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判例特許

令和4年(行ケ)第10111号 有効審決の取消請求事件(ファルテック vs 片山工業)

進歩性:相違点の「技術的意義」から「設計的事項」を判断した事例
令和5年7月25日(2023/7/25)判決言渡 判決文リンク
#特許 #進歩性

1.実務への活かし

・~権利化まで&無効化 #進歩性 #設計的事項 (概要からわかること)
 設計的事項に基づく進歩性の判断において、「本件発明と引用発明の相違点について、引用発明に係る部分の技術的意義がなく、かつ、本件発明に係る部分の技術的意義がないならば、この相違点は設計的事項である」という論理を利用できる。(但、これが汎用的な論理といえるわけではない)

・~権利化まで&無効化 #進歩性 #設計的事項 (考察からいえること)
 上記の論理構成は、「相違点が設計的事項であると推定できそうな場合(そのような心証を与えられそうな場合)」において、有効に作用する論理であるものと考察される。
 このとき「技術的意義の有無」は、「相違点が設計的事項であることを導く事由」としてではなく、「相違点が設計的事項であるという推定の覆滅事由」として作用する

・~権利化まで&無効化 #進歩性 #設計的事項 (考察からいえること)
 進歩性判断において「相違点が設計的事項であるため進歩性がない」というロジックを検討する場合、相違点が「構成不足型」か「構成相違型」かによって検討すべき事項が変わることに留意して、主張あるいは論証を組み立てるとよい。(具体的な検討事項の違いが下図を参照)

2.概要

 株式会社ファルテックが、片山工業株式会社の有する特許第6062746号(発明の名称「車両ドアのベルトラインモール」。以下、「本件特許」という。)の無効審判を請求したところ、請求が認められなかったため、審決の取消しを求めた事案である。以下、特許権者である片山工業株式会社を「特片山工業」といい、特許の無効を請求する株式会社ファルテックを「請ファルテック」という。

 本件の争点は、進歩性(特許法29条2項)である。知財高裁は、特許庁のした審決には進歩性判断に誤りがあるとして請ファルテックの請求を認容し、審決を取り消した。

 本件特許は、無効審判において訂正されており、訂正後の請求項1(以下、「本件発明1」という。)と、甲1号証(特公平2―11419号)に記載される主引用発明たる甲1発明には、相違点1~4があるとされ、前審の無効審判では相違点4のみが容易想到であり、他の相違点1~3については容易に想到できないと判断された。

 本件で請ファルテックは、「相違点1」については、甲2号証(特開2004-114883号)に記載された副引用発明たる甲2記載事項の認定に誤りがあり、甲1発明に甲2記載事項を適用することは容易想到であると主張した。「相違点2」については、甲1発明に周知技術を適用することは容易想到であると主張した。「相違点3」については、主引用発明の認定誤りによって相違点3の認定に誤りがあり、相違点3は実質的な相違点でないか、甲1発明に周知技術を適用することは容易想到であると主張した。

 これに対して本件の知財高裁は、前審の相違点1~4の認定の誤りは認めなかった(請ファルテックの相違点3の認定誤りは認めなかった)一方で、「相違点1」については、甲1発明において当業者が適宜なし得る設計的事項であり、容易に想到できると判断し、「相違点2」については、相違点2は実質的な相違点ではないと判断し、「相違点3」については、主引用発明の認定誤りを認め、実質的な相違点ではないと判断した。

 また、知財高裁は、相違点1について、相違点の技術的意義から設計的事項であると導く論証を組み立てた。ここでは相違点1についてさらに説明する。

 本件の相違点1は、「縦フランジ部の下部から内側方向に延びる段差部」に関する。本件発明は、「ベルトラインモール」という車両ドアの部品であり、車の窓ガラスとドアの継ぎ目のあたりに設置される部品(下図の符号10)である。この部品は、車の窓ガラスの開閉動作時に雨水を切る役割を果たす。

