進歩性:「目的の同一性」から設計的事項を判断した事例
2023/11/9判決言渡 判決文リンク
#特許 #進歩性
1.実務への活かし(雑感まででいえること)
・無効化 #進歩性 #設計的事項
設計的事項に基づく進歩性の判断には、相違点が設計的事項であるか否かを、「相違点に係る技術の「目的の同一性(共通性)」から判断する」判断アプローチがある。目的が同一であることは設計的事項であるという結論へと向かいやすく、目的が異なることは設計的事項でないという結論へと向かいやすいと言うことができる。
∵本件で知財高裁は、本件発明と引用発明との相違点について「時間表示と時刻表示の差にすぎず、同一の目的を達成する手段として、当業者がその通常の創作能力を発揮して適宜選択し得る設計的事項である」と判断した。
2.概要
発明の名称を「古紙処理装置」とする特許出願(特願2016-237137号。以下「本件出願」という。)の出願人であるデュプロ精工株式会社(以下、「デュプロ」という。)が、拒絶査定不服審判を請求したが、特許庁は拒絶審決をしたため、審決の取消しを求めた事案である。
審決は、以下の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」という。)に対し、甲1(特開2011-122253号公報)に記載された引用発明との相違点が、設計事項であるか、あるいは、甲2(特開2016-175283号公報)記載事項を適用することで容易になし得ると判断した。
【請求項1】(下線部は争点のポイントとなるところ)
古紙を収容する古紙収容部と、古紙収容部に収容された古紙の分量を計測する計測部と、古紙収容部に収容された古紙を再生処理する再生処理部と、各部の動作を制御する制御部とを備え、
制御部は、稼働開始から稼働停止までの工程を逐次実行する自動制御機能部と、
自動制御機能部による稼働停止時刻を、前記計測部の計測値に基づいて算定する停止時刻算定機能部と、
前記停止時刻算定機能部において計測部の計測値に基づいて算定された稼働停止時刻を通知する停止時刻通知機能部と、
稼働開始時刻を設定する開始時刻設定機能部と、
開始時刻設定機能部で設定された時刻に稼働開始し、古紙収容部に収容された古紙を再生処理し、その後稼働停止する場合における稼働停止時刻を算定する停止時刻算定予約機能部とを備えた古紙処理装置。
本件の争点は、「引用発明の認定」及び「容易想到性の判断」だが、引用発明の認定については、デュプロの主張が無理筋な感じもし、特に取り上げるような論点もなさそうなため割愛する。
本件の「容易想到性の判断」における争点のポイントは、本件発明1の「稼働停止時刻」と、引用発明の「再生予想時間」である。知財高裁は、本件発明1と引用発明との相違点が、審決の判断した通り、以下の相違点1~3にあると認めた。なお、「本件補正発明」は「本件発明1」のことである。
(相違点1)
本件補正発明は、「自動制御機能部による稼働停止時刻を、前記計測部の計測値に基づいて算定する停止時刻算定機能部」を備えるのに対して、引用発明は、「分量測定センサで測定した原料の分量を再生するのに必要な再生予想時間を算定する再生予想時間算定機能部」を備える点。
(相違点2)
「計測部の計測値に基づいて算定された時間に関する情報を通知する通知機能部」に関して、本件補正発明は、「前記停止時刻算定機能部において計測部の計測値に基づいて算定された稼働停止時刻を通知する停止時刻通知機能部」を備えるのに対して、引用発明は、「時間設定機能部で設定した運転時間が再生予想時間を超えるときには、再生予想時間を表示する表示部」を備える点。
(相違点3)
本件補正発明は、「開始時刻設定機能部で設定された時刻に稼働開始し、古紙収容部に収容された古紙を再生処理し、その後稼働停止する場合における稼働停止時刻を算定する停止時刻算定予約機能部」を備えるのに対して、引用発明は、停止時刻算定予約機能部を備えない点。
デュプロはまず、「稼働停止時刻」と「再生予想時間」の関係性について争った。具体的には、「運転開始予定時刻に再生予想時間を足した時刻が再生運転終了時刻、つまりは稼働停止時刻に相当する時刻である(運転開始時刻+再生予想時間=稼働停止時刻)」という審決の判断を争った。なお、運転開始予定時刻という文言は甲1に記載がある。
デュプロの主張(判決より抜粋)
「(1) 引用発明の「運転開始予定時刻」に「再生予想時間」を合わせても本件補正発明の「稼働停止時刻」の構成が得られないことについて
引用発明における自動運転の開始からその停止までの制御は、甲1の【図7】に示されたフローシートに沿って行われる(甲1の段落【0058】)。そのうち稼動準備作業920は、少なくとも20分を要する工程である。また、上記フローシートによると、再生紙作製930及び停止準備作業950の各工程も実施されなければならない。
