今回は、「補正の目的要件」と「訂正の目的要件」について触れてみたい。
補正の目的要件は、特許法17条の2第5項の規定であり、以下の内容となっている。
17条の2第5項
「前二項に規定するもののほか、第1項第1号、第3号及び第4号に掲げる場合(同項第1号に掲げる場合にあつては、拒絶理由通知と併せて第50条の2の規定による通知を受けた場合に限る。)において特許請求の範囲についてする補正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
一 第36条第5項に規定する請求項の削除
二 特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)
三 誤記の訂正
四 明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」
一方、訂正の目的要件は、特許法126条1項の規定であり、以下の内容となっている。
126条1項
「特許権者は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
一 特許請求の範囲の減縮
二 誤記又は誤訳の訂正
三 明瞭でない記載の釈明
四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」
この二つの規定、各号に挙げられている目的要件について、その内容が似ていることは、私だけでなく皆さんも感じることだろう。補正の目的要件の二号~四号は、訂正の目的要件の一号~三号と類似する。
これまで私は、これらの規定について、両者を対比しつつ深く向き合うことはしてこなかった。必要なかったからと言えばそうなるのだが、補正においても訂正においても、何でも修正を認めてはダメというのは当たり前の感覚であったから、補正においても訂正においても、目的要件はどちらも同じようなことを規定しているものというくらいにしか感じていなかった。
さて、この二つの規定について、逐条はどのように説明しているかを見比べてみよう。
17条の2第5項について(逐条解説22版)
「五項も、前項と同様、特許請求の範囲についての補正を制限する規定であり、平成五年の一部改正において旧四項として新設されたものである。この規定では、最後の拒絶理由通知以降の特許請求の範囲についてする補正を、先行技術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限している。さらに、分割出願制度の濫用抑止の観点から、五〇条の二の規定による通知を受けた場合についても同様の制限が課される。」
126条1項について(逐条解説22版)
「一項ただし書は、訂正審判において訂正が認められるための訂正の目的を示したものである。前述したように、訂正審判は特許の一部についての瑕疵を事前に取り除くことにより無効審判などの攻撃に備えるものであるから、訂正はそのような目的を達するために最小限の範囲で認めれば十分であり、その最小限の範囲が一項ただし書に規定する特許請求の範囲の減縮、誤記又は誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること(請求項間の引用関係の解消)である。」
このように、二つの規定は、その目的において異なっている。補正の目的要件は「先行技術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限する」ための規定である。一方で、訂正の目的要件は「瑕疵を事前に取り除いて無効審判などの攻撃に備えるための最小限の範囲に留める」ための規定である。
しかし、いずれにしても「補正/訂正のできる範囲を、目的に合わせて必要な範囲に留めておく」という点では、どちらの規定も共通した性質を有しているといえるだろう。
それでは更に、裁判所は、これらの規定の趣旨をどのように解しているのかを見比べてみよう。
17条の2第5項
参考判例1:令和3年(行ケ)第10097号
「17条の2第5項の趣旨は、拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判の請求と同時にする特許請求の範囲の補正について、既に行った先行技術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限することにより、迅速な審査を行うことができるようにしたことにあるものと解される。」
参考判例2:平成26年(行ケ)第10057号
「特許法17条の2第5項の趣旨は、特許請求の範囲について補正が行われると、審査官は補正後の特許請求の範囲について再度審査を行う必要があるところ、審査の長期化防止及び円滑化のため、最後の拒絶理由通知以降に行う特許請求の範囲の補正について、既に審査においてなされた先行技術文献の調査などの審査結果を有効に活用することができる範囲内に限り補正を認めることにあるものと解される。」
126条1項
参考判例:令和5年(行ケ)第10085号
「訂正審判は、特許登録後に、特許権者が願書に添付した明細書等を自ら訂正するために請求する審判であるところ(特許法126条1項)、特許権は登録によりその権利の範囲が確定するものである上、訂正には遡及効があることから(同法128条)、恣意的にその内容の変更を認めるべきではなく、他方、特許権の一部に無効事由、記載の誤り、記載の不明瞭等の瑕疵がある場合、その瑕疵を是正して無効理由や取消理由を除去することができなければ特許権者に酷であり、不明確、不明瞭で権利範囲があいまいな特許権を放置しておくことは第三者にとっても好ましくないことから、特許権者と社会一般の利益の調和点として訂正審判の規定が設けられたものである。
そして、特許法126条1項の規定は、同項柱書本文に続くただし書が「ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。」として同項1号~4号が掲げられていることから、同項の訂正が同項1号~4号を目的とするものに限られることは明らかである。これは、上記の訂正審判の趣旨から、訂正により第三者を害することがないよう、訂正が認められる範囲を厳格に制限したものと解される。」