 このベルトラインモールにおける相違点1に係る部分は、下図の赤枠部分である(下左図が本件特許の図で、下右図が甲1号証の図である。なお、これらの図は窓ガラスに対する向きが逆になっている)。
 下左図の赤枠のように、本件発明1では、縦フランジ部12の下部からドアガラス4の方向に向かって「ほぼ水平」に延びる段差部が形成されているのに対し、下右図の赤枠のように、甲1発明では、縦フランジ部(符号12の辺り)の下部から「斜め下方」に延びる段差部が形成されている点である。

本件で認定された相違点1(判決より抜粋)
「本件発明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」延びる段差部である点。」

 前審で特許庁は、相違点1について、以下のように判断した。

特許庁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「甲1発明1の「段差部」は、「縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向にやや下方に延びる」ものである。「ほぼ水平」が「およそ水平」、「だいたい水平」を意味するものと理解すると、このような甲1発明1の縦フランジ部の段差部を「ほぼ水平」ということはできないから、相違点1は実質的な相違点である
 甲1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ水平に延びる段差部」とする理由はなく、ベルトラインモールにおいて、「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることは、本件特許出願前に周知の技術でもない。
 原告は、甲2には、「…段差の下部から内側方向にほぼ水平に延びる水平部を有していること。」が記載されており、「ほぼ水平」に延びる段差部とすることは当業者が容易に想到し得ると主張するが、甲2に記載された事項は、車内側側壁が「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることを示すものではない
 上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1発明1及び甲2記載事項から、当業者が容易に想到できたものではない。」

 本件で請ファルテックは、相違点1について、以下のように主張した。

請ファルテックの主張(判決より抜粋。下線、太字、色字は付記)
「甲2記載事項の認定について
 …甲2の【0041】、【0043】、図4及び5からすると、甲2記載事項として次の事項を追加して認定すべきである。
甲2記載事項1「…段差の下部から内側方向にほぼ水平に延びる水平部を有していること。」
甲2記載事項2「…車内側側壁の先端に鉤部を設けて、アウタパネルに係止すること。」
 本件審決には、甲2記載事項として、上記事項の認定をしなかったという誤りがある。なお、一般に車両ドアに装着されるベルトラインモールにおいて、…縦フランジ部の下部から内側方向にほぼ水平に延びる段差部を有するものは、周知の技術事項であり(甲33(特開2002-254933号公報)の図4、甲34(実公昭57―25863号公報)の第3図参照)、このことからも、甲2に「ほぼ水平に伸びる水平部」の開示があると解すべきといえる。
 容易想到性の判断について
 甲1発明1のベルトモールディングMにおいても、甲2記載事項の自動車ドアのガラスアウタウエザストリップと同様に、プレスの切断金型等により「ドアサッシの表面に位置する端末部の長手方向を所定の長さに亘って基部被覆部を切断する」ものであるとともに、「押し出し成形」により製造されるものであって、基部被覆部の切断を容易にしたり、押出成形時のバランスをよくしなければならないものであるから、基部被覆部の切断を容易にすること及び押出成形時のバランスをよくすることは、内在する自明の目的(課題)である
 したがって、甲1発明1と甲2記載事項とは、…共通の技術分野に属し、上記のとおり、共に、基部被覆部の切断を容易にすること及び押出成形時のバランスをよくすることを課題として有するものであるから、甲1発明1に甲2記載事項を適用することは、当業者において、容易に想到し得るものである。
 よって、甲1発明1において、甲2記載事項を適用することにより、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部とすることは、当業者が容易に想到し得るものであるから、本件審決の相違点1に係る容易想到性の判断は誤っている。
 また、相違点1が、実質的な相違点であったとしても、段差部を縦フランジ部の下部から内側方向のどの方向に延ばすかは当業者の設計的事項であり本件明細書には、段差部を縦フランジ部の下部から内側方向にほぼ水平に延ばした点に係る作用効果についての記載や示唆はなく、格別の技術的意義はないことに照らせば、相違点1に係る本件発明1における構成の当該縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平」に延びる段差部であるとの構成とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。