したがって、稼動準備作業920等に要する時間を考慮せず、引用発明の「運転開始予定時刻」に単に「再生予想時間」を合わせるだけでは「再生運転終了時刻」は得られないし、また、引用発明において「再生運転終了時刻」を算定するように構成することが時間に関する情報の単なる選択にすぎず、当業者が適宜なし得た設計事項であるということもできない。稼動準備作業920に要する時間を一切考慮していない本件審決の判断は誤りである。」
デュプロの上記主張(再生予想時間の他にも考慮すべき時間があるため、運転開始予定時刻と再生予想時間だけでは再生運転終了時刻(=稼働停止時刻)にはならないとの主張)に対し、知財高裁は、下記のように、発明の要旨認定における用語の意義の解釈を展開することで、当該主張を退けた。
知財高裁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「a 引用発明の「運転開始予定時刻」の意義
引用発明の「運転開始予定時刻」とは、時間設定機能部において任意に設定される時刻である。
b 引用発明の「運転時間」の意義
甲1の段落【0030】の記載によると、引用発明においては、ユーザが「運転時間」の長さそのものを時間として設定することができるほか、ユーザが運転開始予定時刻及び運転終了予定時刻の双方を時刻として設定することにより、結果として「運転時間」が設定される場合もあると認められる。さらに、甲1の記載(…)に加え、引用発明の制御部が運転開始から運転停止までの運転プロセスを逐次実行する自動運転制御機能部を有していることも併せ考慮すると、引用発明の「運転時間」とは、装置の運転開始から運転停止までの連続した時間をいうものと解するのが相当であり、引用発明では、このような運転時間を時間設定機能部において任意に設定(前記のとおり結果として設定される場合も含む。以下同じ。)することが可能とされているものと認めることができる。
そして、…引用発明においては、制御部7による自動運転の開始から停止までの制御が甲1の【図7】に示されたフローシートに沿って行われるところ、甲1の【図7】のフローシートには、停止状態から、稼動開始条件チェック、稼動準備作業、再生紙作製、稼動停止条件チェック及び停止準備作業を順次経て、装置停止に至るまでの工程が示されているのであるから、上記の「装置の運転開始から運転停止までの連続した時間」とは、具体的には、甲1の【図7】のフローシートに示された稼動開始条件チェックから装置停止に至るまでの工程に要する時間をいうものと解される。
c 引用発明の「再生予想時間」の意義
引用発明の「再生予想時間」とは、分量測定センサで測定された分量の原料を再生するのに要する時間であり、原料を再生するためには、装置の運転が必要となることは明らかである。また、引用発明の「再生予想時間」は、ユーザが設定した「運転時間」とその長短を比較し得るものであることが前提とされているから、両者は、いずれも装置の運転時間という意味において同じ性質を有するものと解するのが自然である。そうすると、引用発明の「再生予想時間」とは、分量測定センサで測定された原料の分量に基づいて再生予想時間算定機能部により算定される装置の運転開始から運転停止までの連続した時間であると認めるのが相当である(具体的には、甲1の【図7】のフローシートに示された稼動開始条件チェックから装置停止に至るまでの工程に要する時間であって、当該再生のために必要なものとして再生予想時間算定機能部により算定されたものが「再生予想時間」となる。)。
d 以上によると、引用発明においては、「運転開始予定時刻」に「再生予想時間」を単に算術的に加えることにより、「運転終了予定時刻」(本件補正発明の「稼働停止時刻」に相当するもの)が自動的に導かれることになる。」
その上で、知財高裁は、設計的事項であるかについて、以下のように判断し、デュプロの主張を退けた。
知財高裁の判断(判決より抜粋。下線、太字は付記)
「引用発明において、「再生予想時間」は、これがユーザにより設定された「運転時間」を下回る場合等に、ユーザに対する警告として表示部に表示されるものであるところ(なお、甲1の段落【0054】の記載によると、そのような警告は、原料貯留部に貯留された原料を使い切った後も運転が継続されることについて、ユーザに対し注意喚起を行うことを目的とするものであると認められる。)、そのような警告の手段として「再生予想時間」を表示するとの技術を採用することと「運転終了予定時刻」を表示するとの技術を採用することは、時間表示と時刻表示の差にすぎず、同一の目的を達成する手段として、当業者がその通常の創作能力を発揮して適宜選択し得る設計的事項であると認めるのが相当である。」
そして、知財高裁は、設計的事項と認定した上で、相違点1~3に係る構成を採用することの容易想到性を、以下のように判断した。(なお、下記の「説示したところ」とは。上述の設計的事項と認めた部分を指している。)
