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コラム

コラム 第三者意見募集について

 先日、知財高裁第1部から意見募集があったため、個人的な見解を記してみたいと思う。私自身は意見を提出するつもりはないが、第三者がここに記した内容を参考に意見を提出することは勿論、ここに記した内容をそのまま提出することも問題ないので、好きに使ってもらってよい。

 先に述べておくが、私は、今回の意見募集に対する意見を、改めて原審を読まないようにして記載することにする。おそらく原審の判決がでたときに読んではいるだろうが、そこまで深く読み込んではいないし、現時点でもほとんど記憶に残っていない。
 なぜ、原審を読まずに記載するかというと、とりあえずは、余計な事実関係によって感情が片側に寄らない状態で、純粋に、法的評価としての意見を記載したいと思ったからである。よって、意見募集に記載してある事項以外には、原審について読み込むことはしない。

 意見募集の概要については、リンク先の知財高裁のページを確認頂きたい。

1.意見募集事項(1)について

意見募集事項(1)は以下の通りである。
「本件特許は、「産業上利用することができない発明」(特許法29条1項柱書)についてされたものとして、特許無効審判により無効とされるべきものか」

 また、本件特許(請求項1に従属する請求項4)は、以下の通りである。(なお、簡潔にするため、請求項1と請求項4の記載をまとめたものにしている)

【請求項4】
 豊胸のために使用する皮下組織増加促進用組成物であって、自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物からなることを特徴とする豊胸用組成物。

 率直に言うと、募集事項(1)については、今回の意見募集の核ではなく、核の議論に進むための準備段階のように思える。「豊胸用組成物」という組成物の発明に対し、なぜこれが「産業上利用することができない発明」と言えるのか、私には全く説明できないからである。
 だが、知財高裁の意図に応えるべく、もう少し内容を絞って、仮に、本件発明の「豊胸用組成物」が、医師の医療行為によって製造され得る物であったとしても、そのことから直ちに「産業場利用することができない発明」として無効とされるべきではないと考える。

 特許法の法目的は「産業の発達」にあるが、特許法は、その目的のためならば、どのような発明も保護するものではない。典型的には、公序良俗に反するものは保護されないし、医師による医療行為は、人道的理由から特許の保護対象とすべきではないと考えられている。また、現状、審査基準は、医療行為を「産業上利用できる発明に該当しない」と定め、特許の保護対象から外している。
 医療行為に係る発明が「産業上利用できる発明ではない」という法律上の枠組みについては、さすがに文言上無理のある解釈と思えるため、強引に過ぎる現行法の規定は見直すべきであると思うが、いずれにせよ、我が国においては、人道的理由から、医療行為が特許権によって制限されることを許容しないというのが、法の意思と解すべきであろう。

 一方で、その意味では、医療行為に対して特許権が及ばなければよいのであって、医療行為以外で産業上利用できるような発明についてまで、それが医療行為にも用いられ得るという理由から、直ちに特許権としての保護を認めないというのも、産業の発達を目的とする特許法の意図するところではないものと考えられる。

 また、裏を返せば、特許権が認められたとしても、そのことから医療行為に対して特許権を行使することまでが認められたと解するのは誤りであり、現行法の枠組みにおいても、特許権は「産業上利用できる発明」に対して与えられるものであるのだから、認められる特許権が「産業上利用できる範囲内」に留まることも当然というべきであろう。

 よって、本件においては、「豊胸用組成物」という組成物が、医療行為の中でのみ製造される物ではないと考えられるため、「産業上利用することができない発明」として無効とされるべきではないと、私は考える。

2.意見募集事項(2)について

 意見募集事項(2)は以下の通りである。
「本件発明は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」(特許法69条3項)に当たるか。」

 この募集事項も、やや質問内容が不親切なように思える。特許法69条は、特許権の効力を、一部の範囲に及ばせないための規定である。つまり、この条文の規定は、「特許発明が、ここに規定される内容の発明であるか」ということを特定しようとするものではなく、特許発明自体は広く効力の及ぶものであるが、「その特許権による効力を及ぼそうとする対象がここに規定される内容のものか」ということを特定しようとするものである。