 請ファルテックの主張に対し、特片山工業は以下のように主張した。

特片山工業の主張(判決より抜粋。下線、太字、色字は付記)
「甲2の図4及び5には、車内側側壁が「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることは示されていない。仮に、甲2の図5から、「ほぼ水平に延びる段差部」が看取できるとしても、突出部43bの内部に凹部を設けたために、硬質部材からなる取付基部の厚肉部分がなくなり、均一な肉厚になるのであるから(甲2の【0043】)、甲2に記載された事項が、甲1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ水平に延びる段差部」とすることが容易であるということの根拠とはならない
 甲2には、「ドアガラスの外表面とドアフレーム等の外表面との段差を減少させる」という課題を解決するために、「取付基部の上部壁の上」にガラスシールリップを接合せしめることが記載され(【0008】、【0009】、【0011】)、図4、及び図5の態様は、その具体例として、「取付基部の上部壁の車外側において上方に突出する突出部」にのみガラスシールリップが接合されているものである(【0041】、【0043】)。
 これに対し、甲1には、「ドアガラスの外表面とドアフレーム等の外表面との段差を減少させる」という課題に関し、何らの記載も示唆もなく、ガラスシールリップを取付基部の上部壁の上にのみ有するものとして考える理由もない
 そうすると、甲1発明1と甲2記載事項には課題の共通性がなく、甲1発明1に甲2記載事項を適用することは、当業者において、容易に想到し得るとはいえない。
 したがって、本件審決において、甲2記載事項の認定に誤りはなく、また本件発明1に係る相違点1の進歩性判断に誤りはない。
 なお、原告は、甲33の図4及び甲34の第3図を示して、…周知の事項であると主張するが、甲33及び34には、「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることは開示されていない。また、上記事項は周知ではなく、「ほぼ水平に」延びる段差部とすることは設計的事項であるとの原告の主張にも理由がない。」

 このように、当事者(請ファルテック及び特片山工業)は、相違点1に関し、主引用発明たる甲1発明に、副引用発明たる甲2記載事項を適用することの容易想到性を主に争う中で、知財高裁は、「技術的意義の有無」から以下のような論理を展開し、甲2記載事項を考慮するまでもなく、相違点1は設計的事項であるとの判断を下した。

知財高裁の判断(判決から抜粋。下線は付記)
「相違点1は、…本件発明1においては、…「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、…「やや下方に」延びる段差部であるというものである。…相違点1においては、段差部が「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかという点のみが問題となる
 そこで検討するに、本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載はない。また、…本件発明は、端末の剛性に優れるベルトラインモールを提供するために、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して、水切りリップや引掛けフランジ部を切除できるようにし、モール本体部と縦フランジ部とで略C断面形状を形成しつつ断面剛性を確保したというものであり、ベルトラインモールの端末では、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して切除されるものであって、段差部も切除されるのであるから、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではない
 そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延びるものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認められない
 そして、甲1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められず、甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないというべきである
 そうすると、甲2記載事項について検討するまでもなく、甲1発明1において段差部に設計的変更を加え、これを「ほぼ水平に」することは、当業者が容易に想到できたものと認めるのが相当である。」

3.本件の判決内容の考察

3-1.判決についての感想

全体的な結果について:結論納得度90% 判断納得度70%

 本件発明1に進歩性がないという結論については、特に異論はない。また、相違点1を設計的事項の観点で判断し、進歩性がないという結論を導いたことも、本件の事情(当事者の主張が不足していること)からすれば、致し方なかったように思える。その意味で、判断枠組みや、判断内容についても、特段の異論はない。