知財高裁の判断(判決より抜粋。下線は付記)
「a …説示したところを併せ考慮すると、引用発明の「分量測定センサで測定した原料の分量を再生するのに必要な再生予想時間を算定する再生予想時間算定機能部」との構成に代えて本件補正発明の「自動制御機能部による稼働停止時刻を、前記計測部の計測値に基づいて算定する停止時刻算定機能部」との構成(相違点1に係る本件補正発明の構成)を採用することは、当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
b…説示したところを併せ考慮すると、引用発明の同構成に代えて本件補正発明の「前記停止時刻算定機能部において計測部の計測値に基づいて算定された稼働停止時刻を通知する停止時刻通知機能部」との構成(相違点2に係る本件補正発明の構成)を採用することは、当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
c…説示したところを併せ考慮すると、引用発明において、本件補正発明の「開始時刻設定機能部で設定された時刻に稼働開始し、古紙収容部に収容された古紙を再生処理し、その後稼働停止する場合における稼働停止時刻を算定する停止時刻算定予約機能部」との構成(相違点3に係る本件補正5 発明の構成)を採用することは、当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。」
3.雑感
3-1.判決についての感想
全体的な結果について:納得度90%
技術的な相違点が、表示/通知の対象となる情報が「稼働停止時刻」か「再生予想時間」かの違いということであれば、いわば「所要時間」の表示か「終了時刻」の表示かという表示の形態の違いでしかなく、このような相違点を設計的事項であるとした結論は、直感的に妥当と感じられるだろう。
その意味で、事案そのものの難しさはそこまでではなく、争点も複雑ではない。よって、読みづらさはなく、割とすんなりと入ってくる内容だったのではないだろうか。
但し、「進歩性がない」という結論が妥当という見解には容易に辿り着けたかもしれないが、一方で、結論を導くための判断ロジックが非の打ちどころのないものであるかというと、(推測ではあるが)おそらく知財高裁はそれなりに頭を抱えながらロジックを組み立てたのではないかと思う。
その根拠は、知財高裁が「引用発明+設計的事項」という判断と「引用発明(甲1)+甲2記載事項の組合せ」という判断を両方載せているという事実に現れている。
本件で知財高裁は、上述の概要に記した「引用発明+設計的事項」の判断に続けて「当業者が引用発明に基づいて各相違点に係る本件補正発明の構成に容易に想到し得たことは、前記アにおいて説示したとおりであるが、念のため、進んで、引用発明及び甲2各記載事項に基づく容易想到性についても検討する。」として、「引用発明(甲1)+甲2記載事項の組合せ」を判断した。
知財高裁は、自らの判断ロジックに自信があるときは、このように別の判断を追加して自己の判断を補強するような真似はせず、必要最小限の判断(本件でいえば「引用発明+設計的事項の組合せ」の判断)だけをして、判決を終わらせる。
例えば、同じ「設計的事項」を判断した別記事(令和4年(行ケ)第10111号)では、知財高裁は「甲2記載事項について検討するまでもなく、甲1発明1において段差部に設計的変更を加え、これを「ほぼ水平に」することは、当業者が容易に想到できたものと認めるのが相当である。」と述べており、「引用発明+甲2記載事項の組合せ」については、寧ろ判断しようとしていない。
そうすると、本件で知財高裁が「引用発明+甲2記載事項の組合せ」に基づく進歩性を判断したのは、「引用発明+設計的事項」の判断について、いくらかの懸念事項があったからと推測するのが自然であろう。少なくとも、デュプロを納得させる絶対の自信があったわけではなかったのではなかろうか。
本件における「引用発明+設計的事項」の判断において、知財高裁が具体的にどのような点(本件特有の事情)に配慮したかについては、後の考察で述べることにする。推測の域を出ないものの、私の認識する限りでは、本件には、知財高裁の憂慮ともいうべき非常に厄介な事情がある。
また、この点は、本件の知財高裁が、進歩性をどのように考えているのかを知る上でも、非常に重要な点になろう。
それはさておき、知財高裁の示した判断ロジックには、基本的な部分も含めて、学べることが多い。
まず一つに、発明の要旨認定の判断である。
知財高裁は、発明の要旨認定において、「用語の意義」という基本的なアプローチから丁寧に結論を導き出し、デュプロの主張を退けている。こういった基本的な判断アプローチは、通常の実務においても大いに役立つところであるため、是非とも使い方をマスターしておくべきだろう。