 そのため、「本件発明が、69条3項に規定の発明に当たるか」という質問自体は、当を得ないように思える。結局のところ、本件発明が使用される上で、それが「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」となっていれば要件を充足し、そうでなければ要件は充足されないとされるべきで、本件発明が使用されている行為態様から特定されるべき事項であろう。

 本件発明は、既に挙げた通り、「自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物からなる豊胸用組成物」の発明である。
 そうすると、「自己由来の血漿」「塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)」及び「脂肪乳剤」のそれぞれに対応するもののうち二以上が医薬に該当し、これらを含有してなる皮下組織増加促進用組成物の製造が、二以上の医薬の混合によってなされている場合には、本件発明がこのような行為に及ぼそうとする特許権の効力は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明に係るもの」ということができるだろう。

3.意見募集事項(3)について

 意見募集事項(3)は以下の通りである。
「(3)上記2(3)の①~③が、それぞれ本件発明の「自己由来の血漿」、「塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)」及び「脂肪乳剤」に当たると仮定した場合において、
ア 医師である被控訴人が、本件医院において、本件手術に用いるために、上記①~③を全て混ぜ合わせた薬剤(以下「本件混合薬剤」という。)を、処方せんを発行することなく看護師又は准看護師に指示して製造する行為は、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為」(特許法69条3項)に当たるか。
イ 医師である被控訴人が本件混合薬剤を製造する行為は、医療行為に密接に関連する行為であるところ、何らかの理由により、本件特許権の効力が及ばないといえるか。
ウ 医師である被控訴人が、本件医院において、上記①及び②を含む薬剤と、上記③を含む薬剤とを別々に本件手術に用い、被施術者の体内において①~③が混ざり合うとき、被控訴人による本件手術は、本件発明に係る「組成物」の「生産」に当たるか。」

 アについて、逐条解説によれば、医師の行う医療行為を行うことのできない薬剤師の調剤行為に対する正当化根拠の一つに「薬剤師は、医師の交付する処方せんに従うしかない」とされ、また、薬剤師法には、薬剤師、医師、歯科医師のいずれであっても処方せんによらなければ調剤することができないと説明されている。

 このような記載からすれば、「処方せん」は、調剤行為に対して特許権の効力を及ぼさないための(正当化のための)重要な根拠の一つであるというべきである。(∵医師ですら処方せんによらない調剤行為は違法行為なのである。)
 そうすると、誰であろうとも、処方せんを発行することなく行われる行為が、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為」に該当するとされる余地はないものというべきであろう。

 イについて、既に述べたように、たとえ特許権が成立したからといって、そのことから特許権を医療行為に行使してよいわけではない。特許権の成立は、その特許権が「産業上利用することのできる発明」として機能することを前提に認められているものと解すべきであって、あたかも特許権の成立が、特許権の効力を及ぼすべきでない対象にまで効力を及ぼしてよいかのような解釈は、法の意図するものではなく、濫用的な解釈というべきである。
 たとえ成立している特許権であろうとも、医療行為を行う医師は、その特許権が、自ら行う医療行為に対して行使され得るものとは認識しておらず、特許権者が医師の医療行為に対して特許権の効力を及ぼそうとする行為は、信義則に反し許されないものというべきであろう。
 従って、被控訴人の行為が、医師による医療行為といえるのであれば、原則として、特許権は、当該医療行為の実施を制限する効力を有しておらず、効力が無い以上、当該医療行為に特許権の効力が及ぶ余地はない。(69条の規定によって例外的に及ばなくなるのではなく、69条の規定がなくても、成立した特許権そのものが医療行為に行使する効力(権原)を有していない。)
 但し、外形的には医師による医療行為とみることができたとしても、その行為が、専ら特許権の行使を受けないことを目的とし、本来的に医療行為としてする必要がなく、またすべきとも言えないような行為をあえて医師の名の下で行うかのような、法の潜脱的行為ともいえる特段の事情がある場合には、外形上の医療行為を、特許権の効力の及ばない「医療行為」と解することは許されるべきではないだろう。