 進歩性判断において、相違点が「設計的事項であること」を導くための論理は、実は難しいと思う。審査において「設計的事項」は頻繁に用いられているが、これは、審査段階であれば、審査官は根拠を挙げずに「設計的事項」と判断することができるからである。
 拒絶理由通知の中で、周知技術の根拠として引用文献が挙げられることはよくあるが、設計的事項の根拠として引用文献が挙げられているものを、私自身は見たことがない。

 一方で、裁判においては、何の根拠も示さずに「設計的事項である」と判断することは許されない。そのため、「設計的事項」の使い勝手は、審査官の認識と裁判官の認識に乖離があるだろう。

 このことは裏を返せば、「設計的事項」に対する理解を深めれば深めるほど、審査段階における「設計的事項」の判断に対して、その判断の不足や誤りを指摘しやすくなり、安易な「設計的事項」による進歩性欠如の判断を、反論だけで解消させることができるということである。

3-2.相違点1の判断について

判断の枠組み

 進歩性の判断は、主引用発明をベースにし、副引用発明の組合せ、周知/慣用技術の適用、設計変更など、いくつかのアプローチがある。このうち、本件の知財高裁における進歩性判断は「相違点1が設計的事項である」というものである。
 また、本判決を読めば、知財高裁の「相違点1が設計的事項であること」を導くための論理ステップは、以下のように整理することができる。

ステップ1:相違点1において検討すべき事項の明確化
「相違点1においては、段差部が「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかという点のみが問題となる。」
ステップ2:「ほぼ水平」に延びることの技術的意義の有無
「本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載はない。また、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではない。そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延びるものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認められない。」
ステップ3:「やや下方」に延びることの技術的意義の有無
「甲1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められず、」
ステップ4:結論
「甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」

 これをそのまま捉えれば、「本件発明と引用発明の相違点について、引用発明に係る部分の技術的意義がなく、かつ、本件発明に係る部分の技術的意義がないならば、この相違点は設計的事項である」という論理が導かれるが、これは「相違点が設計的事項といえるか」を判断する汎用性のある論理と言えるだろうか。

 もう少し分析的にみてみると、本件の相違点は「引用発明において段差部がやや下方に延びるのに対し、本件発明では段差部がほぼ水平に延びている」という点である。
 本件の相違点は、「引用発明は、~を有さないが、本件発明は、~を有する」といったような構成が足りていない類の相違点(構成不足型)ではなく、「引用発明における構成は~であるが、本件発明における構成は~である」という構成同士が異なっている類の相違点(構成相違型)である。

 相違点が構成不足型の場合、本件発明に到達するには不足する構成を加える必要があるため、「引用発明に、さらに構成~を適用することの容易想到性」が進歩性の判断事項となる。
 相違点が構成相違型の場合、引用発明における構成を本件発明における構成に変更することで、本件発明に到達するため、「引用発明の構成を、本件発明の構成に変更することの容易想到性」が進歩性の判断事項となる。

 このように、判断事項が異なることを考えれば、「相違点が設計的事項であるか」の判断は、構成不足型と構成相違型とでは、たとえ辿り着く発明が同じものであったとしても、一致しないと考えるのが適当であろう。
 下図を参考にすると、構成不足型では「構成Xを追加することが設計的事項であるか」を判断することになり、構成相違型では「構成Aを構成Xに変更することが設計的事項であるか」を判断することになる。

 具体例を挙げると、Webサイトのログイン画面において、ログインに必要なユーザ情報が「ユーザ名」のみで構成される引用発明に対し「画像に表示される数字を入力させる項目」を追加することと、ログインに必要なユーザ情報が「ユーザ名+パスワード」で構成される引用発明に対し「パスワード」を「画像に表示される数字を入力させる項目」に変更することは違う。
 前者であれば、Botによるログインを防ぎたいか否かに応じて適宜適用すればよいといえるだろうが、後者では、個人のセキュリティのための「パスワード」を、Botによるログインを防ぐための「画像に表示される数字の入力」に変更することが設計的事項といえるのかを考える必要がある。「パスワードを入力させること」と「画像に表示される数字を入力させること」が等価値的(あるいは並列的)であれば、設計的事項と言いやすくなるだろう。