このように、立法趣旨にまで及んでくると、これら二つの規定が、目的だけでなく、本質的な性格も大きく異なるものであることがわかる。
それぞれ下線太字で記したように、補正の目的要件における「先行技術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限する」との目的には、「審査の迅速性(長期化防止)」という性格が備わり、訂正の目的要件における「瑕疵を事前に取り除いて無効審判などの攻撃に備えるための最小限の範囲に留める」との目的には、「特許権者と社会一般(第三者)との利益の調和」という性格が備わっている。
こうしてみると、文言上は、似たような記載となっている両者の目的要件も、それぞれの条文の解釈においては異なり得ることが予想される。
例えば、今後、日本の審査実務が進化し、審査請求してから数か月で審査が完了するようになった場合、これによって迅速な審査が達成されたといえるならば、補正の目的要件の存在意義は薄れてくるだろう。限定的減縮にせずとも、訂正と同様に、減縮補正で問題なくなるかもしれない。それどころか、審査が迅速に進められている状況であるならば、あえて補正の範囲を制限する必要すらなくなる可能性もある。
しかし、審査が迅速に進められるようになったからといって、訂正の目的要件の内容には、何ら影響しない。訂正の目的要件は、「権利の範囲が確定している特許権に対し、確定後にいたずらに権利範囲が変わることは、第三者にとっての権利の安定性や予測性を奪うことになり、その結果第三者を不当に害するおそれがあることから、特許権者の利益と第三者の不利益の調和が保たれる範囲内でのみ瑕疵の治癒を認める」という趣旨の規定だからである。
補正の目的要件における「審査の迅速性」は、それ自体は公益性があり、出願人や第三者も含めた社会一般に資する利益であるわけだが、その制限による直接の作用は、審査官の審査業務に及ぶものである。つまり、直接的には審査官の審査負担を軽減する規定であり、審査の迅速性はその結果得られるものといえる。
一方で、訂正の目的要件は、「特許権者と社会一般との利益の調和」とされており、こちらも公益性があるわけだが、ここでの第三者のメインは、いわゆる当業者や利害関係人といえるだろう。利害関係のない者にとっては、特許権者の持つ特許権の範囲がどのように変化しようとも、特段の影響はないからである。その意味では、「迅速な審査」の利益を享受する第三者とは異なっている。
また、訂正の場合、その制限による直接の作用は、第三者(当業者や利害関係人)への不利益に及ぶものである。審判長の審理負担を軽減しようという発想はなく、また、一応は確定している権利であるため、審理の迅速化を図るという要求もないだろう。
広く第三者の利益を得ようとする補正の目的要件と、利害関係人の利益を守ろうとする訂正の目的要件では、考慮すべき法益の重みも異なってくる。一般に法律は、利益や不利益の対象が特定的になるほど、慎重に規定を考える必要が出てくるからである。(特定人のみに過大な利益や不利益を与えることは、法の目指すところではない)
このような性格に配慮してか、令和5年(行ケ)第10085号で知財高裁は、訂正の目的要件を「厳格な規定」であるものと解した。この厳格性は、特許権という独占排他権の持つ権利の強さ、権利の変更によって被る利害関係人の損害の大きさ、といった事項を考慮し、利害関係人の利益は慎重に保護されなければならないという考えの表れとも考えることができよう。
権利範囲が減縮される分には第三者への不利益は少なく、誤記や不明瞭な記載の訂正は第三者にとっても権利範囲が明確になるという利益があり、引用形式の変更は、元々の発明の数に影響しないため、記載形式として多項従属を認めている以上、これを禁ずることは寧ろ特許権者への公平を欠く。
このようにしてみると、「特許権者の利益と第三者の不利益の調和」というのは、互いの利益のバランスを図るといった均等的な利益衡量の話ではなく、保護されるべき第三者への実質的な不利益の発生を防ぐという、第三者保護の性格を重視した上での「調和」と理解する方が適切かもしれない。
自らの意思で請求項を作成し、これによって権利範囲を確定させた特許権者に対して、第三者への実質的な不利益を発生させてまで便宜を図る必要はない。訂正の目的要件は、特許権者による瑕疵の治癒を「厳格な」意味で必要最小限に留めておく規定なのだろう。
そうすると、請求項に対する同じ修正内容であっても、その修正が、審査の迅速性に適った「誤記の訂正」であり、また、第三者に実質的な不利益を発生させてしまう「誤記の訂正」でもある、ということは、十分に考えられる話である。このような場合には、同じ修正内容であっても、補正においては認められる一方で、訂正においては認められない、といった事態が生じるわけである。
日本の特許法は、他の先進諸国と比べて、訂正の要件が緩い方にある。減縮であれば、明細書の記載から自由に訂正でき、また、訂正によって権利が変わっても、初めからその権利であったものとみなされるため、損害賠償の起算点(損害発生の起算点)にも影響しない。
しかしながら、それだけで、安易に「訂正」に頼る思考(何かあれば訂正で対応できるからいいかといいう思考)を持つことにはリスクがあるかもしれない。令和5年(行ケ)第10085号で特許権者が行った「訂正」は、「補正」であれば目的要件の範囲で行えた可能性が十分にあった内容と言えるだろう。
我々実務家は。「補正の目的要件」と「訂正の目的要件」の本質的な性格の違いをきちんと考慮した上で、請求項や明細書等に対して行う修正が、「補正」に適合するものであるか、「訂正」に適合するものであるかを、意識して、出願人の権利形成に臨むべきであろう。
最後に、「特許実務のすすめ」においても、会員版/無料版の両方において、令和5年(行ケ)第10085号で述べられた「訂正の目的要件の趣旨」を載せておいたので、皆さんの実務に役立てて欲しい。
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