 このような考えに立つと、本件の被控訴人の行為は、被施術者から血液を採取し、血液から細胞成分を取り除いた血漿に、トラフェルミン製剤及び脂肪乳剤等を混合した薬剤を、被施術者の胸部に注射して投与するという行為であるが、これが「医師による医療行為」といえるか否かによって、特許権の効力が及ぶか否かが決せられることとなる。

 そして、血液豊胸手術において、これらの行為を一連の作業として行うことが通常であり、安全性、被施術者への身体的負担、医療効果などの諸般の事情から合理的であるといえるならば、法の潜脱的行為といえる特段の事情があるとは言えず、医師によって(あるいは医師の指示の下で)行われるべき「医療行為」と解すべきものと考える。

 ウについては、イで「医療行為」と認定されれば、薬剤が被施術者の体内で混ざり合うか否かによらず、特許権の効力は及ばないといえるが、仮に、被控訴人の行為が「医療行為」と解すことの相応しくない行為であった場合には、被控訴人の行為にも、特許権の効力が及び得ることになる。
 この場合に、被施術者の体内において出来上がる「皮下組織増加促進用組成物」を、医師による生産行為に当たると解すべきか否か。
 私は、この場合には、生産行為に当たると解すべきと考える。なぜならば、この場合の医師の行為は「法の潜脱的行為」であり、特許権者を保護する必要性が高くなっているといえるからである。
 この場合に、あえて別々に投与して体内で混合するという方法を採らずとも、事前に製造した薬剤を体内に投与できるのであれば、それは、薬剤が混合される場を体内とする体外とするかの違いでしかなく、一般人にとって人の体内を「物の製造の場」とすることが通常でないとしても、少なくとも医療行為の許された医師にとっては、被施術者の同意さえあれば任意に選択し得ることであるから、このような違いのみによって、「生産」に当たるか否かの判断が分かれるのは相当ではない。
 加えて、仮にこの違いのみによって判断が分かれるとするならば、医師は、積極的に、被施術者の体内を薬剤混合の場とするような施術を薦めることになりかねず、あえて被施術者にとって身体的負担の大きい施術を薦めるような診断が横行する事態を招来しかねないことからしても不当である。(なお、体内を混合の場とするのが適切な場合には、そもそも「医療行為」の該当性が肯定されるはずである。)

 よって、本件の被構想人の行為が「医療行為」といえないのであれば、医師である被控訴人が、被施術者の体内を「混合の場」として、別々に薬剤を体内に投与し、体内において本件発明に係る「組成物」を作り出す行為は、「生産」に当たるものと解すべきであろう。

4.補足

 最後に補足しておくと、上記の見解において、「豊胸手術」が特許法による実施の制限を受けるべきでない「医療行為」に当たるか否か、及び、「豊胸用組成物」が「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物)」に当たるか否かについては検討しておらず、それぞれ「医療行為」であり「医薬」に該当するものとして検討している。
 理由は、仮にそこが今回の意見募集の核心であるならば、そのように募集事項が定められているのではないか(定めるべきである)と考えたためである。
 医師による行為のうち何を以て「医療行為」であり、また、何を以て「人の病気」とそうでないものが区別されるのか(豊胸は病気の治療や処置とはいえないのか)は、非常にセンシティブな問題である。(例えば、胸が小さいことがコンプレックスで精神的疾患になっている者に対し、豊胸手術をすることは、精神的疾患の治療行為と考えることもできよう)
 議論が未成熟な現時点において、この点はまだ触れないでおきたいというのが裁判所の本音かもしれないが、今回の意見募集の趣旨は、「医療行為」や「医薬」といった文言の解釈(該当性)ではなく、「被控訴人の行為」との関係で、29条柱書や69条3項の該当性を問うているものと汲み取ったため、「医療行為」であり「医薬」に該当するものを前提として、「行為」に焦点を絞って見解を述べることにした。

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