 また、構成相違型の場合、進歩性を判断する上で、設計的事項といえるかの他にもう一つ考えなければならないことがある。上記の具体例を用いると、「ユーザ名+パスワード」の構成を開示する引用文献において、「パスワード」の構成が、発明に必須の要件となっているかどうかである。「画像に表示される数字を入力させる項目」自体が設計的事項であったとしても、変更の対象となる引用発明の構成が、発明との関係で置換することのできない構成ならば、設計的事項へと変更する動機を阻害する要因となる。

 構成不足型では、引用発明に追加する本件発明の構成が設計的事項であることが言えれば、通常は、その設計的事項を引用発明に適用する動機付けがあるといえるだろう。
 設計的事項を備えることそのものが阻害される事情を引用発明が有していれば、設計的事項を適用する動機の有無も問題になり得るといえるが、そもそも、備えること自体が阻害されるような技術は、引用発明に対する設計的事項とはいえない。

 まとめると、構成不足型と構成相違型とで、「相違点が設計的事項である」ことを根拠とする進歩性判断で考慮すべき事項は下図のようになる。

 本件で、請ファルテックは、相違点1の容易想到性の主張について、本件発明の構成である「段差部が「ほぼ水平に」延びること」に技術的意義がないことは主張したが、引用発明の構成である「段差部が「やや下方に」延びること」の技術的意義については触れていなかった。
 一方で本件の知財高裁は、「ステップ1」で、相違点1が構成相違型であることを明確にし、「ステップ2」で本件発明の構成の技術的意義の有無を判断し、さらに「ステップ3」で引用発明の構成の技術的意義の有無を判断した。

 知財高裁が、請ファルテックの主張にない「ステップ3」を盛り込んだのは、相違点1が構成相違型であることに配慮したものと考えることもできるだろう。

 これを実務に落とし込めば進歩性の判断で「設計的事項であるか」が論点となった場合には、まず、「相違点が構成不足型か構成相違型かを見極め」、それぞれの型に応じて、容易想到性の十分な判断や主張がなされているかを確認することが好ましいように思う。(審査段階において審査官の判断が不十分であればそこを突けばよいし、特許の無効を主張する場面では十分な主張となっているかに注意するとよいだろう)

当事者の主張と知財高裁の判断の論理構成の違い

 本件の知財高裁は、相違点1に対する進歩性を否定するという点では、請ファルテックの主張を容れたが、その判断の枠組みと請ファルテックの主張の枠組みには違いがある。上述したステップ1~4の論理ステップも、請ファルテックの主張する論理とは異なっているが、その他にも、次の点を挙げることができる。

 第一に、請ファルテックの主張は、①甲1発明に甲2記載事項を適用することは容易に想到する」というのが主体であり、②相違点1は、当事者の設計的事項であり容易に想到し得るものである」という主張はその後に続くものであったが、本件の知財高裁は、①の主張は判断せず、②の「相違点1は設計的事項である」と判断した。
 つまり、知財高裁は、当事者が主体的に争っていた「主引用発明に副引用発明を適用する」ことの進歩性を判断せずに、「引用発明+設計的事項」から進歩性を判断した。(考察点1)

 第二に、請ファルテックの②の主張は、相違点1は、(イ)当業者の設計的事項であること、(ロ)本件明細書に「ほぼ水平にする」ことの作用効果の記載はなく、格別の技術的意義がないことを根拠に、「ほぼ水平にする」という構成は当業者が容易に想到するものである、という主張の枠組みであったが、本件の知財高裁は、上述したように、ステップ1~ステップ4を踏んで「やや下方に」延びる構成を「ほぼ水平に」延びる構成とすることは、設計的事項に過ぎないと判断し、その結果、容易に想到できると判断した。
 つまり、請ファルテックは、技術的意義がないことを、容易想到であることを導くための根拠の一つとして用いたのに対し、知財高裁は、技術的意義がないことを、設計的事項であることを導くための根拠の一つとして用いた。(考察点2)