実際に、私も拒絶理由対応で、「用語の意義」からのアプロ―チを採ることがある。当然ながら、リパーゼ判決を持ち出し、「規範→当てはめ」を行うことを忘れてはならない。明細書等を参酌する必要があるという方向に向かうには「特段の事情がある」ことの主張が必要であり、明細書等を参酌する必要はないという方向に向かうには「特段の事情がない」ことの主張が必要となる。
こういった使い勝手の良い基本ツールは、「基本の流れ」を忘れずに使えるようにしなければならない。この「基本」を怠って論理展開すると、読み手の心証として、法的根拠のある主張ではなく、出願人の主観的主張となってしまうわけである。
なお、本件ではさらに進んで、「用語の意義」からのアプローチを応用的に展開している。このような応用的な使い方をマスターしておくと、論理構成を考えるときの選択肢が格段に広がり、説得力のある論理を展開できるようになる。
どちらが正しいかではなく、どちらの主張により説得力があり合理的と言えるかが結果を分けるため、より多くの「論理ツール」を知っている方が有利であり、また、その中から自己の主張に有利なツールを適切に選択できるかが、実務能力の差となる。
本件で知財高裁が用いた「用語の意義」の応用的アプローチについては、後の考察で述べることにする。
次に、進歩性における「設計的事項」の判断である。
本件で知財高裁は、「時間表示と時刻表示の差にすぎず、同一の目的を達成する手段として、当業者がその通常の創作能力を発揮して適宜選択し得る設計的事項である」と述べた。
このように、「設計的事項」であるか否かを、相違点に係る技術の「目的の同一性(共通性)」から判断するという判断アプローチを、本件の知財高裁は採ったわけである。
これは既に取り上げた別記事(令和4年(行ケ)第10111号)で示された「技術的意義の有無」に基づく判断とは異なる判断アプローチである。つまり、設計的事項について判断するための判断アプローチには、「技術的意義の有無」というアプローチだけでなく、「目的の同一性」というアプローチも採り得るということである。
本件で用いられた「目的の同一性」判断アプローチは、「設計的事項」という事項を、より本質から捉えているといってよい。その根拠を説明するには、「設計的事項」という事項の本質を考えなくてはならないため、後の考察で述べることとする。
「目的の同一性」判断アプローチは、「技術的意義の有無」判断アプローチよりも本質を捉えたアプローチといえるため、使い方を間違えなければ、かなり説得力のある主張を展開できるだろう。その意味では、「設計的事項」の判断ツールとして強力なツールとなり得るはずである。
なお、このツールは、「設計的事項であること」を導きたい場合だけでなく「設計的事項でないこと」を導きたい場合にも使えるものであるため、そこは間違えないように注意して欲しい。
しかし、「目的の同一性」判断アプローチは、間違った使い方で主張しても効果的ではない。
但し、この間違いに、審査官が気付けるかはわからないところである。間違いに気付かずに主張に納得してしまう審査官も往々にしていそうであるから、その意味では、間違った使い方でも審査ではそれなりに使えるかもしれないが、そうは言っても、裁判所の目は誤魔化せないであろうし、少なくとも、正しい使い方の方が、論理的な完結性には雲泥の差が出るため、より説得力のある主張をするには正しい使い方を覚えるに越したことはないだろう。この判断アプローチを使うときの注意点は、後の考察で述べることとする。
以降の考察では、「設計的事項」を本質から捉えた上で、「目的の同一性」判断アプローチや「技術的意義の有無」判断アプローチが、「設計的事項」において体系的にどう位置付けられるかを考察する。
加えて、「設計的事項」と判断されたときに、どのような対応方法が考えられるかについても簡単に述べておく。格別の技術的意義や阻害要因のような設計的事項に対する間接的な主張ではなく、直接的に「設計的事項ではない」と主張する方法もいくつか挙げておく。
設計的事項に対応する実務スキルを高めるための参考にして頂きたい。
4.本件のより詳細な考察
4-1.要旨認定における「用語の意義の解釈」
(イ)実務における基本的な論証(使い方)
(ロ)「用語の意義の解釈」の応用的な使い方(本件にみる「一歩進んだ」判断手法)
4-2.設計的事項の本質と判断手法
(イ)設計的事項とは(設計的事項の本質)
(ロ)設計的事項とは(設計的事項の性格)
(ハ)「目的の同一性」判断と「技術的意義の有無」判断の性格の違い
(ニ)「目的の同一性」判断アプローチの使用上の注意
4-3.本件における知財高裁の懸念(推察)
4-4.本件の学び
5.実務への活かし(詳細な分析からいえること)
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