と解されることとなった。結果的に見れば、「本願明細書の記載」が、通常の感覚に基づくクレーム解釈を許容しないものであったということ(そのように解釈されるリスク)を出願人側は見抜けなかったことということになる。
本件から学べることは、非常に基本的なことではあるが極めて重要なことでもあろう。クレーム解釈(発明の認定)を見誤ることは、本来したかったはずの容易想到性の議論に持ち込めず、入り口にすら立たせてもらえない結果となり得るのである。


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