 第三に、相違点に係る構成に技術的意義がないことを導く論理について、請ファルテックは、本件明細書に作用効果の記載がないことを、技術的意義がないことに結び付ける主張をしているが、知財高裁は、(イ-1)本件明細書に「ほぼ水平」に延びることの技術的意義についての記載はないこと、及び、(イ-2)「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかは本件発明の課題解決原理に影響を及ぼさないこと、という2点から、技術的意義がないことを導いている。
 つまり、請ファルテックは、本件明細書における技術的意義に関する記載の有無のみを考慮したが、知財高裁は、これに加え、相違点が与える本件発明への影響の程度も考慮した。(考察点3)

推し量られる知財高裁の心情

 知財高裁がなぜ請ファルテックの主張とは異なる判断ロジックを選択したかについて、憶測にはなるが考えてみたい。

 まず、考察点1の進歩性の判断アプローチの違いであるが、これは、「主引用発明に副引用発明を適用する」というアプローチでは、進歩性が否定されないと考えたからであろう。もう少し踏み込めば、知財高裁は、結論としては「進歩性がない」という心証を抱いていたから、このアプローチを選択しなかったといえる。仮に、進歩性が認められると考えていたなら、わざわざ別のアプローチを検討する必要がないからである。

 それではなぜ「主引用発明に副引用発明を適用する」というアプローチでは進歩性がないことを肯定できないと考えたか。おそらくは、以下のように、副引用発明を適用する動機を説明できないと判断したからであろう。

 確かに甲2には、下図の左端の図のように、相違点1に係る技術である「ほぼ水平に延びる段差部」が開示されている(赤枠部分)。もし甲2が、この実施形態だけを開示する文献であれば、甲1発明に甲2記載事項を適用することも容易と言えたかもしれない。

 しかし、甲2の明細書には「図5の実施の態様は、図4の実施の態様と比較した場合には、図4の突出部43bの内部に凹部を設けたものである」と記載され、また、「図5に示すように突出部43bの内部に凹部を設けたため、突出部43bの肉厚の厚い部分がなくなり、均一な肉厚となった。そのため、ガラスアウタウエザストリップ3を所定の寸法に切断するとき、硬質部材からなる取付基部4の厚肉部分が無くなり切断が容易である」と記載されていた。

 そのため、甲2では、「均一な肉厚でない突出部43bを均一な肉厚にする」という動機から図4の形状に対して凹部を設けることにより、相違点1の「フランジ部の下部から内側方向にほぼ水平に延びる段差部」という構造が出来上がることになる。

 一方で、甲1文献に開示される発明は、既におよそ均一な肉厚が達成されているため、甲1発明には「均一な肉厚でない突出部43bを均一な肉厚にする」という動機がない。よって、「主引用発明に副引用発明を適用する」というアプローチでは、甲1発明に甲2記載事項を採用する動機が見い出し難く、知財高裁はこのアプローチを選択しなかったものと推察される。

 次に、考察点2の技術的意義の用い方の違いであるが、これは、請ファルテックの主張には、相違点1が「設計的事項」であること自体を導く根拠が欠けていたことによるものと推察する。
 相違点1が設計的事項であることが、証拠を挙げるまでもなく明らかな事実であれば、知財高裁もわざわざ「設計的事項であること」を導くための論理を展開する必要はないが、前審の審決も、特片山工業も、相違点1を設計的事項とは考えておらず、判決の合理性を担保するには、この論証を展開する必要があると判断したのではないだろうか。

 また、裁判所は、技術的意義がないことから直接に容易想到であると導く論理構成ではなく、たとえば「技術的意義がない→実質的な相違点ではない→実質的な相違点でないから容易想到である」といったように、「技術的意義」を、相違点に係る技術の評価に用いることが多い。(私の認識する限りでは、このような事例ばかりである。)

 進歩性の判断は、条文上も「当業者が容易に発明をすることができる」か否かを規定しており、導かなければならない結論はここにある。
 そのため、「技術的意義がない」というだけでは、「技術的意義がない技術をなぜ当業者は適用できるのか」「むしろ、技術的意義がないなら当業者には適用しようという発想は生まれないのではないか」という疑問が残り、「容易に発明をすることができる」という結論を導きづらい。

 よって、「技術的意義がないから容易想到である」という論理では、十分な説得力が得られないことから、「技術的意義の有無」は、相違点に係る技術が容易想到であることを直接導くことのできる事実(実質的な相違点ではないこと等)の評価に用いるのだろう。

 これを実務の立場に置き換えるなら、新規性や進歩性に関する当事者の主張を展開するときには、「技術的意義」をどのように用いているのかに注意すべきであろう。
 闇雲に「技術的意義がないこと」を主張するのではなく、どのような事実を認定してもらうために「技術的意義がないこと」を主張しているのかがわかるような記載にすることで、裁判官が感じる「主張内容の説得力」にも影響するはずであり、こういったところに、弁理士や弁護士としての質の違いが表れるのである。

 次に、考察点3の「技術的意義がないこと」を導く論理の違いであるが、この理由は明白であろう。ある技術に技術的意義があるか否かは、本件特許明細書に記載があるかないかで決まるわけではなく、これだけでは説得力に欠けるからである。明細書に記載されているか否かだけで決まるとすれば、発明者個人の主観のみによって、同じ時点における同じ技術に対して、技術的意義があったり、技術的意義がなかったりすることになり、不合理である。

 技術的意義の有無は、客観的事実である。そして、技術とは当業者の視点で客観的に評価されるものであるから、技術的意義の有無も客観的事実を踏まえて評価されるべきといえる。主観的事実が入ることは構わないが、主観的要素のみから決定するのは妥当ではない。また、当業者の視点でいえば、「明細書に書いてなかったから技術的意義はない」と認識してしまうのはやや軽薄であり、想定すべき当業者の知識レベルよりも低いだろう。

 そこで、知財高裁は、明細書に技術的意義の記載がないという主観的な事実に加え、「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかが本件発明の課題解決原理に影響を及ぼさないという客観的な事実を認定した。
 課題解決原理に影響を及ぼさない技術であれば、本件特許明細書に技術的意義が記載されていない限りは、本件発明の重要部分ではなく、技術的意義のない事項と判断しても不合理な判断とはいえないと考えたのではないかと推察する。

 このように、本件の知財高裁は、結論に対する心証としては「進歩性がない」と感じつつも、請ファルテックの主張する論理構成からこの結論を導くことはできないと判断し、請ファルテックの主張の不足する部分を穴埋めするようにして、進歩性を否定する論理を構築したように思える。

技術的意義と設計的事項

 さて、ここまでで、知財高裁の判断ステップを参考に、相違点が設計的事項であることを根拠とする進歩性判断で考慮すべき事項を考え、また、請ファルテックの主張の不足を補おうとする知財高裁の心情をみてきた。

 ここからは、具体的な判断内容に踏み込んで、その是非を考えると共に知財高裁の論理思考を推察してみる。

 私は、本判決を読んだときに、知財高裁が示した判断ロジックがしっくりこなかった。判断がおかしいと感じたのではなく、率直に言えば、裁判所の判断ロジックがよくわからなかった。

 進歩性の判断では、相違点が実質的な相違点ではないことを導くために「技術的意義がない」と評価する裁判例はよくみるが、本件の知財高裁は、「技術的意義の有無」を軸にして設計的事項であるか否かの判断を行った。

 技術的意義がない技術を付加しても、付加された発明が何らかの新たな技術的意義を備えるわけではないから、発明(技術)を評価する上で、実質的に相違点と捉える必要はない。このような論理は合理的であるから、「技術的意義の有無」を「実質的な相違点か否か」の判断に結び付けることは納得できる。

 しかし、「技術的意義の有無」と「設計的事項であるか否か」はどうか。個人的には、設計的事項であるか否かの判断において、技術的意義の有無を根拠とする理由がよくわからない。

 なぜならば、設計的事項といえる技術の中には、技術的意義がないと言えるものもあれば、技術的意義があると言えるものもあるからである。
 具体例を挙げよう。先程の例に挙げた「ユーザ名」と「パスワード」について「それぞれの項目に入力する文字の上限を何文字にするか」というのは、当業者が適宜決定すればよい設計的事項といっていいだろう。
 そして、前者の「ユーザ名」を何文字とするかは、ユーザの便宜を考慮して決めるものであり、上限が何文字であるかに技術的な意義はない。一方で、後者の「パスワード」は桁数が多いほどセキュリティが強化されるので、上限を何文字にするかには技術的な意義がある。

 このように、設計的事項である技術の母集合の中には、技術的意義のないものもあるものも存在するのであるから、「ある技術が設計的事項であるならば、この技術には技術的意義がない」という論理は成立しない

 従って、「本件発明と引用発明の相違点について、引用発明に係る部分の技術的意義がなく、かつ、本件発明に係る部分の技術的意義がないならば、この相違点は設計的事項である」という論理は「相違点が設計的事項といえるか」を判断する汎用性のある論理とは言えないというのが私の結論である。

 それではなぜ知財高裁は、技術的意義の有無を軸にして設計的事項を導く判断枠組みを用いたか。

 逆説的に考えれば、与えられた材料の中で進歩性がないという結論を導くための、知財高裁の考える尤もらしい合理的説明が、この判断枠組みであったと推測するのが素直であろう。いわば、裁判所の「心証」を導くための論理である。

 そう考えると、本件の判断枠組みも違った視点で見えてくる。

 本件で知財高裁は、「設計的事項であること」を導くために「技術的意義の有無」を考慮したのではなく、「設計的事項であること」を阻害する事由として「技術的意義の有無」を考慮したと言えないだろうか。
 話し言葉で分かり易く言えば、「ほぼ水平」か「やや下方」かなんて、本件発明に特有の技術的意義があると認められない限り、設計的事項と判断する他ないような相違点だ、と知財高裁は考えたのではないかということである。

 一見して相違点1が大したことない内容であることから、裁判所の心証として、「相違点1は設計的事項であるとの推定」が働き、この推定を覆すことができるかの材料として「技術的意義の有無」が用いられたという論理構成を採ったのではないかというのが、私の個人的な見解である。

 そして、このような論理構成であれば、「技術的意義の有無」が「設計的事項であるか否か」の判断に結び付くことにも納得がいく。

 設計的事項ではないかという推定が働いていたとしても、本件発明において設計的事項とはいえない特有の技術的意義が認められれば、推定は覆滅されてよいはずである。なお、技術的意義のある設計的事項が存在することに鑑みれば、単に技術的意義が認められるというだけでは不十分で、「特有の」技術的意義が認められる必要があるだろう。一方で、少なくとも技術的意義が認められなければ、設計的事項であるという推定はそのまま認定されることになる。

本件の判断枠組みを有効に活かせる射程

 上述のように、「設計的事項」から進歩性を判断する上で、「技術的事項の有無」を覆滅事由として用いる判断枠組みには、一定の合理性が認められるように思う。

 そうすると、本件の知財高裁の判断枠組みは、「相違点が設計的事項といえるか」を直接導く論理とは言えないが、相違点が設計的事項と推定できるような場合には、有用性のある論理ではないかと思う

 つまり、裁判所に対し、「この相違点は設計的事項ではないだろうか」という心証を与えられるような事例(例えば、相違点が微差のように感じられるなど)であれば、本件で知財高裁が示した判断枠組みを用いて主張を展開することは有効ではないかと思う。

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